黄色ブドウ球菌(牛の乳房炎) 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は保存した乳や乳製品による食中毒の原因として1914年に発見された。グラム陽性のブドウの房状の球菌である。 菌自体ではなく、 S. aureus が産生するエンテロトキシン(腸管毒)によることが1930年に解明され、食品中で産生された毒素はその後の加熱によっても失活しない(高度の耐熱性)。

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黄色ブドウ球菌(牛の乳房炎) 黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は保存した乳や乳製品による食中毒の原因として1914年に発見された。グラム陽性のブドウの房状の球菌である。 菌自体ではなく、 S. aureus が産生するエンテロトキシン(腸管毒)によることが1930年に解明され、食品中で産生された毒素はその後の加熱によっても失活しない(高度の耐熱性)。 上:光顕、下:電顕 S. aureus は牛の乳房炎の原因菌の一つであり、罹患牛の乳房内で増殖し、乳汁に含まれることから、搾乳およびそれ以降の衛生管理の重要性が指摘された。 S. aureus はヒトや動物の体表に常在しており、傷をした際に化膿させる主な原因菌であることが判明した。すなわち、様々な動物の化膿巣からの食品汚染が食中毒の原因となっている。 S. aureus は、様々な生理活性物質を産生しており、エンテロトキシンやコアグラーゼ(血液を凝固させる)の抗原性によって区別される複数生物型が食中毒の原因となっている。

原因食品は、衛生管理状態によって異なり、生乳を飲む習慣や乳衛生が不十分な国では乳製品が原因となる例が多い。家畜の外傷が食肉処理工程で汚染する事例も多く、とくに鶏のケージ飼いでは足指の骨折などが発生し易い(バタリー病)。 日本では、「おにぎり」や弁当による事例が多く、調理人の手指の傷が汚染源となっている。

雪印乳業株飲料による集団食中毒事故 2000年6月から7月にかけて、近畿地方を中心に学校給食の低脂肪乳による認定者数14,780人に上る戦後最大の集団食中毒が発生した。 雪印乳業大阪工場での製品の原料となる脱脂粉乳を生産していた北海道にある大樹工場での汚染が原因であることが判明した。大樹工場で3時間の停電が発生し、タンクにあった脱脂乳が20度以上にまで温められたまま約4時間も滞留した。この間に黄色ブドウ球菌が増殖してエンテロトキシンが産生された。 大阪工場が食品衛生法の総合衛生管理製造過程(HACCP)認証工場であったことから、それまで書類審査のみであった認証審査に現地調査が導入され、3年ごとに更新申請が必要とされることなった。 HACCP ( Hazard Analysis and Critical Control Point、危害解析・決定的管理点): 一般的衛生管理と最終製品の検査だけだった従来法に代えて、原料から製造工程の各段階についての危害解析に基づいて最も危害の発生し易い工程の管理基準、検査法、逸脱した場合の是正方法を定めて工程管理する永続的改善手法。 HACCP認証は、この手法を実施する能力と取組み体制が適切であることを審査する。

黄色ブドウ球菌食中毒は1984年までは年間200件以上発生していたが、2000年以降の平均値は53件、全体に示す割合は4%となっている。その理由は、最大の原因食品であった「にぎりめし」による食中毒が激減したためであ る。 例外的な2000年の大事故以降の16年間において、事故件数は漸減しているが、事故件数の割合には大きな変化はなかった。 患者数も半減しているが、1件当たり患者数も17~49の範囲にあった。すなわち、これらは食中毒事故総体の減少を反映しているのであり、2001年のBSE騒動と2003年の食品安全基本法の制定を教訓化したことによる。 黄色ブドウ球菌食中毒の推移 14,722 ● = 2014年に患者数および1件当り患者数が一過性に増加しているが、仕出屋による741名の事故があったためである。大量に製造して長時間常温保存することで黄色ブドウ球菌が増殖して毒素を産生する。また、26件中20件が飲食店によるものだったが、その内6件が弁当、3件が「おにぎり」であり、自宅で作らなくなった時代を反映している。 なお、ブドウ球菌のエンテロトキシンは耐熱性であり、再加熱しても食中毒を防げない。

