埼玉大学 大学院理工学研究科 物理機能系専攻 物理学コース 11MP109 佐藤加奈恵 Fe同位体の荷電変化断面積と 荷電半径 埼玉大学 大学院理工学研究科 物理機能系専攻 物理学コース 11MP109 佐藤加奈恵
内容 ・背景 ・研究目的 ・実験(測定方法、施設、セットアップ) ・解析と結果 ・考察 ・まとめ
背景 :安定核 :β+崩壊する核 :β-崩壊する核 :ハロー核 :安定核 :β+崩壊する核 :β-崩壊する核 :ハロー核 核半径の測定 →不安定核特有の構造を 明らかにすることができる 反応断面積測定 →核子密度分布を決定 まずは背景です。ここに示したのは核図表の一部で、横軸中性子数、縦軸陽子数で表されています。このようにたくさんの 核種が存在しますが、それらの核半径を系統的に測定することで、安定線から離れたところでの核構造の変化や、不安定核特有のハローやスキンといった構造を明らかにすることができます。 これまでに反応断面積の精密測定から、核子密度分布を良い精度で決定できることが示されています。 しかし、反応断面積は核物質全体に敏感な量であるため、陽子半径と中性子半径を分離することはできませんでした。 陽子半径と中性子半径の差は、核物質の状態方程式を解明する手がかりとなるため、これらを独立に決定することが望まれています。
背景 そこで・・・ 荷電変化断面積 (Charge Changing Cross Section : σcc) 陽子半径を求める 荷電半径:電子散乱やIsotope Shift等により精度よく決まる 適用範囲が限られる そこで・・・ 荷電変化断面積 (Charge Changing Cross Section : σcc) 陽子半径を求める 原子核(特に陽子)の大きさの尺度を表すものとして荷電半径がありますが、その荷電半径を精密に測定する方法としてよく知られているのが、電子散乱やIsotope Shiftです。これらの方法により、荷電半径が既知の場合は、測定した物質半径により中性子半径を抽出することが可能です。しかし、電子散乱やIsotope Shiftは実験技術の観点から適用範囲が限られてしまいます。そこで、本実験では これらの方法では測定できない範囲で測定できる方法として、 陽子密度分布に感度のある荷電変化断面積(Charge Changing Cross Section:σcc)を測定し、そこから実験的に陽子半径を得ることを目標としました。
背景 これまでに・・・ ・28Siσccのエネルギー依存性測定 ・軽い核(9-11Be,16-18O等)のσcc測定 @300MeV/u →15,16Cの荷電半径を決定 Si on C target 本実験ではこれまでに 荷電半径が既知の安定核28Siについてσccのエネルギー依存性の測定を行い、その結果から入射核の陽子分布のみを考慮したグラウバー計算に10%程度の補正を加えることでそれらの実験値を再現することを見出しました。また、荷電半径が既知である安定核と不安定核に対して約300MeV/uで同様の実験を行い、数%の精度でσccの再現に成功しています。 つまり質量の軽い領域では、一定の補正を加えたグラウバー理論を利用してσccの実験値から陽子半径(または荷電半径)を得ることができるということになります。 この方法をIsotope Shiftの測定が困難な15,16Cに適用し、荷電半径を決定しています。 T.Yamaguchi et al., Phys.Rev. C 82 (2010) 014609 T.Yamaguchi et al., Phys.Rev.Lett. 107 (2011) 032502
重い核では適用できる? ・Fe領域近傍安定核のσcc測定 ・陽子過剰側Fe同位体のσcc測定 研究の目的 重い核では適用できる? ・Fe領域近傍安定核のσcc測定 ・陽子過剰側Fe同位体のσcc測定 荷電半径を精密に測定する方法としてよく知られているのが、電子散乱やIsotope Shiftです。これらの方法により、荷電半径が既知の場合は、測定した物質半径により中性子半径を抽出することが可能です。しかし、電子散乱やIsotope Shiftは実験技術の観点から適用範囲が限られてしまいます。そこで、本実験では陽子密度分布に感度のある荷電変化断面積(Charge Changing Cross Section:σcc)を測定することにより実験的に陽子半径を得ることを目標としました。
