過去20年間の衆参予算委員会における与野党対立構造の分析 同志社大学大学院 総合政策科学研究科 木下 健 ebl1005@mail3.doshisha.ac.jp
問題意識と研究課題 2007年・2010年と近年衆参の多数派が異なるねじれ国会が出現したことにより、参議院の強大さが指摘され、立法の停滞が懸念される。 参議院の強大さを解消するために、様々な参議院改革案が提示されており、議論の整理を行う必要がある。また安易な参院廃止論が横行しており、参議院の役割及び影響力を捉えなおす必要がある。
これまでのねじれ国会への対処 89年のねじれは自公民路線で、98年のねじれは自自連立、のち自自公連立で乗り切ってきた。 2007年のねじれは、与党が衆議院で3分の2以上の議席を占める不完全ねじれ国会であり、再議決により法案を成立させることができた。 2010年のねじれは、再議決が出来ないうえ、二大政党化が進行し、連立により衆参過半数の議席を占めることが難しくなっている。
有効議会政党数とは ラクソーとタガペラ(1979)による大よその政党の数を把握する指標であり、有効議会政党数は議席率の二乗の総和の逆数で求められる。 例えば、三政党が33.3%ずつの議席率である場合、 1/(0.33²+0.33²+0.33²)=1/0.3267=3.06 三党が45%,45%,10%の議席率である場合、 1/( 0.45²+0.45²+0.10²)=1/0.415=2.41
『衆議院の動き』及び参議院のホームページより作成
有効議会政党数とは 有効議会政党数は選挙制度と大きく関係している。衆議院では94年に小選挙区比例代表並立制が導入されて以降、二大政党化が進んでいることがうかがえる。 他方参議院においては、比例の割合が衆議院よりやや高くなっていることや三年後との半数改選であるため、衆議院と比べると二大政党化は十分に進んでいるとはいえない。 ⇒連立確保が難しくなってきた そもそも連立政権は国民の関知せざるところでなされるため、国民の政治不信に繋がることとなる。
研究目的 衆議院の優越規定が定められている予算に関して、与野党対立の分析を通して参議院が機能しているのか検証を試みた。 予算に関しては、衆議院での先議が定められており、参議院での審議は30日に限定されている(憲法第60条)。 予算委員会における審議機能を分析しておくことは、今後、参議院の権限を縮小する改革方針を採った場合、参議院予算委員会の審議機能が先行事例として持ち出されることとなり、他の常任委員会と比較されることとなる。
分析方法 参議院予算委員会の審議機能を分析するため、衆参予算委員会の与野党対立の様相を明らかにする。 分析方法 参議院予算委員会の審議機能を分析するため、衆参予算委員会の与野党対立の様相を明らかにする。 まず予算案付託から成立までの審議空転割合を計測する。 つぎに、委員会審査中における委員長の理事会協議をする発言回数及び速記中止回数を計測する。 与野党対立の様相を明らかにし、委員会審査内の理事会協議回数・速記中止回数から参議院予算委員会の審議機能の検証を試みる。
与野党対立の指標としての審議空転割合 審議入りといった委員会運営に関しては、与野党による理事会で協議し、合意のうえで進めていくことが慣例となっている。 一般会計予算案及び補正予算案に関して、委員会付託から成立までの日数及び本会議・委員会・公聴会・分科会、委嘱審査が開かれた審査日数を計測することとし、審議がなされていない日数を付託から成立までの日数で除すことで空転割合を求めた。
国会議事録及び朝日新聞縮刷版を用いて集計
主な空転理由は政治倫理問題と強行採決 1992年共和汚職事件 1993年東京佐川急便事件 1994年佐川借入金問題 2001年KSD事件 政治倫理問題に関する空転 1992年共和汚職事件 1993年東京佐川急便事件 1994年佐川借入金問題 2001年KSD事件 強行採決に関する空転 1998年公聴会日程を与党単独で決定 2000年衆院における議員定数削減 2008年ガソリン税の暫定税率延長 2009年二次補正予算(定額給付金等) 30日ルールがあるため、衆議院段階における空転が大部分を占めている。
