医事法 東京大学法学部 22番教室 樋口範雄・児玉安司

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医事法 東京大学法学部 22番教室 nhiguchi@j.u-tokyo.ac.jp 樋口範雄・児玉安司 第8回2008年11月19日(水)15:00ー16:40 第8章医師法21条―医療事故と警察届出・刑事司法 1 医師法21条は何のための規定か。 2 医療事故に対する刑事司法の役割は何か。 参照→http://ocw.u-tokyo.ac.jp/

先回の補足 医療従事者間の業務分担 ① 医師 対 看護師 ② 助産師 対 看護師 ただし、内診問題はこの構図とはいえない ① 医師 対 看護師 ② 助産師 対 看護師  ただし、内診問題はこの構図とはいえない ③ 医師 対 救急救命士

5 医療事故と法 A 10年前まで 限られた刑事司法の介入 医師法21条も医療事故とは無関係 行政処分は刑事処分の後追い 5 医療事故と法 A 10年前まで  限られた刑事司法の介入    医師法21条も医療事故とは無関係  行政処分は刑事処分の後追い  民事訴訟(医療過誤訴訟)も小さな役割 B 最近の傾向  刑事事件の増加 行政処分も独立  民事訴訟は倍増 ◎要するに制裁型の対処の増加

医療安全 真相究明(真実の発見・死因究明) 再発防止 中に、制裁的要素が入ると・・・ ①制裁をおそれて真実を隠す・黙る  医療安全 真相究明(真実の発見・死因究明) 再発防止 中に、制裁的要素が入ると・・・ ①制裁をおそれて真実を隠す・黙る ②個人に焦点を当てる制裁では真実が隠れる ③制裁をおそれてリスクの多い医療を避ける しかし、本当に制裁ゼロでもいいかというディレンマ

勧善懲悪になっていない現実 したがって、工夫が必要 ところが、現今の風潮は遠山の金さん 勧善懲悪で物事が解決するという単純な見方   しかも勧善はなく懲悪のみ 何とかできないものか? 法の介入で医療安全が図れるのか? あるいはどのような法の介入なら意味があるのか?

【福島県立大野病院事件】 2006年2月18日福島県警、県立病院医師逮捕 2004年11月22日妊娠32週で、切迫早産、部分前置胎盤の診断で入院。     12月17日妊娠36週帝王切開(胎盤剥離に際し大量出血、妊婦死亡)。 2005年 3月22日事故調査委員会報告書公表(3点でミスを認める)。  (1)癒着胎盤の無理な剥離(2)対応する医師の不足(3)輸血対応の遅れ  2006年 2月18日担当のK医師逮捕、県病院局などを家宅捜索。      2月24日日本産科婦人科学会・医会、逮捕拘留は疑問と「お知らせ」      3月10日日本産科婦人科学会・医会、医師の刑事責任追及を批判。      3月27日大野病院産婦人科医ずっと休診、町長が医師の派遣を要望。 4月14日福島県警、医師逮捕事件で富岡署を表彰。 5月 9日福島県医師会、医師法21条の改正を要望。      5月17日日本産科婦人科学会・産婦人科医会、強く危惧すると声明。  2007年1月 公判開始、すでに結審。2008年8月20日無罪判決     9月 福島地検控訴せず、無罪が確定

K医師の容疑 業務上過失致死罪+医師法21条違反 医師法21条「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」 医師法33条の2で、違反者に対し50万円以下の罰金という刑罰

1999年―2つの大事件 ○1999年1月  横浜市立大学病院で肺の手術予定だった男性患者と心臓の手術予定の男性患者を取り違えて執刀してしまうという事件が起きる。 ◎1999年2月  都立広尾病院事件。点滴薬を取り違えて看護師が注入し患者が死亡した事件。  病院長・主治医が医師法21条違反で有罪。

相次ぐガイドラインと最高裁判決 ○2000年8月 厚生省国立病院部「リスクマネージメントスタンダードマニュアル委員会作成報告書」病院長が届出というルール。全国の国公立病院に対し指示。後に、私立大学病院、大規模病院など特定機能病院にも。 ○2002年7月 外科学会ガイドライン公表。   重大な傷害も、担当医自ら報告。 ○2004年4月 広尾病院事件最高裁判決   担当医師の届出強制も合憲。

医師法21条届出の強制 福島の事件 隠蔽はない 院内事故調査委員会で過失を認める それにもかかわらず、刑事事件に   隠蔽はない   院内事故調査委員会で過失を認める それにもかかわらず、刑事事件に  しかも21条違反も加えて・・・  21条違反はある意味で形式犯  すべての医療事故は警察へ!!!

