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量子ブラックホールのホログラム的記述の数値的検証
西村 淳 (KEK理論センター、総研大) 平成26年9月12日(金)、慶應義塾大学日吉キャンパス 論文題名:“Holographic description of a quantum black hole on a computer” Science オンライン版 4月17日号掲載 arXiv: [hep-th] 花田政範(京大基研)、百武慶文(茨城大理)、伊敷吾郎(京大基研)、西村淳(KEK理論センター)
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ブラックホールの謎 情報喪失のパラドックス (ホーキング, 1976年) ブラックホール : アインシュタイン方程式の解として現れる時空構造
ブラックホール : アインシュタイン方程式の解として現れる時空構造 「事象の地平面」を超えて中に落ち込むと、二度と出てこられない (?) ホーキング放射 (1974) : ブラックホールは、少しずつ粒子を放出しながら 少しずつ蒸発している! (事象の地平面周辺における真空の量子論的性質のため) ところが、放出される粒子を見ても、何が落ち込んだかはわからない。 量子力学における時間発展がユニタリであることと矛盾する ?! 情報喪失のパラドックス (ホーキング, 1976年)
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Wikipediaより引用 「ブラックホール情報パラドックス」
特に、ホーキングの計算[3]は、ホーキング放射による ブラックホールの蒸発が情報を保存しないことを示した。 今日では、多くの物理学者が、ホログラフィック理論 (特にAdS/CFT対応)がホーキングの誤りを示し、 情報は実際は保存されると信じている[4]。 2004年、ホーキング自身も賭けに負けたことを認め、 ブラックホールの蒸発は、実際は情報を保存している ことに同意している。 ホログラフィック理論 : ブラックホールのホログラム的記述 (1997 マルダセナ) 重力理論 超対称ゲージ理論 (ユニタリ性が明白)
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ホログラフィック理論の検証 ホログラフィック理論 (ゲージ/重力対応) ブラックホールのように曲がった時空で起こる力学現象を、
ホログラフィック理論 (ゲージ/重力対応) ブラックホールのように曲がった時空で起こる力学現象を、 平坦な時空上の超対称ゲージ理論で厳密に記述できる これまでの検証 : ブラックホールが十分大きく、古典的に記述できる状況 少なくとも、事象の地平面の外側では 一般相対性理論が適用可能 我々が行った検証 : ブラックホールが小さく、事象の地平面付近でも 重力の量子力学的効果が無視できない状況
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目次 研究の背景と概要 研究内容と成果 3. まとめと展望 ブラックホールの蒸発 重力の量子論の必要性
3. まとめと展望 ブラックホールの蒸発 重力の量子論の必要性 マルダセナによるブラックホールの「ホログラム的記述」 これまでの研究、本研究で初めてなされたこと マルダセナの理論に基づき、ブラックホールの質量と温度 の関係を計算 重力の量子力学的効果を含めた、新しい検証
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1. 研究の背景と概要
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? ブラックホールの蒸発 真空 あたかもブラックホールの中に 温度を持った物体があるように見える
地平面の外側で、粒子と反粒子が対生成、対消滅する量子過程を考える。 真空 粒子 反粒子 ホーキング (1974) 粒子 反粒子 ブラックホールは、 いろんなエネルギーを持った粒子を 放出し、少しずつ蒸発している! n あたかもブラックホールの中に 温度を持った物体があるように見える ? この「ブラックホールの温度」の正体は何か? ブラックホールの中で一体何が起こっているのか?
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重力の量子論の必要性 ブラックホールの中心 : 時空の曲率(曲がり方)が発散! 曲率半径がプランク長 程度になると、重力の量子力学的効果
ブラックホールの中心 : 時空の曲率(曲がり方)が発散! 曲率半径がプランク長 程度になると、重力の量子力学的効果 が無視できなくなる 超弦理論 一般相対性理論では無視されている 「重力の量子力学的効果」を扱える理論の最有力候補 ブラックホールの中心付近も正しく扱えると期待!
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超弦理論の研究の進展 80年代 量子力学的効果が弱い場合の研究 95年頃 「弦の凝縮状態」(ブレーン)の解明 membrane
80年代 量子力学的効果が弱い場合の研究 様々な成果が得られたが、このような研究手法だけでは ブラックホールの中心付近が調べられない。 95年頃 「弦の凝縮状態」(ブレーン)の解明 ポルチンスキー(1995) 点状 ひも状 膜状 membrane ・・・一般次元の「膜」 総称してブレーン ブレーンは質量を持つため、時空を曲げてブラックホールを形成。 (一般には「ブラック・ブレーン」)
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マルダセナの理論 マルダセナ (1997) ?
