東南アジアにおける淡水魚の 遺伝的多様性と保全について 2008年10月10日・地球研・第2回生態史研究会 東南アジアにおける淡水魚の 遺伝的多様性と保全について 東海大学海洋学部水産学科 石川智士 (准教授・地球研ISリーダー)
東南アジアにおける淡水魚 地域住民の重要なタンパク源 カンボジア:75%、ラオス:50-60%など 住民の重要な現金収入源 カンボジア:75%、ラオス:50-60%など 住民の重要な現金収入源 農村部での就労機会提供も 多様な魚類相 東南アジアに約1200種(魚類全体の約15%)
淡水魚の資源と利用 資源管理が必要 治安の回復 総人口の増加 就労機会の少なさ 農業生産性の低さ 工業・農業用水の増加 ダム建設 農業生産の増大 開発 漁業人口増加 漁獲量の減少、大型魚の激減、 漁業者間の抗争 資源管理が必要
漁業資源の特徴 不安定な資源 (資源量が100倍近く変動する・移動する) 自律的に再生産する資源 (変動には自然条件が大きく影響する) 不安定な資源 (資源量が100倍近く変動する・移動する) 自律的に再生産する資源 (変動には自然条件が大きく影響する) 無主物な資源 (漁獲時に所有権が発生する)
不安定な資源である 収量が不確定な部分も水産資源の大きな特徴である。漁業資源の場合は,大漁のときはとりきれないほどの魚がいる。不漁の場合は,まったく魚がいなくなる。 変動の要因としては、資源規模が変動する場合と移動回遊による漁獲対象資源の変動がある。
漁獲量は100倍近く変動する 漁獲量の変動=漁労変動+資源量の変動
再生産可能な資源である 生物資源は,親の量がある程度残っていれば資源量を増やすことができます。 水産資源の場合は,この再生産可能の前に 「自律的」と言う言葉がつきます。 つまり、人間が介在する余地が少ない.
漁業資源の管理 資源状態の把握 再生産ユニットの把握 各ユニットの個体数把握 漁獲可能量の算出 産卵親魚数、孕卵数、産卵時期などの把握 再生産ユニットの把握 各ユニットの個体数把握 漁獲可能量の算出 産卵親魚数、孕卵数、産卵時期などの把握 漁業規制 漁具漁法・漁具効率・漁家経営・経済性
再生産ユニットの把握 形態学的分析 (コホート分析など) 漁獲情報分析 (漁場と漁獲量の分析) 寄生虫による分析 (アニサキスなど)
形態学的分析 寄生虫分析 同一時期に漁獲された魚の体長組成などから、ユニットを推察する。 体長以外に、日齢なども用いる 分布が特異的な寄生虫の有無などにより分類する。
再生産ユニットの把握 形態学や寄生虫学、漁獲量の分析でユニットを把握するためには、膨大な資料・情報が必要となる。 日本などでは、漁業権の行使と情報の提供はセットで考えられている。 受益者負担の原理
無主物な資源である 聞きなれない言葉かも知れないが「無主物」とは誰のものでもないということである。 養殖されている生物を除き,漁業資源は基本的には漁獲されるまで誰のものでもない。 漁獲されて始めてその人のものとなる。 この無主物性と回遊性という特徴から、十分な情報を集めることが難しい。
遺伝学的な手法によるアプローチ 遺伝情報であるDNAをマーカーとして、交雑している個体群(集団)を検出する。 交雑している集団の個体は、一様に同質の遺伝的形質を保有する。 裏返すと、異なる集団の個体は、異なる遺伝的形質を保有する。
遺伝マーカー A集団の個体 ATGCACGCATGCATGCATGCATGCATGC ATGCATCCATGCATGCATGCATGCATGC ATGAATGCATGCATGCATGCATGCATGC ATGCTTGCATGCATGCATGCATGCATGC B集団の個体 ATGCATACATGCCTACATCCATGCATGC ATGCATGCATGCCTACATCCATGGATGC ATGCATGGATGCCTACATCCATGCATGC ATGCTTGCATGCCTACATCCATGCATGC
遺伝学的な手法によるアプローチ 利点 ・形態学的情報・漁業情報がなくても集団解析が行える。(回遊範囲も推定できる) ・時系列的なデータがなくても解析ができる。 ・取り扱う個体数が少なくて済む(1サイト30-50個体、従来の方法は数百個体) 弱点 ・遺伝学的に均質であったとしても、ユニットが異なる危険性がある。 ・費用や設備が必要である。
東南アジア淡水魚の集団遺伝学的研究 ナギナタナマズ Notopterus notopterus Thynnichtys thynnoides 5cm ナギナタナマズ Notopterus notopterus Thynnichtys thynnoides Henicorhynchus siamensis