原因究明と再発防止⇔刑事司法 1 刑事司法 = 司法解剖の結果も秘密 2 犯罪にならなければそれで終わり 1 刑事司法 = 司法解剖の結果も秘密 2 犯罪にならなければそれで終わり 3 医療事故→病理的解剖と臨床医の出番           法医的判断だけで真相? 4 警察限り=捜査だけの後味の悪さ 5 検察も一般には慎重 6 裁判でも、無罪か、有罪でも執行猶予  せいぜい再発防止は隠蔽の再発防止

刑事司法のデメリット 患者にとって:実は、直接、患者のための活動ではない だから司法解剖結果も知らされない 社会にとって 患者にとって:実は、直接、患者のための活動ではない だから司法解剖結果も知らされない 社会にとって  悪者を特定しての満足は一過性・一時的  医療安全の確保に必ずしもつながらない 警察・検察にとって  不得手な部分での活動・他の犯罪捜査への制約 病院にとって 犯罪者となるおそれ・病院内での亀裂  医療の透明性を他に頼る消極性・萎縮医療 実は不平等な適用? 届出したところが痛手

第三次試案平成20年4月厚生労働省 これまで行政における対応が十分ではなく、民事手続や刑事手続にその解決が期待されている現状にあるが、原因の究明につながるものではない。医療の安全の確保の観点から、医療死亡事故について、分析・評価を専門的に行う機関を設ける必要がある。 医療死亡事故の原因究明・再発防止、医療の安全の確保を目的、医療安全調査委員会を創設する。  医療関係者の責任追及を目的としたものではない。  医師法第21条を改正し、医療機関が届出を行った場合、医師法第 21条に基づく異状死の届出は不要

大野病院事件福島地裁判決  臨床に携わっている医師に医療措置上の行為義務を負わせ、その義務に反したものは刑罰を科す基準となり得る医学的準則は、当該科目の臨床に携わる医師が、当該場面に直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従った医療措置を講じているといえる程度の、一般性あるいは通有性を具備したものでなければならない。

大野病院地裁判決 医療行為を中止する義務があるとするためには、検察官において、当該医療行為に危険があるというだけでなく、当該医療行為を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにした上で、より適切な方法が他にあることを立証しなければならないのであって、本件に即していえば、子宮が収縮しない蓋然性の高さ、子宮が収縮しても出血が止まらない蓋然性の高さ、その場合に予想される出血量、容易になし得る他の止血行為の有無やその有効性などを、具体的に明らかにした上で、患者死亡の蓋然性の高さを立証しなければならない。そして、このような立証を具体的に行うためには、少なくとも、相当数の根拠となる臨床症例、あるいは対比すべき類似性のある臨床症例の提示が必要不可欠であるといえる。

第6 医師法違反について 1 医師法21条にいう異状とは、同条が、警察官が犯罪捜査の端緒を得ることを容易にするほか、警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ることを可能にしようとした趣旨の規定であることに照らすと、法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であることを意味すると解されるから、診療中の患者が、診療を受けている当該疾病によって死亡したような場合は、そもそも同条にいう異状の要件を欠くというべきである。  本件において、本件患者は、前置胎盤患者として、被告人から帝王切開手術を受け、その際、子宮内壁に癒着していた胎盤の剥離の措置を受けていた中で死亡したものであるが、被告人が、癒着胎盤に対する診療行為として、過失のない措置を講じたものの、容易に胎盤が剥離せず、剥離面からの出血によって、本件患者が出血性ショックとなり、失血死してしまったことは前記認定のとおりである。そうすると、本件患者の死亡という結果は、癒着胎盤という疾病を原因とする、過失なき診療行為をもってしても避けられなかった結果といわざるを得ないから、本件が、医師法21条にいう異状がある場合に該当するということはできない。 2 以上によれば、その余について検討するまでもなく、被告人について医師法21条違反の罪は成立せず、公訴事実第2はその証明がない。

地裁判決の意義 地裁判決ではあるが検察側控訴せず。 治療法の選択のある事例では、極めて高いハードルを検察に課すもの。そして検察がそれを受け入れたという事実が残り、今後に影響する。 医療事故は刑事裁判になじまないことの証(あかし)  対立の構図  真相究明も再発防止も困難

遺族の立場になると 真相究明の願い 刑事裁判 ①対立の構図を見せられること 弁護側:過失なしと主張 ②有罪なら満足? 帰ってこない生命   刑事裁判    ①対立の構図を見せられること       弁護側:過失なしと主張    ②有罪なら満足?       帰ってこない生命       無罪なら反省がない? 有罪無罪(○×)ではない道を     

医療安全調査委員会設置法案(仮称) 大綱案(2008年6月) ◆第1 目的 ◆第3 ○○省 ◆第5 独立 ◆第7 医療を受ける立場にある者 ◆第12 責任追及が目的ではなく ◆第15 遺族からの求め ◆第21 意見の聴取 ◆第22 報告書 公表 少数意見 ◆第25 警察との関係 ◆第32 医療法の改正 ◆第33 医師法21条の改正

2つの難題 1)ある医師の次の意見に対しどう答えるか。 法律家と比べて、医師にだけ、業務上過失致死傷罪を適用するのはおかしい。仮にある事件で、被告人を死刑にした後、真犯人が現れた場合、当該事件の検察官・弁護士および裁判官には業務上過失致死罪の疑いがあり、捜査から立件がなされてしかるべきである。

2)業務上過失致死傷罪 (業務上過失致死傷等) 第211条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。  医師への適用の排除 あるいは軽減  これを正当化できるか バスの運転手の話   過疎地域の唯一の交通手段   安全・命を預かる仕事   転落事故で2人死亡 3人重傷