医事法 東京大学法学部 22番教室 nhiguchi@j.u-tokyo.ac.jp 樋口範雄・児玉安司 第5回2008年10月29日(水)15:00ー16:40 第5章 医師の応招義務 1) 医師の応召義務・診療義務とは何か。 2) なぜ医師には診療義務があるのか。なぜ弁護士に受任義務はないのか 参照→http://ocw.u-tokyo.ac.jp/
先回の補足 医師に対する行政処分 今後はどのような形であるべきか 現在、問題になっている医療安全調査委員会との関係(医療事故関連の処分のあり方)
行政処分の種類 医師法 第3条 未成年者、成年被後見人又は被保佐人には、免許を与えない。 行政処分の種類 医師法 第3条 未成年者、成年被後見人又は被保佐人には、免許を与えない。 第4条 次の各号のいずれかに該当する者には、免許を与えないことがある。 一 心身の障害により医師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定めるもの 二 麻薬、大麻又はあへんの中毒者 三 罰金以上の刑に処せられた者 四 前号に該当する者を除くほか、医事に関し犯罪又は不正の行為のあつた者 第7条 医師が、第3条に該当するときは、厚生労働大臣は、その免許を取り消す。 2 医師が第4条各号のいずれかに該当し、又は医師としての品位を損するような行為のあつたときは、厚生労働大臣は、次に掲げる処分をすることができる。 一 戒告 二 三年以内の医業の停止 三 免許の取消し 第7条の二 厚生労働大臣は、前条第二項第一号若しくは第二号に掲げる処分を受けた医師又は同条第三項の規定により再免許を受けようとする者に対し、医師としての倫理の保持又は医師として具有すべき知識及び技能に関する研修として厚生労働省令で定めるもの(以下「再教育研修」という。)を受けるよう命ずることができる。
医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案― 第三次試案 ―2008年4月 【行政処分】 (46) 医療事故は、システムエラーにより発生することが多いことが指摘されているが、医療事故に対する現在の行政処分は、医師法や保健師助産師看護師法等に基づく医療従事者個人の処分が中心となっている。 (47) 地方委員会では、医療の安全の観点からの調査が実施されることから、医療事故に対する行政処分は、医療の安全の向上を目的とし、地方委員会の調査結果を参考に、システムエラーの改善に重点を置いたものとする。 (48) 具体的には、以下のとおりとする。 ① システムエラーの改善の観点から医療機関に対する処分を医療法に創設する。具体的には、医療機関に対し、医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出を命じ、再発防止策を講ずるよう求める。これにより、個人に対する行政処分については抑制することとする。 ② 医師法や保健師助産師看護師法等に基づく医療従事者個人に対する処分は、医道審議会の意見を聴いて厚生労働大臣が実施している。医療事故がシステムエラーだけでなく個人の注意義務違反等も原因として発生していると認められ、医療機関からの医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出等では不十分な場合に限っては、個人に対する処分が必要となる場合もある。その際は、業務の停止を伴う処分よりも、再教育を重視した方向で実施する。 (49) なお、医療事故に対する行政処分については、医療従事者の注意義務違反の程度の他、医療機関の管理体制、医療体制、他の医療従事者における注意義務の程度等を踏まえて判断する。このため、医道審議会における審議については、見直しを行う。
行政処分の目的・手続 誰が何のために処分するのか アメリカ 各州ごとの委員会 医療者中心だがそれ以外の人も 医療事故その他も当然対象 アメリカ 各州ごとの委員会 医療者中心だがそれ以外の人も 医療事故その他も当然対象 regulation, autonomy, market その組み合わせ わが国ではこれから・・・ ただし、全国一律は厳しい(38万人対象)
医師の応招義務 医師法19条1項「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」 字義を見ると・・・ 診療に従事する医師 診察治療の求め 正当な事由 他の医療従事者にも同様の規定
医師の応招義務 家庭医であるR医師は、骨関節症に関する治験に参加し、一定の成果が出たので、それに関する研究報告に参加するため、メルボルンで開かれる学会に出席することになった。 メルボルンまでの飛行機の中で、急病人が出て、乗務員が呼びかけた。「誰かお医者さんはおられませんか」。R医師は、心臓発作が出るような患者を診た経験は多くないので躊躇した。この場合、R医師はどうすべきだろうか。
航空機内での急病人と医師の役割・法の役割 2つの行き方 A 制裁型 医師に救助義務(応招義務)を課し、それに応えないようなら刑事罰を科す。実際に手当をした場合に過失があれば民事責任を問う。さらに行政処分も考える。 ◎刑事制裁・民事賠償・行政処分のトリプル・パンチ B 支援型 医師に善意で立ち上がるよう制裁のない義務を宣言する。実際に手当をした場合に過失責任免責を定める。結果が悪くても、民事賠償もなければもちろん行政処分もないことにする。 ◎リーガル・リスクを低くして、善意の行動を促す。
