株主名簿の効力
株主名簿(名義書換)の会社に対する効力 株券不発行 振替不採用 株券発行 振替制度採用 名義書換請求時の 資格授与的効力 なし あり (株券の呈示、会131) (振替口座簿の記載、 振替143) 株主名簿に搭載 されていることによる あり* 名義書換における 会社の免責(手40Ⅲ) なし(民478) (株券呈示=権利者推定) (口座簿の記載 =権利者推定) 名義書換後の株主の 権利行使についての なし(民478)** *株券の資格授与的効力は及ばないが株主名簿制度の趣旨から認められる **免責的効力を認めるべきとの少数説あり
設問(a)-1 Aは、株券発行会社である甲社の株式をZから譲り受けたとして株券を甲社に提示して名義書換を請求した。請求時点で甲社はZから、当該株券はAに詐取されたものであるので名義書換に応じないように申し入れがあったが、甲社は名義書換に応じた。Zが甲社に対して名義をZに変更するように請求した場合、甲社はこれに応じなければならないか 設問(b)-1 Aは、株券不発行非振替会社である乙社の株式をZから譲り受けたとしてZの委任状を甲社に提示して名義書換を請求した。請求の時点で甲社はZから、委任状はAに詐取されたものであるので名義書換に応じないように申し入れがあったが乙社は名義書換に応じた。Zが乙社に対して名義をZに変更するように請求した場合、乙社はこれに応じなければならないか 。
設問(a)-2 (a)-1ののち、甲社は株主名簿搭載のAに対して配当を支払った。Zが甲社に対して配当の支払いを請求した場合、甲社はこれに応じなければならないか 設問(b)-2 (b)-1ののち、乙社は株主名簿登載のAに対して配当を支払った。Zが乙社に対して配当の支払いを請求した場合、乙社はこれに応じなければならないか。
対抗力制限効(確定的効力) 対抗力制限効か確定効か 会社は自らの危険で名簿不登載株主を株主として扱ってよい(対抗力を制限するのみ。判例・通説) 会社は名簿上の株主のみを株主として扱わなければならない(少数説)
対抗力制限効(確定的効力)と原告適格 たとえば、名義書換未了株主は株主総会で議決権を行使できず、株主提案権も行使不可(会130)。では決議取消の訴え(会831)は提起できるか 831条の「株主」は当然に名簿上の株主であり、名義書換未了株主は会社にその地位を対抗できない以上原告適格はない(通説) 831条は「名簿上の株主」とは書いていないし、原告適格は対裁判所の問題であって130条の問題ではない。総会後に株式を取得した株主であっても(名義書換をすれば)決議取消の訴えが可能なのだから、総会に出席できたかどうかも無関係(弥永説) ※たとえば合併で締め出された名義書換未了株主は合併無効の訴えを提起できない(名古屋地一宮支判H20.3.26金商1297-75)?
会社の名義書換懈怠(対抗力制限効の限界) 会社が名義書換を不当に懈怠した場合には(故意でも過失でも)、株主は名義書換なしで権利行使が可能(最判S41.7.28百-15) どれくらいの期間の懈怠が必要か 信義則説 合理的期間説 名義書換の懈怠と同視できる場合 株主権の所在に争いがあるが、真の株主が容易に権利を立証しうる場合において、会社がその事実を知り、かつそのことを容易に証明できる状態にあり、仮に会社が名義書換を拒絶すれば不当拒絶と評価しうる場合には、名義書換請求前であっても会社に対して株主の地位を対抗できる。
振替株式の特例
振替制度採用会社 の株式譲渡 総株主通知 ①取引成立 振替機関 ②振替通知 (振替132) 振替口座 ③ 振替口座 ③ 買 売 甲証券会社 (口座管理機関) 乙証券会社 (口座管理機関) 証券取引所 個別株主通知 ①取引成立
振替のデータ処理 総株主通知 丙信託銀行 振替機関 発行会社 X 500 X 500 タンス株券の処理 振替口座 乙証券会社 甲証券会社 (株主名簿管理人) 振替機関 発行会社 総株主通知 丙特別口座 X 500 特別口座 X 500 甲自己口座 甲顧客口座 X社 2000 X社1500 Y社300 乙自己口座 乙顧客口座 X社1500 Y社 1000 Y社 500 タンス株券の処理 振替口座 顧客A 顧客B X社1000 X社500 Y社300 顧客C 顧客D X社1500 Y社 500 乙証券会社 (口座管理機関) 甲証券会社 (口座管理機関) 振替のデータ処理
振替制度採用時の会社法の特例 通常の名義書換手続は存在せず、振替機関が年2回(上半期末日と期末)、または会社が基準日を定めた場合にはそのときに、全株式の保有状況を会社に通知し(総株主通知)、会社はこれを元に株主名簿を更新(振替151,152。なお振替161Ⅰ) 少数株主権の行使(株式買取請求権の行使を含む)に際しては、会社に対する申立ての他に、振替機関経由で「個別株主通知」をしなければならない(振替154) ※会130の適用は排除(同Ⅰ) 株式買取請求権等の通知(または公告)はすべて公告で行う(振替161Ⅱ)
個別株主通知と株主権行使 問題意識 個別株主通知が要求される「少数株主権等」の範囲 会社法上、株主権の行使期間の定めがある場合において、個別株主通知が期間内に会社に到達しないときであっても、株主権は行使可能か 振替法154条2項 「少数株主権等は、・・・(個別株主)通知がされた後政令で定める期間(4週間)の間でなければ、行使することができない」 ⇒個別株主通知の到達前は少数株主権は行使不可?
