ローレンツ型IIB行列模型に基づく 初期宇宙の研究 東工大セミナー 2013年2月8日(金) 西村 淳 (KEK,総研大)
目次 はじめに これまでの研究と問題点 ローレンツ型の行列模型 宇宙誕生の様子と「インフレーション」 十分時間が経った後の発展 プランクスケールの有効理論の導出に向けて まとめと展望
collaborators 土屋麻人 (静岡大) Sang-Woo Kim (大阪大) Konstantinos Anagnostopoulos(アテネ工科大) 伊藤祐太 (総研大) 小井塚裕己 (総研大)
1. はじめに
1. はじめに 場の理論における非摂動的定式化の重要性 e.g.) QCDにおけるクォーク閉じ込め 格子ゲージ理論(Wilson, 1974年) 面積則 強結合展開、モンテカルロ・シミュレーション 摂動論では、絶対に説明できない性質
超弦理論においても、同様ではないか? 1980年代以来、無数の「真空」が存在する、 と考えられてきた。 時空の次元 ゲージ対称性 物質場(世代数) 様々なものが「真空」として存在 「ランドスケープ」という見かた(開き直り?) 我々の宇宙は、無数に実現しうる宇宙の一つにすぎない そのような「真空」を具体的に構築し、その性質を解明する ことが、超弦理論の目標になってしまった。 しかし、 超弦理論を非摂動的に定式化したら、 真空がユニークに決まっている可能性もあるのでは。
タイプIIB行列模型(石橋, 川合, 北澤, 土屋 1996年) 見やすい定式化になっている。 worldsheet action, light-cone string field Hamiltonian, etc. 非臨界弦の非摂動的定式化として確立している、 “one-matrix model”のアイディアを自然に拡張。 行列模型のファインマン図を、弦の世界面と見なす。 Het SO(32) Het E8 x E8 M IIA IIB I 「超弦理論の双対性」という観点から → 超弦理論そのものの非摂動的な定式化と予想される。 (タイプIIB行列模型の摂動論的真空として、 他のタイプの超弦理論も表わせるだろう。)
タイプIIB行列模型 SO(9,1)対称性 ウィック回転 ユークリッド型の行列模型 SO(10) 対称性 エルミート行列 エルミート行列 添え字の上げ下げには、ローレンツ計量 を用いる。 ウィック回転 ユークリッド型の行列模型 SO(10) 対称性
2. これまでの研究と問題点
これまでの研究:ユークリッド化した行列模型の力学的性質 SO(9,1)ローレンツ対称性ではなく、SO(10)回転対称性を持った模型 4次元時空の力学的生成? (SO(10)回転対称性の自発的破れ) 対角的配位の周りの摂動論、ブランチ・ポリマー描像 Aoki-Iso-Kawai-Kitazawa-Tada(1999) フェルミオン行列式(パフィアン)の複素位相の効果 J.N.-Vernizzi (2000) モンテカルロ・シミュレーション Ambjorn-Anagnostopoulos-Bietenholz-Hotta-J.N.(2000) Anagnostopoulos-J.N.(2002) ガウス展開法 J.N.-Sugino (2002)、Kawai-Kawamoto-Kuroki-Matsuo-Shinohara(2002) ファジー Imai-Kitazawa-Takayama-Tomino(2003)
ガウス展開法に基づく最新の結果 SO(10) SO(3) ユークリッド化したタイプIIB行列模型の興味深い力学的性質。 J.N.-Okubo-Sugino, JHEP1110(2011)135, arXiv:1108.1293 広がっている方向 縮んでいる方向 d=3のときに自由エネルギーが最小 時空は、すべての方向に有限の広がりを持つ SSB SO(10) SO(3) ユークリッド化したタイプIIB行列模型の興味深い力学的性質。 しかし、物理的な意味は不明。
そもそもユークリッド化したのが問題では? 場の理論では、相関関数の解析接続として、完全に正当化可能。 (だからこそ格子ゲージ理論が使える。) 一方、重力を含む理論では、ユークリッド化した理論との対応は微妙。 (古典解レベルでは良いだろうが。) ランダム単体分割に基づく量子重力の研究 (Ambjornら2005) (ユークリッド型重力での失敗、ローレンツ型重力での成果) 宇宙項問題に対する、Colemanのワームホール・シナリオ (ユークリッド型重力での問題点と、ローレンツ型重力に おける新しい解釈) 岡田、川合(2011) 宇宙誕生の様子など、実時間のダイナミクスに対して、 ユークリッド化した理論は無力。
3. ローレンツ型の行列模型
ローレンツ型タイプIIB行列模型のモンテカルロ・シミュレーション Kim-J.N.-Tsuchiya PRL 108 (2012) 011601 [arXiv:1108.1540] まず、分配関数をどう定義するか? 弦の世界面に対する理論との対応から、 こう取るのが自然。 (世界面の座標もウィック回転しないといけない。)
