冬季、東シナ海・日本南方海域における 温帯低気圧の発生に関する気候学的研究 京都大学大学院 理学研究科 地球惑星科学専攻 修士2年 高橋 誠
はじめに 東シナ海~日本南方海域は極東アジア域の 温帯低気圧の気候学的特徴を知るうえでも重要 10~4月 12~2月 温帯低気圧の発生頻度分布 (Chen et al.(1991) 爆弾低気圧の発生頻度分布 (Chen et al.(1992)) 温帯低気圧は中緯度の天気変化に深く関係している擾乱 東シナ海~日本南方海域は温帯低気圧、爆弾低気圧が多発 温帯低気圧は、中緯度地域の天気変化に最も深く関係している擾乱の1つです。特に東シナ海~日本南方の海域では、図にもあるように冬季になると、温帯低気圧や、爆弾低気圧が多発するので、この領域は極東アジア域の低気圧の気候学的特徴を知るうえでも非常に重要な領域です。 東シナ海~日本南方海域は極東アジア域の 温帯低気圧の気候学的特徴を知るうえでも重要
日本付近の発生極大域ではどのような経年変化をしているのか? 経年変化や月々の変化の要因は何なのか? 過去の統計的研究 Chen et al.(1991) 60E-160E 20N-70N 解析領域: 極東アジア域の低気圧発生数の経年変化 年間発生数 低気圧発生数の緯度別の月々変化 月間発生数 20-40°N 3月 8月 極東アジア域で発生する温帯低気圧については、いくつかの統計的な特徴が明らかにされています。左の図は年間の発生数の経年変化を示したものです。発生数が1958年から1977年まで減少傾向にあり、その後は有意なトレンドがなかったことが示されています。また、右の図は低気圧の発生数を緯度帯で分けて、それぞれの月々の変化を示したものです。一番下の折れ線が、日本付近の様子で、発生数は3月に最大、8月に最小であることが示されています。 ただ、左の図の低気圧発生数は、この比較的広い範囲で発生した全ての低気圧を含めたものであり、日本付近の発生極大域のみに注目すると、どのような経年変化をしているのかは明らかではありません。また、その経年変化や、このような月々の変化は、何が要因となっているのか、という解析はあまりなされていません。 日本付近の発生極大域ではどのような経年変化をしているのか? 経年変化や月々の変化の要因は何なのか?
研究の目的 東シナ海・日本南方海域における、温帯低気圧の発生数や発達率の月々変化、経年変化を 明らかにする。 月々変化の要因を検討する。 ③ 経年変化の要因を検討する。 そこで本研究では、日本付近でも特に発生数や発達率が大きい領域とされている東シナ海および日本南方海域における、発生数や発達率の月々変化や経年変化を調べて、その結果を用い、月々の変化や経年変化をもたらす要因について検討しました。ここでは、①と②について発表します。
解析について ●使用データ‥‥JRA-25(1.25°×1.25°,6時間間隔) , NCEP再解析データ(2.5°×2.5°,1日間隔) ●解析期間 ‥‥1979年11月~2004年3月の25冬期 ●解析領域 ‥‥125°E~145°E , 27.5°N~35°N 解析には気象庁と中央電力研究所によって作成されたJRA-25とNCEP再解析データを用いました。 解析期間は1979年11月から2004年3月までの25冬季で、解析領域は右の図の網掛け部分です。
低気圧の抽出方法 ① 海面気圧が解析領域内で最小のグリッドを特定 ① 海面気圧が解析領域内で最小のグリッドを特定 ② ①のグリッドの気圧が、その外側8個のグリッドの 気圧よりも1hPa以上低ければ低気圧とする ③ その低気圧がすでに解析領域の外側で発生して いたものかどうかを判別 ④ 解析領域内で発生したものであれば、48時間後 まで追跡 次に低気圧の抽出方法を簡単に説明します。まず海面気圧が解析領域内で最も小さいグリッドを特定し、そのグリッドの気圧が外側8個のグリッドの気圧よりも1hPa以上低ければ低気圧としました。次に、その低気圧がすでに解析領域の外側で発生していたものかどうかを判別し、解析領域内で発生したものであれば、48時間後までその低気圧を追跡しました。この作業を6時間おきに25冬季繰り返し、低気圧を抽出しました。 ※①~④を6時間おきに25冬季間繰り返し、 低気圧を抽出