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マルダセナの理論 ブラックホールの「ホログラム的記述」 これらの力学的自由度を もちいることにより、 ブラックホールが厳密に 弦
マルダセナ (1997) これらの力学的自由度を もちいることにより、 ブラックホールが厳密に 記述できるはず! 弦 ブレーン 弦とブレーンから成る系は、平坦な時空上の理論で表される ブラックホールの「ホログラム的記述」
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これまでの研究 ブレーン(ブラックホールの構成要素)の数が非常に多い場合 ブラックホールの性質を 周辺から調べられる 両者が一致! 弦
大きなブラックホールに対応し、 事象の地平面付近の曲率が小さいため、 そこでの量子重力効果が無視できる。 ブラックホールの性質を 周辺から調べられる 弦 ブレーン 平坦な時空の理論を用いた計算 (解析的に可能) 両者が一致! マルダセナの予想どおり、ホログラム的な記述が ブラックホールの内部を正しく表している!
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? 未解決問題 ブレーン(ブラックホールの構成要素)の数が少ない場合 ブラックホールの性質を 周辺から調べるにも、
小さなブラックホールに対応し、 事象の地平面付近の曲率が大きいため、 そこでの量子重力効果が無視できない。 ブラックホールの性質を 周辺から調べるにも、 超弦理論を用いた計算が必要 弦 ブレーン 平坦な時空の理論を用いた計算 (解析的には困難) ? このような一般的な状況で、マルダセナの予想どおり、ホログラム的な記述が ブラックホールの内部を厳密に表しているかは不明だった。
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本研究で行ったマルダセナの理論の数値的検証
ブラックホールの質量と温度の関係 特に、ブラックホール周辺の量子重力効果が無視できない領域 でどうなるか? ブラックホールの構成要素(ブレーン)の数が少ない場合 平坦な時空上の理論 (ホログラム的記述) に基づいてコンピュータで計算 比較する ことで検証 従来の超弦理論を用いて、ブラックホール周辺の量子重力効果を近似的に計算 (Y. Hyakutake, Prog.Theor.Exp.Phys. 033B04, 2014)
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計算の結果:ブラックホールの質量と温度の関係
N:構成要素(ブレーン)の数 N=3, 4, 5の場合 先行研究では、Nが大きく ブラックホール周辺の 量子重力効果が無視できる 状況で検証 ブラックホールの質量 cf) N=17の場合 Anagnostopoulos-Hanada -Nishimura-Takeuchi, PRL 100 (2008) 温度 □、○、♢のシンボル :「ホログラム的記述」を用いて計算した結果(本研究) 一点鎖線、破線、実線 :従来の超弦理論に基づき、ブラックホール周辺の 量子重力効果を計算した結果(別の研究) 両者が良く一致している 重力の量子力学的効果を含んだ検証
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2.研究内容と成果
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マルダセナのホログラフィック理論とは D ブレーン 超弦理論における「ソリトン解」 ストリングのループ補正 補正 (Dirichlet)
グラビトンの放出 ゲージ粒子の伝播 次元 U(N) SYM 低エネルギー極限 曲がった10d 時空 N ストリングのループ補正 補正
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D0-ブレーンの系 : 1d SYM with 16 SUSY
周期的境界条件 反周期的境界条件 (一般性を失うことなく、こうとれる) 低温(T小) 強結合 重力による記述が良い領域 高温(T大) 弱結合 高温展開で扱える領域 Kawahara-J.N.-Takeuchi (’07)
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D0-ブレーン解 (重力理論における記述) decoupling 極限 をとった後、 重力理論による記述 が有効である領域 :
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ブラックホールの熱力学 D0 ブレーン解 7.41 重力理論による記述が有効である領域 : Hawking 温度 :
Bekenstein-Hawking エントロピー : Klebanov-Tseytlin (’96) 7.41 重力理論による記述が有効である領域 :
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内部エネルギーに対する結果 free energy 高温展開 (next-leadingの次数を含む) 10次元のブラックホール
Anagnostopoulos-Hanada- J.N.-Takeuchi, PRL 100 (’08) [arXiv: ] free energy 高温展開 (next-leadingの次数を含む) 10次元のブラックホール から得られた結果
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超重力理論の作用に対する 補正 タイプ IIA 超弦理論の低エネルギー有効作用 ゼロ質量のモードに対する(treeレベルの)散乱振幅
超重力理論の作用に対する 補正 タイプ IIA 超弦理論の低エネルギー有効作用 ゼロ質量のモードに対する(treeレベルの)散乱振幅 leadingの項 : タイプ IIA 超重力理論の作用 2点 および 3点の振幅に対する具体的な計算 4点の振幅 完全な表式はまだ得られていないが、 次元解析を行うことができる。
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ブラックホールの熱力学に 補正を取り入れる
ブラックホールの熱力学に 補正を取り入れる ブラックホールの地平面付近における時空の曲率半径 補正 次のオーダーの補正 より注意深い解析を行っても同じ結論が得られる。 (Hanada-Hyakutake-J.N.-Takeuchi, PRL 102 (’09) ) とおくと、
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補正を入れた比較 のデータ点は で良くフィットできる 補正 傾き = 4.6 有限のカットオフの効果
補正を入れた比較 Hanada-Hyakutake-J.N.-Takeuchi, PRL 102 (’09) [arXiv: ] 補正 傾き = 4.6 のデータ点は で良くフィットできる 有限のカットオフの効果
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超重力理論の作用に対するストリングのループ補正
タイプIIA超弦理論からわかる 1ループ Bern, Rozowsky, Yan Bern, Dixon, Dunbar, Perelstein, Rozowsky 2ループ SYMの振幅に対する Kawai- Lewellen-Tye 関係式を用いる 負の比熱 ! N が小さく、非常に低温の領域 有限の N では準安定状態にすぎない (flat directionsが存在するため)
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準安定な束縛状態の同定と エネルギーの測定
D0-ブレーンの広がり : ヒストグラムにピークあり 準安定な束縛状態 の存在 に制限して 測定したエネルギー に依らなくなっている 領域でエネルギーを評価
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1/N 補正 ストリングのループ補正 これを検証するには: これに対する高次の補正は タイプIIAの超弦理論を用いた 具体的な計算による
(Hyakutake, PTEP (2014) 033B04) これに対する高次の補正は これを検証するには:
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ストリングのループ補正を検証する モンテカルロの結果は、確かにストリングのループ補正と整合 !
