個体と多様性の 生物学 第8回 生きること、死ぬこと 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.

Slides:



Advertisements
Similar presentations

Advertisements

理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 発生・再生科学総合研究センター. 発生メカニズムの解明 1つの受精卵からどの様にして複雑な個体が発生 するのか。 再生メカニズムの解明 生物はどのようなメカニズムで、怪我や病気、加齢で失った 組織や臓器を再生するのか。 再生医療への学術基盤の構築 細胞移植を中心としたヒトの再生医療に応用可能な発生・再生メカニズムの.
1.異種移植の推進になぜ遺伝子改変が必要か. 2.マウスでの遺伝子改変 (gene targeting) 法. 3.ミニブタでの遺伝子改変 (gene targeting) 法. -マウスと異種移植用動物での gene targeting 法の違い- 4.異種移植用遺伝子改変ミニブタ開発における現在の問題点と解決の方.
がん細胞がどのようなものかを理解するためには、正常細胞がどのように生きて死んでいくのかを理解し、正常細胞とどの点が違うのかを理解する必要がある。 がん細胞は決してスーパーマンではありません!!
生物学 第4回 多様な細胞の形と働きは      タンパク質のおかげ 和田 勝.
1
脂質代謝.
J Dermatol Sci ;75(1): Resveratrol inhibition of human keratinocyte proliferation via SIRT1/ARNT/ERK dependent downregulation of AQP3 レスベラトロールによるヒトケラチノサイトの増殖阻害は.
IPS細胞の可能性 地域文化論講座二回 高瀬浩規.
無脾症候群  無脾症候群は、内臓の左右分化障害を基本とする病気です。 その中で、左右とも右側形態をとるものを無脾症候群と呼んでい ます。脾臓が無いか非常に小さな場合が多く感染症に耐性がありません。  多種多様な心奇形を呈しますが、単心室、肺動脈閉鎖・狭窄、総肺静脈還流異常(しばしば肺静脈狭窄を呈します)、共通房室弁口遺残(心房─心室間の弁がきちんと左右2つに分化しておらず、しばしば弁逆流を合併します)を高頻度に合併しています。全国的に、現在でも先天性の心疾患の中で最も治療が難しい疾患の1つです。
2012年度 総合華頂探求(生命情報科学実習) 華頂女子中学高等学校 2年 医療・理系コース 小倉、北川、木村、久留野、田中、野村、山下
個体と多様性の 生物学 第7回 体を守る免疫機構Ⅱ 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
RNA i (RNA interference).
特論B 細胞の生物学 第2回 転写 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
生物学基礎 第4回 細胞の構造と機能と      細胞を構成する分子  和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
動物への遺伝子導入 hGH 遺伝子 右:ひと成長ホルモン遺伝子を 導入したラット 左:対照ラット
遺伝子導入とクローン技術.
活性化エネルギー.
肝炎の知識 担当:唐沢 治.
Targeting of Receptor for Advanced Glycation End Products Suppresses Cyst Growth in Polycystic Kidney Disease The Journal of Biological Chemistry, 2014,
生物学 第11回 多細胞生物への道 和田 勝.
分子医学の急進展:発生分化を中心として 受精、発生がわかってくると すぐ生殖医療が始まった
寿命の問題を考える 寿命はなぜ決まっているのか 老化、加齢の問題とは何か.
内胚葉(間葉)から血液と血管系が作られる
好気呼吸 解糖系 クエン酸回路 水素伝達系.
老化のメカニズム 1.遺伝子と老化 1)長寿関連遺伝子 2)老化関連遺伝子 3)テロメアと寿命 2.カロリー制限と寿命延長
3)たんぱく質中に存在するアミノ酸のほとんどが(L-α-アミノ酸)である。
生命科学基礎C 第5回 早い神経伝達と遅い神経伝達 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
生命科学基礎C 第3回 神経による筋収縮の指令 -ニューロン 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
生命科学基礎C 第9回 免疫Ⅱ 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