ボツリヌス症(Botulism) 自然毒は人工毒よりもはるかに強毒 ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は酸素がない環境でのみ増殖する偏性嫌気性菌で、土壌中で芽胞が長期生残する。増殖に伴って産生された毒素を摂取することによりヒトや動物が発症する。 毒素はA~G型まで7種類あり、ヒトが発症するのは A、B、E 型で、希にF型の食中毒もある。家畜が発症するのは主に C、D型 で、希にB型でも発症する。 自然毒は人工毒よりもはるかに強毒 毒の種類 ボツリヌス菌毒素D ボツリヌス菌毒素A 破傷風菌毒素 ベロ毒素 サキシトキシン テトロドトキシン サリン 青酸カリ (KCN) LD50 (mg/kg) 0.00000032 0.0000011 0.000002 0.0034 0.01 0.2 10 由来 ボツリヌス菌 破傷風菌 赤痢菌、大腸菌O157 二枚貝(プランクトン) フグ、ヒョウモンダコ(細菌) 毒ガス(オウム真理教) 人工毒(失楽園)

日本におけるボツリヌス食中毒の届出状況(1951~2012) 最近の日本における乳児ボツリヌス症の多発 発生地 事故数 死者数/患者数 毒素型・原因食 発生地 事故数 死者数/患者数 毒素型・原因食 北海道 青森 秋田 宮城 岩手 山形 福島 栃木 東京 57 22 14 1 3 5 53/316 10/43 24/63 0/4 0/1 5/9 3/3 1/9 1/2 0/18 E型・いずし A型・里芋缶詰 A型・井戸水 B 型・不明 A 型・不明 B型・オリーブ潮漬 千葉 滋賀 大阪 岡山 広島 鳥取 熊本 宮崎 計 1 2 11 120 0/0 0/1 2/6 0/2 11/36 3/21 113/542 ハヤシライス A 型・不明 不明 E型・ハスすし A 型・調理済み食品 A 型・辛子レンコン B 型・キャビア 致命率 20.9% 最近の日本における乳児ボツリヌス症の多発 感染研 発生期日 発生場所 原因菌 原因食品 2017/2/19 2012/3/24 2011/10/28 2011/10/ 2010/12/22 2008/9 2007/4/17 東京・家庭 鳥取・家庭 大阪・家庭 愛知・家庭 愛媛 千葉船橋市 岩手・家庭 A型 B型 E型 ハチミツ 市販調理済み密封常温保存 母親が蜂巣付きハチミツを喫食 不明 岡山2011/1と同一 自家製アユいずし 0/1/1(5ヶ月齢男児) 0/2/2(60代夫婦) 0/1/1(10ヶ月齢女児) 0/1/1(6ヶ月齢男児) 0/1/1(11ヶ月齢男児) 0/1/1(8ヶ月齢男児) 1/1/1(58歳男性)

鳥取県の酪農家における牛ボツリヌス症 ベッド数140 床のフリーストール牛舎で成乳牛130 頭、育成牛35 頭、肥育素牛80 頭を飼養する複合経営の酪農家である。2005年12 月9日、突然1頭が起立不能に陥り翌日斃死した。その後も次々と起立不能牛が発生し、発症頭数は35 頭に達した。死亡牛1 頭の小腸内容からD型毒素が確認された。ラップサイレージを給与していない乾乳牛に発生はなかったことから、それが原因と推定された。 四肢伸張し横臥状態 後躯麻痺による開脚姿勢

岡山県における牛ボツリヌス症 2010年1月10日に突然の積雪があり、牛舎内に多数のカラスが進入、牛舎奥の通路はカラスの糞だらけになった。 その日の夕方に1頭急死したのが事の始まりで、その後起立不能牛が続発、計8頭が発症した。2頭剖検して1頭の直腸便からD型毒素が、また環境材料10検体中飼料添加剤(EM菌ボカシ)からD型毒素が、通路のカラスの糞からD型毒素遺伝子(PCR)が検出されボツリヌス症と診断した。 牛舎の清掃と消毒とともに、カラス対策として牛舎にネットを張った。 しかし、1月下旬に2頭、3月初旬に1頭発生した。芽胞対策として、該当牛房前の通路と飼槽の火炎消毒を実施した。それでも5月中旬に4頭発生した。発症牛房の敷料、ウォーターカップの水、その下の汚泥、それが流れ込んだ側溝の水からD型毒素と毒素遺伝子が検出された。 塩素系消毒薬(クレンテ、ビルコンなど)、ヨード系消毒薬、アルデヒド系消毒薬。 後肢麻痺による起立不能

