東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻生物統計学 伊藤 陽一

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東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻生物統計学 伊藤 陽一 マイクロアレイの臨床応用 東京大学大学院医学系研究科 健康科学・看護学専攻生物統計学 伊藤 陽一

がん臨床研究における マイクロアレイの利用 臨床検体(がん細胞)特有の問題 遺伝子発現測定のバラツキ 遺伝子発現パターンによる がんの診断と予後予測 (Ramaswamy, S. and Golub, T.R. 2002)

がん細胞検体の問題 どの細胞を用いるのか (本質的に異質性が高い) 対照細胞を何にするのか (二蛍光標識法の場合) 特定の状態のがん細胞を用いる がん細胞全体を用いる 対照細胞を何にするのか (二蛍光標識法の場合) 対象者の正常細胞 (Laser Capture Microdissection) 培養した細胞株(正常細胞 or がん細胞)

(Simone, N.L. et.al. 1998)

遺伝子発現測定のバラツキ 遺伝子発現測定のバラツキの原因 検体における細胞組成のバラツキ 検体の前処理段階におけるバラツキ 非特異的クロスハイブリダイゼーション アレイ間のバラツキ 実験計画の段階からバラツキを減らす工夫が重要 (Lee, M.T. et.al. 2000) (Kerr, M.K. and Churchill, G.A. 2001)

遺伝子発現パターンによる がんの診断と予後予測 疾患分類研究 急性白血病分類 (Golub, T.R. et.al. 1999) (Armstrong, S.A. et.al. 2002) 予後予測研究 びまん性大細胞型Bリンパ腫 (DLBCL) (Alizadeh, A.A. et.al. 2000) (Rosenwald, A. et.al. 2002)

白血病とは 造血系細胞が骨髄の中で腫瘍化すなわち 白血病化した疾患 骨髄が白血病細胞により占拠され、正常 造血機能が抑制 造血系細胞が骨髄の中で腫瘍化すなわち 白血病化した疾患 骨髄が白血病細胞により占拠され、正常 造血機能が抑制 赤血球減少による貧血、白血球特に好中 球減少による感染症、血小板減少による 出血傾向

白血病の病型分類 急性骨髄性白血病 (acute myeloid leukemia; AML) FAB分類:M0, M1, M2, M3, M4, M5, M6, M7 急性リンパ性白血病 (acute lymphoblastic leukemia; ALL) FAB分類:L1, L2, L3 慢性骨髄性白血病 (chronic myeloid leukemia; CML) 慢性リンパ性白血病群 慢性リンパ性白血病 (chronic lymphocytic leukemia; CLL) 前リンパ球性白血病 (prelymphocytic leukemia; PLL) 毛様細胞白血病 (hairly cell leukemia; HCL) 大顆粒リンパ球性白血病 (large granular lymphoblastic leukemia; LGLL) 慢性骨髄増殖性疾患群 (myeloproliferative disorders; MPD) 真性赤血球増加症 (polycythemia vera; PV) 本態性血小板血症 (essential thrombocythemia; ET) 慢性好中球性白血病 (chronic neutrophilic leukemia; CNL) 骨髄線維症 (myelofibrosis) 成人T細胞白血病・リンパ腫 (adult T-cell leukemia/lymphoma; ATLL)

急性白血病の鑑別診断 組織化学染色 細胞表面形質と細胞質内形質 染色体と遺伝子異常 ペルオキシダーゼ染色 (陽性:骨髄性、陰性:リンパ性) ペルオキシダーゼ染色 (陽性:骨髄性、陰性:リンパ性) エステラーゼ染色 細胞表面形質と細胞質内形質 モノクロナール抗体 染色体と遺伝子異常

急性白血病の鑑別診断法 Mixed Lineage Leukemiaの特徴 : t(4;11) etc. B-細胞系:CD19発現,CD10非発現 骨髄系 :CD15発現 (Pui, C-H. et.al. 1991)

疾患分類研究 AMLとALLの分類(Golub. et.al. 1999) 6817遺伝子 MLLとAML,ALLの分類(Armstrong. et.al. 2002) 56検体(20 ALL, 17 MLL, 20 AML) 12600遺伝子

Neighborhood Analysis “signal-to-noise” ratio (Golub. et.al. 1999)

Neighborhood Analysis (Golub. et.al. 1999)

上位50遺伝子の遺伝子発現 (Golub. et.al. 1999)

疾患分類研究 AMLとALLの分類(Golub. et.al. 1999) 6817遺伝子 MLLとAML,ALLの分類(Armstrong. et.al. 2002) 56検体(20 ALL, 17 MLL, 20 AML) 12600遺伝子

MLLとALL,AMLの分類 (Armstrong. et.al. 2002) 上位15遺伝子

主成分分析 上位500遺伝子を用いた 3次元プロット 8700遺伝子を用いた 3次元プロット (Armstrong. et.al. 2002)

疾患分類研究の問題点 既存の検査で分類可能な疾患を遺伝発現パターンで分類する必要性はあるのか cDNAアレイを用いた場合の対照細胞は適切かどうか 生物学的に解釈可能なのか 結果の再現性はあるのか

