建築環境工学・建築設備工学入門 <基礎編> <温熱環境の基礎> 温熱環境 [Last Update 2015/04/30]
平均皮膚温度との関係(Hardy & DuBois,1938) 深部体温の恒常性 2 下の図で肌色のコア(中核)部は、比較的一定の温度に保たれる。白で示したシェル(外 殻)部の温度は変化する。シェルの厚さも環境の温度条件次第で変化する。 アショフのコア、シェル概念図 身体各部位の皮膚温度と 平均皮膚温度との関係(Hardy & DuBois,1938) 暑 暖 寒 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
体温の恒常性 深部体温は体温調節機能の働きによりほぼ一定の37℃に保たれている。 熱生産量 熱放散量 35℃ 39℃ 37℃ 体熱生産量と熱放散のバランス 熱生産量 熱放散量 運動による熱生産の増加 震えによる熱生産の増加 その他の原因による熱生産 基礎代謝による熱生産 対流による熱放散 放射による熱放散 蒸発による熱放散 衣服による熱放散の調節 血流量による放熱の調整 呼吸に伴う熱放散 外部仕事 35℃ 39℃ 37℃ 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
代謝による熱生産 体内外のエネルギー平衡のモデル 食物として体内に摂取される100のエネルギーは、ATP(アデノシン3リン酸)、CP(クレア チンリン酸)として蓄えられる。人体の外部仕事の機械効率は、およそ20%である。 人間と温熱環境 エネルギー摂取 食物(100) 炭水化物 たんぱく質 + 酸素 二酸化炭素 + 水 脂 肪 呼吸 体内に蓄積 内部仕事 外部仕事 機械仕事 20 熱放散 80 熱 O2 CO2 H2O ATP CP 39 61 19 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
代謝による熱生産(2) 恒温動物の酸素消費量や基礎代謝量は、その 体重ではなく、体表面積に比例して増加する。 身体活動と代謝率 恒温動物の酸素消費量や基礎代謝量は、その 体重ではなく、体表面積に比例して増加する。 [met]は、日常生活で最も頻度の高い身体活動 である椅子座作業におけるエネルギー消費量を 基本単位として定義している。 活 動 代謝率* [W] [met] 安静時 睡眠時 70 0.7 休 息 いす座 75 0.8 立 位 120 1.2 事務所 いす座読書 95 1.0 いす座ワープロ 110 1.1 いす座ファイル整理 立位ファイル整理 135 1.4 歩き回る 170 1.7 梱包作業 205 2.1 平坦地歩行 時速3.2km/h 195 2.0 4.8km/h 255 2.6 6.4km/h 375 3.8 自動車運転 乗用車 100~195 1.0~2.0 重 機 315 3.2 家庭内作業 料 理 160~195 1.6~2.0 掃 除 195~340 2.0~3.4 工場内作業 ミシン掛け 180 1.8 軽作業 195~240 2.0~2.4 重作業 400 4.0 ツルハシ,ショベル作業 400~475 4.0~4.8 レジャー 社交ダンス 240~435 2.4~4.4 美容体操 300~400 3.0~4.0 テニス,シングルス 360~460 3.6~4.7 バスケットボール 490~750 5.0~7.6 競技レスリング 700~860 7.0~8.7 *標準的な表面面積1.7㎡のヒトを想定している 身体活動と代謝率 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
自動制御理論を取り入れた体温調節機能の模式図 体温調節の制御 ドイツの温熱生理学者ヘンゼルが提唱したフィードバック・ループ。中枢神経温度、深部 体温、皮膚温度と基準値を比較し、必要に応じて発汗、血流量調節、代謝といった調整 機能を作動させる。制御対象とは、人体そのものである。 自動制御理論を取り入れた体温調節機能の模式図 基準値:望ましい体温 体温調節機能 外部環境からの外乱 中 枢 発 汗 調 節 血 流 調 節 震 え 産 熱 制 御 対 象 制御信号 中枢神経温度 深 部 体 温 皮 膚 温 度 温度受容器 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
