腹膜機能評価指標 (MTACu/c)の有用性 第12回日本腹膜透析研究会 2006年 10月 13日 ○濱田浩幸・A Mamun ・岡本正宏・ 狩野智一*・名本真二* ・山下明泰†・石崎允‡ 九州大学大学院システム生命科学府・ * 株式会社JMS・†湘南工科大学・‡永仁会病院 ご紹介ありがとうございます。九州大学の濱田と申します。 今日は、腹膜機能評価指標MTACu/cの有用性ということで、腹膜機能パラメータMTACの値と透析量の 関係につきまして、ご説明させていただきます。よろしくおねがいします。
Duration Time of PD [months] 腹膜透析歴と総除水量 y =-9.9788x+1585.9 r =-0.5251 p <0.001 2000 1000 UF Vol. [mL/day] まず、1つめは、先ほどもご説明いたしましたが、透析歴とともに治療効率の低下を招来することが知られております。ここには透析歴と体内の余剰な水分を除去した量、除水量の関係を示しておりますが、負の相関をしめしております。この治療効率の低下に対して適宜、強い処方を設定する必要があります。また、 -1000 24 48 72 96 120 144 Duration Time of PD [months] Ishizaki et al. 2002
MTACと除水量、CCrおよび尿素Kt/Vの 腹膜透過能と治療効率 ① 除水量の減少 浸透圧剤の吸収速度の増大 ② 腹膜透過能の亢進 ( MTAC ) ③ 排液量・CCr・尿素Kt/Vの減少 MTACと除水量、CCrおよび尿素Kt/Vの 関係を検証し、MTACの至適透析指標 としての有用性を検討した。 全国50施設から100症例の臨床データをおかりし、構築したキネティックモデルの妥当性を検証いたしました。 患者の選択基準は、腹膜透析を安定して加療していること、1回の透析液の注液量が2Lであること、1日の尿量が500mL未満であること、血液透析などを併用していないこととしました。
MTAC : overall Mass Transfer Area Coefficient 臓側 腹腔 R4 R6 R3 R2 R1 R5 毛細血管 間質 中皮細胞 一方、腹膜の透過能が亢進する現象を巨視的に捉えた場合、MTACの変化が現れます。 MTACは総括物質移動係数Kと有効面積Aの積で表されますが、内皮細胞や中皮細胞が損傷した場合、物質移動の障壁が崩壊することになり、Kが大きくなります。また、新生血管が現れた場合、有効面積Aが増大します。 そこで、MTACを用いて、腹膜の透過性を評価しました。 内皮・中皮細胞の損傷 :障壁の崩壊(K) 新生血管過剰発現 :有効面積増大(A)
MTAC の近似式 VD : 透析液量 CD : 透析液中濃度 CB : 血中濃度 これは、腹膜を介する物質移動の支配方程式ですが、腹膜を解する物質移動速度は、拡散輸送速度と対流輸送速度の和で表されます。 この式は、透析液の物質量の変化速度を表し、濃度勾配による拡散輸送項と浸透流量による対流輸送項で表されます。 この式は、体液の物質量の変化速度を表し、物質の産生速度に対して、腹膜を介する物質移動速度および腎機能による除去速度で表されます。ここで、このKAは、総括物質移動膜面積係数MTACといい、また、σは濾過における反射係数であり、これら2つのパラメータは患者ごとに設定する必要があります。続いて、ろ過に関する支配方程式ですが、 VD : 透析液量 CD : 透析液中濃度 CB : 血中濃度 C : 平均濃度 s : 反射係数 QU : 限外濾過流量
腹膜透析至適処方研究会 参加施設 全国 50 施設 東京大学・東海大・東京女子医大 東京慈恵会医大・日本大学 他 症例数 50 名 参加施設 全国 50 施設 東京大学・東海大・東京女子医大 東京慈恵会医大・日本大学 他 症例数 50 名 患者選択基準 慢性腹膜透析療法を安定して加療中 単回の腹膜透析液の注液量が 2.0L 通常の尿量が 500 mL /日未満 他の透析療法と併用していない 全国50施設から100症例の臨床データをおかりし、構築したキネティックモデルの妥当性を検証いたしました。 患者の選択基準は、腹膜透析を安定して加療していること、1回の透析液の注液量が2Lであること、1日の尿量が500mL未満であること、血液透析などを併用していないこととしました。
