生態学的感染症研究 時間軸と空間軸のなかにおける 感染症の再構築 生態学的感染症研究 時間軸と空間軸のなかにおける 感染症の再構築 山本太郎 熱帯医学研究所 国際保健学分野 外務省国際協力局地球規模審議官組織の山本です。 今日はお招きいただきありがとうございます。 本日は、私が、日頃考えていることを「医療生態学―共生の視点から」と題してお話させていただきたいと思います。 私は、医師で、と申しましても、病院で臨床をやってきた医師ではなく、国際医療協力の実践や研究を行ってきたわけですが、そんな私がなぜ、いま外務省で、外務事務官、あるいは外交官として働いているのかといったことからまず、始めさせていただきたいと思います。
感染症が広がるという生物現象への社会学的関与
R0 =β×κ×D
基本再生産数を規定するもの 基本再生産数( R0 )は以下の式で与えられる: R0 =β×κ×D Β=1回の接触あたりの感染確率 Κ=一定時間あたりの接触頻度 D=感染力を有する期間 定義:「基本再生産数」とは,ある1人の感染者が完全な感受性集団に入ってきたとき、その感染者から平均で何人が感染するかという数 論理的には以下の3つのシナリオが考えられる R0 < 1: 流行は起こらない.(the disease will eventually disappear) R0 = 1: 流行は消滅もしないが拡大もしない. R0 > 1: 流行は拡大する.(the disease will spread and be epidemic) 4
The average number of individuals directly infected by each case is (1+2+0+1+3+2+1+1+2+1+2)/10=1.5
性産業従事者におけるHIVの基本再生産数 R0 =β×κ×D Β=1回の接触あたりの感染確率 Κ=一定時間あたりの接触頻度 D=感染力を有する期間 1回の接触あたりの感染確率(β) が,性感染症の併発がない場合(0.01ー 0.001),ある場合(1ー0.1) κ は,新たに獲得したパートナーの数となる Dは感染力を有する期間. 7
Coffee break もし,安全なセックス(コンドームを使ったセックス)が実践できたら・・・,HIVの基本再生産数はどのように変わるでしょうか? 答えは,1回の接触あたりの感染確率(β) が低下し、HIVの基本再生産数は減少する 一般的に言えば,公衆衛生学的感染症対策(コンドームの使用促進など)は,接触頻度の低下を目指すものが多く,医学的対策(抗ウイルス薬の使用など)は,1回の接触あたりの感染確立を下げる,あるいは,感染期間を短縮するといった対策であることが多い 8
では、問題です(Coffee break) 「基本再生産数」は,ワクチン接種のカバー率を決定するためにも重要だ。 基本再生産数=4の感染症があったとしましょう。この感染症の流行を防ぐためには,ワクチンのカバー率は何%必要か?
答えは(A piece of cake)? If R0 is 4, in the unvaccinated natural stage, a primary case of disease will thus infect 4 other individuals on average. However, if 25% of the population have already been immunized against disease, then one out of four individuals who should have been infected can escape infection, only three among four will be infected. What about that the half population have been immunized? What about 75% population? If 75% of the population have been already immunized, then three out of four who should have been infected can escape infection, and thus only one out of those four will be infected. It leads the situation that reproductive rate is one on average and thus infection will neither spread or disappear. 75%
A piece of cake 2 ワクチン接種率を p とする。 すると再生産数は以下の式で与えられる。 R= R0×(1-p)
では、さらに問題です(Coffee break) 以下のような場合,どのようなことが期待されるでしょうか? インフルエンザ流行期にマスクを着用する エイズ患者に抗ウイルス薬を投与する はしか流行期に学級閉鎖を実施する 一般的に言えば,公衆衛生学的感染症対策(学級閉鎖や隔離等)は,接触頻度の低下を目指すものが多く,医学的対策は,1回の接触あたりの感染確立を下げる,あるいは,感染期間を短縮するといった対策であることが多い
基本再生産数にはこのような使い方も 今回の説明を敷衍してみると,基本再生産数が高ければ,人生の早期で,その感染症に出会う確率も高いことがわかる。 詳しい説明は省くが,以下のような式が成立することも知られている。 R0 =1 + L/A L=集団の平均寿命,A=感染の平均年齢
続き(One more thing (con’t)) はしかの平均感染年齢が5歳,平均寿命が60歳の社会における基本再生産数は? 予防接種をすると、平均感染年齢はどうなるか? 風疹で,上記のような状況を考えた場合,どのような心配が起こるか?
