長期予報利活用研究会資料 (平成18年7月25日) 日本気象予報士会東京支部 田家 康 (No.3365)
「アンサンブル技術の短期・中期予報への利用」 気象庁予報部,2006 「アンサンブル技術の短期・中期予報への利用」 気象庁予報部,2006 アンサンブル予報概論 海外の現業全球アンサンブル予報の動向 週間アンサンブル予報 メソアンサンブル予報 アンサンブル・カルマンフィルタ~データ同化との融合~ アンサンブル予報の応用事例
アンサンブル予報概論(1) 1. 現状 アンサンブル予報事始:1992年ECMWFとNCEPで中期アンサンブル現業化、1996年3月気象庁が長期アンサンブル現業化 確率的予報:天気予報による意思決定の最適化とその経済価値の評価のためには、その不確実性に関する情報の提供が必要 アンサンブル予報は大気から水文・海洋分野へ アンサンブル予報の確率的情報が数値予報自体の高度化に用いられ始めた。アンサンブル予報の信頼度をデータ同化で利用:アンサンブル・カルマンフィルタ 2. 初期値の不確実性 予想モデルの初期値鋭敏依存性→一般場に比べて小さな擾乱を初期値に仮定:摂動論 摂動作成法=LAF法・特異ベクトル法・成長モード(BGM)法
アンサンブル予報概論(2) 3. モデルアンサンブル予報 3. モデルアンサンブル予報 数値予報モデルの不完全性:大気の支配方程式の離散化やモデル化に伴う予報誤差、丸め誤差に代表される数値計算誤差から容易に想像できる。例:パラメタリゼーションのパラメータ 数値予報モデルの集合: 集合モデル法:異なる数値予報モデルの集合(独立性あるが複数モデル開発に難) 集合パラメタリゼーション法:複数の物理過程で異なるパラメタリゼーションを使用 確率的物理過程強制法:全物理過程のパラメタリゼーションによる時間変化の大きい項を摂動とする。 集合パラメータ法 4. アンサンブル予報システム 気象庁EPS:メンバー30前後、1ヶ月EPS水平解像度1.12.5度、40層 NECP・EPS:メンバー44、水平解像度105km ECMWF・EPS:メンバー102 複数の数値予報センターによる数値予報の集合=プアマンズEPS(Poor man’s EPS:PEPS)
海外の現業全球アンサンブル予報の動向 1.2003年5月WMO総会:観測システム研究・予報可能性実験計画(THORPEX) 2.ECMWF: 今後取り組み開発事項は最適な初期摂動の研究、境界条件の摂動の導入、確率的物理過程強制法の改良 3.マルチセンターアンサンブル: (1) スーパアンサンブル →各数値予報センターから単独予報を集め、過去の予報成績に応じた重みで重回帰。 (2) プアマンズEPS(PEPS)=14個の決定論モデルを集める →短期予報においてECMWFと同程度の性能を持つ →気象庁でも台風進路予測相互比較用にECMWFとUKMO、気象庁全球モデルで精度比較 4. 北米アンサンブル予報システム(NAEFS)=米国・カナダ・メキシコ 5. マルチセンターグランドアンサンブル(MCGE)はデータを提供する現業予報センターが他センターと同様の仕様を持ち、精度的にも劣らない予報値を提供することでその効果を発揮。
週間アンサンブル予報(1) アンサンブル平均予報の誤差とスプレッドの大きさがほぼ同程度=アンサンブル予報が示す集合に実況が含まれる一つの根拠 アンサンブル平均予報の改善度合が高くとも、数値予報モデルに大きな系統誤差があるとアンサンブル予報の利用価値は低下 週間EPSは全球数値予報の精度に大きく依存。特に気象庁の週間EPSは初期値アンサンブル予報ゆえ、全球モデルの誤差の軽減は週間EPSの課題となっている。 ただしここ数年の全球数値予報の改善により、予報期間初期の段階では週間EPSの平均的なスプレッドの大きさはそのアンサンブル平均予報のRMSEより大きい。 将来の週間EPSは初期摂動作成法だけでなく、数値予報モデルも台風EPSとの共通化により高度化を計画。 週間EPSのGPVについて平滑化による誤差を含まない地点時系列予報を拡充する。地上予報値の場合、モデル格子点と標高差による系統誤差は無視できない大きさゆえ、誤差除去のためにカルマンフィルタ法を引き続き適用。