実験 荷電変化断面積σcc トランスミッション法 Nin:入射粒子数 Nout:Zの変化しない粒子数 入射核の原子番号Zが変化する確率 →入射核の陽子分布を反映する量であると予想される トランスミッション法 反応標的前後の粒子の計数から断面積を導出する方法 Nin:入射粒子数 Nout:Zの変化しない粒子数 続いて実験についてです。まず、荷電変化断面積とは何かというと、入射核と標的核が反応を起こして、入射核の原子番号Zが変化する確率を表します。つまり、これは入射核の陽子分布を反映する量であると予想されます。 この荷電変化断面積を測定する方法として、トランスミッション法を用いました。 トランスミッション法は反応標的前後で目的の粒子の計数から断面積を導出する方法です。 図のように反応標的の前と後ろに設置した検出器の情報から計数します。ここでは、反応標的前段で入射粒子数を、反応標的後段ではZの変化しない粒子を計数してσccを導出します。 ここで注意すべき点は、入射粒子は反応標的以外にもビームライン中に置かれた検出器などでもわずかに反応をおこしてしまいます。この効果を補正するために、反応標的を抜いた状態で同様の測定を行い、断面積を導出します。 :反応標的ありでの :反応標的なしでの :単位面積当たりの粒子数
実験 1次ビーム 56Fe, 70Ge(500MeV/u) 反応標的 C(1.748 or 1.810g/cm2) シンクロトロン 放射線医学総合研究所(千葉県) 重粒子線がん治療装置(HIMAC) 2次ビームコース:SB2コース 2次ビームコース 1次ビーム 56Fe, 70Ge(500MeV/u) 反応標的 C(1.748 or 1.810g/cm2) Al(1.88 g/cm2) 2次ビーム 51-58Fe(300MeV/u@標的中心) 本実験は千葉県にある放射線医学総合研究所の重粒子線がん治療装置HIMACにて行いました。 こちらがHIMACの全体像です。イオン源室にてイオン化された粒子は線形加速器で初期加速され、その後シンクロトロンで加速されて下流にある医療用照射室や実験室に送られます。本実験では2次ビームコースにSB2コースを使用しました。 1次ビームには核子あたり500MeVに加速された56Feまたは70Geを使用し、反応標的には炭素とアルミの2種類を適宜使用しました。作成した2次ビームは51-58Fe等で反応標的中心で核子あたりでおおよそ300MeVとなるよう調整し、数回の実験に分けて測定を行いました。
実験 SB2コース 検出器セットアップ つづいてSB2コースに設置した検出器等のセットアップです。こちらはSB2コースの概略図です。加速した1次ビームをF0焦点面に設置したBeの生成標的に照射し、入射核破砕反応により2次ビームを生成します。生成された2次ビームはF1,F2,焦点面を通り、最下流のF3焦点面に到達します。各焦点面にはこのような検出器を設置しました。数回の実験で検出器のセットアップは多少異なりますが、F1とF3のプラスチックシンチレーターや、F2のSi検出器、F3の位置検出器PPACやΔE検出器など、基本的なものは共通しています。ここに示したセットアップは57Feと58Feの測定を行った実験で使用したものです。
実験 粒子識別 Br -TOF- DE 法 Bρ-TOF-DE法 磁気剛性率(Bρ) 飛行時間(Time of Flight) → F2Si検出器 次に粒子識別の方法ですが、反応標的前段ではBρ-TOF-⊿E法を用いました。Bρ-TOF-⊿E法とは、磁気剛性率Bρ、粒子の飛行時間TOF、エネルギー損失⊿Eの3つの情報から粒子を識別する方法です。本実験では、Bρは双極子磁石D2、TOFはF1とF3のプラスチックシンチレーター、ΔEはF2Si検出器を用いて粒子を識別しました。
解析と結果 58Fe 反応標的前段 F2Si dE [MeV] F1-F3 TOF [ns] ガウスフィットしてゲート ・TOF ±3σ ・ΔE(F2Si,F3Si1・2) ±2σ PPAC ±15mm 反応標的前段 250 104 103 230 61Co 60Co 59Co 102 58Fe 59Fe 10 F2Si dE [MeV] 210 57Fe 110 112 114 116 118 120 57Mn 56Mn F1-F3 TOF[ns] 55Mn 190 103 では、実際にどのように解析を行うか絵を見ながら説明します。 まずは反応標的前段の粒子識別です。前段の解析ではF0に設置された生成標的によって生成された不安定核ビームの中から、目的の核種がいくつ存在するかを計数します。 以降では例として58Feの解析について説明します。 こちらは横軸にF1-F3間のTOF、縦軸にF2Siのエネルギー損失を取った相関図です。 真ん中の赤で囲まれたものが58Feで、その他にもたくさんの核種が混ざってF3まできていることがわかります。ここから、58Feのみを選択するために、TOFとΔEの一次元ヒストグラムでゲートをかけます。それぞれ分解能を考慮して、TOFはガウスフィットして±3σ、ΔEはガウスフィットして±2σでゲートしました。その結果がこちらで、このように58Feのみが選択されているのがわかります。 170 102 10 150 1 110 112 114 116 118 120 100 160 220 280 F1-F3 TOF [ns] F2 Si ΔE[MeV]