訴訟法上の原告(申立)適格 新株発行仮差止(会210、民保23Ⅱ)の場合 「個別株主通知は、少数株主権等の行使について自己が株主であることを株式会社に対して対抗するための対抗要件」だから、「会社が対抗要件の具備を争う場合・・・仮処分の決定までに債権者がこの疎明をしない場合には、・・・当事者適格を欠く」(大阪地判H21.11.30、抗告審も同様の判断) ⇒個別株主通知は名義書換の代替であり対抗要件
全部取得条項付種類株式の価格決定請求(会172)の場合 裁判において、会社が申立人の株主資格を争った場合には、その審理終結までの間に個別株主通知がされることが必要(最決H22.12.7百-17) 下級審では、①行使要件説(総株主通知到達前の申立ては不適法)、②対抗要件説(会社が株主の地位を争ったときには審理終結前に通知到達が必要)、③不要説(価格決定申立は少数株主権等に該当しない)、と決定例が分かれたが、最高裁は価格決定申立てを「少数株主権等」の行使に含むとしたうえで、対抗要件説を採用
実体法上の権利行使 株主提案権(会303、305)の場合 〈事案〉 4/27 株主が証券会社に対して個別株主通知申請 5/2 議題提案、議題要領通知を請求 5/9 振替機関が会社に個別株主通知 5/17 会社が株主提案拒絶を通知 5/25 取締役会で6/29総会開催を決定 〈判示〉 個別株主通知は提案権行使に先行している必要はないが、株主要件充足の確認が必要だから、総会開催日の8週間前(本件では5/3)までには到達していなければならない(大阪地判H24.2.8) ※304条については個別株主通知は不要(議決権に付随)
失念株
失念株についての紛争 基本的には経済的利益の帰属の問題 第1の類型 第2の類型 失念株について株主割当による新株の引受権が付与され(会202)、譲渡人が行使して新株を引き受けた場合 失念株について新株予約権の無償割当て(会277)がなされ、当該新株予約権を行使して新株を引き受けた場合 第2の類型 失念株について剰余金の配当(会453)がなされた場合 失念株について株式分割(会183)、株式無償割当(会185)がなされた場合 失念株について新株予約権の無償割当てがなされた場合(予約権未行使) 譲渡人の作為(投資判断)が介在 譲渡人の作為(投資判断)は介在しない
紛争にかかる論点 前掲の各類型において、譲渡人・譲受人の間に不当利得の関係は生じるか(譲受人が不当利得返還請求をなし得るか) 不当利得返還請求権を肯定したとして、譲渡人が受領物を売却して原物返還が不可能になった場合において、譲渡人が譲受人に返還すべきもの(価値)は何か
設例(a) AはBに甲社株式1株を譲渡したがBが名義書換を行わない間に株主割当て(1株につき新株1株)の新株発行が行われ、Aは発行価額5万円を支払い株式を取得し、1ヶ月後に8万円で売却した。その後BがAに新株の引渡しを求めて提訴し(提訴時の株価10万円)、口頭弁論が終結した(株価12万円)。判決はどのようなものになるか。 設例(b) AはBに甲社株式1株を譲渡したがBが名義書換を行わない間に株式分割(1株を2株)が行われ、Aは分割株式に係る株券の交付を受け、1ヶ月後に8万円で売却した。その後BがAに分割株券の引渡しを求めて提訴し(提訴時の株価10万円)、口頭弁論が終結した(株価12万円)。判決はどのようなものになるか。
1.不当利得返還請求の可否 第1の類型 判例は不当利得返還請求を認めない(最判S35.9.15百(1)-16) 〔理由〕 株式は払込をした譲渡人が自己の権利として取得 新株引受権は株式の譲渡に当然に随伴するものではない(どの時点の株主に新株引受権を付与するかは総会決議で定まる〔※ただしS25改正前商法の事案〕) 仮に新株が譲受人に帰属すると考えると、価格の騰落が自己に不利な場合に株式の押し付け合いが生じる 学説は不当利得返還請求を認める見解が有力 〔理由〕譲渡人は引受権価格込みで譲渡しており二重に利得
