Heidelberger Seminar WS14/5

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Heidelberger Seminar WS14/5 Kapitel 3 Die Institution namens Geständnis 1 告白という制度 1 Abs. 1  Geständnis, Sexualität, Wahrheit 告白、性、真理

Heidelberger Seminar WS14/5 Futon (蒲団、布団)

Heidelberger Seminar WS14/5 …その向うに、芳子が常に用いていた蒲団…と夜着とが重ねられてあった。時雄はそれを引出した。女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟の天鵞絨の際立って汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅いだ。 (田山花袋『蒲団』)

Heidelberger Seminar WS14/5 Was Karatani in Frage stellt: Dichotomie das, was geäußert werden sollte/das, was geäußert wurde das zu äußernde Selbst/das geäußerte ⇒die Vorstellung , dass das Selbst, das geäußert werden soll, der Äußerung vorgängig sei.

Heidelberger Seminar WS14/5 genbun itchi und Geständnis Wie die Institution des genbun itchi das Innen, das geäußer werden soll, konstituiert, konstituiert auch die Institution namens Geständnis das Innen, das wahre Selbst, das geäußert werden soll.

Heidelberger Seminar WS14/5 Bemerkung zur Übersetzung Gefühle als 心 (kokoro) Kokoro wird normalerweise mit Geist wie mind oder Herz wie heart übersetzt.

Heidelberger Seminar WS14/5 Aus der Bibel: ››Ihr habt gehört, daß zu den Alten gesagt ist: ›Du sollst nicht ehebrechen‹. Ich aber sage Euch: Wer ein Weib ansiehet ihr zu begehren, Der hat schon mit ihr die Ehe gebrochen in seinem Herzen.‹‹ (85) ⇒Die Institution namens Geständnis führt erst zur Entdeckung der Sexualität.

Heidelberger Seminar WS14/5 Michel Foucault schreibt: Nun bildete seit der christlichen Buße bis heute der Sex die privilegierte Materie des Bekennens. [...] Für uns verbinden sich Wahrheit und Sex im Geständnis mittels des obligatorischen und erschöpfenden Ausdrucks eines individuellen Geheimnisses. Diesmal aber ist es die Wahrheit, die dem Sex und seinen Manifestationen zugrundeliegt. (87) Verbindung der drei Momente Geständnis, Wahrheit und Sexualität

Heidelberger Seminar WS14/5 Abs. 3 Geständnis und Wille zur Macht Ein Linguist betont: daß die Jünglinge, die auf eine ››geistige Revolution‹‹ abzielten, Kinder aus ehemaligen Samurai-Familien waren, die das Shogunat verteidigt hatten, und nicht Bürgerliche. (91) ⇒ Nur in ihrem Krieger-Dasein können sie den Grund ihrer Selbstachtung finden.

Heidelberger Seminar WS14/5 Als Beispiel Uchimura Kanzo schreibt: Wie bereits geschildert, entstammte ich einer Kriegerfamilie, und Krieger verachten, [...] Pedanterien und Sentimentalitäten jedweder Art. [...] wir glaubten aber, es sei ehrenvoller, daß ein Mann von seinem Schwerte lebe. (92)

Heidelberger Seminar WS14/5 Das Christentum macht es möglich, durch den Verzicht auf den Status des Herrn zum Herrn zu werden. =Wegen der Institution namens Geständnis =nichts Verborgenes, die Wahrheit →Wille zur Macht hinter der Institution des Geständnisses

Heidelberger Seminar WS14/5 【第1節と第3節のまとめ】 日本近代文学のひとつのジャンルである私小説は、告白する私と告白された私が同一である点を批判されるが、この批判は告白制度そのもののもつ問題性を見逃している。言文一致体によって「内面」が作り出されるように、告白制度によって、告白されるべき「内面」が「真実の自己」として作り出される。しかもこの告白の内容は性に関するものである。

Heidelberger Seminar WS14/5 【第1節と第3節のまとめ】  フーコーおよび柄谷によれば、告白と真理と性の結合が、西洋近代を構成している。もちろんここで影響を及ぼしているのはキリスト教である。キリスト教を信仰することによって神に帰依し、性にかかわる「真実の自己」を告白することによって内面をもった近代的主体となることができる。この点で、告白制度の背後には権力への意志があるという指摘がなされる。 

Heidelberger Seminar WS14/5 【ロマン的イロニーと「真実の自己」の告白】 「フロイトの考えでは、ユーモアは、自我(子供)の苦痛に対して、超自我(親)がそんなことは何でもないよと激励するものである。それは、自分自身をメタレベルから見下ろすことである。しかし、これは、現実の苦痛、あるいは苦痛の中にある自己を――時には(三島由紀夫のように)死を賭しても――蔑視することによって、そうすることができる高次の自己を誇らしげに示すロマン的イロニーとは、似て非なるものだ。なぜなら、イロニーが他人を不快にするのに対して、ユーモアはなぜかそれを聞く他人をも解放するからである。」(82f.)

Heidelberger Seminar WS14/5 問題です。 1.柄谷は、私小説に対する批判が前提としている何を批判するのか? 2.田山花袋の『蒲団』と『聖書』に共通することは何か? 3.内村鑑三は、なぜキリスト教の信仰によって主体となることができるのか?