鹿児島県における牛ボツリヌス症 501 頭を飼養する肥育経営農場で, 2011 年3 月から4 月にかけて13 頭が起立不能,浅速腹式呼吸などを呈し死亡した。うち1 頭について病性鑑定を実施し, 母牛21 頭,子牛11 頭を飼養する繁殖経営農場で,2011年3 月に5 ヶ月齢の子牛1 頭が努力性呼吸, 歩様蹌踉を呈し急死した。 いずれも、ルーメン内容物及び直腸便からボツリヌス菌及びD 型毒素を検出した。飼槽内オーツヘイから菌が分離された。 岐阜県における牛ボツリヌス症 農家は肉用牛約200頭を飼育。内80頭がいた牛舎で、 2012年5月24日から6月6日にかけ、生後5~17カ月の子牛48頭が、立てなくなったり、呼吸困難になったりした後に死んだ。ボツリヌス毒素遺伝子の陽性反応を確認した。 近年は毎年数件が報告されている。 原因不明の突然死で終わる例もある。 流涎、呼吸促迫

芽胞を摂取し、生体内で菌が増殖して毒素産生 飼料などで産生された毒素の経口摂取 芽胞を摂取し、生体内で菌が増殖して毒素産生 腸管でボツリヌス毒素を吸収 血流に乗って全身へ 末梢神経(コリン作動性神経)の神経筋接合部でアセチルコリン放出を阻害 神経筋の伝達遮断 歩様異常、流涎、舌麻痺、咀嚼・嚥下困難、起立不能、横臥姿勢、呼吸促迫 死亡 毒素は飼料中で産生されるか、芽胞がルーメンで発芽して産生する場合がある。 後肢から始まる進行性弛緩性麻痺が特徴で、中毒なので経過が速い。 ボツリヌス毒は強力であり少数の菌が存在すると十分量を産生する。すなわち、菌分離が困難でも毒素検出が可能な場合が多い。 ルーメン、腸内容物、変敗サイレージ、乾草等から分離を試みる。 発症(死亡)牛の,血清,消化管内容物,乳剤,腹水等からボツリヌス毒素を検出する。

牛ボツリヌス症のまとめ ボツリヌス毒素含有飼料を摂取することにより、3~7日で症状が発現するが、毒素の摂取量が多いと発現が早まる(8時間程度)。野生小動物の死体が混入したり、品質の悪いサイレージおよび乾草などの摂取からの感染もみられる。本菌は腐敗動物、変敗植物中において適温・適湿下で増殖し、その際に毒素が産出される。 四肢、下顎および喉頭部から始まる筋肉の麻痺が特徴。食欲不振から起立不能に陥り、活力低下、沈うつ、歩様異常、流涎、舌麻痺、咀嚼・嚥下困難、首を横に曲げ、うずくまる乳熱様姿勢などを呈し、ついで筋肉麻痺、横臥・四肢伸長となり、最後には呼吸不全に至り窒息死する。牛は苦悶することなく死亡し、腹囲が極端に縮小する。多くの場合、体温、知覚、便などに異常はみられない。 高水分サイレージ給与を避けること、野生の水鳥が集まる水場などに放牧地や採草地の設置を避けること、動物の死体処理を確実に実施することが重要。有効な治療法はない。発生農場での発症予防用に、牛クロストリジウム・ボツリヌス(C・D型)感染症(アジュバント加)トキソイドが2009 年12 月に製造販売承認された。

