医事法 東京大学法学部 22番教室 樋口範雄・児玉安司 第2回2008年10月8日(水)15:00ー16:40 東京大学法学部 22番教室 樋口範雄・児玉安司 第2回2008年10月8日(水)15:00ー16:40 1)産業医・保険診査医の特殊性 2)契約中心の思考―契約が壁となる場合 3)(時間があれば)利益相反の1つの形 参照→http://ocw.u-tokyo.ac.jp/
医事法 医療に関わる法と法律家のあり方を問い直す 最も標準的な教科書 手島豊「医事法入門」(有斐閣・第2版・2008年) できればこれを読んだ上でさらに考える 樋口範雄「医療と法を考える―救急車と正義」 (有斐閣・2007年) 同「続医療と法を考える―終末期医療ガイドライン」(有斐閣・2008年)
医師患者関係→契約からの出発 この出発点自体を問い直すこと 1)メリットとデメリットを自分なりに整理 2)アメリカにおける「医師患者関係」の壁 日本における「契約」の壁 医師と「患者」が実は医師患者関係や契約関係にない場合がある 医師はすでに別の当事者と契約関係
事例1 産業医 建設機械の操作員Xが、雇用前の健康診断を受けた。建設会社は、健康診査業務をアウトソーシングしており、別の医療関連会社Y1がその任にあたっていた。Y1に雇われていた医師Y2がレントゲン診断を含む診査を行い、放射線技師Y3は悪性リンパ腫であるホジキン病の可能性のある縦隔洞の拡張を認めY2に報告した。CTスキャンによる精密検査の必要ありとも告げた。だが、Y2は「レントゲン写真に異常あり」との報告をY1に送付しただけで、報告中、縦隔洞拡張には言及しなかった。Y1は、理由は不明だが、健康状態に問題なしという報告を建設会社に送った。Xは8ヶ月後に死亡した。 Reed v. Bojarski, 764 A.2d 433 (N.J. 2001).
事例2 「たった今、あなたが進行した前立腺ガンであると宣告されたとしよう。このタイプのガンは早期発見されていれば十分に治癒可能だが手遅れになれば助からない。さて、1年1ヶ月前に、あなたは生命保険の加入を申請し、保険会社には診査のための血液検査の結果が渡っており、しかもその結果があなたには知らされていなかった。このことが今わかった。 * Hannah E. Greenwald, What You Don't Know Could Save Your Life: A Case for Federal Insurance Disclosure Legislation, 102 Dick. L Rev. 131 (1997).
産業医 労働安全衛生法 (産業医等) 第13条 事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わせなければならない。 第1条 この法律は、労働基準法と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。
産業医 労働安全衛生法 第66条 事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行なわなければならない。 第66条 事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行なわなければならない。 第66条の6 事業者は、第六十六条第一項から第四項までの規定により行う健康診断を受けた労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、当該健康診断の結果を通知しなければならない。
産業医 問1:事例1はアメリカでは生じうるが、日本では起こりえないことだろうか。 問2:産業医の医師としての特殊性をあげよ。
保険診査医のケース 大谷実教授『医療行為と法』(新版補正第二版)165頁以下(弘文堂・1997年)。 ①診査医の診断は、健康診断の場合と同じく治療を目的としない。 ②診断に関し善管注意義務を負うが、それは保険者に対し負うのであり、被保険者(本稿のケースでいえば保険の申請者)に対し負うものではない。 ③注意義務の基準は一般の開業医と同じとするのが判例学説であるが、保険診査の特質(受診者が保険加入を望んで問診に正確に答えないなどの事情)により義務の程度が低いと考えられる。
保険診査医 問1:事例2はアメリカでは生じうるが、日本では起こりえないことだろうか。 問2:保険診査医の医師としての特殊性をあげよ。
悲劇を防ぐ工夫 直接、医師に診断結果を知らせる義務を課すこと わが国においては契約の壁 1)契約関係の不存在 1)契約関係の不存在 2)さらに医師が事業者や保険会社と既に契約関係にあることによる壁もありうる 保険の場合→一種の企業秘密でもありうる アメリカでも壁はある Physician-patient relationship といえるか否か アメリカ医師会倫理規定の変更
アメリカの工夫 1 契約ではない、関係という概念の壁の薄さ 2 法律ではなく倫理規定で実質を変える ソフト・ロー 専門家責任 自律的規範 1 契約ではない、関係という概念の壁の薄さ 2 法律ではなく倫理規定で実質を変える ソフト・ロー 専門家責任 自律的規範 わが国でも産業医の指針はあるが・・・
医師の利益相反の一場面(以下は時間があれば) 1 新薬開発に関する産学連携の公認・推進 2 新薬承認の手続き 製薬会社Aに関係のある医師Xが薬事審議会委員になって、新薬承認に関わること この利益相反問題をどのようにして解決するか
現在とられている方法 ヨーロッパ・アメリカ 薬の問題では3極合意の先例あり いずれも一定額の金銭関係によって、審議参加と採決参加を区別 薬の問題では3極合意の先例あり いずれも一定額の金銭関係によって、審議参加と採決参加を区別 例:A社の新薬が議題となった場合 ◎年間50万円を超えると採決参加不可 ◎さらに年間500万円を超えると審議自体への参加不可→当該事案につき退席
利益相反ルールの解決方法 Prohibition rule 強行的に関係者排除・利益相反状態を禁止するルール Consent rule 利益相反によって悪影響を及ぼすおそれのある対象者からの同意を得れば可とするルール Disclosure rule 利益相反状況が存在することを開示すれば可とするルール
新薬承認のケースの特殊性 産学連携も推進すべき政策 新薬承認の科学性・専門性担保も重要 科学性・専門性がおろそかにされる利益相反のおそれ
Moore 判決における利益相反 Moore v. Regents of the University of California, 51 Cal.3d 120 (1990) 患者の脾臓摘出、脾臓からセルラインを取り出し特許を得て莫大な利益を得る 治療という利益と医学研究という利益 カリフォルニア州最高裁はインフォームド・コンセント法理の適用を認めるも、conversion(財産横領・所有権侵害)という不法行為は否定
Moore 判決の趣旨 Consent ruleだろうか? 患者には脾臓摘出しかないケース 研究には使わせないという選択肢は? 患者には脾臓摘出しかないケース 研究には使わせないという選択肢は? ありうるとすれば consent rule ①医師は、そのような患者の治療を拒否できるか→いっさいのデータの利用を拒否・データではなく、臓器は別か ②臓器は患者が回収して廃棄できるのか。せめて保存は可能か。(患者の心変わり)
インフォームド・コンセント この場合は何を保護しているのか 1 実は研究利用のための手術であるおそれ (不要な手術の抑制) 1 実は研究利用のための手術であるおそれ (不要な手術の抑制) 2 研究利用は二次的であるとしても、研究に協力するかは、まさに自己決定・自発的な決断によるべき
実はdisclosure ruleではないか 研究使用だけは否定して手術はしてくれと言った場合 Consent ruleは →conversionと同じ結果をもたらすおそれあり 交渉→対価によって解決
脾臓摘出後に研究の可能性が このようなケースでは、事前のインフォームド・コンセントの可能性はない 摘出した脾臓を見てひらめき Disclosure ruleはあってよい 医学研究の透明性 濫用のおそれ
薬事審議会のケース 現在は一種のprohibition rule Consent rule の可能性はないか? Disclosure ruleによる解決の方が合理的では?