ミャンマーの農村部にみる労働力のプッシュ要因

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ミャンマーの農村部にみる労働力のプッシュ要因 日本国際経済学会関東部会 2006年4月15日 ミャンマーの農村部にみる労働力のプッシュ要因 ナンミャケーカイン 東京外国語大学・非常勤講師 E-Mail: khaing@nifty.com

本日発表の構成 はじめに(研究の目的と背景) 既存研究からみるミャンマー農業政策の歴史的変遷(植民地時代、議会時代、ネーウィン時代、移行経済過程) 調査概要 調査対象農民と農地なし層の概況(年齢層、学歴、就業状況、所得水準、農業労働賃金) 農村から都市への労働移動の実態 移動のプッシュ要因(現金化の進行、農村内所得格差の拡大、非農業職種の欠如、農業の政策的問題、有効な補助制度の欠落、地理的問題) おわりに

1.はじめに (1)研究の目的 移行経済過程において農村部の労働市場にどのような変化が起きているのか否か、という農村経済構造の実態を現地調査より明らかにする。 また、もし変化が起きているとすれば、それが労働力の移動に影響しているのか否か、も検討する。

1.はじめに (2)研究の背景 ①ヤンゴンにおける労働力の変化 1.はじめに (2)研究の背景 ①ヤンゴンにおける労働力の変化 ヤンゴン市人口は13年間に倍増  (1983年約250万人<センサス>⇒1996年約500万人<YCDC推定>) この間の人口増加の要素は何か?自然増加(or)社会増加? 推計の結果、自然増加30.50%、市域の拡張による増加24.88%、 移動による社会増加44.62% 1953~65年のヤンゴンへの純移動人口の割合42.5%(Khin Wit Yee, 1988) 1955~65年のヤンゴンへの純移動人口と拡張地域人口との割合67.2%(Naing Oo, 1989) ↓ ヤンゴンへの労働移動の第一次都市化期 1983~96年のヤンゴンへの純移動人口の割合44.62%(推計分析) ヤンゴンへの労働移動の第二次都市化期

1.はじめに (2)研究の背景 ②ヤンゴン労働市場における移動者の割合

2.ミャンマー農業政策の歴史的変遷 (1)植民地時代(1826~1948年) 2.ミャンマー農業政策の歴史的変遷 (1)植民地時代(1826~1948年) 1929年の世界大恐慌によって、小作農が進行。 非耕作者は農地全面積の32%(1930年)⇒51%(1937年)を所有。 チェティアは農地全面積の6%(1930年)⇒25%(1937年)を所有。 高利貸しによる収奪。 この時代から多くの非農民層=農業労働者層が農村に滞留。

2.ミャンマー農業政策の歴史的変遷 (2)議会時代(1948~1962年) 2.ミャンマー農業政策の歴史的変遷 (2)議会時代(1948~1962年) 1953年「農地国有化法」が制定 余剰地を収用し、小作農やタトンドォン(10~15エーカー=ac)未満の自作農にタトンドォンまでの農地を配分 依然と農地の25%を非耕作者が所有(1958年) 不徹底に終わる

2.ミャンマー農業政策の歴史的変遷 (3)ネーウィン時代(1962~1988年) 1963年「小作法」および「農民権利保護法」⇒小作禁止。借金返済不可能な農民から農地・家畜・農具・収穫物の取り押さえ禁止。 1965年「小作法の改定法」が制定。大規模農地所有者の縮小。インド系地主の撤退。 1960~67年に15万人弱のインド人がインドとパキスタンへ。 農業労働者層に対する政策や保護法はない。 1974年の憲法第18条⇒土地は国のもの。農地や土地を国民は「所有」できず、「保有」する制度。農地は年に一度「耕作権」を更新。分割・相続・販売も制限。

2.ミャンマー農業政策の歴史的変遷 (3)ネーウィン時代(1962~1988年) 国民への米配給と政府による海外輸出のため、  供出制度開始(表1)。 供出額と市場価格の乖離が激しくなったのは1970年以降。 市場価格と供出額の倍率激化   1.6倍(1970年)2.9倍(1971年)   4.8倍(1980年)3.7倍(1988年) 収穫量に占める供出量の割合   26.8%(1970年)31.2%(1980年)12.9%(1988年)

