Network Economics (8) ネット外部性(後)

Slides:



Advertisements
Similar presentations
7 月 21 日 MG9356 小沢 直宏( nao ) 1. 目次  電子マネーとは?  現在流通している電子マネー  電子マネーのシェア  電子マネーの利便性  電子マネーの問題点  電子マネーのこれから  まとめ  参考文献 2.
Advertisements

2016/7/21 情報経済システム論 情報経済システム論:第1回 担当教員 黒田敏史 1. 教員の紹介 黒田 敏史(くろだ としふみ) – 略歴 1978年2月10日生まれ 1996年 神奈川県立藤沢西高校卒業 1997年 東京理科大学理学部物理学科中退 1999年 京都大学経済学部入学 2005年.
日韓携帯電話市場の比較 日本大学D班 伊藤 洋平 井上 直也 河野 忠俊. 目次 1、はじめに 2、日本と韓国の携帯電話市場 3、韓国の携帯電話市場 4、日本の携帯電話市場 5、日韓の市場構造の違い 6、国内携帯電話市場における垂直統合のメリット 7、販売奨励金 8、 SIM ロック 9、国内携帯電話市場における垂直統合のデメリッ.
2016/8/1 情報経済システム論 情報経済システム論:第7回 担当教員 黒田敏史 /8/1 情報経済システム論 ネットワーク効果と戦略 ネットワーク効果と標準化・互換性 – 標準化と競争戦略 標準を普及させるためにはどのような戦略をとるべ きか 同じ標準を利用する企業同士の競争で利益を得るた.
Copyright©2004 South-Western 11 公共財と共有資源. Copyright © 2004 South-Western “ 人生で最もよいものは無料である...” 自由財(無料財)は経済分析における特別 の課題である。 現代経済では、ほとんどの財は市場で配分 され …
2年 金井美都穂 研究テーマについて /12/19 2 研究テーマについて 興味を持っているテーマ 1.住宅政策 2.エネルギーに関する日中技術協力 3.広告表示.
子ども・人材育成の観点 におけるデジタルコンテンツ
平成27年度SCOPE(重点領域型研究開発(先進的通信アプリケーション開発型)) 研究開発課題 ○○の研究開発
入門B・ミクロ基礎 (第4回) 第2章 2014年10月13日 2014/10/13.
多々納 裕一 京都大学防災研究所社会システム研究分野
第2章競争戦略 梶田 真邦 桑原 雪乃 斉藤 晋世.
甲南大学『ミクロ経済学』 特殊講義 新旧産業組織論と ネットワーク・エコノミックス 2Kyouikukatudou/3Hijyoukin/2000/Konan2000.html 依田高典.
如何に外部のサービス業者と一緒に仕事をするか
Network Economics (1) 新旧産業組織論と ネットワーク・エコノミックス
M.E.ポーターの競争戦略論 M.E.ポーターの競争戦略論は、「競争優位」に関する理論的フレームワークを提示した基本的理論である。SCPパラダイムという考えをもとに持続的な競争優位を確立するための戦略である。 SCPとは、市場構造(structure)、企業行動(conduct)、業績(performance)の略語であり、市場構造と企業行動が業績を決めるという考えである。
序章 文化的多様性とイノベーション 2009/10/06 経済学部経済政策学科3年 染谷 総
第六章 コモディティ化をいかにして回避するか
インターネットの本質を見極めよ インターネットの出現:大きな注目を集めるのも、驚くには及ばない、 世間の熱狂に煽てられて
第三章要約 りんご.
第9章 新規参入と既存企業の優位性 帝国.
資料2 情報財のビジネスモデル 2000年2月28日 慶応義塾大学ビジネススクール 國領二郎.
平成28年度SCOPE(重点領域型研究開発(先進的通信アプリケーション開発型)) 研究開発課題 ○○の研究開発
ミクロ経済学 11 丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2014年7月11日
再分配政策(3) 公共政策論II No.6 麻生良文.
現代の経済学B 伊東光晴「ケインズ」第3回 一般理論の骨組み(ii) 現代資本主義とケインズ経済学 京大 経済学研究科 依田高典.
「WTOと地域統合の関連と方向性 -経済学の視点から」 大阪大学 阿部顕三
第7章 途上国が「豊か」になるためにすべきこと
CE Powerline Communication Alliance
特許戦略 2002.10.18.
第7章 どのように為替レートを 安定化させるのか
児童労働問題とILOの取り組み ー条約の重要性ー
(景気が良くなり)ハンバーガーの需要が拡大すると
製品ライフサイクルと マーケティング戦略.
日本の電気通信産業の流れ 経済学部 四回生   西田 崇.
標準空間情報の整備及び 異種データベース間のデータ交換手法 に関する研究開発
Ⅲ.サービス開発の方法.
第三章 会社のグループを形成する.
第12章 外部性.
安心してネット上でコンテンツを流通できる環境の形成
大阪大学工学研究科 ビジネスエンジニアリング専攻 座古研究室 修士2年 百々路裕二郎
15 独占.
産業組織論 9 丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2014年1月9日
特殊講義(経済理論)B/初級ミクロ経済学
ミクロ経済学 10 丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2015年7月16日
3-1 メリット デメリット 「メリット」 ・顧客管理が容易になる。 ・現金レスによる防犯効果。 ・広告効果。 ・顧客の確保独占。
マーケティング概念.
経営戦略論参考資料(2) 2007年8月3日.
市場の失敗と政府の役割 経済学A 第8回 畑農鋭矢.
公共政策大学院 鈴木一人 第7回 政治と経済の関係 公共政策大学院 鈴木一人
現代の経済学B 植田和弘「環境経済学への招待」第3回 第7章 環境制御への戦略と課題 京大 経済学研究科 依田高典.
導入段階.
経済学とは 経済学は、経済活動を研究対象とする学問。 経済活動とは? 生産・取引・消費 等 なぜ、経済活動を行うのか?
甲南大学『ミクロ経済学』 特殊講義 ネットワーク外部性と標準化 econ. kyoto-u. ac
11 公共財と共有資源.
国家構築の際におけるタイの「標準化」、 国民の統一化
管理的側面 管理者に必要な経営知識 経営学の基本 ②環境と戦略と競争優位.
16.独占的競争.
中級ミクロ経済(2004) 授業予定.
生活支援 中央研修 H26.9.4(木)~5(金) 品川フロントビル会議室 H26.9.6(土)~7(日) JA共済ビルカンファレンスホール
~求められる新しい経営観~ 経済学部 渡辺史門
ISO23950による分散検索の課題と その解決案に関する検討
独占はなぜいけないか.
製品またはサービスの販売 サブタイトル.
労働市場 国際班.
跡見学園女子大学マネジメント学部 国際経済学
新製品開発戦略.
丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2006年7月6日
都市・港湾経済学(総) 国民経済計算論(商)
Ⅲ 地球地図アプリケーション戦略の施策案(2)
マーケティング・チャンネル戦略.
Presentation transcript:

Network Economics (8) ネット外部性(後) 京都大学 経済学研究科 依田高典

2つのネット外部性 直接的ネット外部性 間接的ネット外部性 電気通信ネットワーク 社会的互換性の過少誘因 ソフトウェア/ハードウェア・パラダイム ロックインとチッピング 例:QWERTYとDVORAK

ネット外部性と企業戦略 Besen&Farrell(1994) ケース1 (a11>a21, a12>a22, b12>b11, b22>b21) :双方の企業が自社の技術を採用。例:パソコンのOS競争(OS/2、Windows) 。4つの戦略。(1)既得基盤の構築、過剰慣性の利用。(2) 補完財の品揃えと多様性。(3) プレアナウンスメント。(4)長期的な低価格。 ケース2 (a11>a21, a22>a12, b11>b12, b22>b21) :A社の技術が業界標準となるか、B社の技術が業界標準となるか。第一の戦略「コミットメント(Commitment)」。(1)交渉を続ける一方で既得基盤を形成したり、(2)交渉がまとまった時に品質と生産能力で競争できるように投資。第二の戦略「コンセッション(Concession)」。(1)低費用ライセンシング、(2)ハイブリッド標準、(3)将来の共同開発、(4)第三者機関への委託、(5)情報相互提供。 ケース3 (a11>a21, a22>a12, b12>b11, b21>b22) :企業Bが既得基盤を確立した支配的企業で、企業Aがその標準にあやかろうとしている参入企業。均衡は存在しない。企業Bは知的財産権保護を主張、頻繁に技術変更、企業Aの互換性を妨げるような戦略。

戻る

標準化の経済学 産業界の意識の高まり(Mansel1995) 公共財としての標準化(Kindleberger1983) (1)製品設計初期における標準化の役割、(2)プレ標準化段階における技術設計の知的財産権をめぐる軋轢、(3)市場の独占化のための技術設計の戦略的価値。 公共財としての標準化(Kindleberger1983) (1)標準を利用するメンバー間の便益を分割することができず(非分割性)、(2)全てのメンバーが標準を等しく利用することが可能 (排除不能性)。ただ乗り問題のような市場の失敗が発生。 標準化の市場の失敗(Besen1995) (1) 多大な年数を要する。(2) 非標準技術を採用するユーザー群を孤立させる。(3) 社会的に非効率な技術を採用するかもしれない。 標準化の政策(Repussard 1995) (1) 政府の参加、(2) 金融的支援、(3)教育と奨励、(4)技術的標準を促進するための研究開発基金の分配、(5)技術法令における参照制度の創設。

