松岡 久和(京都大学大学院法学研究科教授) matsuoka@law.kyoto-u.ac.jp

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Presentation transcript:

松岡 久和(京都大学大学院法学研究科教授) matsuoka@law.kyoto-u.ac.jp 2014年9月13日・14日 民法改正案の概要 第13回中日民商法研究会 ── 中間試案から要綱仮案へ はじめに Ⅰ 改正の理由と対象 Ⅱ 改正の取組みの現状 Ⅲ 改正案の概要 おわりに 松岡 久和(京都大学大学院法学研究科教授) matsuoka@law.kyoto-u.ac.jp

はじめに ↓ 朝日新聞  ↑ 毎日新聞  8月27日朝刊

Ⅰ 改正の理由と対象 1 改正の諮問 諮問88号(2009年10月28日) Ⅰ 改正の理由と対象 1 改正の諮問 諮問88号(2009年10月28日)  「民事基本法典である民法のうち債権関係の規定について、同法 制定以来の社会・経済の変化への対応を図り、国民一般に分かりや すいものとする等の観点から、国民の日常生活や経済活動にかかわ りの深い契約に関する規定を中心に見直しを行う必要があると思わ れるので、その要綱を示されたい。」

Ⅰ 改正の理由と対象 2 改正の必要性 ①国民にわかりやすい民法 判例準則の明文化 不明確な条文の明確化 Ⅰ 改正の理由と対象 2 改正の必要性 ①国民にわかりやすい民法   (透視性・一覧性の向上)      ←特別法と判例準則など民法の条文からは容易 にわからないルール 判例準則の明文化 不明確な条文の明確化 書かれていない前提・原則・定義を示す

Ⅰ 改正の理由と対象 2 改正の必要性 ②社会・経済の変化への対応 Ⅰ 改正の理由と対象 2 改正の必要性 ②社会・経済の変化への対応   ←民法(財産法)は118歳!2004年の現代用語化の改正 は根保証規定の新設以外、内容に及ばない形式的改正    ←世界各国の21世紀民法制定の動き

Ⅰ 改正の理由と対象 2 改正の必要性 ③国際的な取引ルールとの整合性 Ⅰ 改正の理由と対象 2 改正の必要性 ③国際的な取引ルールとの整合性   ←国際物品売買契約に関する国際連合条約(CISG)、ヨー ロッパ契約法原則(PECL)、ユニドロワ国際商事契約原則 (PICC)、共通参照枠草案(DCFR)などによる国際的なルー ルの平準化の動き    日本再生戦略の一環としての位置づけも

Ⅰ 改正の理由と対象 3 改正の対象 契約法(第3編第2章) 債権総則(第3編第1章) 民法総則の中の契約と深い関係のある部分 Ⅰ 改正の理由と対象 3 改正の対象 契約法(第3編第2章) 債権総則(第3編第1章)   第3編のうち契約以外から債権が生じる場合(第3章 ~第5章)を除く 民法総則の中の契約と深い関係のある部分   第1章・第2章の一部・第5章~第7章

Ⅰ 改正の理由と対象 合計約370条程度 =財産法(第1編~第3 編)の約半分強 第8章 先取特権 第9章 質権 第1章 通則 Ⅰ 改正の理由と対象  第1編 総則(第1条~第174条の2)   第8章 先取特権   第9章 質権   第1章 通則   第10章 抵当権   第2章 人   第3章 法人  第3編 債権(第399条~第724条)   第4章 物   第5章 法律行為   第6章 期間の計算   第2章 契約   第7章 時効   第3章 事務管理   第4章 不当利得  第2編 物権(第175条~第398条の22)   第5章 不法行為   第1章 総則   第2章 占有権 合計約370条程度   第3章 所有権   第4章 地上権 =財産法(第1編~第3 編)の約半分強   第5章 永小作権   第6章 地役権   第7章 留置権

Ⅱ 改正の取組みの現状 1 長い準備期間 1990年代から学会はウィーン条約や各国の民法改正動向に関心 Ⅱ 改正の取組みの現状 1 長い準備期間  1990年代から学会はウィーン条約や各国の民法改正動向に関心  2003年・2004年改正を機に学者レベルの研究が本格化  2008年 民法改正研究会・日本私法学会シンポジウム     金山直樹編『消滅時効法の現状と改正提言』     椿寿夫ほか編『民法改正を考える』  2009年 民法改正研究会編『民法改正 国民・法曹・学会有志案●仮 案の提示』 民法(債権法)改正検討委員会編『債権法改正の基本方針』       内田貴『債権法の新時代』

Ⅱ 改正の取組みの現状 2 法制審議会民法部会の発足 2009年11月 法制審議会民法(債権関係)部会を設置 Ⅱ 改正の取組みの現状 2 法制審議会民法部会の発足 2009年11月 法制審議会民法(債権関係)部会を設置 委員19名、幹事19名、関係官(法務省の実働部隊と各省庁から) 10名前後、傍聴者、事務担当者など80名規模の大会議 学者が19名と多く、裁判官・弁護士などの法曹関係者が14 名と次いで多く、経済界・労働界・金融界・消費者団体か らは委員5人 民法(債権法)改正検討委員会の主流のメンバーが16名と多 数を占める

