ワークショップ: 新しい音声バリエーションの研究 ~日本における社会音声学の確立をめざして~ 社会音声学の視点

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ワークショップ: 新しい音声バリエーションの研究 ~日本における社会音声学の確立をめざして~ 社会音声学の視点 ワークショップ: 新しい音声バリエーションの研究 ~日本における社会音声学の確立をめざして~ 社会音声学の視点 高野 照司 北星学園大学 stakano@hokusei.ac.jp 社会言語科学会 第18回研究大会 2006年8月27日 於 北星学園大学

なぜ 今 社会音声学なのか 1990年代以降、特に英米基盤の変異理論内で独自の発展・進化 その学問的背景は? その“独自性”とは? なぜ 今 社会音声学なのか   1990年代以降、特に英米基盤の変異理論内で独自の発展・進化 その学問的背景は? 変項の指標性(indexicality)・社会性の重視 音声分析ソフトの普及と分析スコープの拡張 その“独自性”とは? (音声の産出上の変異のみならず)変異の知覚研究 (特に母語習得研究を通して)言語理論全般への貢献 音声変異の分析データに関わる洞察

NYC英語の(r)変異 (Labov 1966)

(背景 その1) 変項の指標性(Indexicality)・動的解釈 Labov(1963): アメリカMartha’s Vineyard島における母音(ay,aw)の中舌化(ɘy,ɘw)  島民アイデンティティーを指標するもの Trudgill(1983): Beatlesの楽曲における母音後/r/、母音間/t/の通時的変異  発話応化(Accommodation)   Acts of Identity (Le Page & Tabouret-Keller 1985)      初期(~’65):/r/や/ɾ/の多用 = 「モデル」(アメリカ人ロックンローラー)への同一化、      「アメリカ市場」を意識 中期~後期:/r/や/ɾ/の不使用 = 市場を席巻・独自性の指標 Eckert(1988,2000): 米国中西部在住の高校生による母音の円唇化・上昇 (/ʌ//ɔ/や/u/)  Community of Practice(実践する共同体)   若者集団が個別の所属集団(BurnoutsとJocks)への所属や忠誠心を指標するもの Rickford & Eckert (2001): スタイルと話者の・・・・  母語話者による「知覚」への関心

分析ツールの (背景 その2) 音声ソフトの普及と分析スコープの拡張 分析ツールの (背景 その2) 音声ソフトの普及と分析スコープの拡張 音声分析ツールの汎用   ・聴覚のみによる主観的分析からより客観的かつ緻密な検証          が可能に 分析対象となる音声変項の種類の拡張   ・(特に英語において)母音のみならず子音変異の分析も ・聴覚のみでは判断不可能な音声特徴をターゲットに    ・分節音のみならず、超分節音やパラ言語的音声   本ワークショップ:ピッチの世代差、発話スピードの時代変遷 ※ 日本の実験室音声学研究では盛ん(ピッチ、時間長、丁寧さ、等)

分析ツールの 音響音声学的手法による 音声プロフィール 分析ツールの 音響音声学的手法による 音声プロフィール ● 語中子音/t/(daughter):Newcastle方言 (Foulkes 2005) 完全な閉鎖  開放 完全な閉鎖なし+ 子音軟化・ 声門狭窄(きしみ声) 男>女 子音軟化および 声門狭窄の開放 男>女 老年男性特有

(独自性 その1) 音声変異の「産出」から「知覚」研究へ (独自性 その1) 音声変異の「産出」から「知覚」研究へ 1990年代以前の変異理論   ・・・圧倒的に言語産出上の変異がターゲット 変異研究自体、研究者の主観、即ち、「知覚フィルター」を通して行われている ・・・知覚は一様か、確かか? 変異産出(Production) =/= 変異知覚(Perception) 変項の社会性・指標性の重視   ・・・母語話者の認識は?解釈は妥当か? 音声合成の活用

(独自性 その1) 音声変異の「産出」から「知覚」研究へ (独自性 その1) 音声変異の「産出」から「知覚」研究へ 5領域 (Thomas 2002) 話者の出身地(特定の地域方言)や社会的背景(年齢、社会階層、人種など)の判別 聴き手の固定観念が音声知覚に与える影響 特定音声に対する偏見・固定観念 ------------------------------------------------- 聴き手自身の方言が音声知覚に与える影響(少数) (特に英語において)母音の分裂および合併に関する知覚     いくつかの重要な社会言語学的洞察

