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法科大学院教育における 反対尋問のビデオ分析
法科大学院教育における 反対尋問のビデオ分析 東海大学 北村隆憲 徳島大学 樫田美雄 鹿児島大学 米田憲市
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研究対象と方法 法科大学院で、ローヤリング教育の一環として行われた公開模擬刑事裁判における「反対尋問」をビデオ撮影してトランスクリプトを作り分析する 裁判長と被告人役には実務家教員が、また、弁護人、警察官役には法科大学院学生 被告人および証人は、事前に人物設定、場面設定が与えられている。学生は捜査段階の供述録取書を見ているが、それ以外の人物設定や場面設定を別途に用意しており、証人の尋問や被告人への質問に対しては、その設定を前提として供述する。設定外の質問に対してはアドリブで対応する。
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事件の概要 被告人は会社の倉庫に侵入して、警備員に捕まった。検察側は、倉庫の電気製品を盗むための侵入として、家宅侵入罪および窃盗未遂の罪で起訴した。弁護側は、散歩の途中雨をしのぐために倉庫で仮眠をとっていたと主張。倉庫にあった電気製品について、窃盗罪の実行行為である物色行為の存在の有無が重要な争点の一つとなった
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「反対尋問」の法的性格 主尋問は犯罪事実を立証すべき事項について(刑事訴訟規則199条の2)[=>反対尋問は弾劾]
主尋問では「誘導尋問」をしてはならない(刑訴規則199条の3) 反対尋問では「必要があるときは」誘導尋問が許される(刑訴規則199条の4) 「尋問するに当たっては、できる限り個別的かつ具体的で簡潔な尋問によらなければならない」(刑訴規則199条の13) 禁じられる尋問=威嚇的、侮辱的、重複する、意見を求め議論にわたる、証人が直接経験しなかった事実についての尋問
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「誘導尋問」の法的性格 法的定義はない 形式的には「イエス/ノー」で答えられる尋問。実質的には質問の中で答えを示唆する質問(秋田2009:185) Cf 「誤導尋問」:証拠に反する事実・評価を前提した質問
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「法廷尋問」の相互行為的性格 発言順番タイプの事前割り当て 発言順番の順序が固定 参与者の人数が固定 質問・返答の中でそのほかの活動を行う
質問と返答に限られている(それ以上のことをやるにしても最低限質問と返答でなければならない) すべての質問が許されるわけではない(反復、伝聞、侮辱的など) 発言順番の順序が固定 弁護士が質問、証人が返答の一方向(A-B,A-B・・・) 例外:証人による修復の開始(聞き返し・・・) 弁護士が自己選択して、証人は他者選択される 参与者の人数が固定 2人だけが関与 居合わせているが参与しない参加者(傍聴人、裁判員・・・) 例外:相手方の異議申し立てと裁判官の判断 質問・返答の中でそのほかの活動を行う 非難、正当化、否認、反論、言い訳など
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「反対尋問」の相互行為的性格(1) 「質問(question)」 「返答(answer)」
質問形式を取らない質問もある。質問形式だが質問しないものもある。 情報、確認、行為を求めるもの(として扱われ)[機能的側面」、かつ、受け手が応答するための順番スロットを生み出すもの[シークエンス的側面] 「返答(answer)」 典型的な質問形式はない。発話が「返答」として聞かれるのは連鎖上の位置が重要。 応答(response)がない場合もある 返答ではない応答(non-answer response)もある
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「誘導尋問」の相互行為的性格(1) 「はい/いいえ」を求める質問(極性質問) 「優先的(preferred)」な返答を強く期待させる
Yes/No Interrogatives (YNI) 「はい/いいえ」返答を適切な応答にする 受け手を限定的な選択状況におく(「同調的/非同調的」返答) 「優先的(preferred)」な返答を強く期待させる 一般に「同意」が優先的で「非同意」は非優先的 「誘い」に対して「受諾」が優先的、「拒絶」は非優先的 したがって、「誘導尋問」とは、「優先的な返答を強く期待させる極性質問」
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誘導尋問に対する「返答」の性格 質問タイプへの整合性 質問タイプ整合的返答(type-conforming answer:TCA)
「はい/いいえ」標識がある返答(はい、うん、いいえ、いや) 質問タイプ非整合的返答(type-nonconforming answer:TNA) YNIが設定する応答条件を受け入れず、逸脱、抵抗する 例:一部リピート(A:ミニスカート流行ったでしょう?B:流行った。) 例:変形返答(A:いつも遅刻ばっかり?B:ぎりぎりに起きていく)[Stivers] 例:間接返答(A:来週末はどう?B:休日でしょう。)(A:あなたは街のバーに行ったのですね?B:クラブです。)
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YNIとTCAの連鎖 YNIとTNAの連鎖 (1) 22 v15 10:16:17(弁護人による目撃証人への反対尋問)