発汗による体温調節 状 態 蒸発性水分喪失量 蒸発性放熱 快適環境・安静時 40g/h 27W 気温29℃・室内生活 125g/h 84W これは温熱性発汗と区別され、不感水分喪失という。 成人の蒸発性水分喪失量と蒸発性放熱の例 状 態 蒸発性水分喪失量 蒸発性放熱 快適環境・安静時 40g/h 27W 気温29℃・室内生活 125g/h 84W 気温37.8℃・静座 300g/h 200W 高熱工場・作業 1400g/h 945W 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
行動性と体温調節 ヒトは生理的な体温調節機能の他に、行動性の体温調節を無意識のうちに、或いは 意図的に行う。 高温環境 低温環境 さまざまな体温調節性行動 高温環境 低温環境 日陰への移動 日なたへの移動 扇子、扇風機、通風 風よけ 昼寝、休息、シエスタ 運 動 衣服の洗濯、脱衣 衣服の選択、重ね着 低栄養、冷水摂取 高栄養、温食摂取 避暑地への移動 温暖地への移動 冷房、水浴 暖房、採暖 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
ヒトと動物の違い ヒトの汗腺の分布は動物よりも密で、個々の汗腺の分泌能力も高いが、動物は一部を 除き温熱性発汗が起こらない。寒冷地に住む動物は、冬毛と夏毛の生え替わりがある。 動物の冬の毛皮の厚さと断熱度 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
温熱環境因子 食物として摂取されたエネルギーは、最終的には熱に変わるが、ヒトはこの熱エネルギーを おもに対流、放射、蒸発という三つの経路を経て体外へ放散し、一定の体温を保っている。 人体からの熱放散と環境因子 温熱環境因子と体熱放散の様式 温熱環境因子 関係する体熱放散の様式 気 温 対流、呼吸 周囲壁体表面温 放射、伝導 湿 度 皮膚面と呼吸気道からの蒸発 気 流 体表面からの対流と蒸発 衣 服 衣服内熱伝導、透湿、放射 気 圧 対流、蒸発、呼吸 重 力 対流、蒸発 人工空気 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
人体からの熱の流れと物理因子(1) 衣服内の熱移動は、熱伝導による。衣服の熱抵抗を表す実用単位にクロ[clo]がある。 各種の着衣状態におけるクロ値 男 性 クロ値 女 性 1) 半ズボン、半袖シャツ、パンツ、 サンダル 0.3 6) 夏ワンピース、夏下着、 ストッキング、サンダル 0.21 2) 夏ズボン、半袖ワイシャツ、 半袖下着、パンツ、靴下、靴 0.43 7) 夏ブラウス、夏スカート、 ストッキング、サンダル 0.26 3) 2)に夏上着、ネクタイ 0.56 8) 冬ワンピース、スリップ、 下着、ストッキング、靴 0.65 4) 冬ズボン、冬上着、長袖ワイシャツ、 下着、ハイソックス、靴 0.88 9) 8)にセーター 5) 4)にセーター 1.09 10) 冬上着、冬ズボン、下着、 ストッキング、セーター、靴 1.17 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
不快感、温度感覚の関係(Gagge,stolwijk & Hardy,1967) 温度感覚と快適感覚の評価尺度(1) 暑さの不快感は、体温調節のための温熱性発汗による熱放散量と、比例関係がある。 温熱性発汗の蒸発による熱放散量と、 不快感、温度感覚の関係(Gagge,stolwijk & Hardy,1967) 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