Ⅱ 改正の取組みの現状 3 法制審議会民法部会の審議の方式 事務局(法務省の委員・幹事と関係官)が審議資料を提示し議 論 Ⅱ 改正の取組みの現状 3 法制審議会民法部会の審議の方式 事務局(法務省の委員・幹事と関係官)が審議資料を提示し議 論 3週に1回、1回約5時間の会議。予定議題が議論し尽く せないときは、予備日を使用   ※第2ラウンドでは3つの分科会で分担し議論の整理を行った。  法制審議会民法(債権関係)部会審議事項・部会資 料・議事録一覧は下記 url                http://www.moj.go.jp/content/000108370.pdf

Ⅱ 改正の取組みの現状 4 審議状況と予定 2009年11月 第1・2回・自由討論:改正の必要性や方向性等の議論 Ⅱ 改正の取組みの現状 4 審議状況と予定  2009年11月 第1・2回・自由討論:改正の必要性や方向性等の議論  2009年12月~ 第3~25回 第1ステージ:論点の抽出と基礎的議論  2011年4月 中間的な論点整理・第1回パブリック・コメント  2011年6月 第26~29回 関係業界ヒアリング  2011年7月~ 第30~71回 第2ステージ:改正対象の精選と方向性提示  2013年3月 中間試案・第2回パブリック・コメント →2013年5月~ 第72回~第96回 第3ステージ:要綱仮案に具体化  2014年8月26日 要綱仮案決定(約款部分を留保)  2014年内   約款部分を含めた要綱仮案完成  2015年1月頃  部会で要綱案確定  2015年2月頃 法制審の答申→法案→国会審議(夏頃?)       施行は制定・公布の1~3年以上経過後と予想

Ⅱ 改正の取組みの現状 中間論点整理:大項目63、小項目500弱 ↓ 論点の絞り込み Ⅱ 改正の取組みの現状 中間論点整理:大項目63、小項目500弱  ↓ 論点の絞り込み 中間試案:大項目46、小項目は240、本文78頁、概要と 補足説明付文書では本文544頁  ↓ 改正項目の精選 要綱仮案:大項目39、小項目199(約款の4項目を留保)  民法(債権法)改正検討委員会の提案からは相当乖離

Ⅲ 改正案の概要 改正提案のパターン(1) :難解・不要・不合理な規定の整理・合理化 Ⅲ 改正案の概要 改正提案のパターン(1)  :難解・不要・不合理な規定の整理・合理化  例 復代理人選任の責任、条件・期限の概念整理、短期消滅時効の 廃止、時効の中断・停止の再構成、危険負担の債権者主義、連帯 債務者の破産と債権届出、終身定期金の規定修正  検討点   ・現行規定のどこに問題があるか。   ・問題点を解消する方向に説得力のある異論がないか。   ・新たな文言をどのように定式化するか。

Ⅲ 改正案の概要 改正提案のパターン(2) :確立した判例準則の条文化 Ⅲ 改正案の概要 改正提案のパターン(2)  :確立した判例準則の条文化  例 現代型暴利行為、動機の錯誤、惹起された錯誤、代理権濫用、 表見代理の重畳適用、遅滞中の履行不能、代償請求権、債権者代 位権・詐害行為取消権、将来債権譲渡、組合代理、和解と錯誤    検討点   ・説得力のある異論がないか。   ・当該事案を離れて抽象化・一般化できるか。   ・判例の用いた文言どおりでよいか。

Ⅲ 改正案の概要 改正提案のパターン(3) :欠けている規定の新設 検討点 ・判例・学説に問題処理について大筋での合意があるか。 Ⅲ 改正案の概要 改正提案のパターン(3)  :欠けている規定の新設  例 意思無能力を理由とする無効、不実表示の錯誤への取り込み(惹起され た錯誤)、無効な法律行為の清算、債務引受、契約上の地位の移転、契約 の基本原則、契約交渉段階での義務、契約の解釈、約款、事情変更の法理、 不安の抗弁権、継続的契約の一般ルールなど  検討点   ・判例・学説に問題処理について大筋での合意があるか。   ・規定を新設する必要があるか。   ・文言をどのように定式化するか。

Ⅲ 改正案の概要 改正提案のパターン(4) :新しい考え方への変更 Ⅲ 改正案の概要 改正提案のパターン(4)  :新しい考え方への変更  例 消滅時効の再構成、変動制法定利率、契約責任の基本的な考え方、金銭債務の特 則、契約解除の要件、危険負担の債務者主義の抗弁権構成、個人保証の制限、債 権譲渡の対抗要件、担保責任の再構成、消費貸借など要物契約の諾成契約化など 検討点   ・考え方の変更によって具体的にどのような結論の違いが出るか。   ・考え方の変更について大筋での合意があるか。   ・文言をどのように定式化するか。

おわりに 特別法と判例法による補充・展開のため、条文を読んでもわか らないルールが増えすぎていて、民法典の改正は不可欠。 改正案の多くは、従来の判例・学説が肯定してきたことを条文 化するもので、現状とあまり変わらない。言葉使いはむしろプ ロ向きを維持した感がある。 新しい考え方を採ろうとする改正案も、従来の議論を踏まえて おり、適用の結果自体は大きく変わらないものが少なくない。 意見対立の激しい問題の多くが脱落し、改正提案は、現行法か らの変化の幅がそれほど大きくない。 118年前の民法は、広範な比較法に基づいた当時の最新の民法 典で、その先進性に比べると今回の改正案はやや保守的。