1990年代以降の 高齢者医療政策の変容 ー「入院期間の短縮」から 「早期退院」へー ○仲口 路子:立命館大学先端総合学術研究科 /京都橘大学 有吉 玲子:立命館大学先端総合学術研究科 野崎 泰伸:立命館大学非常勤講師 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
研究の目的 1990年代から2000年代は,日本の(高齢者)医療の政策的展開においてさまざまな意味で大きく舵取りがなされたといえる.その中から本報告では特に,「入院」と「退院」をめぐる政策的展開に照準して考察する. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
1990年代の変遷:バブル崩壊から「自立」へ 1990年代の日本の医療/福祉制度の転換は「財源の不足」と「財政」の問題が顕在視され,ひとつにはそれがしだいに「自立」(あるいは自律)といったタームに収斂されていった過程としてみることができる . 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
流れの概観 「社会的入院」の「問題」の問題視. 「家族介護力」の低下の指摘 . 「高齢者の自立支援」を掲げ ,介護保険制度策定に向けた動きが本格化 . 「介護予防」 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
2000年代の変遷:医療制度改革と 専門職集団の順応 2000年代は,小泉政権(2001年3月~2006年9月)の医療制度改革が行われ,それには2つの側面があった. 1つは歴代政府で初めて医療分野への市場原理導入(新自由主義改革)方針を閣議決定したこと , もう1つは伝統的な医療費抑制政策を一層強めたことである. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
「後期高齢者医療制度」 :その1 「健康保険法等の一部を改正する法律」(2006年6月21日公布, 2008年4月1日施行)により,法律名を従来の「老人保健法」から「高齢者の医療の確保に関する法律」に変更 . その内容を全面改正するとともに,制度名を「老人保健制度」から「後期高齢者医療制度」に改められ,またその目的も変更 . 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
「後期高齢者医療制度」 :その2 それは老人保健法第1条にあった「健康の保持」から「医療費の適正化の推進」の文言というふうに変更されているものである. 急速な高齢化に伴って,医療費の増加が見込まれています.それを考慮し,75歳以上の心身の特性を踏まえた独立した医療制度を創設して,保険財源の責任を明確にするとともに,高齢者に対する現役世代の負担の公平化を図るのが同制度の目的です. 「医療情報に迫る!後期高齢者医療制度(長寿医療制度)」 Nursing College.p27.2008.06. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
「平成20年度診療報酬改定」 :その1 ○入院から在宅、介護への誘導 厚労省は,患者の病態などに応じて,入院・在宅を選べるようにするのではなく,「入院から在宅へ」「医療から介護へ移るよう」に,診療報酬や介護報酬を通じて促していく計画だ。今次改定で,一般病棟に90日を超えて入院する後期高齢者のうち,「脳卒中の後遺症・認知症」が原因の重度障害者等の患者は,低い定額点数になり,平均在院日数の計算対象となった. また,特殊疾患病棟,障害者施設等には,厚生労働大臣が定める状態の患者を一定割合入院させなければならないが,「脳卒中の後遺症と認知症」が原因の重度 障害者等の患者は,対象から外された.10月から実施予定だが,このままでは,障害を持つ入院患者が退院を余儀なくされることが危惧される. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
「平成20年度診療報酬改定」 :その2 高齢者の長期入院が多い療養病床の入院基本料も,全体的に引き下げられた. 一方で、5月の介護報酬改定では,療養病床から「転換型」の老健施設を創設した.現在の老健施設より高い介護報酬とし,施設内で看取ったときの「ターミナルケア加算」などが算定できる. 後期高齢者医療制度に伴った今回の改定では,75歳を境にしてあからさまな差異はつけられなかったが,将来的に国民1人1人に対する公的支出を削減する 「医療費適正化」政策のための手段として,2010年,2012年に予定されている診療報酬改定を通じて,拡大されていくことが懸念される.患者負担の軽減と医療費総枠を増やす政策への転換が強く求められている . 全国保険医団体連合会ホームページ http://hodanren.doc-net.or.jp/iryoukankei/seisaku-kaisetu/080403kourei.html 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