弁護士: あなたは先ほど検察官の尋問に対して、段ボールがなぜ、床 に置いてあるのかという質問について、泥棒が探したからでしょう とおっしゃいましたね:。 (0.2) 証人: はい (0.9) 弁護士: 倉庫内の奥のほうに人影を見たということもおっしゃいました ね:。 (0.1) (0.7) 弁護士: 人影を見ただけで、 (1.0) 被告人が段ボールを棚から降ろして いるところを見たわけではないんですよね。 (1.8) 弁護士: え あなたが事件当日倉庫内に入った時に、倉庫にある電気 はついていましたか? (1.0) 証人: いえ ついていませんでした。 (0.6) 弁護士: 懐中電灯の明かりだけで人影を見たということですね? (1.2) 証人: えーと:あの::: (1.0) 倉庫に天窓がありますので、 (0.7) え::月 明かりが: (0.5) あ:て:多少何と か見えますので:: それで: 奥のほうに:こう:: (0.1) 人が動いてるって:のは:、見えました。 (1.7) 弁護士: わかりました。 (0.4) えー見取り図を・・・ YNIとTCAの連鎖 YNIとTNAの連鎖
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尋問(1)から分かること 誘導尋問に対して、タイプ整合的かつ優先応答がなされることが多い. (L1-15)
証人は、弁護士の先行発話の含意を分析して自分の発話をデザインしている. 証人の返答は、被告人を見たという主張を維持しつつ、先行質問を「どの様に被告を見たか」、というWH質問に変形させて応答する. この尋問シークエンスで、弁護士は反対尋問の「獲得目標」(「懐中電灯の明かりだけで人影を見た」とすれば目撃に疑問がある)を得られなかった.(非優先的な間接的返答による応答) 20行目の沈黙は、TNAの後に生じている. ほかの尋問でも、TNAの後に何らかのトラブルが生じているように見える.(長い沈黙、急なトピック転換、など)
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弁護士用マニュアルにおける 反対尋問の技法(1)
誘導尋問を使えばタイプ整合的・優先的返答を得られる、との想定 「反対尋問において最も重要なことは、証人の答えが分かっていることしか聞かないことである。そして、そのことから最も重要なルールが導かれる。反対尋問においては、基本的に、誘導尋問(「はい」か「いいえ」でこたえられる尋問)のみを用いよ。これがそのルールである。」 ただし、完全に答えが分かっている場合、予想外の答えに対して間違いなく弾劾できる場合、には誘導尋問以外を使ってもよい。 反対尋問の失敗事例は、主として、オープン質問をすることに起因するものとして描かれている。 失敗例が挙げられて、「なぜこのような失敗が起きてしまったのか。それは・・・自由に答えられるオープンな質問をしてしまっているからである。・・・証人の答えは弁護人が完全にコントロールしなければならない。・・・つまり、原則として、誘導尋問のみを用いることになる。」 Wh質問により弁解の余地を残すと、弁解により疑問は解消し証言を固めるだけ (後藤他『裁判員裁判刑事弁護マニュアル』第一法規2009年p ) オープン質問をすると主尋問の証言を確認するだけの「塗り壁」尋問になる。
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弁護士用マニュアルにおける 反対尋問の技法(2)
(『実践・刑事証人尋問技術』現代人文社2009年) 「成功事例」は、実際の反対尋問事例(尋問調書から?)の会話を取り上げて分析され、「ダイヤモンドルール」として定式化 事前に逃げ道を塞げ、理由を聞くな、誘導尋問をせよ、証人を矛盾へと導け、矛盾を示せ、矛盾を示したら深追いするな、など 「失敗事例」は仮想事例によって説明される.
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NITAメソッドにおける 反対尋問の原則 全米法廷技術研究所(National Institute for Trial Advocacy: NITA)の自己矛盾供述による弾劾方法 3つのCのステップ 肩入れ(commit)(誘導尋問で)公判証言を固める 信用情況の付与(Credit):供述書の信用性を固める 対面(Confront):証言と矛盾供述とを対面させる 2008年以降、日本への紹介始まる
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(2)22 v25 11:24:59 (検察官による被告人への反対尋問)
検察官: 倉庫ない: 倉庫内について質問しますが=倉庫内は、外より暖 かかったんですか。 (1.9) 被告人: はい あめ、あめ、雨をしのぐことができましたんで。 えー::: 外 に比べれば ずっと暖かかったです:。 (0.7) 検察官: ずっと暖かかったといいますと、その、雨がふせげるだけ: あた たか-かったというんですが=そう、具体的に気温とかは 外と中 でいっしょだったんですか (0.9) 被告人: そこまではわかりません (0.6) 検察官: ですので体感気温としても: 温度として; (1.4) わ::(0.6) どうで しょうか 被告人: 多少は温っかいというような感覚はあったかと思います。 (0.3) 検察官: 多少は、暖かかったかもしれない 被告人: はい (1.5) 検察官: そりゃ 雨にうたれないぶん暖かかったっていうことではないです か。 検察官: 被告人:いや: そうかもしれません YNI質問 TNA: 体感温度の問題と扱う YNI:「気温」は経験事実ではない TNA:返答する前提の知識がないとして、返答をしない応答 Wh質問:リペアで体感と気温の区別をデリート TNA: 体感温度の問題と扱う 被告人により13行目はYNI質問と扱われる YNI:最初の質問の再定式化により、体験事実の質問にする TNA:格下げされているが、16行目を適切な質問と扱う