(独自性 その1) 音声変異の「産出」から「知覚」研究へ (独自性 その1) 音声変異の「産出」から「知覚」研究へ 1) 音声変異の知覚は聴き手の生活経験・ステレオタイプと密接に関係 例1) ピッチ曲線(Fo)による黒人英語の判別(Foreman 2000) 例2) 二重母音[au](e.g., about)と話者の出身地(Detroitと Canada) 例3) 子音[s]~[ʃ]変異と話者の性別を判別(+視覚的刺激) ・・・ 音声の知覚は純粋に音声信号のみからなされるのではなく、     多分に社会的要因(生活経験や既成概念など)に左右され     る。   ・ 発話(特に音声)の受信および処理は、社会的情報      と切り離して達成されるわけではない    ・ 社会的情報を排除した言語処理理論(言語モジュー ル一辺倒の)への重要な示唆

(独自性 その1) 音声変異の「産出」から「知覚」研究へ (独自性 その1) 音声変異の「産出」から「知覚」研究へ 2) 音声変異は単なる物理的信号の差異ではなく、何らかの弁別的な非言語的情報を聴き手に運ぶ (=指標性の実証)  例1) Matched guise experiment 例2) 高野&太田(2005、2006):     日本語ピッチの世代差と母語話者の知覚

(独自性 その2) 言語理論構築への貢献~言語知識とは?~ (独自性 その2) 言語理論構築への貢献~言語知識とは?~ 母語獲得段階にある幼児は、インプット内の音声変異をどのように処理するのか 英国Newcastle方言 における語末/t/前 気息音化 若年女性による進行中のイノベーション “kite” (Foulkes 2005)

(独自性 その2) 言語理論構築への貢献~言語知識とは?~ (独自性 その2) 言語理論構築への貢献~言語知識とは?~ Newcastle方言における音声指標(“若年女性”)を三歳くらいから獲得し始める 多様なインプットへの接触、生活経験から育まれた音声的指標の認識と習得 言語知識 =認知モジュール +社会モジュール (Foulkes 2005)

(独自性 その3) 分析データに関わる洞察 音声変異研究おける方法論上の難題 (独自性 その3) 分析データに関わる洞察 音声変異研究おける方法論上の難題 (社会的次元を無視した)音声研究の圧倒的大多数は、人工的タスク(単独文の読み上げや朗読など)による産出データ 誰が被験者として適当か? 自然発生的談話における“自然”音声の「真の姿」から乖離 “自然”な音声は極めてダイナミックで変幻自在(左グラフ参照) Newcastle方言の語中/p,t,k/の喉頭化(きしみ声化) (Foulkes & Docherty, to appear)

(独自性 その3) 分析データに関わる洞察 変異理論からの示唆 “典型的話者”という前提なし、ランダムサンプリング (独自性 その3) 分析データに関わる洞察  変異理論からの示唆 “典型的話者”という前提なし、ランダムサンプリング Vernacular(日常語)Principle 異なるスタイル(コンテクスト)からの産出データを分析、複合的な視野から音声のダイナミズムを見極める サブグループ間での比較ができるように、共通の「コンテクスト」を設定し、そこで発生する自然談話を分析資料に  高野・太田(準備中):絵物語の描写とそのリコール   タスク

引 用 文 献 Eckert, P. (1988). Adolescent social structure and the spread of linguistic change. Language in Society 17:183-207. ________. (2000). Linguistic Variation as Social Practice. Oxford: Blackwell. Eckert, P., & Rickford, J. (2001). Style and Sociolinguistic Variation. Cambridge: University Press. Forman, C. G. (2000). Identification of African-American English from prosodic cues. Texas Linguistic Forum 43: 57-66. Foulkes, P. (2005). The Social Life of Phonetics and Phonology. Plenary address at the 5th UK Language Variation and Change Conference, University of Aberdeen. Foulkes, P., & Docherty, G. (to appear). The social life of phonetics and phonology. Journal of Phonetics. Labov, W. (1963). The social motivation of a sound change. Word 19: 273-309. _______. (1966). The Social Stratification of English in New York City. Washington, DC: Center for Applied Linguistics. _______. (1972). Sociolinguistic Patterns. Philadelphia, PA: University of Pennsylvania Press. Le Page, R.B., & Tabouret-Keller, A. (1985). Acts of Identity. Cambridge: University Press. 高野照司・太田一郎. (準備中).科学研究費補助金 基盤研究(C)(1) (No. 16520284) 「日本語音声のピッチ平坦化現象に関する社会言語学的研究 ~北海道方言・鹿児島方言を分析資料として~」 報告書. Thomas, E. R. (2002). Sociophonetic applications of speech perception experiments. American Speech 77(2): 115-47. Trudgill, P. (1983). Acts of conflicting identity. In On Dialect: Social and Geographical Perspectives. Oxford: Blackwell. Pp. 141-160.