捩れ秤による 量子場の零点振動力の測定 TAMAシンポジウム 2/6.7 増田正孝、青木利文、佐々木真人 東保男 新谷昌人

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捩れ秤による 量子場の零点振動力の測定 TAMAシンポジウム 2/6.7 増田正孝、青木利文、佐々木真人 東保男 新谷昌人 東京大学宇宙線研究所  増田正孝、青木利文、佐々木真人 高エネルギー加速器研究機構 東保男 東京大学地震研究所 新谷昌人

量子場の零点振動力(カシミール力)とは d H.B.G.Casimir, Proc. K. Ned. Akad. Wet. 51, 793 (1948) QEDによる帰結:  真空中での電磁場のゼロ点振動エネルギー:境界条件により差を持つ  2枚の金属平板の存在するときと、存在しないときでの差をとる d まず量子場の零点振動力とは何かということですが、1948年にカシミールがQEDによる帰結として 最初に提唱したので、一般的にはカシミール力と呼ばれています。 電磁場の量子である光子の零点振動エネルギーは1/2エイチバーωで表されますが、図のように金属の板が存在しているときと、全く何も存在していない時とで異なる値になります。 その理由は金属の中には電場が入り込めず、金属表面で電場が0となるからです。 図のように2枚の平行な金属平板が存在するときと存在しないときの零点振動エネルギーの差を取ると 距離の3乗に反比例する有限の値になります。 これを距離dで微分することによりこの2枚の金属平板の間には距離の4乗に反比例する引力が働くこと になります。 実際には2枚の平行平板では平行度を調節するのが難しいため、 自分たちの実験では金属極板の形状は、片方は平板を用いて、もう片方は球面を用いています。 この形状ではカシミール力は距離の3乗に反比例します。 実際の金属の間に働くカシミール力は、金属が完全には導体でなく、導電率が有限であること・有限の温度によるエネルギーを持つ事・金属表面 が完全に平らではなく凹凸をもつことの3点を考慮して計算する必要があります。 有限の導電率・有限の温度・表面の粗さ を補正

実験の目的 1~10µmレンジでカシミール力を精密測定 理論  有限温度による補正項の理論   に関して異なる値 ・M.Bostrom et al. PRL 84 4757 (2000) ・B.Geyer et al. PRL 85 503 (2000) 未知の力に対するプローブ 余剰次元重力理論など 実験 温度補正項は未確認 ・.K.Lamoreaux, PRL 78,5 (1997)   0.6-6μm  ・A.Roy et al PRD60,111101(1999)   0.1- 0.9μm ・Ederth   PRA62,104(2000)  0.02-0.1μm この実験の目的は1~10μmのレンジでのカシミール力の精密測定です。 理論的にはカシミール力に対する有限温度の補正項に関してBostromとGeyerの2つのグループが大きく異なる値を主張しています。 右の図は横軸が極板間の距離で縦軸がカシミール力の大きさをログスケールであらわしたものです。 極板の形状は片方が平面で片方が球面を仮定していてGeyerのモデルを用いています。 青い線が温度が絶対ゼロ度でのカシミール力で、距離の3乗に反比例します。 赤線は300kの温度によるカシミール力への補正項です。 緑の線はその2つを足し合わせたもので、300kでのカシミール力を表します。 この図で分かるようにカシミール力に対する有限な温度による効果は極板間隔が離れているほど 顕著になります。 実験的には最近いくつかのグループがカシミール力を測定し、 1μmより近い距離では1%程度の精度で測定されましたが、遠距離では測定精度が足りないため この有限温度による補正の効果は確認されていません。 この実験ではこの有限温度によるカシミール力への補正項の検証を 目的とします。

測定の原理 カシミール力極板 フィードバック用極板 ねじれ秤 フォトダイオード レーザー ⊿V V0 1. ねじれ秤 1. ねじれ秤  ・T=138.3±0.2秒  ・Q=4.49±0.07 垂直磁場 2. 2枚の金属極板 3 ねじれの検知:光てこ  ・レーザー  ・フォトダイオード 4. 零位法   電気力を用いたフィード   バックによる制御 フォトダイオード レーザー 初段アンプ Vo+⊿V Vo-⊿V 積分回路 測定の原理についてです。 この図のようにねじれ秤を用いており、ねじれ秤にはカシミール力を働かせるための極板と フィードバック制御をおこなうための極板が取り付けてあります。 ねじれ秤の周期はOOOで、振動のQ値は約5です。 Q値が低いのは、ねじれ秤の捩れ以外の振動を減衰させるために、 垂直に磁場をかけているからです。 捩れの角度の検出は光てこを用いており、レーザー光からでた光をねじれ秤に取り付けた 鏡で反射させ、フォトダイオードで検出します。 捩れの信号はフィードバック回路に送られ、電気力信号としてねじれ秤に戻されます。 これによって捩れの振動は常に0に成るように制御が掛けられています。 フィードバック回路はフォトダイオードの出力を 一方で積分しもう一方で増幅して、その2つを足し合わせて電気信号にします。 積分回路は低周波でのフィードバックゲインを上げる為、増幅回路は高周波での フィードバックゲインを上げる為です。 測定したい力の信号はフィードバック信号から求めます。 足し算回路 和差算回路 ⊿V 増幅回路 V0