Ishiki-Hanada-Hyakutake-J.N., arXiv: [hep-th] モンテカルロの結果は、確かにストリングのループ補正と整合 !
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3.まとめと展望
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まとめ ブラックホールの蒸発 「温度」を持った物体のように、いろいろなエネルギーを持った粒子を放出し、 少しずつ「蒸発」している (ホーキング)。 ブラックホールの熱力学の微視的起源は何か? ブラックホールの中心付近で、時空の曲がり具合が発散し 一般相対性理論が破綻するため、重力の量子論が必要。 ブラックホールの「ホログラム的記述」 (マルダセナ) 平坦な時空の理論を用いて、ブラックホール内部まで厳密に記述 これまでの検証 : 周辺の量子重力効果が無視できる場合が中心 本研究の結果 : 周辺の量子重力効果を含めて正しいことを示唆
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今後の展望 従来の超弦理論に基づく計算 ブラックホール周辺における弱い量子重力効果は取り入れられるが、 ブラックホール内部などにおける強い量子重力効果は計算できない マルダセナの「ホログラム的記述」 ブラックホールの内部も含め、強い量子重力効果を計算可能 ブラックホールの蒸発に関連した様々な謎の解明 (例) ブラックホールにおける情報喪失問題 ホーキング(1976) ブラックホールの蒸発過程で放出される粒子から、 落ち込んだ物体が持っていた情報を読み取ることはできない 情報は失われない、とする量子力学の基本的性質と相容れない 量子力学と一般相対性理論の間の深刻なパラドックス 「ホログラム的記述」は、ブラックホールが時間的に変化していく状況にも適用可能 と期待されるので有望
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今後の展望(つづき) マルダセナによるブラックホールの「ホログラム的記述」 超弦理論の新しい研究手法の一つとも見なせる
マルダセナによるブラックホールの「ホログラム的記述」 超弦理論の新しい研究手法の一つとも見なせる さらに低温領域での数値計算が可能となれば、 M理論に関する知見が得られる可能性あり。 Gregory-Laflamme相転移(Tc~N-5/9) 11次元のシュバルツシルド・ブラックホールの出現 (Itzhaki-Maldacena-Sonnenschein-Yankielowicz ’98) 行列的な自由度で超弦理論を非摂動的に扱える実例 ローレンツ型IIB行列模型による初期宇宙の研究 (次の土屋氏の講演) 本研究に使用した計算機 : KEKのPCクラスター 大阪大学のPCクラスター (HPCI一般利用課題により提供)
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4.バックアップ・スライド
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強い力の閉じ込めを説明することを動機として、弦理論が提唱された。
超弦理論とは?(補助スライド) 強い力の閉じ込めを説明することを動機として、弦理論が提唱された。 Veneziano, Nambu, Goto, … 反クォーク クォーク 開いた弦(強い力を伝える) この試みは失敗したものの、閉じた弦には重力が含まれるなど、超弦理論は着実に進展した Scherk, Schwarz, Yoneya 閉じた弦(重力を伝える) 1980年代になると、超弦理論は10次元で5種類存在することが分かる。 Green, Schwarz, Witten,… 1990年代半ばにはブラックホールに相当する「ブレーン」と呼ばれる物体の存在が明らかになった。 Polchinski(1995)
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ブラックホールの「ホログラム的」記述 ブラックホールの熱的物理量は、「事象の地平面」において計算できる。
3次元空間の物体 2次元球面 ブラックホールのミクロな状態は、「事象の地平面」の量子状態によって理解できるのでは? 「ホログラム」あるいは「ホログラフィック原理」 ‘t Hooft(1993) Susskind(1994) hep-th/ ,Susskind 1997年、マルダセナはこの考えを超弦理論の中で実現できる可能性を提唱した。
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重力の量子効果が重要になるスケール プランク長さ 3つの基本物理定数 重力の量子論(超弦理論) h (プランク定数) 量子力学
c (光速) 相対性理論 G (ニュートンの重力定数) 万有引力の法則 長さ、時間、質量の単位を組み合わせて書けている。 プランク長さ 時空の曲率半径がプランク長さくらいになってきたら、 重力の古典論(一般相対性理論)は使えない。 重力の量子論(超弦理論)
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