「行政法1」 administrative Law / verwaltungsrecht 担当:森 稔樹(大東文化大学法学部教授) Toshiki Mori, Professor an der Daito-Bunka Universität, Tokyo 行政上の義務履行確保 強制執行など
行政上の強制執行 行政法上の義務を負う者がその義務を履行しない場合に、行政主体が自らその義務の履行を図る制度。 これにより、行政主体は、義務者に義務を履行させ、または義務があったのと同一の状態を実現する。 参考:民事法における自力救済禁止の原則(例外は民法第720条)
行政上の強制執行の種類など 代執行(代替的作為義務のみ) 執行罰(砂防法第36条のみ) 直接強制(若干の法律においてのみ) 行政代執行法:一応の一般法(但し、執行罰と直接強制についての規定がない) 強制徴収(国税徴収法が一般法として扱われる) 強制執行には法律の根拠が必要である。 命令(行政行為)の法律の根拠≠強制執行の法律の根拠
代執行の意味と要件(1) 代替的作為義務を履行しない義務者に代わり、行政庁自ら、または第三者がこの義務の内容を実現し、行政庁が本来の義務者から費用を徴収する手段。 代替的作為義務:他人が本人に代わってなすことのできる作為義務 「法律」により直接成立する義務、または行政庁により命じられた行為(行政行為)によって命じられた行為の義務
代執行の意味と要件(2) 「他の手段によつてその履行を確保することが困難であ」ること 「その不履行を放置することが著しく公益に反すると認められる」こと 行政代執行法第2条にいう「法律」:法律の委任に基づく命令、規則および条例を含む。 ⇒条例が独自に代執行の可能な義務を作り出すことはできず、法律の委任を必要とする。 同第1条にいう「法律」:条例を含まない。
代執行の手続など 戒告(行政代執行法第3条第1項)=代替的作為義務の履行期限を定めた上で、その期限までに履行がなされない場合に代執行をなす旨の予告(文書)。 代執行令書による通知(同第2項。同第3項も参照) 代執行にあたる執行責任者の義務(同第4条) 費用の徴収方法(同第5条) 費用の強制徴収(同第6条第1項:「国税滞納処分の例によ」る)
参考:「例による」 「例による」=「ある法令の制度や規定を包括的に他の事柄に当てはめようとする場合」のこと〔吉田利宏『新法令用語の常識』(2014年、日本評論社)41頁〕。 「適用する」=「法令の規定を本来の対象に当てはめて効力を働かせること」〔吉田・前掲書28頁〕。 「準用する」=法令の規定を「当てはめる対象が本来の対象ではなく、類似する対象などで或る場合」のこと〔吉田・前掲書28頁〕。
代執行の論点 代執行に対する抵抗の物理的な排除=代執行への随伴機能⇒一定の実力行使を認める見解がある。 戒告および代執行令書による通知は、手続上で重要であり、要件を認定するものでもあるため、処分性が認められ、取消訴訟の対象となる。 代替的作為義務を課する行為→代執行手続中の行為という形で違法性の承継は認められない。 代執行が終了すると、戒告や代執行令書による通知についての取消訴訟の訴えの利益は消滅してしまう。→取消訴訟を提起することはできず、国家賠償請求訴訟によって適法性を争う。
強制徴収(1) 義務者が租税などの金銭債務を履行しない場合に、義務者の財産に実力を加えること(具体的には差押など)。 国税徴収法→他の法律により、租税債権以外の国または地方公共団体の金銭債権で、特別の徴収手続を必要とするものについて、国税徴収法に定められる滞納処分の例によって徴収する。 行政代執行法上の制度ではない。
強制徴収(2) 強制徴収が認められるもの=租税債権など、大量に発生し、迅速かつ効率的に債権を満足させる必要があるというもの 納税の通知(国税通則法第36条・第35条) ⇒督促(同第37条) ⇒差押(国税徴収法第47条第1項) ⇒財産の換価(同第89条以下) ⇒配当(同第128条以下)
執行罰 義務者に対し、義務(種類を問わない)が履行されない場合には一定額の過料を課すことを通告して間接的に義務の履行を促し、それでも義務の履行がない場合に過料を強制的に徴収する。 義務が履行されないままである場合には、過料の徴収を繰り返すことも可能である。 執行罰の根拠を条例(など)に置くことは許されない(行政代執行法第1条!)。 処罰ではないので、行政罰と併科することも可能である。
直接強制 義務者が義務を履行しない場合に、直接、義務者の身体または財産に実力を加え、義務の履行があったのと同じ状態を実現するもの。 義務の種類は問わない。 直接強制の根拠を条例(など)に置くことは許されない(行政代執行法第1条!)。 権力的な事実行為;即時強制と共通する 義務の履行を前提とする;即時強制と異なる