参議院における空転は過去20年で3例 1993年東京佐川急便事件を巡る証人喚問を要求し、1週間空転が生じた。⇒与党の譲歩を引き出せず、遠藤参院予算委員長に扱いを一任して決着。 2008年ガソリン税の暫定税率延長のつなぎ法案に反対(1週間)、2009年集中審議を要求(2日) ⇒30日ルールがある中で、参院段階での空転は与党の譲歩を引き出す戦術から、倒閣や政権交代を意識した戦術になっている。 衆議院では審議空転が多く見受けられ政局になる一方、参議院では30日ルールがあるため空転が限定されており、限られた期間の中で審議しようとする衆議院の補完の役割を果たしているといえる。
理事会協議回数と速記中止回数 委員が委員長に対して「理事会で協議して下さい」と要望し、委員長が「理事会で後刻協議致します」旨を発言すれば、一定の進展があったものとされ、要望した委員が納得する場面が見られる。そこで委員長の理事会協議を開く旨の発言回数をカウントした。 委員の不規則発言を制止するため、質疑者と答弁者の理解不一致の解消のため、委員長が速記を止めることがある。そこで速記中止回数をカウントした。
理事会協議、速記中止はいかなる意味合いを持つか 理事会協議回数は委員会審査の活発さを示す指標 配布資料の承認 参考人招致・証人喚問の決定協議 集中審議の決定協議 調査報告書の確認 速記中止回数は野党追及の強さを示す指標 質疑者と答弁者の理解不一致の解消 委員の不規則発言の制止 野党議員の欠席に対する呼びかけ
予算審査一回当たりの理事会協議回数及び速記中止回数の推移 平均値 衆予理事会協議 1.27 衆院予速記中止 0.71 参予理事会協議 1.06 参院予速記中止 1.64
理事会協議回数と速記中止回数 理事会協議回数及び速記中止回数ともに一様に多い年は1994年と2010年であり、細川内閣・羽田内閣および鳩山内閣・菅内閣はともに政権運営に不慣れであり、政治とカネの問題にどちらも悩まされたことや、質疑者と答弁者の理解不一致が多く現れたことから、多く計測されたと考えられる。 2002年の衆院予算委員会理事会協議回数が多い理由に関しては、NGOの出席拒否問題があり、田中眞紀子外相が更迭され、鈴木宗男議員の疑惑が追及されたことが大きいと考えられる。
衆参予算委員会の理事会協議回数及び速記中止回数の相関係数 衆予理事会協議回数 衆院予速記中止 参予理事会協議回数 参院予速記中止 Pearson の相関係数 1 .630** .253 .151 有意確率 (両側) .003 .283 .526 .306 .519* .190 .019 .481* .032
相関関係からの推論 衆参それぞれ理事会協議回数と速記中止回数が相関していることから、二つの指標は同様の傾向があると考えられる。 相関関係からの推論 衆参それぞれ理事会協議回数と速記中止回数が相関していることから、二つの指標は同様の傾向があると考えられる。 衆参の速記中止回数同士が.519(5%有意)に相関していることから、衆議院と参議院が連動し、野党が衆議院で追及しきれなかった場合、参議院で追及していると考えられる。
審議空転割合と速記中止回数の関係 与野党対立が激化し、審議空転割合が増えた場合、与野党対立は国会審査まで及び速記中止回数が増加していると予想される。 そこで、予算審査一回当たりの衆議院予算委員会の速記中止回数、参議院予算委員会の速記中止回数及び衆参の速記中止回数を合算したものを従属変数とし、空転割合および一般会計予算案に対する参議院での議決形態(可決の場合0,否決の場合1)を独立変数として、重回帰分析を行うこととした。