解析と結果 Target outについても 同様の解析を行う 反応標的後段 ・Zの識別のみ Z=26をガウスフィットして ±3σでゲート Fe 103 102 Target outについても 同様の解析を行う Mn Cr V Ti Sc 101 続いて反応標的後段の粒子識別です。後段はZの識別のみでよいので、ΔE検出器を用いて粒子を選択します。 こちらは前段の粒子識別の結果を反映したICのヒストグラムです。横軸はchで、縦軸がカウント数です。一番大きなピークがFe(Z=26)で、その左がMn、Cr、V・・・と続きます。ここではFeのピークをガウスフィットして±3σでゲートしました。その結果がこちらで、これで前段・後段の粒子の計数が完了です。Target outについても同様の解析をおこない、荷電変化断面積を導出しました。 1 2000 4000 6000 8000 IC ΔE [ch]
解析と結果 A target σcc [mb] error[mb] 51 C 1525 20 52 1523 13 53 1535 16 54 1518 15 55 1519 14 56 1507 17 57 1506 30 58 1499 12 59 1475 60 1493 Al 2011 29 2061 2039 27 2040 41 on C target こちらが全解析結果です。誤差は統計誤差です。 このうち、59と60Feに関しては最近の実験で得られたデータで、私自身の解析結果ではありませんが参考として載せています。 右の図はC標的に対する荷電変化断面積のデータで、横軸は質量数、縦軸はσccとなっています。
考察 安定核の荷電半径 54,56,57,58Feは荷電半径が既知 陽子分布半径を計算 グラウバー理論でσccを計算 A rc [fm] error [fm] rp [fm] 54 3.6931 0.0018 3.5956 0.0049 56 3.7371 0.0015 3.6420 0.0047 57 3.7534 0.0017 3.6593 58 3.7748 0.0014 3.6819 0.0046 54,56,57,58Feは荷電半径が既知 陽子分布半径を計算 :陽子,中性子1個のrms半径 結果について考察していきます。 測定したFe同位体の中でも54,56,57,58Feは安定核で荷電半径が既知です。この既知の荷電半径から陽子半径が計算できます。 荷電半径と陽子半径は厳密にはことなりこのような関係で結ばれています。 その結果がこちらです。右下のグラフは横軸に質量数、縦軸に荷電半径を取ってプロットしたものです。質量数が大きくなるにつれて荷電半径も増加している様子が見られます。 ここでさらに、グラウバー理論を用いてσccを計算し、実験値と比較してみます。 さらに・・・ グラウバー理論でσccを計算
考察 実験値と理論値は10%以内の精度で一致! 質量依存?一定? グラウバー計算 ~安定核~ 陽子-陽子(中性子-陽子)断面積 グラウバー計算 ~安定核~ 陽子-陽子(中性子-陽子)断面積 過去の様々な実験により既知 標的核(12C)の密度分布 調和振動子(HO)型を仮定 入射核の陽子密度分布 フェルミ型を仮定 diffuseness a=0.65 に固定 Half radius Rを調整して計算 :衝突パラメータ :標的の陽子密度 :陽子-陽子断面積 :入射核の陽子密度 :中性子-陽子断面積 :標的の中性子密度 実験値と理論値は10%以内の精度で一致! A σccexp [mb] σcccal [mb] ratio 54 1518±15 1559.304 0.9735 56 1507±17 1577.568 0.9553 57 1506±30 1583.077 0.9513 58 1499±12 1593.158 0.9409 理論値の計算にはこの2式を用いました。このうち、陽子-陽子断面積と中性子-陽子断面積は過去の様々な実験により既知です。標的核の密度分布は調和振動子型とし、過去のデータを再現するようなパラメータを使用しています。入射核の陽子密度分布はフェルミ型を仮定しました。Diffusenessはa=0.65に固定し、half radius Rを調整し、先ほどの陽子半径に矛盾のないσccを導出しました。その結果がこちらです。 グラフには横軸に質量数、縦軸には実験値と理論値の比をとっています。 この結果、実験値と理論値は10%以内の精度で一致していることがわかります。 このことから、質量の軽い領域でσccを決定してきた方法が、Fe等の重い領域でも有効であることがわかりました。 また、質量数が増えるにつれて比の値が減少していることから、質量依存性があることが示唆されますが、広い範囲で10%以内に収まっていることから、比がほぼ一定(傾きなしの定数)であるとも見て取れます。そこで次に質量依存性を持つ場合と、傾きなしの定数とみなした場合に分けて考えていきます。 質量依存?一定?
