グリシン前駆体、メチレンイミンの多天体探査 鈴木大輝 (総研大), 大石雅寿, 廣田朋也, 海部宣男 (国立天文台), 元木勇太, 尾関博之(東邦大) Introduction :宇宙に探る 生命起源 図1 地球の生命はどこから来たのか? 宇宙のどこかになかまがいるのだろうか? これは古代から人類が取り組んできた究極の問題である。近年、天文や地球物理、生物学などの研究者が宇宙生物学呼ばれる新学問領域を作り、この謎に迫ろうとしている。 現在考えられている生命発生までの有力な仮説の一つを図1に示す。我々が着目しているのは彗星による分子運搬のプロセスである。有機分子の化学進化が地球の生命を育んだという説が提案されているが、この仮説において有機分子の起源は未だ議論が続いている。 Ehrenfreund et al. (2002)は簡単な見積もりを行い、初期地球にもたらされた有機分子は地球上で生成される量よりも、彗星により運搬される方が優位であると主張している。このような仮定のもと、宇宙でどのような有機分子が普遍的に存在しているのかを探ることで生命起源の議論に新たな情報を提供することが出来る。 Target 図2 CH2NH (メチレンイミン) アミノ酸は宇宙からやってきた? 地球の生命にとって、アミノ酸は必須である。初期地球での有機分子の化学進化の際にもアミノ酸が重要な役割を担っていたと考えられる。しかし、初期地球の酸性―中性大気では十分な量のアミノ酸を形成することは困難であり、多くが彗星によってもたらされた可能性がある。太陽系内に置いてはスターダストミッションにより彗星中にアミノ酸が検出され、この説が補強された。しかし、太陽系外のアミノ酸、特に最も単純なアミノ酸である”グリシン” はこれまで多くの探査があったが、成功にはいたっていない。太陽系外でのアミノ酸の普遍性は宇宙と生命の繋がりを考えるための重要なピースである。 太陽系外のアミノ酸探査は困難を極めてきたが、大型干渉計ALMAの稼働によってスペクトルの初検出が期待される。しかし、成果を上げるためにはその事前準備が重要になるだろう。そこで、我々はその前駆体、つまりアミノ酸の種に着目した。前駆体が豊富な天体はその先のグリシンも豊富と予想できる。図2に現在提案されているグリシン生成過程の1つを示す。実は、グリシンの探査は盛んに行われてきたが、その前駆体については観測例があっても詳細な探査観測はほとんど前例がなかった。そこで我々は前駆体の一つのメチレンイミンに着目し、野辺山45m望遠鏡で輝線探査を行った。天体の選別はメタノールをはじめとする有機分子の豊富な星形成領域を中心として選んだ。今回はその結果を報告する。 CH3NH2 (メチルアミン) NH2CH2CN (アミノアセトニトリル) ultimate GOAL NH2CH2COOH (グリシン) Result :アミノ酸の種、 多数の天体で検出される Discussion : メチレンイミンと星間化学 メチレンイミンは水素付加反応で作られるのか? 良く知られた反応として、(1)ダスト表面で一酸化炭素に水素が付加してメタノールが形成されるというものがある。(2)メチレンイミンも似たようなダスト上での水素付加反応で形成されるのかもしれない。 CO→H2CO→CH3OH・・・(1) HCN→CH2NH・・・(2) この仮説が正しいとすれば、メチレンイミンはメタノールやHCNと何らかの相関があると予想される。そこでIkeda et al.(2001) などと今回の観測を比較し、メチレンイミンとこれらの分子の柱密度を比較した。表2に天体が20”の広がりを持っていると仮定した場合のそれぞれの柱密度を、図4に表2をもとに分子の柱密度をプロットした結果を示す。 図4において、メチレンイミンとこれらの分子種の間には直線で示されるような相関関係が示唆された。多くの天体はこの傾向に沿っており、水素付加反応による形成を支持している。一方、図4に赤い点で示した天体はG10.47とG31.41で、これらの天体はこの傾向から外れている。今後はなぜこれらの天体はこのような傾向を示すのか、過去の研究と比較しつつ議論していきたい。 4つの星形成領域でメチレンイミンを初検出 例として、特に強いラインが観測されたG10.47のスペクトルを図3に示す。 CH2NH (404-313) @105.794GHz 図3 T*a 柱密度 (×1014 cm-2) 周波数 (GHz) 表2 Orion-KL W51 e1/e2 G34.3 G31.41 NGC6334F DR21(OH) G10.47 SgrB2 CH2NH/励起温度(K) 12.6/28 7.1/20 3.6/7 16/[44] 3.9/[38] 1.4/[30] 15/[33] 8.6/[20] CH3OH 1400 1000 260 140 340 250 270 830 HCN 20-200 33 10 - 3 86 表1に、今回輝線を検出した8天体の観測結果をまとめる。左から順にアンテナ温度、そのエラー、輝度温度、半値幅を示した。 表1 T*a (mK) T*a r.m.s (mK) Tb (mK) Δv (km/s) Vlsr (km/s) Orion KL 116 9 375 7.8 8 W51 e1/e2 59 14 190 7.3 55 G34.3+0.2 46 147 7.4 64 G19.61-0.23 27 94 6.3 G31.41+0.3 101 19 325 6.4 99 NGC6334f 15 177 3.6 3 D21(OH) 7 62 4.5 -2 G10.47 96 20 310 8.5 68 } 図4 NEW DETECTION!! これらのパラメータから柱密度の計算した。光学的に薄いこと、LTEであるという仮定のもと、Dickens et al.(1997) などの先行研究で他のラインの情報が利用できる天体はrotation diagramを作成し、それ以外の天体はダイポールモーメントの近いギ酸の観測例を参考に励起温度を仮定した。結果をDiscussionパートの表2に示す。仮定した励起温度は[ ] でくくられている。 Conclusion & Next Step NEXT STEP 今回、他の前駆体分子のアミノアセトニトリルやメチルアミン(図2参照)についても同時に観測を行ったが、メチレンイミンと同程度のノイズレベルでは成功に至らなかった。これらの分子の探査は図2に示した化学進化のプロセスを考える上でも重要である。今回得られたメチレンイミンの豊富な天体をターゲットに見据え、ALMAの観測提案に応募したい。 観測成果 アミノ酸の種と考えられる有機分子、メチレンイミンを多天体で探査した。その結果、これまで知られていたソースの数を増やし、星形成領域で普遍的に存在している可能性を示唆した。またその形成過程についても新たな情報を与えた。 このような分子の豊富な領域は、将来ALMAによる高感度観測を行う際に重要なターゲットとなり得る。