重回帰分析の結果 衆院予算委 速記中止回数 参院予算委 衆参予算委 回帰係数 空転割合 2.154* 7.933** 10.087** 重回帰分析の結果 衆院予算委 速記中止回数 参院予算委 衆参予算委 回帰係数 空転割合 2.154* 7.933** 10.087** 参議院 議決形態 -.638* n.s. -1.358* 重相関係数R .574 .703 .707 決定係数R2乗 .329 .494 .500 衆院予: F(2,17)=4.167,p<.05 、参院予:F(2,17)=8.310,p<.01 、衆参予F(2,17)=8.515,p<.01
重回帰分析の結果 審議空転割合は速記中止回数に影響を与えており、審議空転割合が増えれば、速記中止回数が増えるといえる。 重回帰分析の結果 審議空転割合は速記中止回数に影響を与えており、審議空転割合が増えれば、速記中止回数が増えるといえる。 参議院において野党が多数を占めている場合、速記中止回数は減るといえる。 参議院議決形態より速記中止回数が減る傾向にあるのが衆院予算委員会であることを踏まえると、野党側が参議院で多数を占めている場合には、衆議院を早期に通過させ、参議院で対決しようという野党側の思惑が見受けられる。
衆議院と参議院の差異は何か 参議院においては空転が少ない。 参議院予算委員会は衆議院と比べて速記中止回数が多い。 ねじれ国会になると衆議院予算委員会の速記中止回数が減る傾向にある。 なぜこのような結果となっているのか。 30日ルールという限定の中で抵抗戦術の使えない参院は最大限の役割を果たそうとしている。 ⇒審議そのものを充実させるため、衆院とは異なる審査方式である片道方式を採用している。
衆参予算委員会の差異 往復方式と片道方式 衆議院では質疑時間の割り当てに答弁時間を含む往復方式を採用している。他方、参議院では質疑時間の割り当てに答弁時間を含まない片道方式を1952年より採用している。 分科会方式と委嘱審査方式 総予算の審査に関して、参議院では全議員が予算審査に関わるべきであるとして、1983年より委嘱審査方式を採用している。
衆参予算審査一回当たりの答弁割合 衆院予算委 参院予算委 2011年予算委員会より集計 ・参議院予算委員会において大臣答弁割合が衆院より低くなっているが、首相、副大臣、及び政府参考人の答弁割合が高くなっているのは、参議院が多様な政府答弁を求めている。 ・予算審査一回当たりの答弁回数は衆院で112.6回、参院で173.9回となっており、参院の方が1.54倍多く質疑している。
研究の結果 衆参予算委員会は、連動して機能しており、二度に及ぶ追及を行っていると考えられる。 研究の結果 衆参予算委員会は、連動して機能しており、二度に及ぶ追及を行っていると考えられる。 権限において衆参に差をおいたとしても、二院制であるがゆえに参議院は衆議院とともに行政府監視機能を発揮している。 衆参の役割を分化させることを条件として、予算関連法案に関して再議決要件を過半数に引き下げることを考えてもいいのではないか。
各国の上院・下院 執政制度 下院 上院 立法権限等 定数(人) 任期(年) イギリス 議院内閣制 650 5 782 - 予算、金銭法案については、上院に1ヶ月の引き延ばし権限、法案については1年以上おいて下院の過半数により再議決 イタリア 630 315 両院が完全に対等、上院に拒否権あり、両院同時解散 ドイツ 598 (622) 4 69 州政府が定める 各州の利害に関連する法案については、連邦参議院の議決が必要(法案全体の5.5~6割)。一般法案(予算を含む)については下院の再議決により成立。 フランス 半大統領制 577 348 9 両院不一致の場合、新たな1回の読会の後、最終議決を国民議会が担う 各国議会のHP等により作成、 Meg Russell“Reforming the House of Lords”pp26-28,34-38参照、ドイツに関しては岩崎美紀子「二院制議会(13)ドイツ(下)」『地方自治』第747巻,p2~p18参照。