ナギナタナマズのハプロタイプネットワーク 3つの大きな集団 地理的距離と無関係 メコン川の上流と下流で異なる集団 東北タイ 南タイ ラオス カンボジア
Henicorhynchus siamensis ハプロタイプネットワークの地理的関係
Thynnichythys thynnoidesの ハプロタイプネットワーク Battambang Kg Thom Krachie Kg Chhnang
遺伝解析の結果 集団分化なし Henicorhynchus siamensis(過去もない) Thynnichythys thynnoides(過去の分化) ラオスとカンボジアでは別集団 ナギナタナマズ(一万年以上前に分化)
遺伝解析の結果 同一地域で同じように利用されている漁業資源であっても、魚種によって集団構造が全く異なる。 資源管理は、魚種毎、集団毎に行わなければならない。 遺伝解析で分けられた集団(ユニット)は最低限の管理ユニットである。
資源管理への提言 集団分化なし(過去もない) → 資源管理は、流域全体で共同作業 集団分化なし(過去の分化) → 資源管理は、流域全体で共同作業 集団分化なし(過去の分化) → 資源管理は、流域全体で共同作業、 ただし、遺伝的多様性に配慮必要 メコン本流とトンレサップ湖で別集団 → 資源管理は、メコン本流と湖を別に扱う ラオスとカンボジアでは別集団 → 資源管理は、ラオスとカンボジアで別に扱う
遺伝学的アプローチのもうひとつの意義 遺伝学的多様性を評価できる。 環境保全・生物多様性の保持・持続的利用 1972 国連人間環境宣言 1972 国連人間環境宣言 1992 リオ宣言(アジェンダ21) 1995 FAO責任ある漁業 2002 第12回締約国会議(チリ・サンチャゴ) サメ2種、タツノオトシゴが附属書Ⅱに掲載 環境保全・生物多様性の保持・持続的利用
漁業資源の管理 国際的な動向を無視できない。 貧困削減・生物多様性保持・持続的利用 貧困削減と開発と資源の持続的利用の調和 貧困削減・生物多様性保持・持続的利用 貧困削減と開発と資源の持続的利用の調和 生物多様性への配慮(証拠を提示) 遺伝的な多様性の評価は不可欠
肝吸虫メタセルカリアが寄生しない(安全な)淡水魚をつくれるかどうか? 通常の育種選抜を繰り返す場合、形質(寄生虫に感染しない)が安定するまで、数世代から数十世代かかる(何十年もかかる) もし、どの個体が寄生虫に強い形質をもっているかわかるのであれば!
肝吸虫メタセルカリアが寄生しない(安全な)淡水魚をつくれるかどうか? 通常の育種選抜を繰り返す場合、形質(寄生虫に感染しない)が安定するまで、数世代から数十世代かかる(何十年もかかる)
ゲノム解析 ゼブラフィッシュ メダカ 人 トラフグ テラピア ある生物の遺伝情報をすべて解明する どの遺伝情報がどのような形質を制御しているか解明する。 ゼブラフィッシュ メダカ 人 トラフグ テラピア
トラフグゲノムプロジェクト このアプローチは、 あらゆる形質に利用可能 トラフグは大きくなる クサフグは小さい ↓ ↓ トラフグのゲノムはわかっている 交雑個体の遺伝子を解析し、サイズとトラフグ由来の遺伝子の有無で遺伝子を分析する ↓ サイズを決定する遺伝子が特定できる このアプローチは、 あらゆる形質に利用可能 交雑個体ではサイズが明瞭に異なる
肝吸虫メタセルカリアが寄生しない(安全な)淡水魚をつくれるかどうか? 天然集団の中に、肝吸虫が寄生しない形質をもった個体があれば、安全な淡水魚を作れる。 どのような形質が将来的に優良な形質となりうるか?は予測不能。 現存する形質(遺伝的多様性)を保持する必要がある。
東南アジアの淡水漁業資源をめぐる状況 タンパク質供給源・現金収入源 人口増加に伴う漁獲圧の上昇 開発に伴う生息環境の悪化 資源状態の悪化 資源管理に必要な情報・データの不足 持続的利用および遺伝的多様性への配慮 天然資源の管理は国境や行政単位を超える 天然資源の多様性は将来への可能性
最先端の技術と知識を駆使しつつ 住民と協動することで 持続的な利用が可能となる。 東南アジアの淡水漁業資源をめぐる状況 タンパク質供給源・現金収入源 人口増加に伴う漁獲圧の上昇 開発に伴う生息環境の悪化 資源状態の悪化 資源管理に必要な情報・データの不足 持続的利用および遺伝的多様性への配慮 天然資源の管理は国境や行政単位を超える 天然資源の多様性は将来への可能性 研究者が外部者としてかかわる意義 最先端の技術と知識を駆使しつつ 住民と協動することで 持続的な利用が可能となる。