宇宙研1.3mφ望遠鏡用 GRB可視光分光観測装置 宇宙物理研究室 宮本智明 ~GRBを分光する~ 現在、宇宙研1.3mφ望遠鏡において人工衛星から送られてくるGRB(Gamma-Ray Burst:ガンマ線バースト)の位置情報に自動で反応し、観測を開始するシステムが完成している。しかし、GRBの明るさの変化だけでなく、その赤方偏移の大きさまでも測定してしまおうというのが分光装置を製作した主な目的である。 ・Lyman-α break ・赤方偏移(z)の決定方法 右図に示すように、GRBの残光は放射されてから間もなく銀河間を漂っている多数の水素ガスの中を通過する。この時残光は水素ガスに波長1215.67[Å]のLyman-αの光を吸収されながら通過することになる。zがわずかに異なる水素ガスが多数あるため、スペクトルには森のようなたくさんの吸収線が重なって見える。この吸収線群をLyman-α forestと呼び、その吸収群の終端をLyman-α breakと呼ぶ。 Lyman-α breakより長波長側では水素ガスの吸収がなく、GRB源で放射されたLyman-α輝線が観測されたと考えられるので、これを用いてzが決定できるのである。 Lyman-α break Lyman-α forest GRBは非常に遠方で起こるために、そのスペクトルは大きく赤方偏移し長波長側へシフトする。従って元の波長が1215.67[Å]で紫外線領域にあるLyman-α線が可視光領域に入ってくる。分光観測することによってそのLyman-α、正確にはLyman-α breakの波長を使用してGRBの赤方偏移の大きさ(z)を決定する。 右図のGRB000131を見てみると、Lyman-α breakやLyman-α forestが確認出来る。 VLT ANTUによって発生1週間後に3時間露光することで観測されたGRB000131の残光のスペクトル ~グリズム~ グリズム模式図 製作した可視光用グリズム グリズム(grism)とはプリズム(prism)と回折格子(grating)を組み合わせ、その設計次第で任意の次数、任意の波長を直進させることが可能な透過型直視分散素子のことである。 分散光が直進することで、光軸を曲げることなく分散素子を光学系に組み込むことができるので、非常にコンパクトな光学系にすることが出来る。 グリズムの原理を非常に簡単に説明すると、回折格子では0次光(分散しない)が直進し、その他の次数の光(分散光)は曲がって結像するが、グリズムはプリズムで光路を曲げ、分散光(のある波長)を直進させるようにしたものである。 ~分光システムについて~ ・光学系 ・機械系 GRBが突発天体であるために分光器の有無を迅速に切り替えれなければならないし、また位置情報には誤差があるため、CCDに写る全ての星を分光させなければいけないことなどの条件を満足するように分光器は設計されている。 分光器の有無を迅速に切り替えられるように、光学の世界では一風変わった収束光線の中に分光器を入れるという奇抜なアイディアを取り入れている。 また、全ての星を分光しなければならないことから、分散幅がある程度小さい必要があること、収束光に入れるということを考えて、分光器としてグリズムを採用している。 分光器を製作するにあたってこれらを格納する機械系も製作した。グリズムの有無はターレットを回転させることで行われる。ターレットの回転はPCによって完全に制御されており、将来的にはバーストメールに反応し、自動でグリズムの有無を切り替えることができるようになる予定である。また、グリズムの有無によって焦点距離が変わらないようにグリズム無しで観測する時は同じ光路長となるようなガラスを挿入して観測する工夫を行っている。波長較正(CCD上の位置を波長に変換する操作)を行うための狭帯域フィルター入れも製作し、グリズムの真上に取り付いている。 製作した機械系外観 グリズムの設計を行う際にはray-trace(光線追跡)ソフトを用いて望遠鏡の光学パラメータを入力してシミュレーションを行い、最良のものを設計した。 冷却CCDカメラ 凸レンズと凹レンズのダブレット 主に視野を広げ、球面収差と色収差をとっている CCD内にあるガラス メニスカスレンズ 主にコマ収差、像面湾曲をとっている グリズム 収束光線の中に入れてある 平行光線 (天体の光) この板の上にグリズムが 乗っている 狭帯域フィルター入れ ダミーガラス グリズム CCD検出器面 副鏡 ターレット 光線 ターレットの回転制御はPCで制御されている。 