装置のセットアップ 球面(凸)鏡 平面鏡 真空チェンバー内 反射鏡 カシミール用極板 金を蒸着した石英 カシミール用極板 金を蒸着した石英 平面鏡:φ25.4mm、  面精度λ/10 球面鏡:φ40.0mm、R200mm 面精度λ/4 駆動系: 微動… ピエゾ11.6µm/100V        粗動… マイクロメータステージ フィードバック用極板 銅の平面極板 φ30mm 永久磁石 (表面  ~5000gauss)

装置の較正 ・ピエゾの較正 容量型センサーで較正 11.6µm /100V ヒステリシスが大きいため較正された経路のみ使用 フォトダイオードの較正 フォトダイオードの電圧 (V) 変位(μm) ・フォトダイオードの較正 角度のレンジ ±250μrad 出力/角度   3.65mV/μrad フォトダイオードに当たったレーザースポットの変位

接触電位差の測定 V 極板間にバイアス電圧102mVをかけて測定 極板1 極板2 接触電位差:異種金属の接触による電位差 この装置での異種金属の接触点:約20個所 極板間隔 約60µmの位置で バイアス電圧を変化させたときの電気力の測定 V バイアス電圧 (mV) ⊿V(V) 2次関数でフィットし接触電位差を測定 カシミール力の測定にとってバックグラウンドとなるのが接触電位差によって生じる電気力です。 カシミール力を働かせる2枚の極板は、電気的なチャージが溜まるのを防ぐために電気的に接触させます。 しかしこの電気的な配線を行うときに異なる種類の金属を用いるため電位差が生じます。 これが接触電位差と呼ばれるもので、一般的には数10から数100mVの電位差になります。 この実験のセットアップでは2枚の極板間における異なる種類の金属の接触点は約20点です。 この接触電位差は電圧が分かれば、バイアス電圧を加えることによってキャンセルすることが可能です。 今回、極板間に生じる電気力を測定することによって接触電位差を求めました。 方法は、まづ2枚の極板をカシミール力が働かない程度に離して、極板の間にバイアス電圧をかけ、 そのときに生じた力を測定しました。 左の図は極板間に掛けたバイアス電圧に対してねじれ秤に送られたフィードバック信号をプロットしたものです。 電気力は電圧の2乗に比例するため、2次関数でフィットした結果、接触電位差は約100mVとなりました。 カシミール力の測定においてはこの電圧をかけて、接触電位差をキャンセルさせました。 極板間にバイアス電圧102mVをかけて測定

フィードバックを用いた測定と解析方法 解析方法 フィードバック電気力 フィードバック電圧⊿Vの変化量を力に換算 フィードバック電圧の変化 ⊿V(V) 時間 (秒) ねじれ振動の残差 カシミール力測定環境  室温14.5℃ 真空度 ~3.0×10-4Torr 地震研究所地下にて 遠方約10μmの距離から カシミール力用の極板を近づけていき、 そのときに働いた力を求めた。 測定と解析方法についてです。 左の2つの図は実際の信号の例です。 上の図はフィードバック信号を時系列で表したもので、下の図はフォトダイオードの出力から求めた ねじれ秤の回転変位の残差の振動です。 フィードバックによって生じる電気力はこのような式(!)で表され、フィードバック電圧⊿Vに 比例します。この図では時刻350秒で極板に力を働かせたもので、この2つは同時にサンプリングしたものです。 フィードバック信号の変化量は ある一定の時間で平均値を引き算して求めます。 ねじれ秤の変位(μm) 時間 (秒)