司法的執行の可否(1) 前提:法律により、行政上の強制執行が許されない場合には、裁判所に民事上の強制執行手続を求める。これに対し、行政上の強制執行が可能な場合には、基本的に、強制執行を行えばよい。 問題:金銭債権が関係する場合などには、敢えて強制執行を行わず、裁判所に民事上の強制執行手続を求めるほうがよいという場合も考えられる。
司法的執行の可否(2) 最大判昭和41年2月23日民集20巻2号320頁 農業災害補償法第87条の2が農業共済組合が組合員に対して有する債権について行政上の強制執行(強制徴収)手続を設ける以上、民事訴訟上の手段によって債権の実現を図ることは立法の趣旨に反する。 従って、農業共済組合連合会が組合員に対して民事訴訟を提起し、債権者代位権を行使することは許されない。
司法的執行の可否(3−1) 最三小判平成14年7月9日民集56巻6号1134頁 「行政事件を含む民事事件において裁判所がその固有の権限に基づいて審判することのできる対象は、裁判所法3条1項にいう『法律上の争訟』、すなわち当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られる」(最三小判昭和56年4月7日民集35巻3号443頁を参照)。
司法的執行の可否(3−2) 「国又は地方公共団体が提起した訴訟であって、財産権の主体として自己の財産上の権利利益の保護救済を求めるような場合には、法律上の争訟に当たるというべきである」。 「国又は地方公共団体が専ら行政権の主体として国民に対して行政上の義務の履行を求める訴訟は、法規の適用の適正ないし一般公益の保護を目的とするものであって、自己の権利利益の保護救済を目的とするものということはできないから、法律上の争訟として当然に裁判所の審判の対象となるものではな」い。
行政上の強制執行以外の手段(1) 氏名等の公表 私人の側に義務の不履行があった場合、または私人が行政指導に従わなかった場合に、その事実を一般に公表する。 公表自体には処分性が認められない→事前の差止請求か事後の損害賠償請求による権利救済が可能である。 給付拒否 何らかの事柄に関する私人の対応が適切さを欠いていると見られる場合に、生活に必要とされる行政サービスの供給を拒否し、それによって対応の是正を図る。あるいは、拒否を留保しておくことにより、私人の行動を規制する。
行政上の強制執行以外の手段(2) 課徴金 広義=罰金や公課を含む(財政法第3条)。 広義=罰金や公課を含む(財政法第3条)。 狭義=法の予定するところ以上の経済的利得(これが直ちに違法となるか否かを問わない)を放置することが社会的公正に著しく反する場合に課されるものをいう。 最三小判平成10年10月13日判時1662号83頁:独占禁止法第7条の2第1項に規定される課徴金が刑事罰(罰金など)と併科されうることは、憲法第39条に違反しない。
行政上の強制執行以外の手段(3) 加算税=租税法上の義務履行確保の手段 過少申告加算税(国税通則法第65条) 無申告加算税(同第66条) 過少申告加算税(国税通則法第65条) 無申告加算税(同第66条) 不納付加算税(同第67条) 重加算税(同第68条) 最大判昭和33年4月30日民集12巻6号938頁:追徴税(現在の加算税)と刑罰の併科は、憲法第39条に違反しない。
即時強制(1) 即時強制=義務の履行を強制するためにではなく、目前急迫の行政法規違反の状態を排除する必要上、義務を命ずる余裕のない場合、または、性質上義務を命じることによっては目的を達成しがたい場合に、直接、私人の身体または財産に実力を加え、これによって行政上の目的を実現することをいう。 即時執行=即時強制のうち、相手方に義務を課すことなく行政機関が直接に実力を行使して、もって、行政目的の実現を図る制度をいう。 即時強制・即時執行=法律の根拠を必要とする。
即時強制(2) 実力を加える対象 身体(警察官職務執行法第3条ないし第5条など) 身体(警察官職務執行法第3条ないし第5条など) 家宅・事業所など(警察官職務執行法第6条、国税犯則取締法第2条など) 財産(銃砲刀剣類所持等取締法第11条など) 警察官職務執行法の第3条〜第7条を参照すること。
即時強制と強制執行との違い 行政上の強制執行(とくに直接強制) 履行義務が存在することを前提とする。 直接強制は、法律のみを根拠としうる。 一応の一般法として行政代執行法がある。 即時強制 履行義務が存在することを前提としない。 直接強制と異なり、条例を根拠としうる。 即時強制に関する一般法は存在しない。