第5回 「考える我、考える葦」 by デカルト&パスカル

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第5回 「考える我、考える葦」 by デカルト&パスカル 哲学 第5回  「考える我、考える葦」 by デカルト&パスカル

ソ「よく生きることは、つまりは自分の生きている社会の市民としてのルールや道徳を守ることで、問題はそれを守り通すかどうかにある。」 プ「異論はありません。ただ、その社会のルールや道徳を設定するには、そもそも何が「善さ」なのか知っている必要があります。」 プ「そこで「善さ」のイデアを理解できる人、愛知者がその社会の方向やルールを設定すべきなのです。他の者はそれに従い、各々の特質を生かして、協力してポリスで生活するのが美しい人生ですね」 ア「善い生き方は本質的には社会の中にはない。人間は一人だ。自分の死、自分の魂に向かい合う個人的な領域の問題だ。それが信仰の領域で、世俗的社会の問題とは切り離していいのだ。」 デ「その通り。だからこそ、人間的が自分や自分の世界のことを知り決定するうえでは、神は関係ない。人間には理性があって、理性ある人間は自分で判断できる。人間は神から自由だ。」 パ「科学についてはそうだ。でも、科学にも限界がある。科学は人間を救うことはできない。その限界点をわきまえることが大切でしょう。」

「パ」スカルと「デ」カルトの接点 共に17世紀フランスの大科学者で思想家 合理性と人間性をめぐる対決 1648年デカルト(52歳)-パスカル(25歳)会談(パリ) 「真空」の存在について、数学的問題について議論 「考える」ということ「科学」ということへの問題意識 神と人間の関係について対照的な態度 合理性と人間性をめぐる対決 デカルト:合理主義 人間は理性と意志をもつ存在であり、理性と意志によって、善く生きることができる。 パスカル:信仰 人間は弱い理性と弱い意志を持つ弱い存在であり、最終的には神によってしか善く生きることはできない。

デカルトとパスカルの時代 BC399 ソクラテス死刑 AD30ごろ イエス磔刑 古代 AD386 アウグスチヌスの回心 (中世教会哲学 アリストテレス的科学&キリスト教神学) AD1600年 記憶術・天文学者のブルーノ火あぶり AD1633 ガリレオ裁判(デカルト『世界論』出版見送り) AD1641 デカルト『省察』 AD1687 ニュートン『プリンキピア』(近代科学) AD1654 パスカルの回心 古代 中世 近代

デカルト フランス出身 1596年生- 1650年没 「中世」的な思想に対して、「近代」を確立した哲学者、数学者、科学者 『省察』『哲学原理』『情念論』など 解析幾何学(デカルト座標)、生理学(解剖学、心臓と循環器系)、力学(慣性の法則)

デカルトの人生 1596年 フランス法服貴族(官僚・知識階級)の家庭に生まれる 全寮制学校教育10歳-18年 ラフレーシ学院 1596年 フランス法服貴族(官僚・知識階級)の家庭に生まれる 全寮制学校教育10歳-18年 ラフレーシ学院 イエズス派(世界中に布教活動・人間の自由を大幅に認める)の学校 後、2年間ポワチエ大学で法律と医学を修める 20歳 旅へ 「世界という書物から学ぶ」 パリに出て、剣術や馬術、数学、議論などの交流 従軍の日々 22歳 霊感を得て、学問を志す 1628年 オランダへ移住(学究生活→世界的な哲学者に) 仕事に明け暮れる 『世界論』1633、『方法序説』1637、『省察』1641 1649年スウェーデン女王クリスティナの招聘で移住 翌年1650年2月 肺炎で客死

デカルトの科学的方法論 新しい人間的な学問の方法を検討 4つの方法 『方法序説』1638年 ⇔従来の信仰と一体化した学問・知識のありかた(キリスト教風アリストテレス哲学・自然学) 4つの方法 明証の方法 明証的に真であると認めたものだけを真として受け入れる 分析の方法 問題をできるかぎりの単純な小部分に分割する 総合の方法 もっとも単純で認識しやすいものから、少しずつ段階をおって、もっとも複雑な認識まで登る 枚挙の方法 見落としのないように、完全な枚挙と全体の見通しを行う この方法で、「解析幾何学」(デカルト座標)を創始、近代解剖学、力学などで成果を挙げる

デカルトの懐疑の動機 当時の常識やキリスト教-アリストテレス的自然学(-キリスト教的思想)への疑い 懐疑論の問題 先入観や迷信との戦い(ガリレオ裁判) 方法論的な疑い 懐疑論の問題 人生は夢の如し?「胡蝶の夢」 人生に一度は、自分の中にある迷信かもしれない知識などをすべて疑って、確実な地点に到達し、そこから真の知識と人生を気付きなおさなければならない。 世を忍ぶための「仮の道徳」→本当の「善く生きる」

懐疑プロジェクト 『省察』1641年 「善く生きる」ための方法的な懐疑 方針:疑わしきものはすべて疑う 懐疑プロジェクト  『省察』1641年 「善く生きる」ための方法的な懐疑 確実な人生を築くための会議 ⇔懐疑論(懐疑のための懐疑) 方針:疑わしきものはすべて疑う 常識や教育による知識は疑わしい(迷信かもしれない) 感覚的認識は疑わしい(錯覚かもしれない、夢かもしれない) 数学的知識も確実とは言えない(悪霊が私を欺いているかもしれない)

懐疑の到達点 「コギト」の発見! 私は疑う→私は存在する 「考える我」としての私の存在が、すべての人生、知識、学問の一番確実な基礎である。 懐疑の到達点 「コギト」の発見! 私は疑う→私は存在する コギト(I Think)・エルゴ(so)・スム(I am) 私が考えている以上、少なくともその間には、存在する 私が「我あり、我あり」と言うたびごとに、どんな神でも悪霊でも、私の存在を否定することはできない。 「考える我」としての私の存在が、すべての人生、知識、学問の一番確実な基礎である。