破傷風: 希ではあるが、創傷後に C. tetani(破傷風菌)による強直性痙攣を伴う死亡。 届出伝染病 牛の突然死の原因としてボツリヌス症、その他の Clostridium 属菌による感染症、血栓栓塞性髄膜脳炎(Haemophilis somnus)、硝酸塩中毒、鉛中毒などがある。 ボツリヌス菌以外の Clostridium 属菌のうち、牛では下記の菌種による疾病が重要視されている. 破傷風: 希ではあるが、創傷後に C. tetani(破傷風菌)による強直性痙攣を伴う死亡。 届出伝染病 気腫疽:  C. chauvoei による気腫を伴う骨格筋の壊死により特徴づけられる 届出伝染病 悪性水腫:  C. septicum、 C. perfringens および C. novyi による感染部の出血・水腫を伴った壊死。 C. sordellii は悪性水腫の原因となることもある菌で, 羊の突然死に関わることが示唆されているが、牛の突然死に関与することは稀である。 出血性腸炎:  C. perfringens を原因とし、中枢神経系を含む実質臓器の出血や壊死が観察されるエンテロトキセミアに進展。 土壌中には、炭疽菌とともにこれらのクロストリジウム属の芽胞が存在する。

ウェルシュ菌(Clostridium perfringens) Distribution of Cl. perfringens ウエルシュ菌(Clostridium perfringens )は、耐熱性芽胞を有する偏性嫌気性菌で、産生する4種類の主要毒素によって、A~Eの5つに分類され、食中毒やガス壊疽の原因菌はA型菌である。ヒトの感染症としては、エンテロトキシンによる食中毒の他に、壊疽性腸炎、ガス壊疽、化膿性感染症、敗血症等が知られている。ウエルシュ菌は、ヒトや動物の大腸内常在菌であり、ビフィズス菌などと対比され、悪玉菌の代表とされている。 下水、河川、海、耕地などの土壌に広く分布する。牛、豚、鶏の糞便および畜舎排水から芽胞がほぼ100%例検出されるが、その内、エンテロトキシン遺伝子陽性は1%未満であった(               )。食肉等からのウエルシュ菌の分離頻度は高いが、エンテロトキシン産生株はその一部だと推定される。 Distribution of Cl. perfringens ウェルシュ菌による食肉の汚染調査成績 審議会資料 日本 米国 用途・種類 検体数 陽性数 (%) 用途・種類 検体数 陽性数 (%) 市販牛肉 冷凍牛肉 牛挽肉 冷凍馬肉 91 86 40 120 59 33 15 10 4 24 36.3 17.4 25.0 3.3 42.4 と殺直後の牛枝肉 仔牛肉 牛肉 ローストビーフ用 挽肉 凍結挽肉 100 17 50 102 95 357 29 14 35 34 45 44 29 82.4 70 33.3 47.4 12.3

日本におけるウエルシュ菌食中毒の発生件数は少ないが、肉食中心の欧米諸国では主要な食中毒となっている。 ウエルシュ菌食中毒は、大量に加熱調理された後そのまま自然放冷された食品を原因とすることが多い。加熱刺激(Heat Shock)を受けた芽胞が発芽して自然放冷中(30~50℃)に増殖し、その後芽胞を形成して菌体が崩壊する際にエンテロトキシンを放出する。したがって、大量調理された食品(夏場の冷やし麺、前日の残りカレーやシチューなど)を原因とするので、一事故当り患者数が多い。 ウエルシュ菌エンテロトキシンは易熱性なので、再加熱すれば毒素は失活する。また、エンテロトキシン産生性ウエルシュ菌が大量に増殖した食品を喫食することにより、腸管内で増殖した菌が芽胞を形成する際に産生・放出するエンテロトキシンによっても発症する。 日本におけるウエルシュ菌食中毒の発生件数は少ないが、肉食中心の欧米諸国では主要な食中毒となっている。 1995~ 2004 2011~ 2016 ウェルシュ菌 サルモネラ 黄色ブドウ球菌 腸炎ビブリオ 病原大腸菌 カンピロバクター 83.7 19.1 36.6 13.6 25.2 5.4 64.8 33.8 25.1 24.0 31.2 7.2 細菌性食中毒一事故当り患者数