検査スケジュール START 時間経過(時刻は排液開始時刻) END 360 2 L 360 2 L 400 2 L 400 2 L 浸透圧 注液量 体重測定 採排液 採血 蓄尿 注液 排液 START 時間経過(時刻は排液開始時刻) END 22:30 8:00 10:30 12:30 15:30 20:30 22:30 8:00 360 2 L 360 2 L 400 2 L 400 2 L 360 2 L 400 2 L 360 2 L 400 2 L こちらに、患者に施行していただきました検査スケジュールを示しております。 検査は、360mOsmの浸透圧の透析液と400mOsmの浸透圧の透析液を交互に使用していただき、貯留時間がそれぞれ異なる合計6回交換していただきました。さらに、朝8時から翌日の8時までの24時間の物質収支を求めるために、採血と蓄尿も行っていただきました。そして、360mOsmを貯留したこれら2回の透析データから、この桃色の透析のデータを、そして、400mOsmを貯留したこれら2回の透析データから空色の透析のデータを推定し、開発した数値解析法の再現能と予測能を評価しました。 これら対象患者に、このような検査、PD NAVI テストを実施していただきました。この検査は、24時間とその前夜貯留から構成されておりまして、低浸透圧液と中浸透圧液を貯留時間を変えながら交互に6回交換していただきます。そして、 24時間間隔で採血と蓄尿を実施して頂きます。この検査から、約100項目の臨床データを頂きまして、PD NAVIで解析を実施しました。次のスライドをお願いします。 22:30 8:00 10:30 12:30 15:30 20:30 22:30 8:00
MTACu:尿素MTAC MTACc:クレアチニンMTAC 臨床データのまとめ 症例数 50症例( 男37/女13) 総体液量 36.8 ± 5.4 L 体表面積 1.73 ± 0.34 m2 総CCr 57.5 ± 4.7 L/week/1.73m2 尿素総Kt/V 1.85 ± 0.36 Standard PET 除水量 315 ± 166 mL 残液量 191 ± 112 mL MTACu 22.4 ± 4.0 mL/min MTACc 13.0 ± 3.6 mL/min 全国50施設から100症例の臨床データをおかりし、構築したキネティックモデルの妥当性を検証いたしました。 患者の選択基準は、腹膜透析を安定して加療していること、1回の透析液の注液量が2Lであること、1日の尿量が500mL未満であること、血液透析などを併用していないこととしました。 MTACu:尿素MTAC MTACc:クレアチニンMTAC
MTACuとMTACcの関係 晶質のMTACは良好な相関を持つ これは、尿素のMTACとクレアチニンのMTACの相関を示しておりますが、良好な相関関係を示しました。 尿素の分子量が60、クレアチニンの分子量が113、グルコースの分子量が180と、これら3つの分子はほぼ等差関係に ありますので、尿素のMTACとクレアチニンのMTACの比と除水量の関係を調べました。 晶質のMTACは良好な相関を持つ
MTACu/c と除水量 尿素のMTACとクレアチニンのMTACの比MTACu/cは、除水量と良好な相関をもつことが示されました。 従来、腹膜の透析能を表すパラメータを用いて除水能が評価されたことはなく、MTACu/cがはじめて除水能を評価する有効な指標としてご理解を頂いております。では、MTACu/cが除水能と相関を持つならば、CCrやKt/vと相関を示せば、なお、有用であることから、MTACu/cとCCrおよびKt/Vの関係を調べてみました。
MTACu/cは、透析量および排液量と関係をもつ 我々が設計したキネティックモデルにおいて、腹膜を介する物質移動速度は、このように記述されました。この式を線形化して MTACの近似解を算出しますと、このようになります。ここで、CCrやKT/Vを算出するために式変形を施しますと、クレアチニンのMTACはこのように、尿素のMTACは、このようになります。これらの比をとりますと、このようになり、MTACu/cは、透析量および排液量と関係を持つことが示されました。これの解曲線をグラフで図示しますと、 Hamada, Okamoto et al., 2006
MTACu/c<1.5 腹膜透析療法だけでは透析不足 このようになりまして、Kt/V、CCrそれぞれの設定値において、MTACu/cと排液量の間にはこのような関係が示されました。 MTACu/cが低下するほど、1日の排液量をたくさん必要とする傾向がしめされました。1日にどんなに頑張っても排液量が14Lに達することは非常に困難であります。青い曲線がDOQIガイドラインの推奨値を設定した場合ですが、これを満足するには、MTACu/cが1.44以上であることが示されております。したがって、MTACu/cが1.44を切ると、腹膜透析療法だけでは、透析不足になることが示唆されました。 亢進 腹膜透過能 MTACu/c<1.5 腹膜透析療法だけでは透析不足 Hamada, Okamoto et al., 2006
ま と め PETデータを用いた解析により・・・ 1.MTACuとMTACcは相関を示した。 2.MTACu/cと除水量は相関を示した。 3.MTACu/cと排液量、CCrおよび尿素Kt/Vの 関係を解析的に示した。 4.MTACu/c>1.76ならば、腹膜透析だけで NKF-DOQI guide lineの推奨値を達成できる 可能性が示唆された。 以上、本発表をまとめますと、 1.拡散輸送および浸透による対流輸送を考慮した腹膜透析療法の数理モデルを構築した。 2.腹膜透析療法の臨床データを用いて数理モデルの有用性を検討した。数値シミュレーションの再現能と予測能は良好であり、処方検討に有効である。 3.腹膜透析療法の最適処方の探索法を考案した。CCr・尿素Kt/V・クレアチニンおよび尿素窒素血中濃度を評価すれば、最適な処方を設定できる。 4.腹膜透過能を規定するMTACu/cおよびCell poreの透水能を規定するLpScを用いて腹膜機能を総合評価する指標を構築した。腹膜透析の中止または血液透析との併用を開始する基準を提案した。