生体分子を構成している元素 有機分子   C, H, O, N, P, S(C, H, O, N で99%) 単原子イオン 
生物科学科(高分子機能学) 生体高分子解析学講座(第3) スタッフ 教授 新田勝利 助教授 出村誠 助手 相沢智康
* 研究テーマ 1.(抗)甲状腺ホルモン様作用を評価するバイオアッセイ系の確立 2.各種化学物質による(抗)甲状腺ホルモン様作用の検討
個体と多様性の 生物学 第5回 突然変異とDNA修復機構 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
生命科学基礎C 第4回 神経による筋収縮の指令 -伝達 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
論文はざっと見る。最初から細かく読まない!
癌の誕生と遺伝子異常.
個体と多様性の 生物学 第6回 体を守る免疫機構Ⅰ 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
生命科学基礎C 第10回 個体の発生と分化Ⅰ 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
コレステロール その生合成の調節について 家政学部 通信教育課程 食物学科 4年 大橋 万里子 佐藤 由美子 鷲見 由紀子 堀田 晴 子
高脂血症の恐怖 胃 基礎細胞生物学 第14回(1/22) 2. 胃酸の分泌 1. 胃 3. 消化管(小腸)上皮細胞の更新
農学部 資源生物科学科 加藤直樹 北村尚也 菰田浩哉
コンゴー赤染色 (Congo red stain) アミロイド染色
個体と多様性の 生物学 第7回 体を守る免疫機構Ⅱ 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
第19回 HiHA Seminar Hiroshima Research Center for Healthy Aging (HiHA)
細胞周期とその調節.
DNAメチル化とクロマチン構造の変化による転写制御のモデル
・Proof readingについて ・PrimerのTm値について
植物系統分類学・第15回 比較ゲノミクスの基礎と実践
特論B 細胞の生物学 第5回 エネルギー代謝 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
生命科学基礎C 第8回 免疫Ⅰ 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
研究内容紹介 1. 海洋産物由来の漢方薬の糖尿病への応用
Central Dogma Epigenetics
遺伝子診断と遺伝子治療 札幌医科大学医学部 6年生 総合講義 2001年4月16日 2019/4/10.
1月19日 シグナル分子による情報伝達 シグナル伝達の種類 ホルモンの種類 ホルモン受容体 内分泌腺 ホルモンの働き.
生命科学基礎C 第1回 ホルモンと受容体 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
カルビンーベンソン回路 CO23分子が回路を一回りすると 1分子のC3ができ、9分子のATPと 6分子の(NADH+H+)消費される.
個体と多様性の 生物学 第3回 突然変異とDNA修復機構 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
個体と多様性の 生物学 第6回 体を守る免疫機構Ⅰ 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
遺伝性疾患・先天性疾患  染色体・遺伝子の異常とその分類  遺伝性疾患  先天性疾患.
1.細胞の構造と機能の理解 2.核,細胞膜,細胞内小器官の構造と機能の理解 3.細胞の機能,物質輸送の理解 4.細胞分裂過程の理解
Department of Neurogenomics
老化研究 最近の進展 ウェルナー症の原因遺伝子の特定 Yuら(1996) 遺伝子ノックアウト法によるヒト老化モデルマウス ( kl - /
学習目標 1.細胞の構造と機能の理解 2.核,細胞膜,細胞内小器官の構造と機能の理解 3.細胞の機能,物質輸送の理解 4.細胞分裂過程の理解
11月21日 クローン 母性遺伝.
好気呼吸 解糖系 クエン酸回路 電子伝達系.
特論B 細胞の生物学 第6回 エネルギーはどこから 和田 勝 東京医科歯科大学教養部.
植物のCa2+-活性酸素情報伝達ネットワークと自然免疫・形態形成の制御
⑥ ⑤ ① ③ ② ④ 小胞の出芽と融合 11/20 ATPの使い途2 出芽 核 細胞質 供与膜 融合 標的膜 リソソーム
好気呼吸 解糖系 クエン酸回路 電子伝達系.
Presentation transcript:

