【はじめに】 血圧や血糖値のコントロール、又は心臓病やてんかん等の発作を防止するための薬物治療は、長期かつ継続的に薬剤を使用する場合が多く、治療の成否は患者のアドヒアランスが大きく関わる。 患者の状態や生活環境によっては、患者の家族等、現に看護している者の協力を必要とする場合がある。このような場合、薬局の薬剤師はどのような対応を行うことができるかについて、てんかん治療中であった成人男性が起こした交通事故において、その母親にも損害賠償責任があるとされた裁判例を基に考察する。

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【はじめに】 血圧や血糖値のコントロール、又は心臓病やてんかん等の発作を防止するための薬物治療は、長期かつ継続的に薬剤を使用する場合が多く、治療の成否は患者のアドヒアランスが大きく関わる。 患者の状態や生活環境によっては、患者の家族等、現に看護している者の協力を必要とする場合がある。このような場合、薬局の薬剤師はどのような対応を行うことができるかについて、てんかん治療中であった成人男性が起こした交通事故において、その母親にも損害賠償責任があるとされた裁判例を基に考察する。

【事件の概要と判決】  Aは、医師に治療薬を服用しなければ、てんかん発作が起こること、自動車の運転は危険であることを強く注意されていたが、日常的に治療薬を処方箋通りに服用せずてんかん発作を繰り返していた。  本件事故の前日もAは治療薬を服薬せず、クレーン車運転中の発作による交通事故により、児童6人(当時、9~11歳)を死亡させた。  Aの母親はAが日常的に服薬不良であり、発作を繰り返していたことを知っており、事故当日の朝にAが前夜の服薬を怠っていたことを認識していた。  裁判所は、A、母親及びAの勤務先とともに総額約1億2000万円の支払いを命じ、この事故の責任はAの母にもあるとした。 (平成25年 4月24日 宇都宮地裁、判タ 1391号224-240頁)

【母親が責任を問われた理由】 母親はAのてんかん発作発生の状況や治療薬を服薬しない場合の危険性を知りながら、Aの服薬不良や自動車運転等を認めており、この事件以前にもAが起こした交通事故の原因がてんかんの発作が原因ではないと嘘をついていた。これは、Aのてんかん発作の危険性を共に負担すると意味する。 事故当日の朝もAが治療薬を服用しておらず、自動車運転中に発作の危険があることを知りながら、容易であった勤務先への連絡を行わなかったのは、事故回避ための通報義務違反であるとした。

【得られた教訓】 本裁判例は、母親の我が子可愛さの行動が、結果として他者に危害を加えることとなった事例であり、患者本人と母親の責任を認めたものである。精神疾患の治療や意識障害を起こすことがある薬剤の使用において、家族等の協力が必要な場合があるが本件の母親の様な行動は決して、治療への協力とはいえない。 薬局での医薬品・薬剤に対する情報提供・薬学的指導は、使用者だけでなく他者に対する安全を確保するために必要であり、患者からの情報の聞き取りなどから総合的に判断し、その都度その結果を確認すべきものであると考える。

【薬剤師への当てはめ】 長期の薬剤の使用により病状が良好にコントロールされている患者に対して、継続的な薬剤使用の重要性と自己判断による使用調整が病状の悪化を招き、本人のみならず他者に不利益を与えることを防げるよう指導し、その理解度を確認する必要がある。 しかし、認知症が疑われる高齢者が自ら自動車を運転して来局する例もあり、患者本人のみならず家族や看護者へも継続的服薬の見守りなどの協力依頼や服薬不良の危険性についての情報提供・指導する必要であると考える。

【薬局での質問の要点】 処方箋を持参する患者のADL 本人対応:理解力不足の有無 自己の疾病・症状に対する理解度 服薬の理由と重要性 不具合の確認 など 家族・介護者対応:他覚的症状等 他覚的患者の症状と変化・認知度 患者の訴えの内容 介護者としての訴え(生活面) など

症例1:本人対応例 60代男性 脳こうそくの既往あり S: 便をした時に、薬がそのまま出てくる。効いていないんじゃないの? O: てんかん発作予防にて、デパケンR200 5錠(2-0-3)を服用中 A: 徐放性製剤であるデパケンRのゴーストタブレットが便中に見えた様。 そのため、薬が効いていないと思われている。ゴーストタブレットの意味と、シックデイの対応を説明。 P: 薬の徐放性を保つための構造=薬のカラが便として出てくることを説明。合わせて下痢をしているときは効果が落ちる場合があることも説明。

問題解決への提案 一定の血中濃度が必要な薬では、患者の服薬行動が必須である。 しかし、患者に不安がある中での服薬はノンコンプライアンスにつながる恐れがあるため、患者自身が納得して服用を続けられるような服薬指導が必要である。 そのためには、薬の飲み合わせや服薬出来なかった時の対応、シックデイの対応など、どうしたらよいかを自分で判断し実践できるような指導が必要になってくる。

症例2:家族・介護者対応例 80代女性 老人介護施設入所中 S: 家族受け取り むくみが出てきてしまったため薬が増えました。普段は施設で生活しているので薬は届けるだけです。 O: むくみ有。施設入居中。 A: 利尿剤服用により排尿回数が増え、立ち上がりや移動による転倒リスクが増えることが考えられる。血圧低下も起こる可能性があるため、直接介護する者に状態を把握してもらう必要がある。 P: 薬情、お薬手帳に「むくみが取れることで血圧も下がるため朝の移動時は手を引くなどの介助を。トイレの回数も増えます。」の記入。家族には施設職員に見せるよう依頼。

問題解決への提案 薬局窓口では必ずしも本人、または直接介護する者が薬を取りにくるとは限らない。そのため、薬剤師が発信した情報・指導の内容が患者・介護者に正確に伝わらない可能性があり、患者の不利益となることが危惧される。 それを防止するためは、薬情やお薬手帳を利用し、受取人から患者・家族等に文字にして視覚的に伝え、かつ口頭でも伝えてもらうことで、記憶にも記録にも残り、正確な情報が伝わるものと考えられる。 どう伝わるかを配慮したうえで、どう伝えるかについても工夫が大切であると考える。

フォローアップの重要性 薬剤の交付時、医薬品の販売時に十分な説明と懇切丁寧な薬学的指導を行ったとしても、実際にこれが実行されているか、不具合などの発生等があったかなどの結果の確認は必須である。 服薬不良や不具合があったときは、「なぜ」や「どのような」などの質問により具体的な内容を収集し、それを解決するための薬学的指導がさらに必要となる。 これらは薬歴を基に検討・考察するものであり、記録の重要性は言うまでもない。

医薬品医療機器等法の規定 医薬品医療機器等法では、開設者が薬剤師に行わせる義務として、調剤した薬剤への情報提供・薬学的指導義務及び相手が内容を理解できたかどうかの確認を義務づけている。 さらに、指導ができない又は薬剤の適正な使用を確保することができないと認められるときは当該薬剤を販売し、又は授与を禁止している。 これらの規定は薬剤師による薬剤に対する情報提供・薬学的指導が患者と他者の安全を守るための行為義務を意味することを心しなければならないであろう。

国民への薬教育の担当者として また、医薬品医療機器等法第1条の6では、 国民は、医薬品等を適正に使用するとともに 、これらの有効性及び安全性に関する知識と 理解を深めるよう努めなければならない。 として、国民に医薬品等の適正使用と薬に対し て知識と理解を深めることを努力義務とした。 この国民の努力義務に対して、薬剤師は教育 及び薬学的指導の責務を負う者であり、これら を通じて国民の健康な生活を守るための日常 業務であることを再確認すべきだと考える。