予後予測研究 DLBCLのサブグループ化(Alizadeh. et.al. 2000) 非ホジキンリンパ腫関連の12069遺伝子 二蛍光標識法(対照:種々のリンパ腫細胞株) 正常細胞を含む96検体、128アレイ DLBCLの予後予測(Rosenwald. et.al. 2002) 240検体(モデル構築160,モデル検証80)

クラスター分析 Gene expression signatures (Alizadeh. et.al. 2000)

サブグループ化 (Alizadeh. et.al. 2000)

サブグループの予後 IPI≦2 v.s. IPI>2 IPI≦2 IPI Score : (The International Non-Hodgkin’s Lymphoma Prognostic Factors Project. 1993) (Alizadeh. et.al. 2000)

予後予測研究 DLBCLのサブグループ化(Alizadeh. et.al. 2000) 非ホジキンリンパ腫関連の12069遺伝子 二蛍光標識法(対照:種々のリンパ腫細胞株) 正常細胞を含む96検体、128アレイ DLBCLの予後予測(Rosenwald. et.al. 2002) 240検体(モデル構築160,モデル検証80)

背景因子 (Rosenwald, A. 2002)

クラスター分析結果 (Rosenwald, A. 2002)

サブグループごとの生存曲線 (Rosenwald, A. 2002)

予後予測スコアモデルの構築 Cox回帰による遺伝子スクリーニング 7399個中670個が1%有意 並べ替え検定により670個以上の遺伝子が1%有意となる確率は0.005 gene expression signatureに含まれる遺伝子で対象者間のバラツキの大きいものを抽出し、発現量の平均を取る(gene expression signature value) 各gene expression signature valueによるモデル化

抽出された遺伝子と予後予測モデル score = - 0.290 * germinal-center B-cell - 0.311 * MHC class II - 0.249 * lymph-node + 0.241 * proliferation + 0.310 * BMP6

予後予測スコアによる層別 (Rosenwald, A. 2002)

IPIスコア分類による層別

IPIスコア0-1群における 予後予測スコアによる層別 (Rosenwald, A. 2002)

IPIスコア2-3群における 予後予測スコアによる層別 (Rosenwald, A. 2002)

IPIスコア4-5群における 予後予測スコアによる層別 (Rosenwald, A. 2002)

予後予測研究における問題点 gene expression signatureに含まれる遺伝子選択の恣意性 予後予測研究におけるサンプルサイズ設計 構築したモデルは臨床上有用か サンプルの選択に依存するのではないか?

今後の課題 様々な がんにおける遺伝子発現と予後予測 マイクロアレイの特徴を考慮した解析法 特に生存など臨床上重要な結果との関連 マイクロアレイの特徴を考慮した解析法 測定の標準化 遺伝子スクリーニングを伴ったサンプルサイズ設計 抗癌剤の新規標的や著効または毒性発現が予測されるサブグループの探索 臨床現場への応用

まとめ 遺伝子発現パターンを調べることは、疾患の鑑別診断、予後予測に有用 臨床試験の枠組みの中で評価していくことが重要

参考文献 Ramaswamy, S. and Golub, T.R. (2002). DNA microarray in clinical oncology. Journal of Clinical Oncology 20, 1932-1941. Simone, N.L. et.al. (1998). Laser-capture microdissection: opening the microscopic frontier to meolecular analysis. Trends in Genetics 14, 272-276. Lee, M.T. et.al. (2000). Importance of replication in microarray gene expression studies: Statistical methods and evidence from repetitive cDNA hybridizations. Proceedings of the National Academy of Sciences 97, 9834-9839. Kerr, M.K. and Churchill, G.A. (2001). Experimental design for gene expression microarrays. Biostatistics 2, 183-201. Golub, T.R. et.al. (1999). Molecular classification of cancer: Class discovery and class prediction by gene expression monitoring. Science 286, 531-537. Armstrong, S.A. et.al. (2002). MLL translocations specify a distinct gene expression profile that distinguishes a unique leukemia. Nature Genetics 30, 41-47. Alizadeh, A.A. et.al. (2000). Distinct types of diffuse large B-cell Lymphoma identified by gene expression. Nature 403, 503-511.

参考文献 Rosenwald, A. et.al. (2002). The use of molecular profiling to predict survival after chemotherapy for diffuse large-B-cell lymphoma. The New England Journal of Medicine 346, 1937-1947. Catovsky, D. et.al. (1991). A classification of acute leukaemia for the 1990s (Leading article). Annals of Hematology 62, 16-21. Pui, C-H. et.al. (1991). Clinical characteristics and treatment outcome of childhood acute lymphoblastic leukemia with the t(4;11)(q21;q23): A collaborative study of 40 cases. Blood 77, 440-447. The International Non-Hodgkin’s Lymphoma Prognostic Factors Project. (1993). A predictive model for aggressive non-Hodgkin’s lymphoma. The New England Journal of Medicine 329, 987-994.