北極振動 (Arctic Oscillation: AO) に 関する論文紹介 冨川 喜弘

Slides:



Advertisements
Similar presentations
過去 100 年に観測された 夏季日本の気候変動 気象研究所 遠藤洋和 第 10 回ヤマセ研究会.
Advertisements

CMIP5 気候モデルにおける ヤマセの将来変化: 海面水温変化パターンとの関係 気象研究所 気候研究部 遠藤洋和 第 11 回ヤマセ研究会 1.
JRA-55再解析データの 領域ダウンスケーリングの取り組み
10.時系列データの解析 time-series data
熱帯太平洋における季節内スケールの 赤道波動特性の解析 5AOOM007 萩原 右理 指導  轡田 邦夫 教授.
北日本における4月と8月気温の強い相関関係とその時間変動(2)
9. 主成分分析 Principal Component Analysis (PCA)
COADS/KoMMeDS統合データを用いた 北太平洋ー北大西洋海面水温場に見られる 60-80年変動
大学院地球環境科学研究院 山崎 孝治 2012年5月8日(火) 気候変動を科学する 第5回「対流圏の気候と天気予報」 ・大気を支配する物理法則 ・大気循環の様子(偏西風) ・数値予報(天気予報) ・カオスと予測可能性 大学院地球環境科学研究院 山崎.
ジェット気流、低気圧活動、ブロッキング、北極振動 向川 均 教授、長田翔(M 2) 、馬渕未央(M1)
低気圧活動、ブロッキング、北極振動、予測可能性 向川 均 教授、馬渕未央(M2)、藤井晶(M1)
高橋研究室 惑星大気 中層大気 化学モデリング 気象力学
冨川喜弘 (国立極地研究所・トロント大学)
IUGG2003力学関係の報告 廣岡俊彦(九大・理) オゾン研究連絡会 14 Oct 2003
こんにちは.
第2回  長期予報についての基礎-2 季節予報で主として用いる天気図 季節予報でよく用いる用語類 確率予報の利用等.
成層圏突然昇温の 再現実験に向けて 佐伯 拓郎 神戸大学 理学部 地球惑星科学科 4 回生 地球および惑星大気科学研究室.
「地学b」 第4回 地球大気の構造と熱収支 ~地球の気候の概要~
*大気の鉛直構造 *太陽放射の季節・緯度変化 *放射エネルギー収支・輸送 *地球の平均的大気循環
平成24年8月下旬~9月中旬の 北・東日本の高温について
MJOがPNAパターンの 予測可能性に及ぼす影響
CMIP5マルチ気候モデルにおける ヤマセに関連する大規模大気循環の 再現性と将来変化(その2)
東京商船大学における 地上気象データの解析
ジェット気流、低気圧活動、ブロッキング、北極振動 向川 均 教授、佐治憲介(M2)、竹村和人(M2)、長田翔(M1)
赤道QBOの影響の統計的有意性 ― 大標本法に基づいた評価 ―
近年の北極振動の増幅 Recent Arctic Oscillation amplification
海氷の再現性の高いモデルを用いた 北半球の将来 地球環境気候学研究室 平野穂波 指導教員 立花義裕教授
2005/06年冬季における 北半球環状モード変動の 予測可能性について
2013年7月のヤマセについて 仙台管区気象台 須田卓夫 昨年のまとめ(赤字は研究会後の調査)
バングラデシュにおける対流活動と局地風に関する研究
ロスビー波( Rossby wave) 渦度 (vorticity) 順圧非発散流(絶対渦度の保存) ポテンシャル渦度(渦位)
2005年度・公開講座( ) 長期予報はなぜ当たらないか? 北海道大学大学院地球環境科学院 山崎 孝治.
全球の海霧の将来変化 気象研究所気候研究部 川合秀明、 神代剛、 遠藤洋和、 荒川理 第12回ヤマセ研究会 2016年3月10日
海氷が南極周辺の大気循環に与える影響 地球環境気候学研究室  緒方 香都 指導教員:立花 義裕教授.
講義ノート(ppt)は上記web siteで取得可 #但し、前日に準備すると思われるのであまり早々と印刷しない方が身の為
YT2003 論文紹介 荻原弘尭.
2010 年北極振動の 冬から夏への極性反転と 猛暑の連関 ―北極振動と猛暑と今年の夏―
講義ノート(ppt)は上記web siteで取得可 #但し、前日に準備すると思われるのであまり早々と印刷しない方が身の為
講義ノート(ppt)は上記web siteで取得可 #但し、前日に準備すると思われるのであまり早々と印刷しない方が身の為
熱帯海上における降水特性による 降水・循環の将来変化パターンの マルチモデル間の違い 廣田渚郎、高薮縁 (東大AORI) 2011/6/9.
秋季における北極の 海氷回復と大気循環の関係
冬季北大西洋振動が 翌冬の日本の気候に与える影響
独立成分分析 (ICA:Independent Component Analysis )
講義ノート(ppt)は上記web siteで取得可 #但し、前日に準備すると思われるのであまり早々と印刷しない方が身の為
南北両半球間を横断する 水蒸気輸送と降水量との関連性
2009年秋の北極海ラジオゾンデ観測によって観測された 大気の順圧不安定とメソ渦列
プロセスデータ解析学5 -主成分分析- 担当:長谷部伸治     金 尚弘.
気候シナリオモデルを用いた将来のヤマセ発生可能性について
気候モデルのダウンスケーリングデータにおける ヤマセの再現性と将来変化
菅野洋光 (農研機構東北農業研究センター) 渡部雅浩 (東京大学大気海洋研究所)
CMIP3/CMIP5気候モデルにおける ヤマセに関連する大規模大気循環の再現性 ~モデル解像度による違い~
CMIP5気候モデルにおける ヤマセの将来変化
CMIP3 マルチモデルにおける熱帯海洋上の非断熱加熱の鉛直構造 廣田渚郎1、高薮縁12 (1東大気候システム、2RIGC/JAMSTEC)
冬期極域成層圏対流圏循環の変動に おける赤道域QBOの影響の 統計的有意性
地球フロンティア・モデル統合化領域 渡辺真吾
潮流によって形成される海底境界層の不安定とその混合効果
MIROC5による将来のヤマセの再現性について(2)
ラジオゾンデで観測された 千島列島周辺の 激しいSST勾配が駆動する大気循環
地球環境気候学研究室 513M230 松本直也 指導教員 立花義裕
北極振動の増幅と転調は 何故20世紀末に生じたか? Why was Arctic Oscillation amplified and Modulated at the end of the 20th century? 地球環境気候学研究室 鈴木 はるか 513M228 立花 義裕, 山崎 孝治,
地球温暖化実験におけるヤマセ海域のSST変化- CMIP3データの解析(序報)
将来気候における季節進行の変化予測 (偏西風の変化の観点から)
地球環境気候学研究室 谷口 佳於里 指導教員:立花義裕 教授
卒論中間発表 2001/12/21 赤道の波動力学の基礎 北海道大学理学部 地球科学科 4年 山田 由貴子.
東シベリアの森林の消失が 北太平洋上の大気循環に及ぼす影響
パターン認識特論 カーネル主成分分析 和田俊和.
オゾン層破壊のしくみ (2) 地球環境科学研究科 長谷部 文雄.
冨川喜弘 (国立極地研究所・トロント大学)
CMIP3マルチ気候モデルにおける 夏季東アジアのトレンド
従来研究 本研究 結果 南極大型大気レーダーPANSYで観測された大気重力波の数値モデル再現実験による力学特性の解明
Presentation transcript:

北極振動 (Arctic Oscillation: AO) に 関する論文紹介 冨川 喜弘  北極振動(Arctic Oscillation: AO)とは、北極圏とそれを取り巻く中緯度の間の月平均気圧場の南北振動のことで、大気の長周期変動の卓越モードとして注目され、多くの研究がなされている。  北極振動は、月平均気圧場に対する経験的直交関数(Empirical  Orthogonal Function: EOF)展開の第1モードとして定義される。第1モードということは、気圧場の長周期変動の最も多くの部分を説明するという意味であるから注目されるのは当然であるが、それ以外にも順圧性(構造が高さ方向に変化しない)や環状モード(軸対称構造)といった著しい特徴を有しているため、多方面からの関心を集めている。

目次 EOF解析 北極振動 (Arctic Oscillation: AO) その他の大気の長周期変動 AOはフェイク? 今後の課題 参考文献・ホームページ

EOF解析 大気中に存在する変動のパターン(モードと呼ばれる)を抽出する手法 第一モードは変動の最大の分散を説明し、第二モードは第一モードで説明されない残りの変動のうちの最大の分散を説明するように定義される 個々のモードは直交する(空間分布の相関がゼロ) 個々のモードの時間関数も直交する 多変量解析の分野では主成分分析 (Principal Component Analysis) と呼ばれる EOF解析で得られるモードが必ずしも物理的に意味のあるモードとは限らないので注意が必要

EOF解析の例 以下のような2点における気圧偏差の時系列データを考える → 時間 → 空間 2 -1 -3 3 EOF1 分散 PC1 1 → 時間 → 空間 2 -1 -3 3 EOF1 分散 PC1 1 -1 6 (66.7%) = × 1 -3 EOF2 PC2 1 1 -2 3 (33.3%) + ×

