『企業と市場のシミュレーション』 井庭 崇 第12回: 貨幣の自生と自壊モデル

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『企業と市場のシミュレーション』 井庭 崇 第12回: 貨幣の自生と自壊モデル Keio University SFC 2004 『企業と市場のシミュレーション』 第12回: 貨幣の自生と自壊モデル いば  たかし 井庭 崇 慶應義塾大学総合政策学部 専任講師 iba@sfc.keio.ac.jp http://www.sfc.keio.ac.jp/~iba/lecture/

スケジュール 第 1 回 (4/ 9 金) イントロダクション 第 2 回 (4/16 金) 複雑系と進化の社会システム論 第 1 回 (4/ 9 金) イントロダクション 第 2 回 (4/16 金) 複雑系と進化の社会システム論 第 3 回 (4/30 金) シミュレーションによる分析 第 4 回 (5/ 7 金) シミュレーション作成プロセスとUML 第 5 回 (5/14 金) 概念モデリングとシミュレーションデザイン 第 6 回 (5/21 金) シミュレーション作成演習① 第 7 回 (5/22 土) シミュレーション作成演習② ※補講日(土曜) 第 8 回 (5/22 土) シミュレーション作成演習③ ※補講日(土曜) ※5/29の授業は休講 第 9 回 (6/ 4 金) 成長するネットワークモデル 第10回 (6/11 金) 規格競争のシミュレーションモデル 第11回 (6/18 金) 繰り返し囚人のジレンマモデル 第12回 (6/25 金) 貨幣の自生と自壊モデル 第13回 (7/ 2 金) 企業競争の進化的シミュレーションモデル

複雑系(Complex System) 自己革新するシステム 広義の定義 狭義の定義 生命、知能、社会 復習 複雑系(Complex System) 自己革新するシステム 生命、知能、社会 広義の定義 内部状態をもつ構成要素が相互作用するシステム 狭義の定義 構成要素の振舞いのルールが動的に変化するシステム 相互作用 構成要素

復習 複雑系の全体像

復習 複雑系の構成要素

「広義の複雑系」のモデル表現 内部状態によって反応が異なるというモデル 復習 このエージェントは、Behaviorのそのときの状態によって、同じイベントに対して異なる反応をする。つまり、State AのときにはAction Aを行い、State BのときにはAction Bを行う。

「狭義の複雑系」のモデル表現 行動のルールが動的に変化するというモデル 復習 エージェントは、Behaviorを動的に追加・交換することができ、また、Behaviorを削除したり、Behaviorの状態遷移が完了すると自動的に消滅するようにすることもできる。これらによって、エージェントの振舞いの変化を表現できる。

「進化」のモデル表現 変異を伴う複製が行われるモデル 復習 BehaviorやInformationは複製子として扱うことができる。その進化のメカニズムはふつうBehaviorとして記述するが、その一部をInformationとして記述し、保持・交換させることもできる。

「囚人のジレンマ」モデル? 復習 1950年頃、心理学研究のなかでM.FloodとM.Dresherによって提唱 A.W.Tuckerが「囚人のジレンマ」というストーリー仕立てで広めた 政治学や経済学、社会学など幅広い分野で、利己的な主体間で利害が対立する状況の中で、どのように協調が形成されるのかを調べる枠組みとしてしばしば用いられている。 冷戦時代の米ソの核軍拡競争 会社内の出世競争 技術開発委託先選定 企業合併後の組織統合 Cf. 『MBAゲーム理論』(グロービス・マネジメント・インスティテュート (編), ダイヤモンド社, 1999) Cf. 『ゲーム理論で解く』(中山幹夫, 武藤滋夫, 船木由喜彦 (編), 有斐閣, 2000)

復習 囚人のジレンマ 囚人のジレンマゲームでは、二人のプレイヤーがそれぞれ独立に協調(Cooperation)か裏切り(Defection)かのどちらかの行動をとる。 選択の組合せによって、異なる利得が得られる。 両者が協調すれば3点ずつ 裏切りあえば1点ずつ 片方だけ協調し他方が裏切れば、それぞれ0点と5点 プレイヤーBの行動 3, 3 0, 5 5, 0 1, 1 協調 裏切り プレイヤーAの行動

今日紹介する簡単な拡張モデル 戦略の模倣を組み込んだモデル 復習 井庭崇, 『社会・経済シミュレーションの基盤構築:複雑系と進化の理論に向けて』, 博士論文, 2003年 井庭崇, 「複雑系と進化のモデル・フレームワーク」, 『進化経済学のフロンティア』, 西部忠(編), 日本評論社, 2004年夏出版予定

復習 戦略(行動ルール) 各プレイヤーは、過去の手を踏まえて次の自分の手を決めるための「戦略」(行動ルール)をもっている。

今回用意した戦略 復習 ALL-C ALL-D RANDOM TFT TF2T FRIEDMAN JOSS PER-CD PER-CCD 相手の手に関係なく、必ず協調する ALL-D 相手の手に関係なく、必ず裏切る RANDOM 相手の手に関係なく、協調と裏切りをランダムに選択する TFT 最初は協調し、次からは相手が前回とった行動を真似する TF2T 最初は協調し、2回連続して相手が裏切ったときに、裏切る FRIEDMAN 最初は協調し、相手が裏切らないかぎり協調を続ける。相手が一度でも裏切ると、それ以降はずっと裏切り続ける JOSS TFTと同様に、最初は協調し、相手に裏切られると裏切り返す。相手が協調した場合には、9割協調して、1割裏切る PER-CD 協調、裏切り、協調、裏切り・・・・を繰り返す PER-CCD 協調、協調、裏切り、協調、協調、裏切り・・・・を繰り返す