考察 56Feを参照核とした (1)質量依存性を考えた場合 他核種も依存性をもつと考えて 荷電半径を推測 近似直線の式 ×印は経験式より導出 A ratio σccexp [mb] σcccal [mb] rp [fm] rc [fm] err [fm] 51 0.99674 1525±20 1529.987 3.516 3.6174 0.0500 52 0.98894 1523±13 1540.179 3.544 3.6440 0.0350 53 0.98094 1535±16 1568.812 3.608 3.7057 0.0418 55 0.96513 1519±14 1573.881 3.634 3.7298 0.0370 59 0.93351 1475±16 1580.058 3.652 3.7449 0.0419 60 0.92561 1493±13 1612.990 3.731 3.8215 0.0351 ×印は経験式より導出 まず、質量依存性を考えた場合です。先ほどの質量数と比の相関で、近似直線をひくとこのようになります。式はこちらで、ここではyが比を、xが質量数を表します。 今回測定した不安定核もこの依存性を持つと考えて荷電半径を推測しました。 その結果がこちらです。近似式からそれぞれの比がわかるので、実験値と比から理論値を導出し、グラウバー理論によりその理論値に矛盾のないような陽子半径を求め、陽子半径と荷電半径の関係式から荷電半径を計算しました。 この結果を質量数との相関で見るとこのようになります。 青が導出した荷電半径で、×印はこの式で表される荷電半径の系統性から導出した値です。 ここで、R0,A0はそれぞれ参照核の荷電半径と質量数で、本研究では56Feを参照核に用いました。 :参照核の荷電半径 :参照核の質量数 56Feを参照核とした
考察 (2)傾きなしの定数と考えた場合 質量依存性を考えた場合と 傾きなしの定数と考えた場合では 荷電半径は最大で約0.16fm差がある A σcccal [mb] rp [fm] rc [fm] err [fm] 51 1596.41 3.683 3.7799 0.0500 52 1594.32 3.680 3.7764 0.0350 53 1606.88 3.713 3.8080 0.0418 55 1590.13 3.674 3.7688 0.0370 59 1544.07 3.561 0.0419 60 1562.91 3.606 3.6995 0.0351 A rc1 [fm] rc2 [fm] rc1-rc2 51 3.6174 3.7799 0.1625 52 3.6440 3.7764 0.1323 53 3.7057 3.8080 0.1023 55 3.7298 3.7688 0.0389 59 3.7449 0.0886 60 3.8215 3.6995 0.1219 次に比が傾きを持たず一定であるとみなした場合に同じ計算を行いました。 ここでは比を56Feの0.9553に固定して考えています。 その結果がこちらです。これを先ほどと同じグラフにするとこのようになります。 ここで、質量依存性を考えた場合と、傾きなしの定数と考えた場合では 荷電半径に最大で約0.16fmの差があることが分かりました。 質量依存性を考えた場合と 傾きなしの定数と考えた場合では 荷電半径は最大で約0.16fm差がある
まとめ ・Fe同位体(51-58Fe)の荷電変化断面積σccを測定した ・安定核54,56,57,58Feについて、グラウバー計算で → 実験値と理論値は10%以内の精度で一致した → この方法が重い核でも有効であることがわかった ・断面積比の傾向から、質量依存と一定二つの場合に ついて不安定核のσcc実験値から荷電半径を推測した 最後にまとめです。 本実験では、質量の軽い領域でσccを決定してきた方法を重い領域でも適用するため、 放射線医学総合研究所の加速器HIMACを用いてFe同位体の荷電変化断面積の測定を行いました。 そして、安定核である54,56,57,58Feについて補正を加えたグラウバー計算で 既知の荷電半径からσcc理論値を計算し、実験値との比較を行いました。 その結果、実験値と理論値は10%以内の精度で一致しており、この方法がFe等の重い核でも有効であることが分かりました。 また、実験値と理論値の断面積比の傾向から、質量依存性のある場合と一定の場合について不安定核のσcc実験値から陽子半径を計算し、荷電半径を推測しました。 この2つの場合では荷電半径に最大で約0.16fmの差があることが分かりました。 → 2つの場合では荷電半径に最大約0.16fmの差が でた(約4~5%の誤差)
おわり