本邦の医学部学士編入制度 に関する文献的考察 M0 佐々木 那津 2010.3.24
Introduction 本邦の医学部学士編入学制度は1990年代の後半から急速に広がってきた。この制度の目標として、幅広い視野と高いモチベーションを持った人材を選抜して育成することが掲げられており、その目標はある程度達成できているとする評価もある。しかし一方で、近年は編入生の学習意欲の低下を指摘する報告もある。そこで、今回の発表では、学士編入学制度について文献を通じて検討し、本制度に関する論点を整理する。
Method 医中誌において、「医学部 学士 編入」で検索し、6件のヒットを得た。 医中誌において、「医学部 学士 編入」で検索し、6件のヒットを得た。 1994年以降の雑誌“医学教育”については、ハンドリサーチによって文献を得た。 医学部白書、各種報告書、英語論文などはReferenceからたどることで得た。 合計、24件の論文・報告書を得た。
Result 医学部学士(編)入学制度とは 医学部学士(編)入学制度の目的 医学部学士入学の歴史 学士入学制度をもつ大学とその編入時期 編入年次などを変更した大学 学士編入試験の内容 学士編入試験の動向 学士編入生の実態 学士編入生のカリキュラム
医学部学士(編)入学制度とは 医学部学士(編)入学制度とは、他学部において 学士号を取得した学生が医学部二年次または三年次に編入する機会を提供する制度である 一部の大学では、学士号取得を編入試験の受験条件に加えていない。一般編入学という。(東海大学、筑波大学、群馬大学、大阪大学、他私立大など)
医学部学士(編)入学制度の目的 医学とそのほかの関連領域の融合をはかるとともに将来広い視野をもった医学研究者や教育者および臨床医を育成すること(清原ら、2005) 他学部を卒業して人間的に成熟した学生を入学させ、幅広い学識を有する医療人を育成すること(奈良報告書、2007) 態度・習慣領域の能力、意欲、動機付けの側面で優れた人材の確保を目指す選抜方式で、それなりの目的は達成されている(八木、2006)
医学部学士入学の歴史 学士編入学方式は、1975年度に大阪大学において開始され、1998年度から2003年度にかけて急速に増加した。(八木、2006) 東京大学医学部における学士入学制度の詳細は非公開であるが、昭和43年度(1968年)に学士入学制度が存在したことが確認された。筆記試験の過去問は、昭和49年度以降のものが保存されている。
学士入学制度をもつ大学とその編入時期 36大学/80大学 一年次後期‥‥金沢医科(私) 二年次前期 ‥‥弘前、群馬、筑波、新潟、富山、神戸、鳥取、岡山、愛媛、高知、琉球、獨協医科、杏林、日本医科(私)、北里(私)、東海(私)、愛知医科(私) 二年次後期 ‥‥旭川医科、北海道、福井、浜松医科、滋賀医科、 大阪、香川、長崎、大分、鹿児島 三年次前期 ‥‥秋田、千葉、東京、東京医科歯科、金沢、名古屋、島根、山口
編入年次などを変更した大学 2011年度入学試験より (三年次→二年次)弘前、岡山、愛媛、神戸 (三年次→二年次後期)大阪 (三年次→二年次)弘前、岡山、愛媛、神戸 (三年次→二年次後期)大阪 (三年次編入制度新設)岩手医科(私) (地域枠限定)鳥取 2010年度入学試験より (三年次→二年次)群馬、新潟、鳥取、琉球 (編入制度廃止)藤田保健衛生(私) 2009年度入学試験より (三年次→二年次)高知 (増枠15名→17名)滋賀医科 2008年度入学試験より (三年次→二年次)北海道
学士編入試験の内容(学力試験) 生命科学(大学教養教育修了程度の基礎自然科学、生物学、生化学、生理学、細胞生物学、免疫学、遺伝学など) 英語(科学論文読解、抄録作成) 物理(力学、電磁気学、熱力学、量子力学) 化学(物理化学、有機化学、生化学) 数学(微分積分学、統計学)‥医科歯科、筑波 TOEFLスコアレコード‥医科歯科、香川、筑波 準備教育モデル・コア・カリキュラムに基づく内容
学士編入試験の内容(非学力試験) 志望動機書 800字~2000字 自己推薦書 推薦書(教授または会社の上司) 志望動機書 800字~2000字 自己推薦書 推薦書(教授または会社の上司) 集団面接/個人面接/グループ討論/合宿面接(富山) 小論文 口述試験(OHPによる研究発表。神戸) 態度・習慣領域評価(高知) ワークショップ試験(獨協) 施設見学、体験授業(評価対象外。山口)
学士編入試験の動向(1/2) 学力評価は最小限として人物評価を重視する傾向がうかがわれる(清原ら、2005) 編入時期を三年次から二年前期にした大学が17.9%あり、二年後期にした大学が25%あり、今後も増えると予想される(鈴木ら、2009) 選抜日程が大学ごとに種々様々であることは問題である。都市部集中型となって、入学辞退に伴う繰り上げ合格業務を余儀なくされている。(八木、2006)
