工学系大学院単位互換e-ラーニング科目 磁気光学入門第7回 -磁気光学効果の電子論(2):量子論-

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工学系大学院単位互換e-ラーニング科目 磁気光学入門第7回 -磁気光学効果の電子論(2):量子論- 佐藤勝昭 (東京農工大学)

第6回に学んだこと 第6回からは、電子論の立場に立って、誘電率テンソルを考えるとどうなるかを学んでいます。 前回は、電子を古典的な粒子として扱い、電界と磁界のもとでの古典力学的な運動方程式を解くことによって電子分極を求めるという手続きについて説明しました。 磁気光学効果に寄与する誘電率テンソルの非対角成分は、磁界に比例することを導きました。

復習コーナー 古典電子論 (4.6) (4.7) (4.8)

復習コーナー 一般の場合(束縛があり、磁界がある場合) 古典的運動方程式から導かれた誘電率テンソルは、 より、非対角成分は磁界に比例 (4.10)

B=0なのでc=0を代入:ローレンツの分散式 復習コーナー ローレンツの分散式 B=0なのでc=0を代入:ローレンツの分散式 対角成分のみ (4.12) (4.13)

復習コーナー ドルーデの式 c=0, 0=0とおく:ドルーデの式 (4.14) 負の誘電率 (4.15)

Drudeの式で、ダンピング項を0としたとき、εの実数部が0となる振動数を自由電子プラズマ振動数pとよび下の式で求められる。 復習コーナー プラズマ振動数 Drudeの式で、ダンピング項を0としたとき、εの実数部が0となる振動数を自由電子プラズマ振動数pとよび下の式で求められる。 (4.16) ダンピングのある場合のDrudeの式をpを使って書き直すと においてゼロを横切る

復習コーナー Feの磁気光学効果と古典電子論 (4.10) 比誘電率の非対角成分の大きさ:最大5の程度                 キャリア密度               と仮定    B=3000Tという非現実的な磁界が必要 スピン軌道相互作用によって初めて説明可能 磁気光学効果の量子論

磁気光学効果の量子論 量子論に向けて 電気分極と摂動論 時間を含む摂動論 誘電率の対角成分の導出 誘電率の非対角成分の導出 磁気光学効果の物理的説明 磁気光学スペクトルの形状

量子論に向けて 古典電子論では、電子が原子核にバネで結びついているイメージで説明しました。 しかし、実際には、電子は原子核の付近にクーロン力で束縛され、その軌道のエネルギーは、量子数で指定されるとびとびの値をとります。 誘電率とは、物質に電界が加わったときの分極のできやすさを表す物理量です。分極とは、電界によって電子の波動関数の分布の形がゆがみ、重心(負電荷)が原子核(正電荷)の位置からずれることを意味します。 波動関数の分布のゆがみは、量子力学では、基底状態の波動関数に、励起状態の波動関数が混じり込むことによって生じます。この変化の様子を説明するのが「摂動論」です。

量子力学入門 量子力学では、電子は波動関数で表されます。 波動関数の絶対値の2乗||2が存在確率を与えます。 電子の状態を記述するには、運動方程式の代わりに、シュレーディンガーの波動方程式を用います。 シュレーディンガー方程式は、H=Eと書きます。 ここにHはハミルトニアン演算子、Eはエネルギーの固有値です。 ハミルトニアン演算子Hは、運動量演算子p、ポテンシャルエネルギー演算子Vを用いてH=-(1/2m)p2+Vとなります。ここにpは、 によって表される演算子です。 運動量の期待値は、pを*とで挟み全空間で積分して求めます。

電気分極と摂動論 電気分極とは,「電界によって正負の電荷がずれることにより誘起された電気双極子の単位体積における総和」のことを表します。 「電界の効果」を,電界を与える前の系(無摂動系)のハミルトニアンに対する「摂動」として扱います。 「摂動を受けた場合の波動関数」を「無摂動系の固有関数」の1次結合として展開。この波動関数を用いて「電気双極子の期待値」を計算。