測定結果と解析 4μmより遠方 カシミール力/電気力<5% 電気力でフィット V=10.37 mV Force (×10-9N) 4μmより遠方 カシミール力/電気力<5% 電気力でフィット   V=10.37 mV   χ2乗/ndf=2.741/3=0.9136 電気力曲線 電気力+カシミール力曲線 この図は横軸が極板の間隔、縦軸が極板間の力です。 測定点はこの黒い点で、赤線がカシミール力の理論式です。 バックグラウンドとなる接触電位差をキャンセルするために、 極板間にバイアス電圧を掛けていますが、それでも引けなかった残留電気力が バックグラウンドとして残っています。 この電気力を関数フィットで求めました。結果は10.37mVで 極板間隔が4μmよりも遠方では 予想される電気力に対してカシミール力は 5%以下になるので、4μmよりも遠方の4点を電気力でフィットしてこの残留電気力を求たところ 10.37mVとなりました。このときの自由度分のχ2乗は0.9136です。 緑の線はこの電気力にカシミール力の理論値を足し合わせた線です。 次にこの測定点からフィットで求めた電気力を差し引いてプロットしました。 Distance (μm) カシミール力理論曲線 測定点からこの電気力を差し引く

電気力を差し引いた後の結果 カシミール力理論曲線に対する χ2乗/ndf=4.143/3=1.381 F = 0に対する Force (×10-9N) カシミール力理論曲線に対する χ2乗/ndf=4.143/3=1.381 F = 0に対する χ2乗/ndf=26.91/3=8.973 確率にして 6.319×10-6~0.0006% これがバックグラウンドとなる電気力を差し引いた図で 横軸が極板間隔、縦軸が力です。 赤線はカシミール力の理論曲線です。 この測定点のカシミール力に対する自由度分のχ2乗を求めたところ1.381となりました。 また、カシミール力がないと仮定したとき、つまりF=0となる線からの 自由度分のχ2乗を求めたところ8.973となりました。 これは確率にして0.0006%となり、信号としては約5σになります。  Distance (μm) カシミール力理論曲線

系統誤差の評価 極板間隔の系統誤差 ・零点の位置 ~0.2µm ・ねじれ秤の腕の長さ 1.8% 極板間隔の系統誤差                  ・零点の位置                   ~0.2µm   ・ねじれ秤の腕の長さ 1.8%   ・フォトダイオードから反射鏡までの距離 0.7%   ・フォトダイオードの応答 約2%   ・ピエゾの応答                    約2%      合計                      <0.3µm   力の系統誤差               ・ねじれ秤の周期               0.2~0.3% ・ねじれ秤の腕の長さ 1.8% ・ねじれ秤の慣性モーメント 1.3% ・ピエゾの応答 約2% ・フィードバック用極板のdC/dx 3.3%      合計                     <5%

今後の展開:測定精度の改善へ 主なノイズ源は地面振動 防振装置の設置 低ノイズ環境への移行 1桁の改善 :10-12N ねじれ角度の振幅スペクトル密度 角度(μrad/Hz^0.5) 測定されたノイズ振動 主なノイズ源は地面振動 防振装置の設置 低ノイズ環境への移行 1桁の改善 :10-12N 最後に今後の展開についてです。 この図はねじれ秤のノイズ振動のスペクトルで、 横軸が周波数、縦軸がねじれの角度の振幅スペクトル密度で縦横共にログスケールで表しています。 青線:測定されたノイズスペクトル 紫の線:現在予想される熱雑音 緑の線:検出器の感度 これにより現在、測定感度をリミットしているノイズは地面振動と思われます。 今後、防振装置を取り付けるかまたはより地面振動の少ない場所へ移行することによって 1桁の改善が可能と考えています。 周波数(Hz) 熱雑音 検出器などのノイズ

今後の展開:温度補正項の確認へ 装置の低温化によって 10k~300kでの測定 ・STM検出器の導入 小型かつ高検出感度:40prad カシミール力の温度補正項 の確認へ さらに装置をクライオスタットに組み込んで10k~300kでのカシミール力の 測定を考えています。 この段階でねじれの角度の検出器を光てこから STMに変更することを考えています。 STMはトンネル電流を利用した変位計で角度に換算して 40pradの検出精度があります。 また小型のため低温化に都合が良いという利点もあります。 これは最初に見せたカシミール力と補正項の理論曲線図ですが、目標とする到達感度が紫の線で、温度補正項は 赤の線です。 これによりカシミール力の温度補正項の確認を目指します。

まとめ  目的:量子場の零点振動力(カシミール力)の検証 測定:ねじれ秤を用いて2~10μmレンジで行った 結果:カシミール力と矛盾しないことを確認  今後 ・低ノイズ振動化 ・STM検出器によるフィードバック制御 ・温度補正項の検証へ向け低温化