航空機内の急病人と医師の役割・法の役割 実際の2つの法律【緊急事務管理と応招義務】 A 民法698条「管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない」 →697条「義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。) B 医師法19条「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」(罰則なしの規定) ◎明らかに支援型の対応をしている
一部の医師の思考 1 民法698条は助けにならない なぜなら医師には応招義務があるので適用されないから 1 民法698条は助けにならない なぜなら医師には応招義務があるので適用されないから 2 関与して結果が悪いと過失責任を問われ訴えられるおそれがある 3 だから寝たふりをするなどで、知らないふりをしよう
法律論としての誤り 1 寝たふりは安全か →応招義務が航空機内にも適用があるとするなら、法律家は、(不作為の)業務上過失致死傷罪で追及する可能性あり →誰かその航空機内に当人が医師と知っている人がいると莫大なリスクあり 2 しかし、そもそも制裁型の法が適切かという問題がある
法律論としては 1 航空機内の医師には応招義務なし だから民法698条の適用あり 1 航空機内の医師には応招義務なし だから民法698条の適用あり 2 航空機内の医師には応招義務の適用はあるがそれには罰則もない。したがって、民法698条の「義務なく」というほどの義務ではないので、やはり民法698条は適用される *いずれかの解釈で、医師は安全のはず なぜならそれが常識的な結果だから 常識=法 善意の医師の行為を促進する
立法論としては 日本版の救命行為促進法を作り、明確に医療者を含む救助者に過失免責を認めるべきである アメリカの全部の州とカナダの一部の州で採用されている Good Samaritan Act (よきサマリア人法)は、医師会が推進したもの
医師の応招義務 医師法19条1項「診療に従事する医師は、診察治療の求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」 字義を見ると・・・ 診療に従事する医師 診察治療の求め 正当な事由 他の医療従事者にも同様の規定
妊婦死亡事件―病院の受入れ拒否 Q 東大病院など他の病院も含めて医師法19条1項上の問題はあるか。 <妊婦死亡>墨東病院当直は研修医1人 2人体制維持できず 2008年10月23日15時1分配信 毎日新聞 妊娠中に脳内出血を起こした東京都内の女性(36)が7病院に受け入れを断られた後に死亡した問題で、最初に受け入れを断った都立墨東病院(墨田区)の当直医は「シニアレジデント」と呼ばれる研修医だったことが分かった。10月は研修医が1人で当直する日が4日あったという。墨東病院は6月、シニアレジデント当直の場合は「原則として母体搬送の受け入れを制限する」と関連団体などに文書で通知していた。 経営する都病院経営本部によると、墨東病院の産科は6月末に医師1人が退職したことから、当直2人体制を維持できなくなった。このため関係者に対し、7月からの土・日曜と祝日の当直体制について「1人当直である上に、シニアレジデント当直の場合もありますので、ハイリスク分娩(ぶんべん)への対応は困難」と、受け入れ制限を文書で伝えていた。 シニアレジデントは2年間の初期臨床研修を終え、専門医を目指してさらに研修中の後期臨床研修医。都によると、今回受け入れを拒否した医師は免許取得から4年だった。 こうした状況は今回の問題が発覚した後も変わっていないといい、都病院経営本部の谷田治・経営戦略担当課長は「何かしなければいけないが、これという改善策は現段階で思い浮かばない」と話している。 Q 東大病院など他の病院も含めて医師法19条1項上の問題はあるか。
医師の応招義務 弁護士等との比較 契約の締結強制 罰則の有無 規定の性格 歴史的変遷
医師の応招義務 19条1項の法化 ①行政処分の根拠 ②民事賠償の根拠 ③刑事制裁の根拠 正当化 医業独占 医療の公共性 ①行政処分の根拠 ②民事賠償の根拠 ③刑事制裁の根拠 正当化 医業独占 医療の公共性 制裁型の対処で医療をよくする
正当事由 正当事由と認められる場合(つまり、断ることのできる場合) ①医師の不在、病気などで診療不可能な場合。 ①医師の不在、病気などで診療不可能な場合。 ②専門外の診療で、それを患者が了承した場合(ただし、了承しなければ応急の処置その他できるだけのことをする)。 ③休日夜間診療体制が整備されている地域で、そこでの受診を指示する場合(ただし、症状が重篤で応急的な措置が必要な場合は別である)。 ④勤務医が自宅で診療を求められたとき(緊急時は例外)。 正当事由と認められない場合(つまり、断れない場合) ①軽度の疲労、酩酊。 ②診療費の不払い。 ③休診日、診療時間外。ただし上記③参照 ④診療の必要な場合の往診の求め。
弁護士の受任義務 司法書士法21条「司法書士は、正当な事由がある場合でなければ依頼(簡裁訴訟代理等関係業務に関するものを除く。)を拒むことができない」と受任義務が明定され、おまけに75条で100万円以下の罰金まで規定されている 弁護士=依頼人からの自由と独立