福島県二本松市木幡 木幡の幡祭り 毎年12月第1日曜開催 (国指定重要無形民俗文化財)
幡祭りの由来 前九年の役の戦いで、一夜にして全山が雪で白くなった様を敵軍が源氏の白旗と見違い戦わずして敗走した故事により現在「幡祭り」として伝承されている。 前九年の役、天喜3年(西暦1055年)、源頼義とその子義家率いる軍勢は、戦いに敗れ、 わずか数騎で付近の農家で宿をとっていた。するとその夜、天女が夢枕に現われ「弁財天宮 で祈願すれば願いが叶うだろう。」と告げられた。頼義父子は夢に従い神社にて戦勝を祈願 した。するとその夜、折からの雪で山上の木はすべて源氏の「白旗」のように見え、攻め寄 せてきた安倍貞任らは、これを源氏の大軍と思い込み戦わずして退散してしまった。 これが陸奥鎮定の原因となり、朝廷に奏したところ、天皇はこの山を“木幡山”、山すその 別当寺院を“治陸寺(陸奥を治める寺)”と名付けられ、後冷泉天皇より宸筆の額を賜った。 その後、神仏の加護を深く信ずる郷土民により950年にわたり引き継がれ、源氏の白旗に 見立てた旗を木幡山、そして別峯羽山に奉納する祭礼として今に至っている。
木幡の幡祭り日程 8:30 幡集合(旧木幡第一小学校グラウンド) 9:00 出立式 9:30 イベント 10:00 出 立 (幡行列出発) 8:30 幡集合(旧木幡第一小学校グラウンド) 9:00 出立式 ・修祓、総大将挨拶、宮司挨拶等 9:30 イベント ・木幡音頭踊り、幡競走、餅つき、 万歳三唱、堂社餅まき 10:00 出 立 (幡行列出発) 11:00 治家公園(木幡山参宿所) 着 ~ 昼食 ・ イベント ~ 12:30 幡行列出発 (治家公園発) ※これ以降の時間は全て予定 14:30 羽山神社 ・胎内くぐり、権立よばり、羽山神社参拝 15:30 隠津島神社 ・隠津島神社参拝、万歳三唱 解 散
「胎内くぐり」 と「権立よばり」 権立(ごんだち) 胎内くぐり 権立よばり 羽山神社催事(食い初めと参拝) 木幡の幡祭りは、幡祭りとも権立よばりともいわれる。 初参加の若者を権立といい、幡祭りの中で重要な位置を占める。 胎内くぐり 羽山神社の下に「くぐり岩」がある。 権立は、太刀と袈裟(けさ)を岩の前に納めると、「胎内くぐり」といって、一人ずつ順に小銭をくわえて岩の割れ目を上から下に、体をよじらせながらくぐり抜ける。 抜けると小銭を何気なく地に落とし、そっと手で拾う。このお金は羽山神社を参拝する前に「乳」といっている粥(かゆ)をいただくときに差し出す。 権立よばり 全員が岩をくぐり抜けると、「権立よばり」といわれる儀式が行われる。 (※詳細は次頁参照) 羽山神社催事(食い初めと参拝) 権立は粥小屋で、小銭を出して乳(粥)をいただく。食い初めである。 羽山神社参拝、かつては1年目は後ろ向きで「背拝み」、2年目は横向きで「横拝み」、3年目にようやく正面を向いて拝むことがゆるされた。現在は1年目に3種の拝み方を続けて行っている。
権立よばり 「胎内くぐり」が終わると、岩の上と下にいた先達が問答を行う。 以下に主な口上を記す。 ※問答はかつて堂社ごとに行っていたため、言葉や口上の順番が違う場合がある。 先達上「 」 先達下「 」 先達上「 」 これを 繰り返し、最後に「 」というと、「 」といって祝福する。 問答が終わると祝福の法螺貝を吹き鳴らす。 ※八幡太郎というのはこの祭りの縁起からで、そう古いことではなく、若者の実名 を告げるのが古例であると言われている。 当年の当年のおいた御前、権立の名をなんと申す 向いの山の、木の根っこと申す いやいや、そうではないそうではない、当年の当年のおいた御前、権立の 名をなんと申す 八幡太郎義家と申す 生まれた ○「胎内くぐり」「権立よばり」は、東北では例をみない成人儀礼で、一見の価値がある。
幡行列順路 (午前の部) 一の鳥居と大松 11:00治家公園着 10:00 出 立 旧木幡第一小学校 発 昼食・イベント 木幡山参宿所 木幡郵便局
幡行列順路 (午後の部) 三重塔 隠津島神社 本殿 15:30(予定) 隠津島神社 着 参拝後、 解散 12:30 治家公園 出発 胎内くぐり、権立よばり 羽山神社参拝