2.ミャンマー農業政策の歴史的変遷 (4)移行経済過程(1988年~) 供出量の縮小。供出額の引き上げ。 現在の供出量1エーカー当り12バスケット(bskと略す。量を示すもの。乾燥した籾1バスケットの重量は20.9kg)。 調査地の供出量8bsk/ac(27%)。雨季米の平均収穫量30bsk/ac。供出価格320Kyat(4.7倍)。市場販売価格1500K。 二期作を導入(乾季米やリョクトウの生産が進行)。 資金貸付⇒MADB(Myanmar Agriculture Development Bank)より季節信用で2000K/ac(10ac以上の農家であっても20000Kが限度)を貸付。月利1.25%+マージン料0.25%のため実質的な月利は1.50%。 ⇒家族労働での雨季米生産でさえ平均コストは7000K/ac。貸付額は低すぎる。

3.調査概要 調査時期:2003年10月 調査地域:バゴー管区タナッピン郡タッカネイン村落集 (タッカネイン村とカンゴン村)  (タッカネイン村とカンゴン村) 調査地の位置は(地図1)を参照。 村の概況:農地2605ac、居住地208ac。 人口1370人(一世帯構成員4.6)、299世帯。 農民世帯172(57.5%)、農地なし世帯127(42.5%)⇒表2 農地なし世帯が従事する就業⇒表3 乾季米やリョクトウの生産は1997年から導入。

3.調査概要

3.調査概要

3.調査概要

4.調査対象農民と農地なし層の概況 (1)調査対象者数 調査対象者数:農民49人、季節農業労働者20人、日雇い労働者20人⇒現在の日雇い農業労働者14人、魚取り5人、穴掘り1人

4.調査対象農民と農地なし層の概況 (2)年齢層と学歴

4.調査対象農民と農地なし層の概況 (3)就業構造

4.調査対象農民と農地なし層の概況 (4)所得水準

4.調査対象農民と農地なし層の概況 (5)農業労働者の賃金 〔特徴〕 農業労働賃金の高騰⇒2001年より全ての作業において倍近く上昇 支払い期間の分割化⇒2000年まで雨季米の7ヶ月間を一括して雇用(5月~11月)。 現在は月単位での季節雇もあり⇒就業環境の不安定が進行 現物(籾や米)での支払いはほとんどなくなってきた。

5.村から都市への労働移動の実態 調査対象89世帯のなか、25世帯(28%)において流出者が存在する(表9)。 1988年以降の流出者23世帯(25.8%)のうち15世帯(65.2%)が農家出身。 移動の理由として「仕事を求めての移動」は17世帯(74%) 移動先はヤンゴン市(10ケース)、バゴー市(9ケース)、タナッピン町(2ケース)、その他の町(4ケース)、周辺村(4ケース) 移動の際に親戚、同郷人、友達を頼っている。 移動者のほとんどは移動先でインフォーマル・セクターに就業している。   〔特徴〕 仕事を求めて地縁・血縁的ネットワークを通じて都市部へ移動し、都市インフォーマル・セクターで就業。

6.移動のプッシュ要因 (1)現金化の進行 支出の大きさ=収入と支出のアンバランス(表8) 食費負担の大きさ(表8)

6.移動のプッシュ要因 (1)現金化の進行 農地売買の状況(表10)

6.移動のプッシュ要因 (1)現金化の進行 負債:現在60世帯(67.4%)がインフォーマル信用から借金。 金利:担保なし月利10~20%(26世帯)  担保有り月利4~8%(21世帯)無利子(13人) 借金先(表11)

6.移動のプッシュ要因 (2)農村内所得格差の拡大 収入(表8)⇒農業労働者と11エーカー以上耕作する農民とのあいだには倍以上の格差が存在する。 所有物(表12)⇒農機具や機械付き生活用品の所有状況をみると農地なし層と農民とのあいだに大きな格差がみられる。