時間を含む摂動論(1) 無摂動系の基底状態の波動関数を0(r)で表し, j番目の励起状態の波動関数をj(r) で表す. 無摂動系のシュレーディンガー方程式 H 00(r) =00(r) H 0j(r) = jj(r) H 0は無摂動系のハミルトン演算子です。 jはj番目の固有状態j(r)に対する固有エネルギーを表します。 光の電界E(t)=E0exp(-it)+c.c. (c.c.=共役複素数) 共役複素数を加えるのは、電磁界の波動関数は実数だからです。 摂動のハミルトニアン H’=qr・E(t) (4.22)

時間を含む摂動論(2) 摂動を受けた系のシュレーディンガー方程式 (4.23) この固有関数を,無摂動系の固有関数のセット(n; n=0,1,2,・・・)で展開します。時間を含めるためにexp(-int)を付けておきます。 (4.24) この式を式(4.23)に代入し,無摂動系の波動関数について成立する式(4.22)を代入すると下記の展開係数cj(t)に関する微分方程式がえられます。

時間を含む摂動論(3) 左から*j(r)exp(ijt)をかけて,rについて積分すると次式がえられます。 (4.25) ここに はディラックの表示で の積分を表しています。 また、jとj’の間の遷移行列は無視しました。

時間を含む摂動論(4) 式(4.25)を積分することにより式(4.24)の展開係数cj(t)が求められます. (4.26) 遷移行列 (4.26) この係数は,摂動を受けて,励起状態の波動関数が基底状態の波動関数に混じり込んでくる度合いを表しています。 (4.24) 基底状態 |0> 励起状態 |j>

誘電率の対角成分の導出(1)   電気分極Pの期待値を計算 (入射光の角周波数と同じ成分 ) (4.27) (4.28)

誘電率の対角成分の導出(1) ここで有限の寿命を考え、i の置き換えをします。 (4.31) ここにfxjは直線偏光の振動子強度です。 誘電率に変換しますと、対角成分は次式のようになります。 (4.33)

誘電率の非対角成分の導出(1) 非対角成分:y方向の電界がEy(t)が印加されたときの,分極Pのx成分の期待値 摂動後の波動関数 (4.34) これより および が得られます。 この式の導出は、中間評価の選択課題の1つにします。

誘電率の非対角成分の導出(2) という置き換えをすると若干の近似のもとで (4.35) となります。 右および左円偏光により基底状態|0>から,励起状態|j>に遷移する確率 円偏光についての振動子強度を (4.36) と定義すると (4.38) が得られます。

久保公式からの誘導 久保公式というのは、線形の応答を示す物理現象を量子統計物理学の立場から説明するもので、誘電率、磁化率などの理論的基礎を与えます。 久保公式によれば、分極率テンソルは、電流密度の自己相関関数のフーリエ変換によって表すことができます。これによる導出は、光と磁気の付録Cに書いてあります。結果だけを示すと (4.39) ここにρnは状態n の占有確率です。

磁化の存在がどう寄与するか 磁化が存在するとスピン状態が分裂します。 スピン軌道相互作用があって初めて軌道状態の分裂に結びつきます。 しかし左右円偏光の選択則には影響しません。 スピン軌道相互作用があって初めて軌道状態の分裂に結びつきます。 右(左)回り光吸収は右(左)回り電子運動を誘起します。 以下では、磁気光学の量子論を図を使って説明します。

電子分極のミクロな扱い:対角成分 無摂動系の 波動関数 摂動を受けた 波動関数 電界の摂動を受けた 波動関数 s-電子的 p-電子的 電界を印加すると E + + - 無摂動系の 波動関数 |2> = + +・・・・ |1> <0|x|1> <1|x|0> + - = + + + ・・ |0> s-電子的 p-電子的 摂動を受けた 波動関数 無摂動系の固有関数で展開

円偏光の吸収と電子構造:非対角成分 px-orbital py-orbital p+=px+ipy Lz=+1 p-=px-ipy Lz=0 |2> p+=px+ipy Lz=+1 20- |1> Lz=-1 10- p-=px-ipy 20 10 光の電界 10は20より光エネルギーに近いので左回りの状態の方が右回り状態より多く基底状態に取り込まれる |0> Lz=0 s-like