今後の参議院の在り方 衆参の役割や選挙制度が似通っているため、参議院不要論が出てくるのではないだろうか。 今後の参議院の在り方として、イギリスのように権限を縮小して、参議院に異なる役割を担わせるべきなのか。 イタリアのように衆参同時解散して両院多数派の不一致が起こらないようにしていくべきなのか。 あるいは、参議院の選挙制度改革により連立可能な政党制にしていくべきなのか。
付表1.1992年から2011年までの内閣 内閣 一般会計予算に対する参議院議決形態 一般会計予算成立日 付託から成立までの日数(A) 審議日数(B) 空転割合(1-B/A) 1992年 宮澤 否決 4月9日 98 61 0.38 1993年 宮澤・細川 3月31日 74 51 0.31 1994年 細川・羽田・村山 可決 6月23日 97 35 0.64 1995年 村山 3月22日 43 0.16 1996年 村山・橋本 5月10日 91 58 0.36 1997年 橋本 3月28日 57 47 0.18 1998年 橋本・小渕 4月8日 117 89 0.24
1999年 小渕 否決 3月17日 61 45 0.26 2000年 小渕・森 可決 60 41 0.32 2001年 森・小泉 3月26日 51 39 0.24 2002年 小泉 3月27日 55 46 0.16 2003年 3月28日 57 0.21 2004年 2005年 3月23日 42 0.18 2006年 小泉・安倍 44 0.20 2007年 安倍・福田 49 2008年 福田・麻生 0.35 2009年 麻生・鳩山 68 48 0.29 2010年 鳩山・菅 3月24日 2011年 菅・野田 3月29日 87 54 0.38 『衆議院の動き』各年版(衆議院常任委員会調査室)、参議院ホームページ(http://www.sangiin.go.jp/)、 国会議事録および朝日新聞『縮刷版』を用いて集計した。
付表2.衆参予算委員会の審査回数、理事会協議回数、速記中止回数に関する記述統計 衆院予審査回数 衆院予理事会協議回数 衆院予速記中止回数 参院予審査回数 参院予理事会協議回数 参院予速記中止回数 n 20 平均 26.0 32.60 17.35 21.0 22.20 33.80 標準偏差 5.23 12.72 12.79 4.37 10.20 24.37 最小値 18 14 4 9 3 最大値 38 66 46 30 53 93 尖度 -0.327 1.255 0.120 -0.372 3.225 0.675 歪度 0.637 0.795 1.019 0.574 1.370 1.047
参考文献 衆議院予算委員会議録 参議院予算委員会会議録 「衆議院の動き」各年版,衆議院常任委員会調査室。 衆議院『衆議院委員会先例集 平成十五年版』,衆栄会,2003。 参議院ホームページ http://www.sangiin.go.jp/ イギリス議会 http://www.parliament.uk/ イタリア議会上院 http://www.senato.it/index.htm フランス議会 http://www.assemblee-nationale.fr/english/index.asp 『朝日新聞』 『毎日新聞』 浅野一郎・河野久編『新・国会事典 第二版』有斐閣,2010年。 市村充章「参議院比例代表制の経緯とその評価」『議会政治研究 No.38』1996。 伊藤和子「「ねじれ国会」を振り返る」『法学教室』No.350,2009。 岩崎美紀子「二院制議会(13)ドイツ(下)」『地方自治』第747巻,2010。 大山礼子「参議院改革」『法学セミナー 』 No.548日本評論社,2000,44~46頁。 大山礼子『国会学入門 第二版』三省堂,2006。 大山礼子『日本の国会-審議する立法府へ』岩波書店,2011。 小林秀行・東海林壽秀「参議院の発言-変遷と現状」『議会政治研究24巻』1992年。 斉藤十朗「二院制と参議院のあり方」『議会政治研究』 No.451998。 佐藤立夫『ポスト政治改革の参議院像』高文堂出版社,1993。
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