オイラー積、ゼータ関数、リーマン予想 松本茂樹

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オイラー積、ゼータ関数、リーマン予想 松本茂樹 オイラー積、ゼータ関数、リーマン予想              松本茂樹

素数は、最も古くまた最も新しい研究テーマ 素数分布に関するリーマン予想はいまなお未解決のまま現代数学の最高峰を形作り、世界の最高の頭脳が日夜この超難問に取り組んでいる。 一方で、素数は情報社会における暗号技術において常用され、ネットワークセキュリティに不可欠な役割を果たしている。

素数と現代暗号 現代暗号の代表格であるRSA公開鍵暗号系においては、整数の素因数分解の困難が正しく暗号強度の鍵であり、これによって暗号の安全性が保たれている。したがって、もしもリーマン予想が解かれることになれば素数の分布の様子がより正確に把握されるため、極端な云い方をすると暗号が暗号でなくなる可能性がある。情報通信における個人情報の遣り取りや電子的な決済の仕組みが大幅な変更を余儀なくされるということも十分考えられる。

素数研究史 定理(BC500頃) 素数は無限に多く存在する。 定理 自然数は素数の積として、素数を掛け合わせる順番を除けばただ一通りの方法で書き表すことができる。 先の定理は「素数の多さ」を述べた数学史上最初の定理であり、「ユークリッドの素数定理」とよばれることがある。 後の定理は「初等整数論の基本定理」とも呼ばれ、定理の主張の中で「素数の積としての表現が一意的であること」が特に重要である。18世紀の数学者オイラーは素数論において(リーマンゼータ関数のオイラー積表示という形で)この定理に(関数等式による)解析的解釈を与え、近代的な素数研究の端緒をひらいた。

「素数の逆数の和は無限である」 定理(L. Euler, 1737年)  乗法演算の観点からは「それ以上分解し得ない」という意味で物資の世界でいう原子(アトム)のような存在である素数は、それ自体は自然数全体の中で“不規則に”分布している。「素数の無限性(無限に多く存在すること)」は今から約2500年も前に古代ギリシャにおいて知られていたことは先述したとおりだが、素数解明の次のステップはオイラー(1707-1783)の出現まで約2000年以上待たねばならなかった。すなわち、1737年の「素数の逆数の和は無限大である(オイラー)」という大発見がそれであり、現代的な数論に連なる画期的な成果であった。 定理(L. Euler, 1737年)

素数を漏れなく拾い上げながらその逆数を順に加えていくという計算は最新鋭の計算機を用いて実行したとしても漸く4を超える程度であり、それほどに(無限にある素数のうちで)知られているものは“ほんの僅か”。GIMPS (Great Internet Mersenne Prime Search 世界最大の素数を求め続ける分散コンピューティングプロジェクト)によって現在知られている最大の素数は47番目のメルセンヌ素数M(47)であり( 1283万7064 桁の整数であるが)、この素数までの素数の逆数和を求めてみても17程度である。(なお、M(47)以下の素数がすべて得られているというわけではないので「17程度」というのはあくまで理論値。) このような有限和の具体的な数値例からも、「素数の逆数の和は無限大である」ということを看破したオイラーの偉大さがわかる。   On April 12th, the 47th known Mersenne prime, 242,643,801-1 was found. Marin Mersenne 1588 - 1648

オイラーによるゼータ関数の発見 ゼータというはギリシャ文字ζのことであり、ドイツの数学者リーマン(1826-1866)が素数研究に本質的に寄与する関数に対して与えた記号であるが、その実体は“名付け親”のリーマンに先だってオイラーが導入し研究を進めたものである。

オイラー積の公式(1737年) ゼータ関数ζ(s)の上記の二通りの表現において、無限積は素数全体にわたり、一方、無限和は自然数全体をわたる。 素数全体にわたる無限積と自然数全体にわたる無限和の結びつき自体が「素因数分解の可能性と一意性」を巧みに表現しており、自然数の逆数和に関するオーレムの結果が(この等式を通じて)素数の逆数和に関するオイラー定理(1737年)を導いたのである。