北極振動(Arctic Oscillation: AO) Thompson and Wallace [1998] 月平均冬季(11~4月)北半球(20N以北)海面更正気圧(Sea Level Pressure)場のEOF第1モード 60N以北と30N-50Nで符号が逆転する東西一様な環状モード 変動(季節変動は除去済)の分散の22%を説明 intra-seasonal, interseasonal, interannual, interdecadal といったあらゆる時間スケールの変動の卓越モード 成層圏まで達する等価順圧構造 →成層圏の極渦の強弱に伴う変動? (SLPはその場所における全大気質量を表しているため) 地表気温の変動とも密接に関係

ERA15から抽出されたAO 第1モードが変動の分散の39.1%を説明

その他の大気の長周期変動 北半球中・高緯度対流圏に限定すると、 Pacific-North American (PNA) パターン 北大西洋振動 (North Atlantic Oscillation: NAO) AL(Aleutian Low)–IL(Icelandic Low) seesaw

Pacific-North American (PNA) パターン 500、または700hPa面の月平均高度場の偏差で定義 6・7月を除く全ての月で見られるが、特に冬季に卓越し、interseasonal, interannual, interdecadal の時間スケールの変動を含む 熱帯熱源から射出された停滞性ロスビー波列? →ENSO(El Nino/Southern Oscillation) と密接な関連 アメリカ大陸の気候(気温・降雨等)に大きな影響を及ぼす http://www.cpc.ncep.noaa.gov/data/teledoc/pna.html より

北大西洋振動 (North Atlantic Oscillation: NAO) アイスランド低気圧とアズレス高気圧の月平均海面気圧偏差の逆相関 1年を通して見られるが、特に冬季に卓越し、interseasonal, interannual, interdecadal の時間スケールの変動を含む 生成原因については諸説あり ヨーロッパの気候(気温・降雨等)に大きな影響を及ぼす AOに比べて北極域のアノマリ領域が小さい http://www.cpc.ncep.noaa.gov/data/teledoc/nao.html より

AL(Aleutian Low)–IL(Icelandic Low) seesaw 北太平洋のアリューシャン低気圧と北大西洋のアイスランド低気圧の月平均海面気圧偏差の逆相関 2・3月のみ存在し、interannual, interdecadal の時間スケールの変動を含む 対流圏全体で等価順圧構造 北太平洋域で増幅された停滞性ロスビー波列が北大西洋域へ伝播 ストームトラック上の移動性擾乱からの順圧的フィードバックによって維持? http://w3.frontier.esto.or.jp/d1/contents/paper/hop1.html より

AOはフェイク?  AOは、北極域と中緯度帯の間の気圧の振動として定義されるが、中緯度域における気圧の振動の中心は、大西洋域tと太平洋域に局在している。  近年、北極域と大西洋域、北極域と太平洋域の間の気圧振動には良い負の相関が成り立つのに対して、太平洋域と大西洋域の間にはあまり正相関が無いことがわかってきた。  そのため、AOは北極域と大西洋域(NAO)、北極域と太平洋域(PNA)の間の気圧の振動がEOF解析によって結合されたみかけの振動ではないか、という議論が起こっている。

Itoh [2002] の説明 20N-60Nの領域でEOF解析を行うと、第1モードとしてPNA、第2モードとしてNAOが現れる →太平洋域と大西洋域の気圧変動は独立 →AOはPNAとNAOが結合したみかけのモードである PNAとNAOの空間分布は直交しない PNAとNAOが海面気圧変動の主要な2成分であり、説明される分散が同程度 →PNAとNAOの線形結合によって直交する2つのモードを作り出した 時間関数の直交性は? EOF2 EOF1 2003年春季気象学会予稿集p.70より

EOFとREOFの比較 REOF (Rotated EOF) : モードの空間分布が直交する必要は無い EOFでは全球的なモードを抽出する傾向があるが、REOFでは局所的なモードを抽出する傾向がある Dommenget and Latif [2002] 第1モード 第2モード EOF AO 大西洋と太平洋の反対称モード REOF NAO アリューシャン低気圧 気候変動における物理的に意味のあるモードを抽出するためには、EOF(相関行列を使う場合と共分散行列を使う場合)解析、REOF解析、一点相関解析など複数の手法を使い、解析の信頼性を高める必要がある