週間アンサンブル予報(2) 1. 現業におけるプロダクト 週間予報支援図:降水量5mmを閾値(弱い降水を過剰に予想する傾向があるため) 1. 現業におけるプロダクト 週間予報支援図:降水量5mmを閾値(弱い降水を過剰に予想する傾向があるため) 気温ガイダンス:カルマンフィルタ方式でバイアス計算する際の説明変数はT-Td値と定数項→説明変数は単純な仕組であり、5日先の気温は5日前から前日までの実況の楽手結果を反映 降水確率ガイダンス:24時間降水量1㎜以上=「雨あり」とするメンバー数で確率を出す 2. 週間EPSの台風予報への拡張 地点台風接近確率予報図:現在の「予報円」は過去の予報誤差の統計から求めているが、アンサンブル予報で得られるスプレッド情報により、動的に予報円の大きさを見積もり、楕円などの形状に変化させる表現が可能となる。 統計検証ではアンサンブル平均予報が単独予報より高い精度となっていない。 ただしROC曲線での面積は0.902あり、台風接近の確率予報にはスキルがある。
メソアンサンブル予報 近年、数値予報モデルの表現能力が大きく向上し、積乱雲群などのメソβスケールの現象がメソ数値予報の予報対象となり始めている。 一方でメソγスケールの現象は、時間スケールが1時間程度と短く、現象発生半日以上前からの決定論的な予測は将来においてもまず不可能。 予報実験では①項水域の比湿をもともと飽和比湿としたためBGM法で摂動成長が湿りの側に成長にしにくい ②現在の全球EPSは5日予報のスプレッドのための摂動でありメソアンサンブルでは摂動調整の必要があったが、MSMを用いた場合に18時間予報までは境界条件の影響は大きくなかった。 メソEPSの構築には、初期値摂動だけでなくアンサンブル平均やスプレッドの評価、モデル誤差を表現するための確率的物理過程強制法などの課題残る。
アンサンブル・カルマンフィルター ~データ同化との融合~ アンサンブル予報の摂動生成には解析の情報が有益であり、解析にはアンアンブル予報の情報が有益という補完的な関係がある。 アンサンブル・カルマンフィルタはアンサンブル予報とデータ同化を融合した手法であり、解析誤差を反映したアンサンブル摂動を生成するとともに、それから得られるよりよい予報誤差を用いたデータ同化を行う。 未来のアンサンブル予報として注目されている。 アンサンブル・カルマンフィルタはようやく理論的な議論が収束し、基本的な技術への理解は高まりつつある。一方でECMWFのように四次元変分法の運用で素晴らしい成果が得られており、アンサンブル・カルマンフィルタとどちらがよいかしばらくは結論づけが困難。 <アンサンブル・カルマンフィルタの利点> ①完全に流れに依存した誤差共分散がデータ同化およびアンサンブル摂動生成に反映され理想的なアンサンブル予報解析サイクルが構成 ②接線形モデルやジョイントモデルが不要ゆえ維持開発コストが大幅に削減され改良が容易 ③新たな観測導入の際の開発コスト削減・迅速化 <アンサンブル・カルマンフィルタの課題> ①モデル誤差があるとこれが誤差共分散として積み重なっていく ②特定の領域や変数でのターゲットができない ③時間積分量の観測の同化法が自明でない。
アンサンブル予報の応用事例(1) 1. 電力会社による夏季最高気温アンサンブルガイダンス 1. 電力会社による夏季最高気温アンサンブルガイダンス 東京都心部では日最高気温が22℃を超えると冷房需要が上がりはじめ、28℃を越えるとほとんどの冷房機器が稼動する。 地方ガイダンスでも台風通過や気圧パターンによって発生する異常高温は捕捉できない事例が多かった。 2. 農業気象 地方気象台:農業気象情報→府県農林担当部局:営農情報 北海道の水稲への冷害対策では幼穂形成期の深水管理が重要だが、アンサンブル予報による確率的予報で「決断」が可能となる。 西日本かんきつ類への冷害対策では4日程度の作業日を勘案することが重要。アンサンブル予報で時間的余裕を持った冷害予報が可能となった。