学士編入試験の動向(2/2) 気になることは、出願時無職という層の増加傾向である。これは入試対策のため大学や勤めを辞めて予備校通いをしている人たちであるという。合格者の大部分が訓練されたプロに近い受験生によって占められてしまうのは好ましくない。なるべく受験対策の裏をかいて生の人柄や適性がわかるような工夫をしていきたい(小宮、2002)
学士編入生の実態(1/2) 文系出身は23.7%、25歳以下が53%、最高齢49歳(鈴木ら、2009) 研究を志す者の割合が減ってきており学士編入学者の意識の変化を感じる(清原ら、2005) 実習や演習は一般性と編入生との混成グループにすると、編入生がそれぞれの経歴を生かしてイニシアティブをとっている例が数多く見られた。(小宮、2002) 教室の最前列に固まって授業を熱心に受け、活発に質問する一期生をみて、それまでの自分を反省した一般入学者も多かったようである。(小宮、2002)
学士編入生の実態(2/2) 多くの大学で最近の学力低下を嘆く声が聞かれる(鈴木ら、2009) 編入直後は好成績で良好な影響を与えているが、高学年に進むにつれ成績の低下が目立つ者も出ており、同級生に与える影響も小さくなる傾向にある(医学部白書2009) 学士入学者は入学後の学業成績はよいとする意見と、これとは全く反対に学士入学者はよくないとの意見もある。(桜井ら、1998) 医学部の学士入学に対して大学が求めるものが必ずしも明確ではないことから、学力以外の要素で合格できるのではないかという幻想が受験生に広がっている。このため、面接等のアピールによって入学した者が学業に苦労している。(山本ら、2006)
学士編入生の成績に対する意見 学士編入学の導入に当たってこれに反対する意見の大部分は、自分のクラスに他大学を卒業した同級生がいて、その印象がよくなかったということに由来する。実際過去10年にわたって他大学卒業者を抜き出して追跡調査すると、入学時の成績は必ず上位1/5にあるが、入学後の成績は上位1/3に属する群と下位1/3に属する群とに二分される。この下位群の記憶のみが強く残っているために反対論が出てきたと推定される。(小宮、2002)
学士編入生のカリキュラム 学士編入学者のために一般入学者とは全く異なる特別なカリキュラムを運用することは困難(清原ら、2005) 医学教育改革にともなう専門教育の前倒しと早期化が編入学において必須単位取得上の障害となっている(清原ら、2005) 大阪大学では、学士や三年次編入生の学習の遅れを取り戻すため、何ヶ月もの間土曜日の午後も講義をしているし、MD-PhDコースについては、最初の何ヶ月間かは夜の8時まで講義をやるというプログラムを作っている(議事録4、2000)
Discussion(1/2) <メリット> ①医学部入学者の多様化 →何が多様なのか?多様であることによるメリットは? ②異なる学問分野と医学の融合 →具体的な事例は? ③高いモチベーションと明確な意志 →持続しているか? ④人間的な成熟、一般教養がある →どのようにして測るのか?教養教育の弱体化はどうか? ⑤一般入学者への刺激 →一般入学者は学士生をどう思っているか?
Discussion(2/2) <デメリット> ①医師としての実労働年数が短い →医療への貢献度・研究実績を総合して判断すべきで は? ②経済的負担が大きい →奨学金制度の充実化? ③高い臨床志向による、基礎・社会医学研究者の不足 →特別なカリキュラムによる専門的な教育?(ex.MD-PhDコース) ④地域・僻地医療への貢献不足 →地域枠の積極導入? ⑤学習意欲の低下、体力的な問題による編入生の質の低下 →学士編入生の質は低下しているのか?「質」とはなにか? ⑥カリキュラム運営上の困難、事務的な負担 →メディカルスクール導入の是非、特別なカリキュラムの効果は?
Discussion/今後の課題 学士編入生の「質」が本当に低下したのか、検証する必要がある。低下しているとすれば、それはなぜか。 編入制度廃止、編入年次引き下げの動きが出ている理由は何か。 合格後の、大学におけるサポートやカリキュラム編成に役立てるため、また、学士編入生の「質」の変化の理由を探索するため、学士編入試験の準備状況を調査し、編入生の学力の現状や、非学力試験対策を知る必要がある。 非公開である東京大学医学部の学士編入制度について調査し、その目的を達成できているか検証する必要がある。
おわりに 「多様性」の定義と、「多様であることの意義」を明確にし、その目的達成を評価することなしに学士編入制度の是非は語れない。(質的・量的な制度評価の重要性) 「多様性」への適応障害・・・大学側が、学士編入生の多様性を理解し、それを受け入れることに対して困難を感じている状態。 制度が流動的になっている現在、制度のゴールを再確認することが、自らの「多様性」への適応障害に気づくきっかけになる。