黒い筒状をした物が今回製作したグリズム・レンズ系を格納している機械系 視野を3.0[arcmin]から5.2[arcmin]に広げている グリズムによって光が分散されている 主鏡 ray-traceソフトによるシミュレーション 宇宙研1.3mφ望遠鏡光学系 設計値との違い ~グリズムの性能~ ・波長分解能 ・zの決定精度 Δλは波長λの単色光を入射させた時の結像面でのスポットサイズの大きさとなる。 設計では、宇宙研上空の典型的シーイングサイズθ=2[arcsec]、λは中心波長600[nm]を用いて、設計値の波長分解能を計算した。 設計するにあたり、光学系の収差によるスポットサイズはray-traceで知ることができるが、宇宙研ではシンチレーションによる星像のシーイングサイズのほうが大きくなってしまう。よって、波長分解能は星のシーイングサイズが大きく寄与することになる。 しかし、実際に観測してみると、波長600[nm]でのシーイングサイズは2.78[arcsec]であった。観測したのは冬であり、日本では冬シーイングが悪くなってしまうためである。そしてこれは設計値で用いたシーイングサイズの約1.4倍であるので、波長分解能は約1/1.4倍になるはずである。 実際に波長分解能は設計値の約1/1.4になっている。 赤方偏移の大きさzの決定精度は、元の波長を 、観測される波長を とすると、zの定義から、 ・設計値 ・実測値 材質 BK7 サイズ 33×33×13.5 [mm] 刻線数 200 [/mm] 直進波長 ※1 623 [nm] 分散幅(波長400~800[nm]) 4.80 [mm] (200 [pix]) 波長分解能(λ/Δλ、600[nm]において) 45.3 zの決定範囲 ※2 2.3≦z≦5.6 zの決定精度(Δz) ※3 0.052 は単色の光を入射させたときの結像面でのスポットサイズの標準偏差σである。よって、波長分解能の時と同じようにシーイングサイズが約1.4倍悪かったことから、設計値の約1.4倍になるはずであるが、実際に約1.4倍になっている。 分散幅 (波長400~800[nm]) 4.78 [mm] (199 [pix]) 波長分解能 (波長600[nm]において) 31.7 zの決定精度 ※4 0.078 以上より、製作したグリズムは設計値を満足している。 ※1 光軸に平行に入射した光線の場合 ※2 Lyman-α線を使い、波長400~800[nm]において観測した場合 ※3,※4 Lyman-α線を使用した場合 ~zの測定~ Hβ 実際に宇宙研1.3mφ望遠鏡を用いて非常に遠方の天体である、クエーサー:QSO3c273(z=0.158、12.8等級)の分光観測を行い、その赤方偏移の大きさzを計算した。 分散光はx、y方向にそれぞれ独立で対称的な2次元ガウス関数の形をしている星像が分散して集まったものと考えられるので、 は =7583 [Å] での分散方向に垂直な方向に一次元射影を取ったガウス関数のσとしてとることができる。 よってその値をみてみると、 [Å]であった。 Hα Hδ グリズム無し画像 グリズム有り画像 分散光 (1次光) Hα輝線 QSO3c273 Hβ輝線 従って、 以上より 0次光 QSO3c273 となる。 z=0.158であったので、観測結果は誤差の範囲内で正しく求められた。 QSO3c273のスペクトル ※光学系の効率は引いていない 位置-波長の分散関係 ところで、zの定義より 図は実際に1.3mφ望遠鏡で撮影した画像である。グリズム無しは60秒露光、有りは600秒露光の画像である。グリズムを通過後、分散光が直進していることがわかる。 また、Balmer系列のHα輝線やHβ輝線も確認できる。 ――― ① ここに値を代入すると、 最近発生し、金沢でも観測されたGRB030329の観測当初の等級は約13等級であり、このQSO3c273は12.8等級であることからGRBのzを決めることは十分可能であろう。 解析には600秒露光を6枚重ね合わせ、得られた分散光を一次元射影した。しかしこのままではCCD上の画素数;pixelと強度の関係がでてしまうので、pixelを波長に直す、波長較正を行わなければならない。 波長較正は中心波長が5320[Å]と7660[Å]の狭帯域フィルター2枚と恒星:EZCMaのHe輝線3つ:4686、6678、7281[Å]を用いて行った。この位置-波長の分散関係は上右図の通りで、スプライン関数を用いてフィッティングしてある。これを用いて波長較正を行った。 従って を得る。 次に誤差を計算する。 ①式より、 スペクトルデータを見てみると、Hα、Hβの輝線の他にHδ輝線が見えることもわかる。 このHα輝線をガウス関数フィットさせたピーク波長が観測波長 で、 [Å]である。また、元のHα線の波長 [Å] であった。 ――― ②