懐疑の成果 近代的「人間」 考える我とは? 「近代的自我」(神とは独立の理性ある人間存在)の確立 考える=合理的な推論(背理法的構造) 懐疑の成果 近代的「人間」 考える我とは? 考える=合理的な推論(背理法的構造) 私が存在しないと仮定 疑って=考えている以上存在しないはずはない 仮定は誤りで、私は存在する、が正しい 我=考える存在=意思し思考する存在=自立した精神 しかも、何かの経験や教育によるのではなく、神の恩寵によるのでもなく、自力で、自分の理性のみで知ることのでき、否定できない存在であることになる。 「近代的自我」(神とは独立の理性ある人間存在)の確立 近代の自然学、人文社会学、社会制度、教育などなどの基本的枠組みとなった 人間中心の時代(近代)を切り開いた

人間主義の「善く生きる」 デカルト的人間像 デカルトの「善く生きる」 神から自由な魂 自分の意思と自分の理性で望み、判断し、選択できる 情念(身体から受動的に生じる感情)を意志の力でコントロールすること(精神の能動)ができる デカルトの「善く生きる」 自由意志と理性的判断による(高邁な)人生 他人の自由意志を認める(愛)人生

パスカル プランス出身 1623年生-1662年(38歳)没 科学者、数学者、思想家、宗教家 1654年(ぱ31歳)回心 『パンセ』『幾何学的精神について』

パスカルの時代と人生-1 1623年 クレルモンの法服貴族家に生まれる パリとクレルモンを行き来し、兄妹ともに高い教育と交流の中で育つ。 1623年 クレルモンの法服貴族家に生まれる パリとクレルモンを行き来し、兄妹ともに高い教育と交流の中で育つ。 23歳ごろまでに数学、計算機、物理学で業績を挙げて、天才の名をほしいままにする。これは一生続く。 1651年 父の死 翌52年妹ジャックリーヌ修道院入り パスカルは研究と社交の日々「世俗時代」へ 1654年(31歳) 12月23日恩寵の光を得て回心 「恩寵」の重要性を主張してイエズス会と論争 異端宣告挽回のパンフ「プロヴァンシャル」 1656年-1657年 「幾何学的精神について」後、「パンセ」執筆中、没1962年 画像(ピュイ・ド・ドーム山):http://mamileon.free.fr/kinko/clermont.html

パスカルの人間観 惨めだが偉大な人間 惨め「クレオパトラの鼻。これがもっと低かったら、地球の全表面は変わっていただろう。」「気晴らし。人間は、死と不幸と無知とを癒すことができなかったので、幸福になるために、それらのことについて考えないことにした。」(パンセ) 偉大「人間は一本の葦にすぎぬ、自然のうちで最も弱い葦にすぎぬ。しかし、それは考える葦である。(略)。ひとつの蒸気、一滴の水も、彼を押し殺すに充分である。しかし、宇宙が彼をおしつぶすときも、人間は彼を殺すものよりも高貴であろう。なぜなら、人間は自分が死ぬこと、宇宙の力が自分にまさること、を知っているからである。宇宙はそれを知らない。」

パスカルの回心と賭けの議論 1654年(31歳) 12月23日 回心 「神あり」に賭けるか、「神なし」に賭けるか。 1654年(31歳) 12月23日 回心 「火。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神にして哲学者の神ならず。確実、確実、感知、歓喜、平和・・・」 「神あり」に賭けるか、「神なし」に賭けるか。 条件 われわれはすでに「船出」している以上、不確実な将来に向かってのこの賭けは逃れられない。 神あり:救いによる効用∞×目の出る確率1 神なし:世俗生活による効用n(有限)×確率a 解釈A:aは有限だから期待値無限の神ありに合理的に賭けるべき 解釈B:aが∞だとしたら五分五分→「恩寵」あるいは自由意志の余地を残す

解釈Bによる限界設定 理性→限界→信仰 信仰と人間的事柄についての理性の限界 恩寵が必要である。惨めさを自覚し、恩寵を待つところまで、それが理性の役割。 信仰と人間的事柄についての理性の限界 理性を用いないのはよくないが、理性万能主義では信仰の問題、魂の善さの問題については先に進めない

科学と人間的な事柄の区別 理性のかかわるべき科学的知識の領域/愛や信頼のかかわる人間的事柄の区別 パスカルの善く生きる 科学と信仰の峻別(「秩序」=アプローチの方法が違う) 神を要請しない科学的知識 「幾何学的精神」:分析的な知識のあり方≒デカルト 科学的知識を要請しない愛と信仰の領域 「繊細の精神」:象徴的な意味を受け取る知≒聖書 パスカルの善く生きる 理性の領分は理性に(合理的に)、人間的な意味の領分は信仰(愛)に 人間の悲惨さを自覚して、理性の領域にとどまらず、救いと人間的な意味の領域に向かって開かれる生き方

参考文献 『省察』『哲学原理』『情念論』各、岩波文庫より 『デカルト』中央公論社(世界の名著)、野田又夫訳 『デカルト)』岩波新書、野田又夫 デカルトの生涯と著作の紹介 『デカルト入門』ちくま新書、小林道夫 現代のデカルト研究の成果 『パンセ』中公文庫、パスカル (著), 前田陽一&由木康(翻訳) ブランシュビック版(テーマごとの順序で箴言集風) 『パスカル著作集VI、VII(パンセ)』教文館、パスカル(著)、田辺保(翻訳) ラフュマ版(オリジナルの順序) 『パスカル』岩波新書、野田又夫著 パスカルの人生と思想の解説書