6.移動のプッシュ要因 (3)非農業職種の欠如 地場産業は存在しない。 存在する非農業職種は雑業のみ(表7)⇒ 魚取り、葉巻、穴堀り、竹細工、屋根の修復、家畜の世話

6.移動のプッシュ要因 (4)農業の政策的問題 供出制度の残存 農業に対するインセンティブの低下 栽培農産物(コメの種類など)の管理 政策の実行性が不安定(例:輸出農産物の解禁と閉鎖を繰り返す、供出制度の撤廃と再開を繰り返すなど)

6.移動のプッシュ要因 (5)有効な補助金制度の欠落 調査村で家族労働を使った雨季米生産でさえ平均コストは1エーカー当たり7000チャット。 現行補助金の金額は低すぎる。耕作地1エーカー当たりの補助金は2000チャット程度。上限額は2万チャット。 小規模農家は生産コストの高い乾季米は資金不足で(補助金の不足で)ほとんどが生産できない。調査地では1~10acまでの農家22世帯のうち2世帯のみ(9.1%)が乾季米を生産。 量的に大量生産が可能な乾季米は、利益もそれだけ多い季節米である。しかし、利益の多い乾季米を生産できない小規模農家は、収入を拡大させうる手段が奪われている。

6.移動のプッシュ要因 (6)地理的問題 雨季米の場合は水が深すぎる。水が1~2メートルほど溜まり、耕作地の全面積に雨季米を植えられる農家は少ない(耕作権をもつ全農地に雨季米を生産する農家22.4%、49世帯中11世帯)。 乾季米の場合は灌漑整備が整えてない。水不足のため、乾季米を生産する場合はポンプのレンタル料などによりコスト代が嵩む。

7.おわりに 農村に農地なし層の滞留が非常に多い。 農村の農地なし層は都市インフォーマル・セクター労働者の予備群でもある。 農地なし層と20エーカー以上の耕作権をもつ農家とのあいだに貧富格差が顕著化している。 労働力を農村からプッシュさせる要因が内在している以上、政治や都市経済の変化によって労働移動が進むと考えられる。

<参考文献> (1)Khin Wit Yee (1988), “Study on Urbanization in Burma: A Case Study on Rangoon City”, M.A. Thesis, Institute of Economics, Rangoon. (2)Naing Oo (1989), “Urbanization and Economic Development in Burma”, SOJOURN: Social Issues in Southeast Asia, No2, Singapore. (3)斉藤照子(1979)「ビルマの籾米供出制度と農家経済――チュンガ レー村の事例」、『アジア経済』、第20巻6号。 (4)――――(1980)「下ビルマ米作付の農業労働者――チュンガレー 村におけるその実態」、『アジア経済』、第21巻11号。 (5) 高橋昭雄(1992)『ビルマデルタの米作付――「社会主義」体制下の 農村経済』、アジア経済研究所。 (6)――――(1997)「ミャンマーにおける農村間世帯移動と職業階層」、  『アジア経済』、第38巻11号。

<参考文献> (7)――――(2000)『現代ミャンマーの農村経済――移行経済下の農民 と非農民』、東京大学出版会。 (7)――――(2000)『現代ミャンマーの農村経済――移行経済下の農民 と非農民』、東京大学出版会。 (8)藤田幸一・岡本郁子(2000)「ミャンマー乾期灌漑稲作経済の実態 ――ヤンゴン近郊農村フィールド調査より」、『東南アジア研究』、 第38巻1号。 (9) ――――(2005)「ミャンマーにおける市場経済化と農業労働者層」、藤田幸一編『ミャンマー移行経済の変容』、アジア経済研究所。 (10)岡本郁子(2001)「農産物流通自由化と農村部における流通システムの形成――ミャンマー・リョクトウ産地の事例から」、『アジア経済』、第42巻10号。 (11)――――(2003)「ミャンマーにおける農産物流通自由化と農家経 済――リョクトウ産地の事例から」、高根務編『アフリカとアジアの農 産物流通』、研究双書、アジア経済研究所。

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