特定脆弱地域における気候変化に伴う洪水変化の影響評価

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特定脆弱地域における気候変化に伴う洪水変化の影響評価 中須正 独立行政法人 土木研究所 水災害・リスクマネジメント国際センター

目的と位置づけ 特定脆弱地域の影響評価の目的は、地球温暖化の影響を特に受けやすいと想定される特定の地域に絞りその影響の内容を考察することにある。これによって、全球レベルでは把握できないより具体的で詳細な事項の検討を行う。 全球 :「全体から部分へ」  ⇔ 特定脆弱 :「部分から全体へ」

対象流域:メコン河下流域 (カンボジア国コンポンチャム県) メコン河は対象流域(A>5,000km2) のうち、モンスーンアジア地域の代表的河川 低平地デルタに洪水とともに暮らす生活形態が営まれており、気候・水文状況の変化の影響を受けやすい。 天水利用型稲作が卓越するカンボジアにおいて一定の雨量、水位情報が利用可能なコンポンチャム県で試算 気候変動に伴う特定脆弱地域への洪 水リスク影響と減災対策の評価」 モンスーンアジア地帯、面積14%人口54% (なぜ得てい脆弱地域なのか?) 一方、特定脆弱地域(ネパール西ラプティ川流域およびメコンデルタ)においても、近未来気候および将来気候における洪水リスクの変化を評価し て、地球温暖化による洪水被害の変化を評価する。研究成果は国内外で発表する。 3

作付け面積が大きく・降雨、洪水によるリスクの大きい天水田(Wet Season Rice)に与える影響を調べる 収穫面積 (千 ha)          水田形態の比率(%) 灌漑水田 天水田 陸稲畑 浸水水田 2,347 16 75 1 8 (農文協編:作物, No.1, pp.107~120, 2009年) 作付け面積が大きく・降雨、洪水によるリスクの大きい天水田(Wet Season Rice)に与える影響を調べる 天水田 (MRC : FMMP data, 2010年) 緑色:天水田主体稲作 浅黄色:洪水利用水田主体稲作

想定根拠 植えつけと刈取り時期の関係 カンボジア(洪水期稲作) 将来のリスクイメージ Day of Year 年初より累加雨量500mmに達する日が 田植え日、 また田植え日より90日間が成長期 (増本ら) 90日後に刈取ると仮定可能 この間の洪水生起の有無、及びそのパターンが 稲の生産に決定的影響 すなわち、田植えは各地点の雨量で決まる。 洪水(河川水位上昇)は主に上流域の雨量による。 このずれが生じたときリスクが生じる。 CR0 : transplanting 将来のリスクイメージ 洪水位 各地点の標高 メコン本川の水位 90 days Day of Year

カンポンチャンを含むセルの年当初からの累積雨量の変化 MRI-AGCM3.1Sを使用 25年間平均の累加雨量曲線  将来 近未来 現在

累積降雨量 500mm 到達日(田植え開始に適切な時期)の変化 平均到達日、標準偏差、到達日のレンジ Average S.D. Range 現在 (1980-2004) 198日目 20.1 73日間 近未来 (2015-2039) 196日目 22.3 79日間 将来 (2075-2099) 187日目 26.1 90日間 → 500mm 到達日は、将来的に、早まり、ばらつきも大きくなる傾向にある。

リスクの考察手順 流量変化予測 水位変化予測 水位-標高(地点<90m×90m>毎 ) 浸水深変化予測 被害想定

コンポンチャムの流量の変化 BTOPによるカンポンチャンの流量 MRI-AGCM3.1Sを使用 実測値 減水期の変化が緩慢である。 減水期の変化が緩慢である。ことの原因は利水にあるかもしれないのでチェックする必要がある。 9

年最大流量発生日の傾向(補正前/補正後) 時期 Mean Annual Max Q [m3/s] Mean Date of Annual Max Q S.D. Date of Annual Max Q 現在   (1980-2004) 57600 42464 284.5日目 254.5日目 10.2日 8.2日 近未来 (2015-2039) 59830 44523 285.5日目 253.2日目 10.6日 8.5日 将来   (2075-2099) 63160 47119 284.6日目 253.8日目 16.0日 10.4日 → 年最大流量は増加傾向にあり、その発生日は平均的にはほぼ変化がないもののばらつきは、拡大していく傾向にある。

リスクの考察手順 流量変化予測 水位変化予測 水位-標高(地点<90m×90m>毎 ) 浸水深変化予測 被害想定

被害の想定方法 (MRCS, 2010) ・浸水深(水位-標高)があがれ(→)ば、稲作リスクは、上昇する(↑) <1.5Mが最大> ・浸水期間が長引けば、稲作リスクは、上昇する(FD_7,9,11,13)

被害-浸水深及び浸水期間 (MRCS, 2010) → 洪水による被害は、浸水深(何m)及び浸水期間(何日間)に左右される。 被害関数 damage = (h-0.5)(-86.875 + 22.5d -0.625d2) h=flood depth d=day , d>17=17, h>1.5=1.5, damage≦0=0, damage≧100=100 これを、GCM及びBTOPにより算出された現在、近未来、将来における各年の浸水深及び浸水期間(どれぐらいの深さでどれぐらいの期間浸水したか)に適用、被害の変化を予測する。