very uncomfortable 非常に不快 slightly uncomfortable やや不快 温度感覚と快適感覚の評価尺度(2) 温熱感覚と快適感覚の程度を表すカテゴリー・スケールを示す。B,Cは、温・冷の受容体に て感知されると考えられる温度感覚と、特別の感覚器によらない「ある種の認識能力」と考え られる快適感・不快感は、基本的に異なるとして、明確に区別したスケールである。 温度感覚と快適感覚のカテゴリースケール(Gagge,Stolwijk & Hardy,1967) スケール -3 -2 -1 1 2 3 A cold 寒い cool 涼しい slightly cool 少し涼しい comfortable 快適 slightly warm 少し暖かい warm 暖かい hot 暑い B neutral 中立 C very uncomfortable 非常に不快 uncomfortable 不快 slightly uncomfortable やや不快 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
すべての人々を満足させうる温熱環境は存在しない 集団のすべての人々を満足させうる温熱環境は、存在しない。SET*が22.2~25.6℃のと き、集団の80%以上の人々が涼しいまたは暖かい快適感を示した。一方、20%以下の 人々が、寒い不快さ、暑い不快さを訴えた。この結果に基づいて、ASHRAEは、快適域とし てSET*=22.2~25.6℃を定めた。 室温と在室している集団構成員の熱環境に対する満足度合の比較 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
与えられた環境と自ら求めた環境 良好と思われる温熱環境でも、与えられた環境では不満の発現がある。一方、過酷な 温熱環境でも、自ら求めた場合は、不満の発現は少ない。この差は、「自己効力感」の 有無によって生じるものと思われる。 与えられた環境:クレーム多し 過酷な環境を自ら選択
環境因子-熱放射-体温調節-生理的状態値-感覚のつながり 環境因子と感覚のつながり 環境の温熱性物理因子、ヒトと環境との間の熱伝達、熱平衡、生理的調整機能、その結 果として定まる生理的状態値、そしてそれをヒトが感覚として認識する、というつながりが ある。 環境因子-熱放射-体温調節-生理的状態値-感覚のつながり 環境因子 熱伝達の様式 熱平衡 生理的体温調節 生理的状態値 感覚 気温 放射温 湿度 気流 着衣 気圧 人工空気 水中 対熱流伝達 放射熱伝達 蒸発 呼吸放熱 外部仕事 基礎代謝産熱量 運動による産熱 発汗の開始 血流量の調節 震え産熱 発汗量 ぬれ面積率 皮膚温度 体内温度 快・不快感 温冷感 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
温熱指標 温熱的快適性や温冷感などの 人間の温熱感覚を左右するの は、人体と環境の間の熱交換の 結果である熱収支量、それに よって決まる平均皮膚温、及び 皮膚ぬれ面積率である。温熱指 標を環境評価として用いる場合 の適否は、人間の実際の温熱 感覚、生理心理的症状と比較検 討して判定されるべきである。 温熱環境評価における諸量の関連 環 境 環境要素 気温 ta 平均放射温度 tr 風速 v 相対湿度 rh 人 間 生理物理学的要素 平均皮膚温 tsk 皮膚ぬれ面積率 w 熱収支量 S 温熱感覚 快適感,温冷感, 気流感,乾湿感,放射感,…… 状態要素 代謝量 M 着衣量 I 温熱指標 PMV,SET* OT,DI,…… 比較検討 評価 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
予測平均温冷感申告 PMV(1) PMV 温冷感 予測不満足率 +3 非常に暑い 99% +2 暑い 75% +1 やや暑い 25% 予測平均温冷感申告 PMV(1) PMVは、PMV=f(M)・Lで示すことが出来る。ここで、Mは代謝熱生産量、Lは人体の熱負 荷である。 PMVと温冷感覚カテゴリー PMV 温冷感 予測不満足率 +3 非常に暑い 99% +2 暑い 75% +1 やや暑い 25% どちらでもない 5% -1 やや寒い -2 寒い -3 非常に寒い 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
