肺炎の一症例 研修医・喜多洋輔
症例報告 ADL自立した58歳男性 主訴:発熱 職業:家具製造職人 既往歴 6/12夜からは38.8℃の発熱。6/13朝も発熱続き、咳、鼻汁、背部痛+。近医でフロモックス、PL開始。6/14も発熱+、再度近医へ。胸部写真で右S2に浸潤影+。肺炎で6/15当院紹介受診。 職業:家具製造職人 既往歴 慢性胃炎、一度房室ブロック、高尿酸血症、逆流性食道炎、慢性扁桃炎、右下肢末梢神経炎、不眠症、右根性坐骨神経痛で近医フォロー中
ペット:犬一匹 喫煙:40歳まで40本/日 酒:1.5合/日 薬物 アロプリノール、シメチジン2T2×、オーネスSP(総合消化酵素)、ガスモチン
最近、咽頭結膜炎の家族内発症あり 6月15日当院受診 胸写で左肺尖部に空洞様の陰影+→喀痰結核菌検査:陰性 胸部写真で左全体にスリガラス様の浸潤影+
6/15(当院初診時胸部写真)
6/20入院時胸部写真
入院時検査所見(6/20) WBC7210 (Neut74.7、Lymp13.3*、Mono7.2、Eos3.1、Baso0.4、Luc1.3) CRP14.78
胸部CT 左胸水と接する左下葉の圧迫性無気肺+ 有意なリンパ節腫大- 両肺尖部優位に肺気腫 左上葉~舌区に肺炎 特に肺尖部では蜂窩状のコンソリデーション+ 既存の肺気腫+ 明らかな空洞性病変- 左胸水と接する左下葉の圧迫性無気肺+ 有意なリンパ節腫大-
鑑別診断(スリガラス様浸潤影) 結核 肺炎 細菌性、異型、過敏性肺臓炎、薬剤性 腫瘍
気管支鏡検査(6/21) 左気管支 洗浄液細胞診(左B4) 細菌培養:normal flora 粘膜面異常所見なし 細胞に異型なし、classⅠ 好酸球の有意な増多なし CD4/8比は未検 細菌培養:normal flora
鑑別診断(スリガラス様浸潤影) 結核 喀痰抗酸菌陰性 肺炎 細菌性×、異型、過敏性肺臓炎?、薬剤性× 腫瘍 気管支鏡検査より否定的
追加検査(6/22) 血清IgE 149(正常) マイコプラズマ抗体(IgM+IgG) 80
入院後治療 異型肺炎と診断 6/23(第4病日)よりクラリス錠200mg2T2×で開始
検査所見の推移
体温の推移
6/26(退院時胸部写真)
マイコプラズマ肺炎とは? イントロ 病因論 臨床的な特徴 診断 治療 予防
Introduction 細胞壁がなく、無細胞人工培地(PPLO培地)で増殖する自己増殖能をもつ最小の原核微生物 気管支炎や咽頭炎などの原因としてもしばしば関与し、症状は数週間以上の長期にわたる
Pathogenesis マイコプラズマ感染症の成立 肺炎の病変の成立 咽頭への定着→上皮細胞に定着→気道上皮の線毛運動が低下 細胞内へも侵入するため抗菌薬や抗体に対して抵抗性を示し、慢性の経過へ 肺炎の病変の成立 M. pneumoniaeの直接作用として過酸化水素を産生し、組織傷害を起こす Bリンパ球を刺激し、種々の自己抗体を産生して免疫的反応による炎症を引き起こす 病理所見:気管支や血管周囲の単核球の浸潤、気管支上皮細胞の破壊や胞隔炎像
Epidemiology 飛沫感染、潜伏期は平均3週間 小児や若年成人を中心に多く発症。近年では高齢者発症も 以前は4年ごとの流行(オリンピックの年)がみられた。近年では季節に関係なく小流行傾向
Epidemiology マイコプラズマ肺炎と異型肺炎 マイコプラズマ肺炎と喘息 異型肺炎:市中肺炎の7〜20% 喘息症状を悪化させたり、喘息ない人に喘鳴を起こしたりすることも
Clinical features 呼吸器症状 肺外症状 溶血 皮膚病変 中枢神経合併症 その他 胸部X線 検査所見の異常
呼吸器症状 頑固で長期にわたる咳 特に病初期には乾性せきと発熱が主症状 咽頭痛、咽頭発赤、耳痛(鼓膜炎) 鼓膜所見(約2割に鼓膜炎がみられ、古典的には特異的とされている)
肺外症状 溶血(患者の60%) 発疹や紅斑などの皮膚病変 不整脈や胸痛などの循環器症状 中枢および末梢神経症状 関節症状 感染すると赤血球膜表面にIgMがあらわれ寒冷凝集反応がおき、溶血する なぜM.が自己抗体の増殖を促進するかは不明 発疹や紅斑などの皮膚病変 Stevens-Johnson syn.患者の16%にM.感染+ 不整脈や胸痛などの循環器症状 中枢および末梢神経症状 機序不明だが、直接感染か免疫媒介反応のせい? 関節症状