ローレンツ型タイプIIB行列模型の問題 15年近く、誰も手をつけなかったのには、わけがあった。 逆符号! ユークリッド化しちゃえば、 極めて不安定な系。 ユークリッド化しちゃえば、 正定値! flat direction( )は、量子効果で持ち上がる。 Aoki-Iso-Kawai-Kitazawa-Tada (’99) ユークリッド化した模型は、カットオフなしに、well defined Krauth-Nicolai-Staudacher (’98), Austing-Wheater (’01)
正則化とラージN極限 ユークリッド型の模型と異なり、そのままではwell definedでない。 時間方向と空間方向を、いったん有限にしておく。 (カットオフを導入) 以下では一般性を失うことなく、 とおく。 これらのカットオフは、ラージNの極限で外せることがわかった。 (極めて非自明な力学的性質) SO(9,1)対称性と超対称性は、カットオフにより陽に破れる。 このexplicit breakingの効果も、ラージN極限で消えると予想。(要検証)
4. 宇宙誕生の様子と 「インフレーション」
「時間発展」という概念の出現 平均値 小さい バンド対角的構造 時刻tにおける状態 を表す 小さい
「時間」の出現 超対称性が重要な役割 ボゾニックな模型では、固有値間に引力あり。 超対称な模型では、固有値間の引力が相殺。 に対する有効作用 を1ループで計算 の寄与 の寄与 van der Monde行列式の寄与 合わせると 超対称性がある模型では、ゼロ! ボゾニックな模型では、固有値間に引力あり。 超対称な模型では、固有値間の引力が相殺。
空間の広がりの時間発展 の対称性あり。 の領域のみ表示
SO(9)回転対称性の自発的破れ SSB “critical time”
初期宇宙の指数膨張 Ito,Kim,J.N.,Tsuchiya, work in progress 異なる κ と N の結果が スケールしている
「インフレーション」の終わり方 最後は直線的に振る舞っている。
予想されるシナリオ 輻射優勢 E-foldingの値は ダイナミカルに決まる インフレーション
5. 十分時間が経った後の発展 S.-W. Kim, J. Nishimura and A.Tsuchiya, Phys. Rev. D86, 027901 (2012) [arXiv:1110.4803] S.-W. Kim, J. Nishimura and A.Tsuchiya, JHEP 1210 (2012) 147 [arXiv:1208.0711]
その後の時間発展を追うことにより、期待されること 現段階のシミュレーションで見えているのは、 宇宙誕生の様子と「インフレーション」 「インフラトン」を用いた現象論的記述ではなく、 超弦理論に基づく第一原理的な記述 bottom-up的に考えたら、もっとも難しく思われること が先にわかってしまう、top-down的なアプローチならではの状況。 その後の時間発展を追うことによって初めて、 我々の良く知っている宇宙の様子が見えてくるはず! インフレーションは終わるのか? (ビッグバンは起こるのか?) CMBとの比較による検証。 可換な時空の描像がどのようにして現れるか? その上にどのようなmassless場が現れるか? 現在の宇宙の加速膨張(dark energy)、宇宙項問題に対する理解 宇宙の終焉に対する予言 (ビッグ・クランチか、永久膨張か、など)
相補的なアプローチとしての古典近似 時間的に後の方になると、宇宙膨張が進むので、 actionの各項への寄与が大きくなり、古典近似が良くなると考えられる。 そこまでを数値シミュレーションで計算できれば、 後はスムーズにつながるような古典解を ユニークに選び出せればよい。 注)古典解は無数にある。 (3+1)次元膨張宇宙に対応し、宇宙項問題を自然に解決する簡単な解もある。 解の周りのゆらぎから、プランクスケールの有効理論を導くことができる。
General prescription 変分関数 運動方程式 交換関係 運動方程式とJacobi恒等式 リー代数 ユニタリ表現 古典解
Ansatz 余剰次元が小さい 可換な空間
Simplification リー代数 例
d=1 case (3+1)次元時空~R×S3 d=1解を分類した 以下、物理的に興味深い解を紹介 SO(9) 回転 直和をとる
SL(2,R) solution SL(2,R)解 SL(2,R)代数の 上の実現
Space-time structure in SL(2,R) solution primary unitary series representation 3重対角 3K×3K diagonal block 時間-空間 の非可換性は連続極限で消える
Cosmological implication of SL(2,R) solution 空間の拡がり 連続極限 Hubble定数とwパラメータ 輻射優勢 物質優勢 宇宙項
Cosmological implication of SL(2,R) solution (cont’d) この部分が行列模型における Late-time behaviorを与えていると考える。 t0 を現在の時刻に同定 現在の加速膨張 宇宙項定数 ~ 宇宙項問題解決 宇宙項は未来に消える