復習 試合結果による戦略模倣 個別対戦において、自分に勝ったプレイヤーの戦略を採用する。すなわち、個別対戦というミクロ的な結果に基づく。

復習 コンテスト結果による戦略模倣 コンテストにおける総得点が、自分よりも高いプレイヤーの戦略を採用する。すなわち、コンテスト総得点というマクロ的な結果に基づく。

試合結果による戦略模倣 のシミュレーション結果 復習 試合結果による戦略模倣 のシミュレーション結果 1試合200対戦で、各戦略ごとに2人ずつPlayerエージェント 数ステップで「ALL-D」戦略のみになる。 平均得点は初期状態よりも低い水準になる。最終的に「ALL-D」戦略のみになった状況では全員が裏切りあうため、社会的にみて得点が低い水準になる。

コンテスト結果による戦略模倣 のシミュレーション結果 復習 コンテスト結果による戦略模倣 のシミュレーション結果 1試合200対戦で、各戦略ごとに2人ずつPlayerエージェント 「FRIEDMAN」戦略や「TFT」戦略が広まる。 平均得点は初期状態よりも高い水準になる。平均得点が高いのは、広まった戦略における協調の効果である。最終的に「FRIEDMAN」戦略や「TFT」戦略のみになったときには、すべての対戦で協調するため、社会的にみて得点が高い水準になるのである。

複雑系と進化のモデルとしての側面 広義の複雑系 狭義の複雑系 進化 復習 Playerエージェントは、同じ戦略を持っている場合でも、それまでの経緯によって(選択の履歴によって)、協調することもあれば裏切ることもある。自分の内部状態によって反応が異なるという点において、広義の複雑系のモデルになっている。 狭義の複雑系 それぞれのPlayerエージェントが戦略の変更を行うが、これは行動のルールが変化するという意味で、狭義の複雑系のモデルになっている。 進化 戦略が模倣されて受け継がれることから、進化的なモデルといえる。

『企業と市場のシミュレーション』 井庭 崇 第12回: 貨幣の自生と自壊 Keio University SFC 2004 『企業と市場のシミュレーション』 第12回: 貨幣の自生と自壊 いば  たかし 井庭 崇 慶應義塾大学総合政策学部 専任講師 iba@sfc.keio.ac.jp http://www.sfc.keio.ac.jp/~iba/lecture/

シミュレーションによる思考支援の例 『貨幣の複雑性: 生成と崩壊の理論』(安冨 歩, 創文社, 2000) 主体全員が生産者かつ消費者である社会 物々交換から貨幣が生まれうるのか? 基本モデル(物々交換) Bさん Cさん Aさん Dさん Eさん

シミュレーションによる思考支援の例 基本モデル(物々交換)の結果 「欲望の二重の一致の困難」によって、取引は起こらない 平均得点(満足度) 時間

シミュレーションによる思考支援の例 拡張モデル1(貨幣的交換) 他の主体が欲していた財についての記憶 自分が欲しくなくても、人気がある財であれば受け取る Bさん Cさん Aさん Eさん Dさん

シミュレーションによる思考支援の例 拡張モデル1(貨幣的交換)の結果 あるとき突然、交換のために保有される財(=貨幣)が創発する 平均得点(満足度) 時間

シミュレーションによる思考支援の例 拡張モデル1(貨幣的交換)の結果 あるとき突然、交換のために保有される財(=貨幣)が創発する 時間

シミュレーションによる思考支援の例 拡張モデル2(進化的交換) 欲しい商品を入手しやすい主体の戦略を、他の主体が模倣する Bさん Cさん Aさん Dさん Eさん

シミュレーションによる思考支援の例 拡張モデル2(進化的交換)の結果 一度創発した貨幣がしばらくすると崩壊し、また他の貨幣が生成・崩壊するということを繰り返すようになる。 平均得点(満足度) 100000 200000 300000 400000 時間

シミュレーションによる思考支援の例 拡張モデル2(進化的交換)の結果 一度創発した貨幣がしばらくすると崩壊し、また他の貨幣が生成・崩壊するということを繰り返すようになる。 最も市場性の高い商品の市場性 商品 33 商品 45 商品 30 商品 17 商品 48 商品 39 100000 200000 300000 400000 時間

因果関係をどうやって把握するか? 現実世界 思考世界 原因 (ある状況) ? 既知 既知 ? 結果 (その帰結)

因果関係をどうやって把握するか? 「データ分析」 のアプローチ 原因 既知 ? 結果 ? 既知 現実世界 思考世界 (ある状況) (その帰結) ? 既知

因果関係をどうやって把握するか? 「シミュレーション」 のアプローチ 原因 既知 ? 結果 ? 既知 現実世界 思考世界 (ある状況) 可能性 原因 (ある状況) 可能性 既知 ? 可能性 可能性 可能性 可能性 結果 (その帰結) 可能性 ? 既知 可能性 可能性

今日紹介した本 『貨幣の複雑性: 生成と崩壊の理論』(安冨 歩, 創文社, 2000)

『企業と市場のシミュレーション』 井庭 崇 第12回: 貨幣の自生と自壊 Keio University SFC 2004 『企業と市場のシミュレーション』 第12回: 貨幣の自生と自壊 いば  たかし 井庭 崇 慶應義塾大学総合政策学部 専任講師 iba@sfc.keio.ac.jp http://www.sfc.keio.ac.jp/~iba/lecture/