感染症から考古学、歴史学へ
JPN TC 16
大陸横断亜群(TC)と日本亜群(JPN)はドーナツ型の分布パターンを示す. 亜群の分布パターン. 大陸横断亜群(TC)と日本亜群(JPN)はドーナツ型の分布パターンを示す. 17
旧石器時代後期~ 縄文時代早期 この時期,北方および韓半島経由でC3系,南方からC1系のヒト集団が日本に渡来した. C3系,C1系ともにアフリカに起源を持つC系の分流である.このヒト集団により大陸横断亜型のウイルス株が持ち込まれ,列島内に薄く広められた. Y染色体DNA多型に基づくヒトの移動誌(崎谷,2008) 18
この時期,韓半島経由でD2系ヒト集団が日本に渡来した.この集団は C3系,C1系ともに日本人の原型を形作った. D2系もアフリカに起源を持つDE*系の分流である.このヒト集団により日本亜型のウイルス株が持ち込まれ,九州,本州,四国広められた. なお,D*系ヒト集団はインドを経由して東アジアに到達している.日本亜型のウイルス株は今のところ日本以外ではインドからの見知られている. 縄文時代早期 P Y染色体DNA多型に基づくヒトの移動誌(崎谷,2008) 19
弥生時代,韓半島経由でO2b系ヒト集団(渡来系弥生人)が日本に渡来し,九州北部から本州に広がった.また弥生以降,O3系ヒト集団が渡来し,本州,四国,九州に広がった.これらのヒト集団はHTLV-1陰性であり,既存のヒト集団(縄文人)と交じり合う過程で,HTLV-1陽性率を押し下げていった. 弥生時代以降 With Tuberculosis? Y染色体DNA多型に基づくヒトの移動誌(崎谷,2008) 20
大陸横断亜群(TC)と日本亜群(JPN)はドーナツ型の分布パターンを示す. 亜群の分布パターン. 大陸横断亜群(TC)と日本亜群(JPN)はドーナツ型の分布パターンを示す. 21
今後、 分子時計=分岐年代推定
各検査年におけるHTLV-1抗体陽性率 今後、 感染数理モデルの構築 No. tested HTLV-1 Positive rate (%) 1987 458/5510 8.89 1988 808/8851 9.13 1989 732/14432 5.07 1990 628/13680 4.59 1991 559/12847 4.35 1992 499/11301 4.42 1993 470/9664 4.86 1994 448/9003 4.98 1995 401/11045 3.63 1996 326/12181 2.68 1997 329/11480 2.87 1998 266/11534 2.31 1999 259/11227 2000 224/10603 2.11 2001 219/10337 2.12 2002 196/9997 1.96 2003 165/9783 1.69 2004 164/8891 1.84 2005 118/7999 1.48 2006 124/8448 1.47 各検査年におけるHTLV-1抗体陽性率 2 4 6 8 10 12 18-19 20-21 22-23 24-25 26-27 28-29 30-31 32-33 34-35 36-37 38-39 40- 55-59 60-64 65-69 70-74 75-79 80-84 85-89 Age (years) Seroprevalence of HTLV-1 (%) Seroprevalence of HTLV-1 in each birth cohort from 1955 to 1989 今後、 感染数理モデルの構築 23
ウイルスのヒトへの適応段階 代表例 第1段階 適応準備段階ともいえる段階であり、感染症は家畜や獣から引っかき傷やかみ傷を通して直接感染するが、ヒトからヒトへの感染はみられない。感染は単発的な発生のみで終息する l レプトスピラ症 l 猫引っかき病 第2段階 適応初期段階ともいえる段階であり、ヒトからヒトへの感染が起こる。ただし、この段階は適応の初期段階に過ぎず、感染効率が低いためやがて流行は終息に向かう l オニョン・ニョン熱 (1959,東アフリカ) l 新型レプトスピラ症 (第二次大戦中,アメリカ) 第3段階 適応後期段階というべき段階であり、以前は動物のあいだで流行していた感染症がヒトへの適応を果たし、定期的な流行を引き起こす l ラッサ熱(1969,ナイジェリア) l ライム病(1962,アメリカ) l エボラ出血熱 (1976,スーダン南部) 第4段階 ヒトに対し適応したため、もはやヒトのなかでしか存在できない感染症がこの段階の感染症 l 天然痘, エイズ, l 梅毒 最終段階 ヒトという種のなかから消えていく感染症 成人T細胞白血病 このスライドは、ウイルスのヒトへの適応段階を5段階に分けて、まとめたものです。 先ほど、農耕定住を初めて以来、私たち人類は常に新しい感染症の出現を経験してきたと話しました。しかし、そうした新しい感染症は、突然ヒト社会へ現われてくるわけではありません。幾つかの適応の段階を踏みながら、ヒトへ適応してくるのです。 第1段階は、・・・ 第2段階は・・・ ・・・・ そして最終段階は、過剰適応段階とも呼ぶべきもので、ある時期のヒト社会へ過剰に適応したため、ヒト社会の変化に適応できなくなり、徐々にヒト社会から消えていく感染症です。 感染症は、こうした適応段階を経て、ヒト社会へ現われ、そしてやがて消えていくのです。 現在の鳥インフルエンザは、適応の第3段階から第4段階へ入りつつある感染症と言えるかもしれません。 こうした段階を理解したうえで、私たちは「ウイルスとの共生」ということを考えなくてはならないというのが、私の考えです。 例えば、最終段階にある、まさに消え行く感染症に対して私たちは、何を考えるべきなのでしょうか。 このことは、次のスライドで考えて見たいと思います。 24