謝辞 臨床データをご提供頂きました患者様、および 施設のスタッフの皆様に御礼を申し上げます。 本研究の一部は、科学研究費補助金(18790568) を得て行った。 以上、本発表をまとめますと、 1.拡散輸送および浸透による対流輸送を考慮した腹膜透析療法の数理モデルを構築した。 2.腹膜透析療法の臨床データを用いて数理モデルの有用性を検討した。数値シミュレーションの再現能と予測能は良好であり、処方検討に有効である。 3.腹膜透析療法の最適処方の探索法を考案した。CCr・尿素Kt/V・クレアチニンおよび尿素窒素血中濃度を評価すれば、最適な処方を設定できる。 4.腹膜透過能を規定するMTACu/cおよびCell poreの透水能を規定するLpScを用いて腹膜機能を総合評価する指標を構築した。腹膜透析の中止または血液透析との併用を開始する基準を提案した。
Pyle-Popovich’s Model 臓側 腹腔 濾過 濾過流量 反撥係数 毛細血管 総括物質 移動係数 拡散 実は、これまでに、腹膜透析療法のキネティックモデルがいくつか提案されておりまして、代表的なものが2つあります。まず1つめとして、このPyle-Popovichのモデルというものがあります。このモデルは、腹膜を均質膜と仮定し、溶質特異性を考慮した拡散輸送の解析をおこなうことができます。しかしながら、ろ過については、実験式が適用されており、個人差を表現することができませんでした。 有効面積 拡散輸送は溶質特異性を考慮 対流輸送(濾過)は実験式 ( Popovich, 1985 一部改変 )
臨床検査の測定項目 生化学検査 血液 排液 尿 アルブミン ○ ○ ○ グルコース ○ ○ クレアチニン ○ ○ ○ 尿素窒素 ○ ○ ○ 生化学検査 血液 排液 尿 アルブミン ○ ○ ○ グルコース ○ ○ クレアチニン ○ ○ ○ 尿素窒素 ○ ○ ○ ナトリウム ○ ○ ○ クロール ○ ○ 計 量 注液量・排液量・尿量・体重 なお、臨床検査の測定項目は、血液、透析液排液、尿それぞれにおいて、アルブミン、グルコース、クレアチニン、尿素窒素、電解質の濃度を測定し、透析液の注液量および排液量、尿量、体重を計量しました。
臨床データのまとめ 症例数 50症例( 男37/女13) 総体液量 36.8 ± 5.4 L 体表面積 1.73 ± 0.34 m2 症例数 50症例( 男37/女13) 総体液量 36.8 ± 5.4 L 体表面積 1.73 ± 0.34 m2 総CCr 57.5 ± 4.7 L/week/1.73m2 尿素総Kt/V 1.85 ± 0.36 Standard PET 除水量 315 ± 166 mL 残液量 191 ± 112 mL MTACu 22.4 ± 4.0 mL/min MTACc 13.0 ± 3.6 mL/min MTACu/c 1.78 ± 0.32 全国50施設から100症例の臨床データをおかりし、構築したキネティックモデルの妥当性を検証いたしました。 患者の選択基準は、腹膜透析を安定して加療していること、1回の透析液の注液量が2Lであること、1日の尿量が500mL未満であること、血液透析などを併用していないこととしました。
腹膜透析療法の透析指標 クリアランス(浄化した体液量) Kt/V(クリアランスと総体液量の比) [L/week] Kt/V(クリアランスと総体液量の比) [ - ] 指標 推奨値(DOQI Guide Line) クレアチニンCL(CCr) ≧60 L/week/1.73m2BSA 尿素Kt/V ≧2.0 (週当たり) じつは、尿毒物質の除去量につきまして、このような、DOQI guide Lineという、レコメンデーションが発表されております。 これは、クリアランスといいまして、分子は尿毒物質の除去量を分母は透析前の血中濃度をあらわし、この値は、浄化した体液量を表す指標です。また、これは、Kt/Vといいまして、クリアランスを体液量で割り算した指標です。Kt/Vは、浄化した体液量が総体液量のいかほどになるかを表した式です。このクリアランスとKt/Vを用いて、5年生存率が95%以上になるレコメンデーションは、1週間のCCrが60L以上、尿素のKt/Vが2.0以上であると報告されております。先ほどのMTACu/cとCCrおよびKt/Vの関係を導出することにします。 National Kidney Foundation. K/DOQI Clinical Practice Guidelines for Peritoneal Dialysis Adequacy, 2000. Am J Kidney Dis 37:S65-S136, 2001