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尋問(2)から分かること 「気温」の質問は体験事実に関する尋問でないので、異議の可能性。だが、実際には異議が申し立てられない。
検察官は、体感温度を気温(温度)にリペア開始することで、両者の区別をデリートして、初めから体験事実の質問をしていたものとする。 検察官のこの尋問シークエンスは、倉庫内は火の気がなかったから、寒さを回避するために侵入する理由とならないことを確立する必要があった。被告は体感温度として正当化する。 検察官の、法的な違法性の可能性は開始したが、立証の目的は遂げていない。
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(3)22v26 11:25:50 (検察官による被告人への反対尋問)-a)
検察官: では:、雨はその30分後にはやんで:、います:、その:雨が止んだのに、倉 庫に:、倉庫から出なかった:、散歩に戻ること:、は可能では なかった ですか。あ、散歩に:>戻ることは可能ではなかったですか。 (0.4) 被告人: 長椅子で、横になってたら、しらぬ- 知らない間に: (.) ねこんでしまった。 (4.9) 検察官: 長椅子で寝込んでいた:といいますが=その、倉庫への侵入がばれ も し警察ばた- 、 警察沙汰に、なったりしたら 大変(.)ですよね=その 警察沙汰にならないようにするためには倉庫を出て、土手など 寝 たほうがよい(.)ことではないです-=そのようには考えなかったんで すか。 (0.6) 被告人: もちろん(.)そうなんですけど:(.) そんなことを考える間もなく(.)寝入ってしまって(いた) (12.8) 検察官: 衣服: についての質問なんですけれども:、進入時は濡れていたということ ですが=はっけんじ:には証人の証拠によれば乾いていた、ということで すが:、それで、よろしいですか。 (0.4) 被告人: あ:、はい YNI: 可能性についての意見を求める尋問 TNR:返答する条件が欠けていることを述べる反応 長い沈黙 YNI:良いことについての意見を求める尋問。すぐリペア TNR:返答する条件が欠けていることを述べる反応 長い沈黙((ページを探すしぐさ)) YNI TNR
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(2.24) 裁判官: ん(.)それでよろしいって[いうのはそういうふうに証人が]証言し たこと= 検察官: [あ、(.)たけじわでいい] 裁判官: =は >いま当然聞いていましたから(よく)[被告人もそれをわ かってるん= 検察官: ○はい○ 裁判官: =ですがどういう(.)質問なんでしょうか<。 (0.5) 検察官: その:(.)発見時までに:は(.)衣服は(.)実際に(.)乾いていたんで しょうか。それ(.)を被告人のかたに確認(.)したいんですが。 被告人: はい、多少は(.)乾いてました。 (1.1) 検察官: ○多少は○ (2.8) 検察官: では乾いていなかったというですか被告人の立場は (0.1) 被告人: いえ、よく覚えてません。 (17.5) 検察官: では(.)次に、検事-検察官側としては侵入目的が窃盗、とするこ と、であることを立証するため被告人の動機、当日の散歩状 況、逮捕時の状況とうを確認して行きたいと思います。 裁判官の質問(尋問の不明確性) 質問の明確化を求める YNIの再試行 TCR 意見を求める尋問 TNR:尋問を確認を求めるものと扱う。返答の条件が満たされていないことを述べて返答に替える。 長い沈黙。裁判官のまなざし。順番順序への規範的志向の表示 TNRの後の長い沈黙+急なトピック変更
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尋問(3)から分かること 誘導尋問に対して、タイプ非整合的な応答が行われると、長い沈黙が生じている。
尋問シークエンスに至っていない 裁判官の視線は、弁護士の自己選択発話を規範的に志向するもの したがって、この長い沈黙は尋問者による沈黙の利用ではない。 また、その場合に、急なトピックの変更が行われているように見える。 沈黙の意味 「A」の後の沈黙(Pause) 「Q-A」シークエンスの後の沈黙(Gap) 先行する返答が逸脱的なものであったので進行性が阻止された 自己選択の権利を利用して証人の返答の意味を決定者に考えさせる時間として利用可能
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まとめ 尋問のビデオ映像とトランスクリプトの分析によって、実際の尋問相互行為の詳細が可視的になる。
マニュアルによる、理想的なモデルではなく、実際の活動を詳細に観察可能。 結果のみではなく、プロセスからどのように相互行為的な帰結が生じるかが観察可能となる。 反対尋問の「成功事例/失敗事例」の分割を超えて、相互行為的には成功しているが、法的には失敗、といった多元性が観察できる。 マニュアルでは、誘導尋問を使えば求める返答が得られると考えがちになる。実際には、タイプ非整合的返答が頻繁に利用されて、其れへの対処を求められる。 尋問者の尋問技能とともに、証人側の尋問回避手法が明らかになりうる。 マニュアルには想定されていない「タイプ非整合的返答」に対して、尋問コミュニケーションの進行性を阻止される傾向が観察された。この一因は、マニュアルには想定されていないために、準備ができていない。 これからのことは、教育方法に反映することが可能であろう。
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