6. プランクスケールの有効理論の導出に向けて J. Nishimura and A.T., arXiv:1208.4910, to appear in PTEP
可換な時空と局所場 モンテカルロシミュレーションの結果 は に比べて小さい は対角に近い (9+1)次元内の時空点 なる に対して は小さい は に比べて小さい 十分時間が経った後に、可換な時空が現れるとする (古典解としては実現できている) は対角に近い (9+1)次元内の時空点 なる に対して は小さい massiveなモードと考えられる masslessなモードは、局所場と同定できる。 c.f.) arXiv:1208.4910では、Poincare対称性のSSBに伴う NG modeとその拡張を例として考えた。
ゲージ対称性 古典解 があったとき、 も古典解 その周りでゆらぎを考えると、 自然にlocalなSU(k)対称性が現れる。 cf.) Iso-Kawai (’99) 古典解 があったとき、 も古典解 その周りでゆらぎを考えると、 自然にlocalなSU(k)対称性が現れる。 c.f.) D-braneをk枚重ねておいたときに、その上の 有効理論として、SU(k)ゲージ理論が出てくるのと同じ仕組み。 但し、 SU(3)×SU(2)×U(1)のようなゲージ群も可能。 (GUTとなる必然性はない。)
大統一理論の例 minimum 3 2 1 1 1 : bi-fundamental rep. of c.f.) H.Aoki PTP 125 (2011) 521 Chatzistavrakidis-Steinacker-Zoupanos JHEP 09 (2011) 115 minimum 3 2 1 1 1 : bi-fundamental rep. of : vector-like partners hypercharge can be assigned consistently は の適当な線形結合
明らかにすべき有効理論の性質 古典解が与えられたら、その周りのゆらぎから、局所場の理論の 詳細を読み取れる。 古典解が与えられたら、その周りのゆらぎから、局所場の理論の 詳細を読み取れる。 カイラル・フェルミオンが現れるような古典解はあるか? 超対称性は残るか? (古典解が与えられたら、答えられる) 残るとしたら、階層性問題はOK. 残らないとしたら、スカラー場はすべて輻射補正で GUTスケールの質量を獲得 SM Higgsは複合粒子と考えるしかない。 c.f.) H.Aoki PTP 125 (2011) 521 Chatzistavrakidis-Steinacker-Zoupanos JHEP 09 (2011) 115 解における余剰次元の構造が重要
7. まとめと展望
まとめ タイプIIB行列模型 (1996年) タイプIIB弦理論をベースとした超弦理論の非摂動的定式化 提唱から15年。ユークリッド化した模型の問題点がようやく明らかに。 ローレンツ型の模型。不安定な系に見えるため、これまで手つかず。 数値シミュレーションにより、驚くべき性質が明らかになりつつある。 カットオフを導入してから、ラージNをとることにより、 well-definedな理論が定義できる。 (1つのスケールパラメタの他には、一切パラメタを含まない。) 「時間発展」という概念が出現 を対角化したときに、 がバンド対角的構造になる。 の固有値分布が無限に広がるためには、超対称性が重要。 ある時刻を境に、空間のSO(9)対称性が自発的に破れ、3次元方向だけが膨張。 宇宙誕生の様子を表している、と解釈可能。
時空の次元がユニークに決まったことの意義 超弦理論の非摂動的真空がユニークであることを強く示唆。 時間発展をさらに追うことにより、可換な時空および、 その上を伝搬するmassless場が現れると考えられる。 どういうものが出うるか、ということに強い制限がつく。 低エネルギーで標準模型がユニークに導ける可能性あり。 これは事実上、超弦理論を実証することに他ならない。 できるだけ長い時間発展を追い、支配的になる古典的配位を特定できれば十分。 これとは独立に、古典解とその周りの揺らぎの解析は重要。 カイラル・フェルミオンが現れるか? SUSYを保つか保たないか? 余剰次元の構造がカギ。
今後の展望 指数関数的膨張が起きている。 その後どうなっていくのか? (古典解を見る限り、どこかで終わると考えられる。 指数関数的膨張が起きている。 その後どうなっていくのか? (古典解を見る限り、どこかで終わると考えられる。 それが見えるまで、数値シミュレーションで調べられるか。) 輻射優勢の膨張則への移行が、ビッグバンを表しているのか? 「高温」は、A0の固有値のゆらぎが大きくなることに対応? 可換な時空(古典解)への転移は同時に起こる? CMBと比較すべき、密度揺らぎをどう測定するか? プランクスケールの有効理論を 古典解及びその周りのゆらぎから読み取れるか? 低エネルギーで標準模型が現れるか? インフレーションの機構、宇宙項問題、階層性問題、 ダーク・マター、ダーク・エネルギー、バリオン生成など、 素粒子理論、宇宙論における、あらゆる問題が統一的に理解されていくはず。