メンタルレキシコンの学習:子どもはどのように単語の 意味を学習するか

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メンタルレキシコンの学習:子どもはどのように単語の 意味を学習するか

子どもはことばをどのように おぼえるか 親が教えてそれを模倣する? ほめられようとしてことばを覚える? 何度も何度も繰り返し教えられてはじめて覚える? 何度も間違いを直されて覚える?

ことばの学習のパラドックス ことばの内包をもたず、状況中の手がかりのみからことばの指示対象を同定し、その外延範囲を決定することは論理的には不可能に近い それにもかかわらず子供はことばの一事例を与えられただけで即座ことばに意味付与をしている。

カテゴリーの推論 「リンゴ」 「どれがリンゴ?」 ことばを学習するのにどうして推論が必要なのでしょうか?子どもはことばを辞書の定義で教えられて学習するわけではありません。ことばが使われるのを観察し、自分で意味を推論します。例えばある対象が「リンゴ」だと教えられたら対象とことばの連合のみで「リンゴ」という語の意味が学習できるか、というとそうではありません。リンゴという語の意味がわかる、ということは他のどの対象がリンゴで他のどの対象がリンゴでないかを判断できなければなりません。つまり、カテゴリーを推論することが必要とされるのです。 しかし、この推論とともにことばの学習のためにはより基本的な推論機構が必要です。

ことばの意味の二側面 「内包」と「外延」 外延:当該のことばの指示対象の集合     内包によって決定される 内包:当該のことばが指示する概念

外延と内包の関係 内包は外延の成員の共通性から帰納される 外延は内包によって決定される

ことばの学習のパラドックス ことばの内包をもたず、状況中のてがかりのみからことばの指示対象を同定し、その外延範囲を決定することは論理的には不可能 それにもかかわらず子供はことばの一事例あるいは少数の限られた事例を与えられただけで即座にことばに意味付与をしているようにみえる。

こどもはどのように初めて遭遇することばの意味の推論をしているのだろうか?

子供が語に意味を推論するためにしなければならないこと ことばが発せられた状況下でことばの指示対象を正しく同定する 覚えたことばを他の事物に般用できる。(他のどの事物にそのことばが適用でき、どの事物に適用できないかを正しく判断することができる。)

指示対象を同定し、般用するためには… まず、当該の語がどのような種類(品詞)の語であるかどうか決定できなければならない 各々の品詞がイベント中のどの要素に対応するのかがわからなければならない 何に基づいて般用がされるのかがわからなければならない これらのことを暗黙の知識として子どもは持っている。ただし意識的にはわからない

名詞、動詞、形容詞の意味 名詞と動詞では指示する概念の種類、般用の基準が大きく異なる 名詞→事物 動詞→行為や関係 形容詞→モノの属性

(事物)名詞の特徴 環境から「切り出されている」 時空間的に恒常性を持つ 階層構造を持つ

動詞の特徴 指示対象が環境中で切り出させれていない 時間軸に沿ってダイナミックに変化 モノとモノとの関係を指示する →モノは変数

形容詞の特徴 観察できるのはモノ モノには様々な属性があるが、形容詞が指すのはそのひとつだけ 般用はモノに関わりなく、属性の同一性を基準にして行う

子どもは名詞の意味をどのように学習しているか

日本語における名詞学習の問題 日本語の場合、名詞の中の種類が文法的に指標されない →固有名詞対普通名詞、物質名詞対物体名詞が形態としては区別されない 文法的手がかりの欠如は日本人幼児の名詞の語意推論に影響を与えるのか?(つまり欧米の子どもに比べ、日本人の子どもは名詞の学習が困難なのか?)

知らない人工物についた 新しいことば

知らない動物についた 新しいことば

未知の事物につけられた未知の名詞の般用 幼児は対象が動物(つまり固有名詞がつきやすいもの)でも人工物でも、まず新しい名詞は普通名詞と想定する。 色やサイズ、素材の違いは無視して形の類似性にしたがって般用する。(形状類似バイアス)

物質の名前と物体の名前 日本人幼児は物質と物体を区別する文法的手がかりなしで、物体名と物質名では異なる般用の基準を適用しなければならないことを理解しているか? 物体→全体の形状の類似性 物質→形状は無関係、物質の同一性に注目

Imai & Gentner, 1997

Imai & Gentner, 1997

ただしこのようなモノが命名対象の場合、モノの見方が言語で違う

2歳になったばかりの子どもでも、アメリカ人幼児と同様に物質名と物体名に対して異なる(そして正しい)般用の基準を用いることができた。 しかし、単純な形の物体にラベルが付与されたときには日本語話者と英語話者で、大きな違いがあった

日英話者の違いは何を意味するのか 日本人の子どもは結局、存在論的理解をもたず、形、素材という知覚できる属性の目立つほうが同じモノを選んでいたに過ぎないのか 日本語話者、英語話者のラベル般用の違いは、「モノの認識の違い」を反映するのか、それとも、「ラベル付与と般用の方略の違い」を反映するのか

言語課題でなくても日英話者の違いは見られるのか 日本語話者、英語話者4歳児と成人に非言語カテゴリー形成課題 「同じものをとって」

成人はラベル般用と非言語カテゴリ形成課題での行動がまったく一致 子どもは2つの課題での行動が大きく異なる

ラベル般用 非言語カテゴリ形成

英語話者に文法カテゴリ情報つきでラベルを与えたら Ambiguous syntax “Look at this dax. Can you find the dax? Count syntax “Look, this is a dax. Can you find another dax?” Mass syntax “Look, this is some dax. Can you find some more dax?”

文法情報が曖昧な場合と可算文法条件での反応がほぼ同じ 英語話者の形への注目度が強いのは、曖昧なモノを「可算名詞で現される物体(object)」と考えるからではないか

日本人は存在論的制約に従って名詞の般用をしているのか 物質とみなすか物体とみなすかが曖昧なモノのときの日本人の反応 →もしかしたら日本人は単により目立つ属性が同じのほうを選んでいただけかもしれない

名詞語意の存在論的制約 名詞は「この種類の物体あるいはこの種類の物質」という離接的(disjunctive)なカテゴリーは指さない 形と素材が同時に般用の基準にならない ANDはOK 〔この形、かつ、この素材) ORはダメ{この形あるいはこの素材) この決まりを日本人の子どもが理解しているか

ラベル般用条件 ネケをみんなとって 非言語カテゴリ形成条件 これと同じのをみんなとって

それぞれのテストアイテムの選択数

存在論的制約に従った反応(*)の割合 Complex Simple Substance Average across three trial types Word extension 0.91 (0.20) 0.86 (0.31) 0.85 (0.17) 0.87 (0.17) No-word classificationa 0.55 (0.50) 0.57 (0.44) 0.36 (0.42) 0.49 (0.26) * 形、素材刺激のどちらか一方しか選択しない

今日のまとめ 名詞語意の学習にとって、概念的制約の役割は非常に大きい 文法クラスの情報の有無はモノの「みなし方」に影響を与えるが、文法クラスの情報がなくても概念知識を制約に使い、子どもは名詞語意を苦もなく学習する