アンサンブル予報の応用事例(2) 3. 洪水予報と水資源管理 3. 洪水予報と水資源管理 ECMWF:顕著予測指数、水文アンサンブル予報実験(HEPEX)、欧州洪水警戒システム(3~10日のリードタイム) 週間EPS:全球的モデルが局所的な大雨を十分表現できる解像度を持っていない→多くの実況が予想積算降水量の範囲に入っていない。ダムの水位調整では一週間程度のリードタイムが求められる。 4. 波浪予報 波浪モデルの予測計算において、主な入力値は波浪を発達させる外力としての大気の海上風の解析値と予測値。波浪モデルの波浪予測の不確定性を見積もるには大気の予測の不確定性を考慮しないといけない→アンサンブル予報 実験結果からは、有義波高の予報誤差の大きさの平均値がそのスプレッドの大きさと高い相関を持つことや、4日程度先の波高が1mを超える自称確率予報が高い精度を持つといったことが示された。
「平成17年度数値予報研修テキスト: 第8代数値予報解析予報システム」 気象庁数値予報課,2005 「平成17年度数値予報研修テキスト: 第8代数値予報解析予報システム」 気象庁数値予報課,2005 1. 新NAPS(Numerical Analysis and Prediction System)の主な改善点 5km解像度のメソ数値予報モデルの1日8回運用:集中豪雨等を精緻に表現 20km全球モデルの1日4回運用:数日先までの顕著現象の予報精度向上 台風アンサンブル予報の導入:台風進路予報の予報精度向上と信頼度情報の高度化 2. 概要 スーパーコンピューターの更新:演算速度は28倍、主記憶容量16倍 全球モデル:一日2回→4回、低解像度モデルの水平解像度200km→120km メソ数値モデル:水平解像度10km→5km、鉛直層数40→50、運用回数(日)4回→8回 週間アンサンブル予報:BGM法25メンバー→51メンバー 観測データ:高解像度全球日別海面水温解析の利用(MGDSST)、MTSAT-1Rによる毎時衛星風および水蒸気チャンネル輝度温度、マイクロ波センサー輝度温度直接同化、サウンダデータ
H19/3の画期的な革新(1) 1. 解析モデル 20km全球モデル:低解像度(水平)でも120km→80km、鉛直層数40→80 これに伴いRSM、台風モデルを廃止、予報モデルの高速化(セミグランジュ)、アンサンブル・カルマンフィルター MSM:非静力学モデルに基づく四次元変分法、水平解像度:5km 鉛直層数50 2. 予報モデル GSM:予報時間は84時間(00、06、18UTC)と216時間(12UTC)、予報プロダクトは一日4回、3個以上の台風進路に対応 2007年度中にはGSMを海洋混合層モデルと結合:台風周辺の海面水温低下等を考慮できる。 台風アンサンブル予報:SV法11メンバー、一日最大4回84時間、確率情報を利用したプロダクト
H19/3の画期的な革新(2) 3. 週間アンサンブル予報: 3. 週間アンサンブル予報: 初期摂動の作成手法をBGM法→SV法、米・カナダと合わせたマルチモデルアンサンブル予報 MSM:03、09、15、21UTC初期値の予報時間を15時間→33時間に延長、メソアンサンブル予報、水平解像度2kmの非静力学メソ数値予報モデル(開発中) NAPS9では12時間以上前に大雨を予想するメソアンサンブル予報、力学的短時間予報のための高解像度局地モデルの毎時運用が射程にある。
「H17年度季節予報研修テキスト: 2003,2004年の異常気象とその要因」 (抜粋) 気象庁気候情報課,2005 AO(北極振動) 夏の循環場の1ヶ月予報
AO(北極振動) 1. 北極振動(AO) 北半球域の冬季の月平均気圧偏差場を主成分分析(AOインデックス)→北極域の海面気圧が負(正)偏差の時に中緯度で環状に正(負)偏差になる南北シーソー的な変動 地表から下部成層圏までほぼ順圧的構造をした南北シーソーパターン 日本の気温とは南西諸島を除き北日本を中心に冬の相関が高い 2. 北極振動の力学 平均子午面循環はAOを弱める:子午面循環は対流圏上層の北緯55度付近の西風偏差が正の所で赤道向き→コリオリ力により西風を原則する方向に働く 西風減速に抗って西風の正偏差を維持する役割は擾乱が果たす:平均流と擾乱の正のフィードバック 3. 成層圏との関係 AOのシグナルはまず上部成層圏に現れ、それが2~3週間の時間スケールで対流圏まで下方伝播 極夜ジェット振動が対流圏のAOを誘発する働きがある 4. AOの予測 大気の内部変動としての性質が強い現象。外部強制の可能性を探っている段階。(ユーラシア大陸の積雪、北大西洋中緯度の海面水温など)