胸部X線検査 細かな粒状影(スリガラス様陰影)と、浸潤影からなる陰影 ≒間質性陰影、肺胞性陰影または両者の混合した陰影 陰影が時間的、空間的に多発することが特徴であり、skip lesionといわれる 板状無気肺 胸部X線像で、主に肺底部で横隔膜沿いに水平に出現する太さ1〜3mmの線状影をいう 肺門リンパ節腫大
検査所見の異常 白血球数は増加しない(75-90%)、増加しても10000/mm3を超えることは少ない CRPやESR(赤血球沈降速度)は、ほかの肺炎と同様に上昇 寒冷凝集素価の上昇が約半数にみられる
Diagnosis 非定型肺炎 マイコプラズマ肺炎 若年者の発症、家族内や集団内流行、頑固なせき、胸部身体所見に乏しい、末梢白血球が正常である、胸部X線でスリガラス状陰影またはskip lesionがある、グラム染色で原因菌らしいものがないetc… マイコプラズマ肺炎 寒冷凝集素 血清学 新しい診断技術
マイコプラズマ肺炎の診断 血清学的な抗体価の上昇や病原体の分離でなされる 血清抗体価 M. pneumoniae感染→生体の反応として特異的抗体が産生→抗体価の測定は本症の診断には不可欠 感染初期と2週間後のペア血清を用い、4倍以上の抗体価の上昇→M. pneumoniaeの感染と診断
マイコプラズマ肺炎の診断 ペア血清で4倍以上の抗体価(IgM or IgG)上昇 または32倍以上の上昇一回 抗体価は感染の7-9日後に上がり3-4週間後にピークになる CF testは感度90%以上、培養の感度は64% CF testの欠点は他の炎症があると偽陽性+ IgM単独(迅速キット:感度84.2%、特異度95.5 %CHEST1992:102;477 )も感染後7日たたないとできない
マイコプラズマ肺炎の診断 病原体の検出法(M. pneumoniaeの証明) M. pneumoniaeを咽頭スワブなどより、PPLO培地を用いて培養 免疫学的に抗原を検出する方法、PCR法によりM. pneumoniaeの遺伝子を検体から検出する方法 迅速かつ高感度な検査法
Treatment 異型肺炎の経験的治療 Macrolidesが異型肺炎カバーでかつ肺炎球菌もカバー Azithromycin (500 mg PO once daily, initially followed by 250 mg PO ) Erythromycinは安いが胃腸系の副作用がある。 AzithromycinはLegionellaもカバー
Treatment マイコプラズマの特異的治療 azithromycin (250 mg once daily), doxycycline (100 mg PO twice a day), erythromycin (333 mg PO three times daily), or a fluoroquinolone(levofloxacin) 治療期間は決められていないが7-10日間が主流 azithromycinの3-5日間投与で充分と思われる
Prevention いくつかのスタディーではazithromycinの予防投与はマイコプラズマ肺炎のOutbreak時やリスクの高い軍隊などでは有効とされている
お持ち帰り M. pneumoniaeは市中肺炎のメジャーな原因の一つ 臨床症状やX 線撮影所見では他の肺炎と区別をつけるのはムズい 異型肺炎やマイコプラズマ肺炎にはAzithromycin (500 mg PO once daily, initially followed by 250 mg PO)が現在最も広く処方されている
参考文献 UpToDate14.2 “Mycoplasma pneumoniae infection in adults” Harrison’s principal of internal medicine 15th edition 178. MYCOPLASMA INFECTIONS 新臨床内科学(医学書院) 内科診断学(医学書院)