予測平均温冷感申告と予想不満足者率の関係 予測平均温冷感申告 PMV(2) 在室者の予測不満足率PPDは、PMVの値を用いて、 PPD = 100 – 95 exp[-(0.03353PMV4 + 0.2179PMV2)] で、計算することが出来る。 予測平均温冷感申告と予想不満足者率の関係 出典:空気調和・衛生工学便覧1 第14版 P333
標準有効温度 SET*(1) 標準有効温度SETの算出フローチャート 標準有効温度 SET*(1) 標準有効温度SETの算出フローチャート 標準有効温度 SET*は、「温熱感覚及 び放熱量が実在環境におけるものと同 等になるような相対湿度50%の標準環 境の気温」と定義される。 実在環境(入力データ) t0 tr(tg) v rh M Lcl ,icl 作用温度 t0=(hc・ta+hr・tr) /h 記号表 ta :気温[℃] rh :相対湿度[%] Pa :水蒸気分圧[kPa] tg :グローブ温度[℃] tr :平均放射温度[℃] v :風速[m/s] M :代謝量[met] hc :対流熱伝達率[W/(㎡・℃)] hr :放射熱伝達率[W/(㎡・℃)] h :総合熱伝達率[W/(㎡・℃)] Id :実質着衣量[clo] id :着衣蒸気透過効率[ND] DRY :皮膚面顕熱放熱量[W/㎡] Esk :皮膚面蒸発放熱量[W/㎡] Hsk :皮膚面全放熱量[W/㎡] Fd :着衣伝熱効率[ND]〔式(2・25)参照〕 Fpcl :着衣透湿効率[ND] fd :着衣面積増加係数[ND] w :皮膚ぬれ面積率[ND] tsk :平均皮膚温[℃] ta・s :標準環境等価気温(=x,℃) psk* :tskにおける飽和水蒸気圧[kPa] pa* :気温taにおける飽和水蒸気圧[kPa] 添字s :標準環境の諸量 2層モデル tsk ω DRY=fcl・h・Fcl(tsk-t0) Esk=ω・La・hc・Fpcl(psk*-pa) tsk・s=tsk ωs=ω 温熱感覚 等価条件 実在環境 皮膚面放熱量 Hsk=DRY+Esk DRYs=fcl・hs・Fcl・s(tsk・s-x) Esk・s=ωs・La・hc・s ・Fpcl・s・(psk・s*-pa・s) 温熱環境 等価条件 Hsks=DRYs+Esk・s fx=Hsk-Hsk・s=0 標準環境皮膚面放熱量 標準環境の設定 tsr・s=ta・s,rhs=50% vs=v,Ms=M,Icl・s=Icl 有効温度 ta・s=x tr・s=ta・s vs rhs Ms Icl・s ,icl・s x=ET* ASHRAEの標準環境 x=SET* tr・s=ta・s,rhs=50%, vs=0.135m/s Ms=M,Icl・s=標準着衣量:式(4.17) 標準有効温度 標準環境(x=ta・s以外を設定する)
標準有効温度 SET*(2) 温熱感覚 SETと温熱感覚の対応 温冷感 非常に不快 非常に暑い 暑い 暖かい やや暖かい なんともない 標準有効温度 SET*(2) SETと温熱感覚の対応 温熱感覚 温冷感 非常に不快 非常に暑い 暑い 暖かい やや暖かい なんともない やや涼しい 涼しい 寒い 非常に寒い 快適感 不快 快適 やや不快 40 35 30 25 20 15 10 SET [℃ ] SET*はPMVに比べてより広い温熱条件への適用が期待される。また、SETは、温熱感覚と図のように対応し、30℃を超えると暑い不快がはっきりと現れる。 出典:新版 快適な温熱環境のメカニズム、空気調和・衛生工学会編、丸善、2006
標準有効温度(SET*) 人体からの熱放散量と環境因子、生理因子との関係、ならびに生理的な体温調節機能 をシミュレートした数学モデルに基づく。図中に夏冬の快適範囲を示す。 ASHRAE 55-2004 による快適温湿度範囲 出典:空気調和・衛生工学便覧1 第14版 P336
発 行 公益社団法人 空気調和・衛生工学会 野部 達夫 発 行 公益社団法人 空気調和・衛生工学会 (SHASE: The Society of Heating, Air Conditioning and Sanitary Engineers of Japan) 野部 達夫