第2の類型 判例・学説とも不当利得の成立は認める(最判H19.3.8百-16等) 問題は、 譲渡人は善意の受益者か悪意の受益者か 原物返還ができなくなった場合に代替物の返還義務を負うか否か 金銭による価格返還の場合の算定基準
2.不当利得返還義務の内容 利得者(譲渡人)の善意悪意 原物を売却した場合の返還物 判例・学説の立場 一部の学説には譲渡人を悪意の利得者とする見解もあるが、判例・多数説は(どちらの類型についても)善意の利得者と解する(ただし、口頭弁論終結時に悪意になるとする裁判例もある。東京地判H16.7.15) 原物を売却した場合の返還物 判例・学説の立場 売却した特定の株券を取り戻せるなら原物返還、不可能なら価格返還(大判S16.10.25) 代替物の返還が可能であれば代替物を調達して返還、不可能なら価格返還(大判S18.12.22〔最判H19.3.8で変更〕) 原則として価格返還(最判H19.3.8百-16)
検討 a説に対する批判 ・・・株券の場合には、原物の特定は損失者にとっては困難なので(損失者が差押えを試みる場合を考えよ)、原物返還が理論的には可能であっても価格返還請求の途はある方がよい b説に対する批判 ・・・代替物の返還義務を肯定すると、価格変動リスクを一方的に受益者(譲渡人)に負わせることになり不当(ただし受益者が自発的に代替物を返還すること自体は妨げられない)。 ⇒結局、cが一番妥当 では、返還するとしたら、返還価格はいつの時点? 売却 口頭弁論終結 売却 口頭弁論終結
価格返還の場合の価格算定基準 第1類型についての学説の見解 新株引受権の価格または[引受権行使による発行時の時価-払込価格] ※判例はそもそも不当利得返還請求権を認めない 新株引受権の価格または[引受権行使による発行時の時価-払込価格] 〔理由〕受益者(譲渡人)は新株引受権を不当に利得している 受益者(譲渡人)が売却した価格から払込金額を控除した額 〔理由〕受益者の行為は事務管理類似であり(準事務管理説)、新株自体または売却代金の返還義務があるが、払込金額については費用として償還請求が許される
第2類型についての判例・学説の立場 口頭弁論終結時の時価(東京地判H16.7.15:下落) 〔理由〕 価格返還は原物返還に代わるものだから、原物返還義務のあることが明らかになった時点での調達価格 受益者(譲渡人)が売却した価格(最判H19.3.8:下落) 債務不履行の損害賠償額算定と同じに考える(売却時=履行不能時=損害賠償請求権発生時と考え、その時点の価格が通常損害) 損失者が価格変動に注目して返還内容を選択できることは望ましくない 売却価格と口頭弁論終結時の価格の低い方(最判H19判決の一審、控訴審の立場) 売却価格と分割時(取得時)の時価との低い方
検討 口頭弁論終結時説 売却額説 ⇒結局、最判H19.3.8の考えは概ね妥当なのではないか 原物返還にかわる価格返還という理屈には合うが、①原物の価格変動リスクを善意である受益者(譲渡人)が負担するのはおかしい、②事実上、代替物を調達して返還しろというのと同じ、という問題点がある。 売却額説 価格変動リスクを損失者(譲受人)が負担するという点では妥当だが、仮に売却後価格が低下した場合には、高値で売り抜けた受益者(譲渡人)の才覚が考慮されなくなってしまう ※ただし、受益者(譲渡人)は任意に株式を(下がった時価で)取得して譲受人に返還することは可能 ⇒結局、最判H19.3.8の考えは概ね妥当なのではないか ※なお、振替制度採用会社においては、効力発生日の口座の記録(≠株主名簿)にしたがって分割が行われるので、失念株の問題は生じない(振替137)