個体と多様性の 生物学 第8回 生きること、死ぬこと 和田 勝 東京医科歯科大学教養部

細胞の誕生 生命の進化の過程で原核生物が誕生し、やがて真核生物が進化してきた。 こうして誕生した有性生殖を行う生物では、受精によって新しい生命が誕生する。 真核生物の個体を構成する細胞は増殖の観点から3つに分けられる。

増殖から見た細胞の分類 ●分化した細胞で、増殖能を失った細胞。 神経細胞、心筋、目や耳の感覚細胞。  ●分化した細胞で、増殖能を失った細胞。      神経細胞、心筋、目や耳の感覚細胞。  ●分化した細胞で、条件により細胞再生できる      これらの細胞はある条件下では活発に増殖す       るようになる      たとえば肝臓を部分切除すると数日でまたもと       の大きさにまで細胞が増殖する      腎臓は片方とると残った方が大きくなる(代償       性肥大)   ●幹細胞(stem cell)による細胞再生系      皮膚、消化管、造血組織、精巣など

幹細胞について 幹細胞(stem cell)には分化能力に違いに応じて、種類がある。 いわゆるES細胞で、多能性(pluripotent)  ●胚性幹細胞(embryonic stem cell)    いわゆるES細胞で、多能性(pluripotent)    内部細胞塊より得られる  ●体性幹細胞(somatic stem cell)    発生が終わった生体にあるES細胞で、    分化の方向性がある程度決まっている     Multipotent(造血幹細胞がこれ)     Unipotent (皮膚や精子の幹細胞) 

幹細胞について ES細胞は、受精卵から採取するしか方法はない。 そこで普通の細胞をpluripotentにする方法が探索され、皮膚の繊維芽細胞(fibroblast)を操作して、pluripotentにすることができた。これが、induced pluripotent stem(iPS)細胞である。

iPS細胞について 繊維芽細胞にレトロウイルスを使って、以下の4つの遺伝子を導入し、pluripotentにすることに成功した。 Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc Oct4:homeodomain transcription factor of the POUfamily Sox2 is a transcription factor KLF4 is a one of the Krüppel-like family of transcription factors (Klfs), so named for their homology to the Drosophila Krüppel protein cMyc is a protooncogene that encodes a transcription factor

DNAとタンパク質の相互作用 ホメオドメインタンパク質 ロイシン ジッパー ジンク フィンガー

分化した細胞と幹細胞の違い 繊維芽細胞を継代培養すると、およそ50回細胞分裂後に分裂能力を失う(ヘイフリック限界)。 細胞分裂の回数を数えるカウンターが備わっているらしい。 テロメアというDNA両端の構造が関係すると考えられるようになる。

テロメアとは? セントロメアに対して、染色体の末端の部分につけられた名前。染色体両端を保護する構造だと考えられた。 染色体を構成するDNAの構造がわかると、DNAの末端部分をもテロメアと呼ばれるようになる。

DNA複製の復習

DNA複製フォーク DNAポリメラーゼを中心としたこれらの酵素群を「複製装置」という

矢印の向きに末端までいくと ラギング鎖では、完全に末端までは複製できない。そのため、末端にTTAGGGの繰り返しがあって、ここには遺伝情報がなく、細胞分裂のたびに短くなっていく。この部分をテロメアというようになる。実際はループになっている。

テロメアは細胞分裂カウンター テロメアは細胞分裂のたびに短くなり、ある程度以上短くなると、分裂能力を失う。 細胞分裂を繰り返す幹細胞ではどうなっているのか?

幹細胞にはテロメア復活機構 幹細胞にはテロメアの長さを元に戻す、テロメラーゼという酵素が存在する。 テロメラーゼがテロメアの長さを維持して、細胞分裂が続くようにしていると考えられている。

幹細胞による細胞再生系 分裂して 分化する 未分化のまま

幹細胞による細胞再生系 小腸上皮細胞

幹細胞による細胞再生系 皮膚の上皮細胞

幹細胞による細胞再生系 各種血液細胞

細胞の死 細胞の死には2種類ある ネクローシス(necrosis、壊死) アポトーシス(apoptosis) 損傷を受けたり、酸素供給の不足による死 徐々に膨らみ、ミトコンドリアが崩壊、細胞膜が 破れて中身が流れ出してしまう。  アポトーシス(apoptosis) 自発的な死(プログラムされた細胞死とも言う)  細胞は縮み、核が凝縮、核が断片化、最後は細胞も断片化して大小の小胞に。アポトーシス小体はマクロファージに取り込まれて除去される。