低気圧・爆弾低気圧の発生数、発達率の経年変化 有意なトレンドなし 合計 414個 (1冬季平均:16.6個,標準偏差:4.0個) 爆弾低気圧 210個 まず、統計的な結果を示します。温帯低気圧は全部で414個、そのうち210個が爆弾低気圧でした。以下では、爆弾低気圧含めた全ての温帯低気圧を単に低気圧と言います。爆弾低気圧の選定には下にある、24時間の気圧下降量を基にした発達率を用い、これが1以上のものを爆弾低気圧としました。 発達率1というのは、日本の南岸だと1日におよそ15hPaの気圧降下量に相当します。 図は、青線が低気圧、赤線が爆弾低気圧の発生数の経年変化を示したものです。両者ともに、各年でかなりばらつきがあるのが分かるように、統計的に有意なトレンドはありませんでした。また、図の緑の線は各冬の低気圧の平均発達率の経年変化を示したもので、これについてもトレンドはなく、その冬に発生した低気圧の中で、よく発達するものの割合に増加、減少傾向がないことが分かります。 >1 発達率(t) (P:海面気圧 , φ:緯度) 爆弾低気圧の基準: =
低気圧の発生数、発達率の月々変化 ※発生数は25年間の合計 次に月別の、低気圧および爆弾低気圧の発生数と平均発達率を示します。発生数は11,12月に少なく、3月に最も多くなっています。一方、平均発達率は11月、3月に小さく、12月から2月に大きくなっています。12月から2月では3月に比べて発生数は少ないのですが、よく発達する低気圧の割合が大きいことが分かります。 このような発生数や発達率の月々の変化の要因について解析しました。 ※発生数は25年間の合計 発生数‥11,12月に少なく、2,3月に多い 発達率‥11,3月に小さく、12~2月に大きい
対流圏下層の渦位アノマリー に伴う風と温位の分布 等温位線 北風 南風 暖 Hoskins et al.(1985) 拡大 渦位アノマリー 対流圏下層における 低気圧性の渦位アノマリー = 正の温位アノマリー その前に、どういうときに低気圧が発生するのかということですが、図のように対流圏下層の低気圧性の渦位アノマリーは正の温位アノマリーに相当します。なので低気圧の発生には、温度傾度の大きいところに南風が入り込むことが重要です。そこでまず、月別の下層の温度傾度の大きさと低気圧発生数が対応しているか調べました。 低気圧の発生には、対流圏下層の温度傾度の大きな領域に、南風が入り込むことが重要
月別の850hPa面の 南北温度傾度(-dT/dy)と発生分布 11月(発生数:50個) 12月(45個) 1月(77個) 2月(100個) 3月(144個) ●コンター:グリッドごと の発生数 ●shade:850hPa面上の 南北温度傾度 単位はK/100km 図は、月別の850hPaの南北温度傾度と低気圧発生分布を示したものです。11月~1月にかけて温度傾度の大きな領域が西に伸びており、その間に発生極大域も西に移動しているように、温度傾度の変化に発生分布が対応していってる様子が見て取れます。また、温度傾度を解析領域で平均して月別に示したものがこちらの図の赤線ですが、この変化は先ほど見た月別の平均発達率の変化に似ています。しかしながら、低気圧発生数は、1月よりも温度傾度が小さくなっていっている2月、3月に増えていることから、温度傾度が大きい月ほど発生数が多いわけではないと言えます。 そこで次に、下層傾圧帯に入り込む南風について考えます。 ※温度傾度が大きい月ほど発生数が多いとは言えない a
低気圧発生前~発生時における南北風の鉛直構造 関東東方海上(140E-145E) 120E 160E hPa 24時間前 12時間前 発生時 南風 北風 低 1000 850 700 500 300 は発生位置 140E 160E 1000 850 700 500 300 北風 南風 低 東シナ海(125E-130E) 下層傾圧風を誘起するものとしては上層の移動性擾乱の影響が推測されるため、低気圧の発生前から発生時における南北風の鉛直構造を調べました。 上が関東の東方海上で発生した低気圧についての図で、発生域の上層の上流側から低気圧性の擾乱が東進してきて、その前面の南風が発生域に吹き込み低気圧が発生しています。また下のは東シナ海で発生した低気圧についての図で、こちらは高気圧性の擾乱が東進してきて、その後面の南風が発生域に吹き込み、低気圧が発生する格好になっています。 このように低気圧が発生するときに傾圧帯に誘起された風は、上層の移動性擾乱によるものであることが確認できました。 そこで、次に月別の上層の移動性擾乱の活動度が低気圧発生数に対応しているかどうかを調べました。