AOシグナルの下方伝播 Baldwin and Dunkerton [1999] 長周期成分(周期90日以上)だけが対流圏へ伝播可能 成層圏(10hPa)のAOシグナルは平均すると約3週間で地表面に達する 波動-平均流相互作用に伴う子午面循環の駆動と境界層の存在が重要? 特に冬季北半球成層圏東西風偏差場の環状モードを極夜ジェット振動(Polar-night Jet Oscillation: PJO) と呼ぶことがある [Kuroda and Kodera, 1999]

このプロセスはあくまで可能性の1つに過ぎないことに注意 Plumb and Semeniuk [2003]  1次元、および3次元モデルを用いて、対流圏で励起されるプラネタリ波の活動によって、成層圏から対流圏へ下方伝播するAOに類似の東西風アノマリを生成することができるかどうか調べた 1次元、3次元モデルの双方で下方伝播する東西風アノマリが再現された 下方伝播する東西風アノマリは、波動-平均流相互作用に伴う子午面循環の駆動やプラネタリ波の反射によるものではなく、局所的な波動-平均流相互作用に伴う西向き加速がプラネタリ波の砕波レベルを引き下げることで実現されていた →赤道準2年周期振動 (Quasi-Biennial Oscillation : QBO) と同じ原理 成層圏は対流圏での強制に受身的な応答をしているだけであり、これはあくまで対流圏起源の現象である →成層圏が対流圏へ影響を及ぼしているという表現は不適切 このプロセスはあくまで可能性の1つに過ぎないことに注意

今後の課題 AOに伴う大気質量変動は対流圏起源か成層圏起源か? →大気質量偏差は必ずダイポール、マルチポールモードとして現れることに注意 [Dommenget and Latif, 2002] 成層圏AOと対流圏AOは同じ現象か? PNA, NAO, AL-IL seesaw との関係は? 南半球環状モード (Antarctic Oscillation: AAO) と同じメカニズムか? 時間関数 (PC1) の変動の特徴は? 伝播性の変動パターンの抽出 → CEOF AOの予測は? 温室効果気体の影響は? 成層圏突然昇温との関係は? QBO,ENSOとの関係は? 太陽活動の影響は?

参考文献・ホームページ EOF解析 多変量統計解析法、田中豊・脇本和昌著、現代数学社 北大の見延先生のホームページ (http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~minobe/index.html) Univ. of Washington のHartmann 先生のホームページ (http://www.atmos.washington.edu/~dennis/atms211.html) North et al., Sampling Errors in the Estimation of Empirical Orthogonal Functions, Mon. Wea. Rev., 110, 699-706, 1982. Dommenget and Latif, A Cautionary Note on the Interpretation of EOFs, J. Climate, 15, 216-225, 2002.

AO, PNA, NAO, AL-IL seesaw Thompson and Wallace, The Arctic Oscillation signature in the wintertime geopotential height and temperature fields, Geophys. Res. Lett., 25, 1297-1300, 1998. 北大の白石氏の卒論 (http://www.ep.sci.hokudai.ac.jp/~poc/sotsuron_page/sotsuron_page.html) JISAO Climate Data Archive (http://www.jisao.washington.edu/data_sets/) Marshall et al., North Atlantic Climate Variability: Phenomena, Impacts and Mechanisms, Int. J. Climatol., 21, 1863-1898, 2001. (http://paoc.mit.edu/paoc/papers/atlantic.pdf から取得可能) CPC: Monitoring and Data (http://www.cpc.ncep.noaa.gov/data/teledoc/telecontents.html) Interannual Seesaw between the Aleutian and Icelandic Lows (http://w3.frontier.esto.or.jp/d1/contents/paper/hop1.html)

AOはフェイク? 伊藤久徳、見かけの北極振動の再考察、2003年度春季気象学会予稿集、p.70. Itoh, True versus apparent arctic oscillation, Geophys. Res. Lett., 29(8), 10.1029/2001GL013978, 2002. Wallace and Thompson, The Pacific Center of Action of the Northern Hemisphere Annular Mode: Real or Artifact?, J. Climate, 15, 1987-1991, 2002. Christiansen, On the physical nature of the Arctic Oscillation, Geophys. Res. Lett., 29(16), 10.1029/2002GL015208, 2002.

AOシグナルの下方伝播 Baldwin and Dunkerton, Propagation of the Arctic Oscillation from the stratosphere to the troposphere, J. Geophys. Res., 104, 30937-30946, 1999. Plumb and Semeniuk, Downward migration of extratropical zonal wind anomalies, J. Geophys. Res., 108(D7), 10.1029/2002JD002773, 2003. Kuroda and Kodera, Role of planetary waves in the stratosphere-troposphere coupled variability in the northern hemisphere winter, Geophys. Res. Lett., 26, 2375-2378, 1999.