アポトーシス 核が断裂している

アポトーシス

発生に見られるアポトーシス まず大まかなあしのかたちが作られ、ニワトリでは指の間の細胞がアポトーシスの過程で死ぬが、アヒルではアポトーシスがあまり起こらない。  発生の過程ではこの方式でかたちづくりが起こることが多い。 

発生に見られるアポトーシス 神経細胞が標的細胞と軸索で連絡網を形成するとき、多めに作って余分なものを間引く。 死を伝える情報タンパク質が受容体を介して細胞に働きかけ、あるいは生存を保障する成長因子が不足していて、その結果、細胞内で多くのタンパク分解酵素群が動き出し、死を誘導しているらしい。

アポトーシス 上の例のように、内因性に起こるアポトーシスと、外からの信号で起こるアポトーシスがある。

アポトーシスの共通経路 カスパーゼと総称される酵素によるカスケード反応。 信号→中継型カスパーゼ→実効型カスパーゼ 実効型カスパーゼがCAD(caspase activated DNAse)やタンパク質分解酵素を活性化する

アポトーシスの概念図

アポトーシスの引き金 内因性の引き金: 1)DNA修復不可→p53 2)小胞体での異常タンパク質の 合成 外因性の引き金:  2)小胞体での異常タンパク質の    合成 外因性の引き金:  1)キラーT細胞のFasリガンドや    サイトカインの一種(TNF)  2)接着分子からの情報欠如

老化 老化を一言で言うのは難しいが、しわだとか、しみだとか特徴的なことが起こることも事実である。 個体差が大きいので、老化に関する学説もさまざまである。テロメアとの関係はどうなっているのか。

Hatchinson-Gilford症候群

Werner症候群

Hatchinson-Gilford症候群 多くの症例でGGC→GGTの点突然変異だった。これはサイレント突然変異(グリシン→グリシン)である。

Hatchinson-Gilford症候群 なぜサイレント突然変異なのに、症状が出るのか? スプライシングの時に、目印と間違われて、エクソンの一部も余分にスプライシングされ、短いタンパク質ができてしまう。これが原因だった。教科書224ページ参照。

Werner症候群 原因遺伝子はヘリカーゼ(DNAを ときほぐす)をコードしている。このヘリカーゼはN末端側にエクソヌクレアーゼ活性がある。 誤りを含んだDNAを解いて、誤りを切り出し、修復をしてDNAの安定化するのに寄与している。

Werner症候群 この遺伝子の突然変異のために、十分な修復ができず、DNAに誤りが蓄積していく。

病気 生物学的に見れば、次の5つに分類できるだろう。 1)遺伝あるいは突然変異によるタンパク 質の異常   質の異常 2)栄養の不足によるタンパク質機能異常 3)病原菌による(内毒素と外毒素) 4)ガン 5)人間活動に起因するもの(公害など)

ガン ガンは遺伝子の異状によるタンパク質の活性異状による病気だが、特に機能不全ではなく機能高進(浸潤、転移など)を特徴とする。 ガン化は、ガン遺伝子とガン抑制遺伝子の両方に異状が起こったときに発症する。

ガン ガン遺伝子:細胞のシグナル伝達に関与する因子、受容体の遺伝子 ガン抑制遺伝子:p53(細胞周期を監視して細胞周期を止めたり、アポトーシスを起こすタンパク質を誘導する)が有名

コレラ菌による病気 症状:コレラ菌の出す毒素コレラトキシンにより、嘔吐と下痢を起こし、脱水症状がひどくなるとしに至る。

コレラ菌による病気 コレラトキシンは、細胞の表面の糖鎖と結合する。

コレラトキシンによる脱水

コレラトキシンによる脱水 サブユニットAが分解され、A1が細胞膜にあるGsタンパク質のαサブユニットをリボシル化するので、Gsタンパク質の活性化スイッチがオンの状態になってしまう。 ATP→cAMPが働き続き、細胞内にcAMPが上昇。Clポンプが動き続ける。

コレラトキシンによる脱水 その結果、水も腸管側に出てしまい下痢となり、これを補うために血中の水が動員されて脱水症状となる。

細胞の死と個体の死