月別の300hPaにおける移動性擾乱の活動度 11月 12月 1月 2月 3月 ※上流側の擾乱の活動度と発生数が対応している ζ :渦度 ζ :ζの5日移動平均 5 11月 12月 1月 ●コンター:グリッドごと の発生数 ●shade:移動性擾乱の 活動度(×10e5) 2月 3月 本研究では、移動性擾乱を300hPa面の渦度の5日移動平均からの変動とし、その変動の標準偏差を擾乱の活動度としました。 図の色塗りの部分が移動性擾乱の活動度を示しています。 図は示しませんが、低気圧発生前から発生時の移動性擾乱の経路を見たところ、解析領域の西側および北西側から東進してきていたので、その領域に注目します。 11月では、活動度の活発な領域が北にあり、解析領域の上流側の活動度はあまり活発ではありません。また、12月、1月では、活動の最大軸が南下していますが、活動が全体的に弱くなっており、上流側の活動度は11月とさほど変わっていません。2月ではそれまでよりも活動度がやや活発となり、3月では他の月に比べて非常に活動度が大きくなっていて、これが2月、3月と下層の温度傾度が小さくなっているにも関わらず発生数が増加していたことの要因と考えられます。 ※上流側の擾乱の活動度と発生数が対応している
月別の潜熱フラックスと発生分布 a 11月(発達率:0.82) 12月(発達率:0.95) 1月(発達率:1.04) 2月(発達率:1.00) 3月(発達率:0.85) ●コンター:グリッドごとの発生数 ●Shade:潜熱フラックス(W/m2) 最後に、平均発達率の月々の変化の要因について、発達に重要だと言われている潜熱フラックスの観点から調べました。 低気圧が発達のための水蒸気を受け取るには、例えばこのように、発生域の前面にフラックスの大きな領域があることが重要です。 11月では、東シナ海にフラックスの大きな領域がありますが、発生極大域は関東の南海上にあり、水蒸気を受け取れる距離が短いこと、また3月はフラックスの大きさ他の月よりも小さいことからこれらの月の発達率が小さかったものと考えられます。12月~2月にかけては、低気圧は発生域から関東の東方海上までの、フラックスの大きな領域に長時間存在できるので、発達率が大きかったものと考えられます。このように平均発達率の月々の変化は、フラックスの大きさと発生位置の変化で説明できることが示唆されました。 ※平均発達率の変化が、 フラックスの大きさと発生 位置の変化に対応している a
1979年11月~2004年3月の25冬季における 東シナ海・日本南方海域の温帯低気圧について調べた。 まとめ 1979年11月~2004年3月の25冬季における 東シナ海・日本南方海域の温帯低気圧について調べた。 統計的解析結果 発生数や発達率の経年変化に、統計的に有意な 増加、減少傾向はなかった。 月別では、発生数は11,12月に少なく、2,3月に多かった。平均発達率は11,3月に小さく、12~2月に大きかった。 月々変化の要因についての解析結果 まとめます。1979年11月から2004年3月までの25冬季の、東シナ海および日本南方海域における、低気圧の発生数や発達率の経年変化に増加、減少傾向は見られませんでした。また、月別にみると発生数は11,12月に少なく、2,3月に多いこと、さらに平均発達率は11,3月に小さく、12から2月に大きいことが分かりました。 次に、このような発生数や平均発達率の月々の変化の要因について検討したところ、月別の発生数の変化は対流圏上層の解析領域上流側の移動性擾乱の活動度と、また平均発達率は、対流圏下層の温度傾度の大きさや発生域前面の潜熱フラックスの大きさの変化で説明できる可能性が示唆されました。 対流圏下層の温度傾度 移動性擾乱の活動度 発生域前面の潜熱フラックス 発生数の変化 × ○ 発達率の変化
低気圧発生前~発生時における300hPa 高度場偏差 関東東方海上(140E-145E) 120E 140E 160E 30N 40N 50N 24時間前 12時間前 発生時 120E 140E 160E 30N 40N 50N 東シナ海(125E-130E) ※偏差:25年気候値からのずれ
低気圧の発生分布 160 107 76 64 53 1.02 1.17 1.03 ※値はグリッド ごとの発生数 東シナ海 125-130E 爆弾低気圧 76 64 53 平均発達率 1.02 1.17 1.03
領域別の最大発達開始時間の分布 東シナ海 ‥最大発達の開始時間が遅い低気圧が多い。 他領域 ‥発生後すぐに発達する低気圧が多い。