このような変遷を受けての医療専門職集団とりわけ医師・看護師らの動きは ? 「クリティカルパス」 の登場. 「クリティカルパスとは,標準的で質の高い治療・ケアを,コストを抑えながら効率的に患者に提供するために,時間軸と治療・ケア項目を表にしたものである.医療職者共同で作成し,入院中のすべての診療予定をまとめた「治療計画書」ともいえる. 坂本 すが監修:「ナースのためのつくれる・使えるクリティカルパス」学習研究社.p2-3.2007.07.30. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
背景の違い 「アメリカではDRG/PPSの導入に際して,(クリティカルパスは)在院日数と医療費の削減を目的として導入されたが,日本では,当初,“医療の質の向上”と“患者中心の医療の展開”を主な目的として導入され,次にDPC(diagnosis procedure combination:診断群別包括支払制)で拍車がかかり,驚くべき速さで普及していった.これにはさらにいくつかの要因が考えられるが,今日の医療がおかれている状況が関係している.」 ibid:3-4 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
クリティカルパスの現在 「日本医療マネジメント学会が2006年に実施したアンケート調査によると,全国835病院(200床以上)のうち,クリティカルパスを導入している病院の割合は89%と高値を示している.」 Ibid.はじめに. すなわち現在のクリティカルパスは「多職種協働」から発して,電子カルテにつながり,そして「地域連携クリティカルパス」として地域連携をレベルアップするツールとして期待が高まっており,これこそが現在の「医療費削減強調政策」に合致しつつ,かつ「質の高い医療」「患者中心の医療」への求心性を高める有効な手段として定着してきている,ということができる . 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
「入院期間の短縮」から「早期退院」へ :問題のすり替え? 「悪徳病院批判」 和田 努:「老人で儲ける悪徳病院」エール出版社. p187.1982.08. 「病院のサロン化」や「スパゲッティ症候群」 ☆「健全な医療」の運用が困難化 「医療費の負担の公平化」 へ ☆「悪用できるシステムを問わない」? 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
問題転換の仕掛けと言説の再生産 すなわち,政策立案者側からの批判として,その「不当な金儲け」やあるいは「不必要な医療支出」について,また利用者側への批判として「わけもなく多用する」ことがあり,またその政策転換を後押しする民意として「悪徳病院」「スパゲッティ症候群」などが存在した. そしてその解決策としての「公平な負担」の導入ということにつながっていた. ここにひとつの問題の転換の仕掛けがある. さらに言及するならば,これは「採算の合わない患者」は「在宅へ」といったことをそのまま正当化し,そういった言説の再生産にも寄与してしまっている,といった指摘も可能なのではないだろうか. 立岩 真也:「ALS不動の身体と息する機械」医学書院.p295.2004.11.15. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
「早期離床」や「入院期間の短縮」から「早期退院」へ 「予防」に力点を置きつつかつ,入院加療が必要となった場合には「早期退院」を目指す,そのためにはその「工程」を明確化し,それにのっとり「計画的に」診療・治療・看護ケアを整備する,ということであった. また一方で受け皿としての「在宅」(地域支援)を整備し,「社会的入院」の問題をも解決していこうとするものである. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
「クリティカルパス」 の有限性 「地域連携クリティカルパス」 工業における生産の「工程」は「製品」が「均一」であることと,「不良在庫を持たない」円滑な循環過程を目指していることを忘れてはならない. 「標準」? 「不良品」? 「不良在庫を持たない」? 「材料の厳選」 ? 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
なぜ,「入院期間の短縮」や 「早期退院」というのか それは「入院期間の『適正化』」として表現されてしかるべきところなのではないか. ここで指摘する問題は,われわれがこれまで経過してきた現実において『効率性』というとき,なぜかアプリオリにそれが『医療費削減』に滑ってしまう,ということの認識構造を意識することの重要性である. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07
結論 さまざまな立場からの「効率性」があるということを抜きにして,即座に「医療費削減」が目指されるということには議論の余地がある. そしてそれはもちろん,医療費はどのような場合にも無尽蔵に拠出されうる/されるべきである,ということを正当化するものではなく,これもまた十分な論考がなされる必要がある. すなわち,これは『「基本的ニーズは無条件に保障されるべきだ」という規範が、「資源の有限性」に優先されるということ』と符合している,ということである. 仲口 路子・有吉 玲子・堀田 義太郎:『1990年代の「寝たきり老人」をめぐる諸制度と言説』障害害学会第4回大会報告.2007.09.16-17. http://www.arsvi.com/2000/0709nm1.htm参照. 福祉社会学会 第7回大会 日本福祉大学 2009/06/06-07