オイラーに先立つこと約400年、フランスのオーレムは「自然数の逆数の和が無限大である」という結果を(1350年頃に)得ており、オイラーの「素数の逆数の和」の評価に本質的な役割を果たした。 定理(Nicole Oresme) Nicole Oresme 1323-1383

実際、無限乗積の発散から無限級数の発散を導くことでオイラーの主張である「素数の逆数の和が無限大であること」が証明される。

 素数の研究においてリーマンの目指すところは、素数の数え上げに関する精密で明示的な素数公式を作り上げたうえで「ゼータ関数の虚のゼロ点」から素数全体(素数分布)を捉えようとするもので、その構想は雄大である。  リーマン予想への挑戦はヒルベルトのスペクトル理論の洗礼を受けながら、20世紀へと受け継がれ、さらに21世紀を向かえても依然として未解決であり、活発な研究が続けられている。

素数公式とリーマン予想 リーマンの素数公式(1859年) 素数に関するあらゆる疑問に答えることが素数の解明であるということが出来るが、解明の第一歩は与えられた数x以下の素数の個数π(x)を求め、一見不規則な素数の出現状況(素数分布)を把握することであるといえよう。素数全体の把握は(オイラー積の公式を通じて)ゼータ関数という連続的変数の関数の研究に帰するというオイラーの思想はその後リーマンによって著しい発展を遂げた。リーマンは1859年に「与えられた数より小さい素数の個数について」と題する論文を発表し「π(x) をゼータ関数のゼロ点を用いて表す」という素数公式(明示公式)とその証明のあらましを記した。 リーマンの素数公式(1859年)

ここで、μはメビウス関数と呼ばれる数論的関数であり、Li は対数積分と呼ばれる特殊関数(定義を2行下に記します)を表す。また、ρに関する足し合わせにおいて、ρはゼータ関数の虚のゼロ点のすべてわたる。 リーマンは上記の論文「与えられた数より・・・」において、ゼータ関数の虚のゼロ点の実部は ½ であるという予想を述べている。これが難問中の難問とされるリーマン予想で、20世紀数学を牽引したとも云われるが、現在もなお未解決のままである。素数の個数π(x) の明示公式においてゼータ関数のゼロ点の存在域は本質的重要であり、素数分布とゼータ関数の虚のゼロ点が密接に関係する。りーマン予想が正しいとすると次の不等式が(ある正の数Cが存在して、ある値よりも大きな任意のxについて成り立つことが)証明され、逆に、この不等式評価からリーマン予想が(正しいことが)証明される。

素数定理 π(x) ~ Li(x) オイラーとリーマンの間に、大数学者ガウス(1777-1855)の活躍がある。 素数分布に関して、ガウスはπ(x)の漸近挙動(素数定理)を(15歳頃に)予想したが、残念ながらガウス自身はその証明に成功しなかった。ここでの「~」の意味は「~」の両側の関数の比が x → ∞ のとき1に近づくことを意味します。 素数定理  π(x) ~ Li(x) 素数定理はリーマンのゼータ関数による解析的アプローチを経て、厳密な証明は1896年にド・ラ・ヴァレー・プーサンとアダマールによってそれぞれ独立に与えられたが、対数積分Li(x)は(π(x)に対する)リーマンの素数公式の主要部であるので、ゼータ関数の虚のゼロ点がガウス平面における(クリティカル・ストリップと呼ばれる)帯状領域 0 < Re z < 1 に含まれるという(リーマン予想とは問題にならないほど弱い)事実に基づいて素数定理の正しさが示されたという(だけの)ことである。

リーマン予想の解明にむけての研究が現時点でどの程度まで進捗しているのかを簡潔明瞭に表現するのは難しいが、ゼータ関数の著名な研究者のひとりは「富士登山で云えば“七合目”辺りまで来ている」と述べ解決がさほど遠くないことを示唆した。ゼータ関数ζ(s)を“良い性質をもつ”行列Rを用いて行列式表示することが鍵であるとも云われる。 ゼータ関数の虚数のゼロ点を行列Rの固有値として捉えるという(ヒルベルト等による)着想に基づいて様々な試みがなされており、このような行列Rがほぼ求まりつつある段階である。