スピン軌道相互作用の重要性 磁化があるだけでは、軌道状態は分裂しません。スピン軌道相互作用があるために Jz=-3/2 Jz=-1/2 L=1 Jz=+1/2 LZ=+1,0,-1 Jz=+3/2 Tcに比べ十分低温では最低準位に分布 Jz=-1/2 L=0 Jz=+1/2 LZ=0 交換相互作用 +スピン軌道相互作用 磁化あり 交換相互作用による 磁化なし

スピン軌道相互作用の重要性 Tcに比べ十分低温では最低準位にのみ分布 L=1 LZ=+1,0,-1 L=0 LZ=0 交換相互作用 so Jz=-3/2; Lz=-1, Sz=-1/2 Lz=-1, Sz=+1/2 Lz=0, Sz=-1/2 Jz=-1/2; L=1 Lz=0,Sz=+1/2 Lz=+1, Sz=-1/2 Jz=+1/2; LZ=+1,0,-1 Jz=+3/2; Lz=+1,Sz=+1/2 Lz=+1 Lz=-1 Jz=-1/2 L=0 Jz=+1/2;Lz=0, Sz=+1/2 LZ=0 交換相互作用 +スピン軌道相互作用 磁化なし 磁化あり

磁気光学スペクトルの形 磁気光学効果スペクトルは式(4.38)をきちんと計算すれば,説明できるはずのものですが,単純化するために、遷移の性質により、典型的な2つの場合にわけています。 励起状態がスピン軌道相互作用で分かれた2つの電子準位からなる場合は、伝統的に反磁性項と呼びます。 一方、励起電子準位が1つで、基底状態との間の左右円偏光による光学遷移確率異なる場合は、伝統的に常磁性項とよびます。

反磁性型スペクトル 図4.7のような電子構造を考えます。基底状態として交換分裂した最低のエネルギー準位を考えます。このときの誘電率の非対角成分の実数部・虚数部は図4.7(b)のように表されます。 励起状態 基底状態 0 1 2  磁化の無いとき 磁化のあるとき Lz=0 Lz=+1 Lz=-1 1+2 光子エネルギー ’xy ”xy 図4.7(a) 図4.7(b)

反磁性スペクトルの誘電率の式 図4.7(a)のような準位図を考えたときの誘電率の非対角成分は次式になります。 (4.46) これを図示したのが図4.7(b)の実線です。すなわち,xyの実数部は分散型,虚数部は両側に翼のあるベル型となります。

誘電率の非対角成分のピーク値 大きな磁気光学効果を示す物質では,ほとんど,ここに述べた反磁性型スペクトルとなっている.=0においてxy”のピーク値は (4.47) 鉄の場合:N=1028m-3, f0=1, so=0.05eV, 0=2eV,  /=0.1eVという常識的な値を代入xy”|peak=3.5を得ます。 大きな磁気光学効果を持つ条件: ・光学遷移の振動子強度 f が大きい ・スピン軌道相互作用が大きい ・遷移のピーク幅が狭い

常磁性型スペクトル 図 4.8(a)に示すように,基底状態にも励起状態にも分裂はないが,両状態間の遷移の振動子強度f+とf-とに差fがある場合を考えます. 励起状態 基底状態 f+ f-  f=f+ - f- 0 磁化なし 磁化あり ’xy ”xy 光子エネルギー 誘電率の非対角要素 図4.8(a) 図4.8(b)

常磁性スペクトルの誘電率の式 この場合は(4.38)式そのものです。実数部・虚数部に分けて書くと次の式になります。 (4.48) これを図示したのが図4.8(b)の実線です。すなわち,xyの実数部が(翼のない)ベル型,虚数部が分散型を示します。

今回のまとめ 量子論にもとづいて誘電率テンソルの非対角成分の実数部、虚数部を導きました。 強磁性体の大きな磁気光学効果は、交換相互作用とスピン軌道相互作用がともに起きることによって生じていることがわかりました。 磁気光学スペクトルの形状は電子状態間の円偏光による電子双極子遷移の重ね合わせで説明できることを学びました。

第7回の課題 これまで、電磁気学、古典電子論、量子論に基づいて磁気光学効果の原理を学びました。これを振り返って、なぜ強磁性体の磁気光学効果が生じ、それが波長依存性をもつかについて、自分で理解していることを説明してください。 質問・感想をお寄せ下さい。 この回答は、12月8日までにお送りください。