夏の循環場の1ヶ月予報 <2003,2004年での予報の検証> オホーツク海高気圧指数(OHI)で見ると予報2週間目(9~15日目)まではある程度予測できているが、2週間を超えるとアンサンブル平均は0近くまで変動する。ただし実況のOHIはアンサンブルメンバー間のばらつきの範囲内にある。 誤差と同様にスプレッドも予報12~18日目頃に飽和していり、初期値問題に基づく第1種予測可能性の限界に達しているように見える。 定常ロスビー波がオホーツク海高気圧の形成に重要な役割を果たす→1ヶ月予報後半の予測の本質的な難しさ。 オホーツク海高気圧の予測には定常ロスビー波だけでなく、冷たい海と北・西の大陸という大気境界層過程も重要。 ECMWFでは、熱帯の季節内変動の予測を主たる狙いとして大気海洋結合モデルを用いた1ヵ月予報を開始。
「H16年度季節予報研修テキスト: 気候の変動と季節予報」 (抜粋) 気象庁気候情報課 短期予報と季節予報 大気循環場の変動と予報資料の解釈 ☆季節予報作業では予測精度を勘案しつつ、気象学や気候学の知識に 基づき、大気循環場の予測に関する数値予報天気図を解釈する。
短期予報と季節予報 1週間程度以下の短周期で変動する総観規模の高気圧や低気圧の移動や発達 1. 短期予報 1週間程度以下の短周期で変動する総観規模の高気圧や低気圧の移動や発達 傾圧不安定(南北の温度差による不安定)が原因。傾圧不安定モデルによれば傾圧不安定波の発達率は鉛直西風シアーに比例し、鉛直安定度に反比例する。 2. 季節予報 1週間平均や1ヶ月平均で見られる大気現象を予測。定常ロスビー波の生成・伝播、帯状平均場と定常波の変動、ブロッキング現象など 順圧不安定(水平風シアーによる不安定)や強制力が原因で発達。渦の楕円方向の形(東西方向の平均風シアー)と渦の傾き(南北方向の平均風シアー) 季節予報では海洋や二酸化炭素増加といった外的な要因による変動も含まれる。1年・10年と長い期間平均をすればするほど大気の内因的な自然変動は小さくなり、残る大気変動偏差は外力の影響である可能性が高くなる。
大気循環場の変動と予報資料の解釈 (その1) 1. 定常ロスビー波 夏の日本を覆う小笠原高気圧の生成→チベット高気圧北縁のアジアジェットに沿って伝播する定常ロスビー波が関係 オホーツク海高気圧の生成→ユーラシア大陸北部の寒帯前線ジェットによって伝播する定常ロスビー波が重要な役割を果たす 亜熱帯ジェットに捕捉される定常ロスビー波は天気図上では「亜熱帯ジェットの蛇行」として現れる。 寒帯前線ジェットの例:オホーツク海高気圧ピーク数日前に北欧で発達した高気圧偏差から、ユーラシア大陸北部の寒帯前線ジェットに沿って定常ロスビー波が伝播。 <予報作業における留意点> 実況でジェットに沿ってロスビー波が伝播しているか、ロスビー波の伝播が予測されているか、ロスビー波の伝播に関するアンサンブルメンバー間のばらつき具合はどうか… アジアジェットに沿って伝播する定常ロスビー波の群速度はかなり速く、アラビア半島から日本まで数日で達してしまう。 寒帯前線ジェットは亜熱帯ジェットに比べて時間的・空間的に変動が大きく、ロスビー波そのもののみではなく、ジェットが強くなりロスビー波が伝播しやすい状況か否かを含めて着目する必要がある。
大気循環場の変動と予報資料の解釈 (その2) 2. 亜熱帯の対流活動 (1) 3ヶ月予報支援図 海面水温偏差:下部境界条件を示す。特に熱帯域に着目 降水量偏差:熱帯域の非断熱加熱偏差の予測 200hPa速度ポテンシャル平年偏差:熱帯と中緯度大気循環の予測 (2) 上層と下層 熱帯域における熱源に対する応答は下層と上層の循環の向きが逆の構造を持つ。 このため、500hPa循環場ではなく、下層と上層の循環場を把握する必要があるため、200hPaと850hPaの循環場天気図を予報資料に用いている。 渦度ζ→流線関数φ、発散D→速度ポテンシャルχ (3) 予報作業における留意点 循環場は海面水温偏差に対応して特徴的なパターンを示すことが多い ただし下層風による潜熱フラックスなどのように大気海洋相互作用はシステムで考慮されていないものもあり、MJOは再現・予測できない。 インド洋の海水面温度偏差が中緯度の循環に影響を及ぼす場合、予報資料はあまり信頼できない。