STLV-1とPTLV感染症理解 京都大学霊長類研究所との共同研究 Epidemiological Evidence for Age sex STLV-1 status positive negative inconclusive infant F 6/10 (60) 2/10 (20) juvenile 1 0/5 (0) 5/5 (100) 2 1/4 (25) 3/4 (75) 0/4 (0) 3 1/3 (33.3) 4 1/1 (100) 0/1 (0) 1-4 3/13 (23.1) 9/13 (69.2) 1/13 (7.7) youngster 5 4/4 (100) 6 5-6 8/8 (100) 0/8 (0) adult 7< 27/27 (100) 0/27 (0) 44/58 (75.9) 11/58 (19.0) 3/58 (5.2) Epidemiological Evidence for Horizontal Transmission of Simian T-lymphotropic Virus Type 1 in a Natural Colony of Macaca fuscata K. Eguchi, K. Ohsawa, J. Suzuki, K. Kurokawa and T. Yamamoto 感染経路の推定 臨床症状の推定 種を越えた感染で異なる 感染経路は異なる臨床症状を もたらすか。そうだとすれば、 その意味は何か
Hashizume M, Terao T, Minakawa N. Hashizume M, Armstrong B, Hajat S, Wagatsuma Y, Faruque ASG, Hayashi T, Sack DA. The effect of rainfall on the incidence of cholera in Bangladesh. Epidemiology 2008;19:103-10. Hashizume M, Terao T, Minakawa N. Indian Ocean Dipole and malaria risk in the highlands of western Kenya. Proc Natl Acad Sci U S A. 2009;106:1857-62. Katsuyuki Eguchi, Hidefumi Fujii, Kengo Oshima, Masashi Otani, Toshiaki Matsuo and Taro Yamamoto. Human T-Lymphotropic Virus Type 1 (HTLV-1) Genetic Typing in Kakeroma Island, an Island at the Crossroads of the Ryukyuans and Wajin in Japan, Providing Further Insights into the Origin of the Virus in Japan. J Medical Virol. 2008 Kengo Oshima, Hidefumi Fujii, Katsuyuki Eguchi, Masashi Otani, Toshiaki Matsuo, Shinji Kondo, Koichiro Yoshiura and Taro Yamamoto. A Further Insight into the Origin of Human T-Lymphotropic Virus Type 1 (HTLV-1) in Japan, Based on the Genotyping of ABCC11. Tropical Medicine and Hygiene. 2008 Magafu et al. Usefulness of Highly Active Anti-retroviral Therapy on Health-related Quality of Life of Adult Recipients: A Survey at Kagera Region hospital in Tanzania. AIDS Patientsand Care. 2008 26
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