被害額の計算 90m×90m セル毎の ・浸水の深さ ・浸水期間

作付しないセルの変化 影響世帯数の増加 (作付不能セルの増加) P:現在 NF-P NF:近未来 27,502世帯 F-P F:将来   作付しないセルの変化 影響世帯数の増加 (作付不能セルの増加) P:現在 NF-P NF:近未来 27,502世帯 F-P ・累積雨量500mmにて田植え(作付け)、90日で刈り取りのリズム ・ここでは、90日以内に浸水深が50cm(被害がで始める浸水深)以上の場所には、作付しないと仮定 ・25年間(P,NF,F)の平均浸水深より計算 ・設定した範囲内で作付する(白)、しない(黒)を明示 ・作付しないなかでも、過去作付出来ていたが、それが出来なくなったことが注目すべき点であり、 右の図の差(NF-P)及び(F-P)が重要となる。 ・この差(NF-P,F-P)は、「作付しない」というより「作付不能」という表現となる。 ・作付不能セルについて、1セルが90m×90m ・カンボジア国のデータにより、コンポンチャム1世帯あたり0.91haなので、影響世帯数が出る。 ・すべて白黒であるが、密度の影響により、濃淡に見える。 ・ちなみにコンポンチャム National Committee for Sub-National Democratic Development (NCDD) Kampong Cham Data Book 2009 (October 2009)のデータでは、 2008年 Total families 380,083 Total population 1,821,993 ・CIAのFACTBOOKによると、カンボジア全体の人口(2010年) は、14,453,680人。 というデータがあり、大体の規模が推測できます。 ・今回(12月14日)には間に合わないと思いますが、郭さんによれば、郭さんの協力を得て、この地域(コンポンチャム及びその周辺)の人口を取り出すことができ、そこから世帯数を推測することによって、影響度を見ることができます。 F:将来 50,181世帯 1世帯あたり 0.91ha

・ 累積雨量500m(田植え時期)<作付け期>から90日間内における浸水深が、50cmを超える洪水による被害 平均被害の変化 ・ 累積雨量500m(田植え時期)<作付け期>から90日間内における浸水深が、50cmを超える洪水による被害 ・浸水深(何m)及び浸水期間(何日間)に左右されるとする被害関数を利用 ・各年の被害(%)を算出、P,NF,F各々25年間の年平均被害 をセル(90m×90m)上に表現 ・被害の大きさは、色の濃淡で示され、範囲は、0-30%(最も色が濃い地点で30%となる) Regendをつける 17

被害想定額 コンポンチャム周辺地域 ◆被害額は、2010年タイ国米輸出価格時価を基準、将来の物価変動は、考慮にいれない。 被害想定額 コンポンチャム周辺地域 被害100%は、1,285USD/ha もしくは 1,041USD/Cell  であるから、P,NF,Fの年平均被害額が算出できる。 ◆被害額は、2010年タイ国米輸出価格時価を基準、将来の物価変動は、考慮にいれない。 ◆Ref. カンボジアのGDP:10.8 bn US$ (2009 , IMF) ◆標準偏差の変化が意味しているものは、年毎の被害が拡大しやすくなる(Riskが増大していく)傾向を示している。 <現在に比べて将来は、約2.6倍>

結論:気候変化はカンボジアの「自然のパターンに合わせた稲作実施」(Living with floods)というライフスタイルに悪影響を与えることが懸念・・・・・将来的に被害が拡大すると予測される → 降水量:  500mm 到達日(田植え開始に適切な時期)は、全体的に、早まり、ばらつきも大きくなる傾向にある。 (田植え時期に影響) → 流量:  将来に向けて各年の流量が増加傾向にあり、さらにばらつきが大きくなる。  水位変化及び浸水深の変化へと繫がる。(刈取り時期に影響) → 被害:  被害は浸水深及び浸水期間によって影響されること(どれだけの深さでどれだけの期間浸水したか)を考慮すれば、将来に向けて被害は拡大傾向、特に災害があった年の被害が増大する傾向にある。 → (融雪の影響:   温度上昇による融雪の影響が加味されると、さらに流出が早まることが想定され、稲作への被害の拡大の可能性は十分ある。)

脆弱性(Vulnerability)の変化 気候変動 物理的外力(Hazard)の変化 (降雨、流量、氾濫形態) Hazard Vulnerability 洪水リスクの将来変化 相互作用 Risk 社会経済変化 脆弱性(Vulnerability)の変化

カンボジア予測値 (SRES Scenario A1 downscaled data by SEDAC)  Source: http://sedac.ciesin.columbia.edu/  人口 増減率   2050年/2010年=1.49    2100年/2010年 = 0.77 GDP 増減率    2050/2010=12.4        2100/2010 = 31.5 ※ 社会経済の変化(予測)は、物理外力の変化よりもかなり大きくなる。予測できないと考える方が妥当。   ・計算は大雑把な仮定に基づく(GDPは過去100年の成長が今後100年継続等)   ・ターゲット地域が国全体の社会変動と連動するかどうかは疑問。  → 社会経済状況の変化は、考慮から外す。

今後への示唆 本研究での被害推定額は、何も対策を講じられなかった場合の推定である(ワーストケースシナリオ)。 現在カンボジア政府は、米の生産・輸出を促進するための政策を打ち始めている。 カンボジア政府の政策などによって将来の被害額が変わってくると考えられる。また国際社会の対応(協力や援助)も影響する。 例えば、灌漑設備などによる減水期稲作が進めば、温暖化による影響(被害額)は減少の方向に進むと推測できる。

MANY THANKS ! ご静聴ありがとうございました。

収穫面積 (千 ha)          各生態系の比率(%) 灌漑水田 天水田 陸稲畑 浸水水田 2,347 16 75 1 8