標準の類型化 「標準」:暗黙あるいは公的合意の結果、生産者によって支持される技術仕様の集合。例えば、レファレンス、最低品質、インターフェース、互換性に関する共通仕様のこと 標準の類型化(David1995) (1)「スポンサー無し標準」:特定の創業者あるいはそれに準ずるものが財産権を有するわけではないが、社会的に良く典拠付けられた形式で存在している標準。 (2)「スポンサー付き標準」:単一ないし複数のスポンサーが間接あるいは直接の財産権を有し、他企業に対して採用を推奨する標準。 (3)「合意標準 」:米国国立標準協会(ANSI)に所属する組織のような自主的な標準設定機関によって制定される標準。 (4)「強制的標準」:規制権限を持っている政府機関によって制定される標準。

「デファクト(事実上の)標準」:(1)と(2)のタイプの標準は市場競争を経て形成されるもの。 (1)の例:QWERTY配列、(2)の例:VTRのVHSやパソコンOSのWindows。 「デジュリ(公的)標準」:(3)と(4)のタイプの標準は標準制定委員会の裁量や法令の制定を経て形成されるもの。(3)の例:国際標準化機構(ISO)の定める標準シリーズ、(4)の例:工場設備の一酸化窒素等有害物質の排出制限規制。 「自主的標準」:(1)から(3)までのタイプの標準は産業内の利害関係の調整を促進するための合意。ISOは91ヶ国の国家品質機構から構成され、グローバルな規格を討議・調整するための国際的なフォーラム。例:ANSIはISOの米国調印者、米国における多くの自主的標準の開発の調整。 「技術規制(Technical Regulations)」:(4)のタイプの標準は多くの場合法令化。拘束力の強い条約(Treaty)と拘束力の弱い推奨(Recommendation)の2種類。

戻る

デファクト標準の重要性 デファクト標準の意義: デファクト標準とデジュリ標準の長所・短所(山田(1997) (1)消費者への製品認知度の向上、(2)規模の経済性による費用メリットの享受、(3)周辺装置とソフトウェアのような補完的製品の増加。 デファクト標準とデジュリ標準の長所・短所(山田(1997) VTRvs.Beta(柴田1992) VTR:米国のTV局の業務用ニーズ、1970年のU-matic(テープ幅3/4インチ、記録時間30分)はソニー・松下・日本ビクターの統一規格。やがて、それが家庭用VTRとして発展、普及する鍵は「1/2インチで2時間記録」 1975年他社に先駆けてソニーがBetamax1号機(1/2インチ、1時間記録)を発売。1976年 1年遅れてビクターがVHS1号機(1/2インチ、2時間記録)を発売。ソニー規格は当初2時間録画の条件を満たしていなかったが、1977年 2時間録画のBetamaxを発売。 しかし、既に松下・ビクターはOEMやライセンスの供与で強力なVHS陣営を確立。1978年にVHSがVTRの50%のシェアを獲得すると、一度もシェアの再逆転は起こることなく、1988年ソニーがVHSを発売するに至ってVTR規格競争は終止符。

戻る

新しい標準化の枠組み デファクトとデジュリの境界の曖昧化 デファクト標準の区分(山田1997) (1)いずれの標準にせよ、多数勢力を獲得すべきコンソーシアムの形成が必要。 (2)デジュリ標準の開発段階からの先取り標準化の進展。 (3)いずれの方式とも言えないような標準化方式の増大。 デファクト標準の区分(山田1997) 「結果的デファクト標準」 (VHS・ MS-DOS・PC/AT・TCP/IPのように市場競争において圧倒的なシェアを獲得すること) 「戦略的デファクト標準」(X/OPEN・DVD・DAVICのように仕様設計時において多数派になるためのコンソーシアムを形成すること) 「自発的標準」の提唱(Besen&Saloner1989)

戻る

DVDの事例 DVDの開発には二つの規格が存在 一つはソニー・Philipsが提唱する厚さ1.2mmディスク単盤・片面3.7GBのMMCD(Multi Media CD)規格、 もう一つは東芝が提唱する厚さ0.6mmディスク張合わせ構造・5GBのSD(Super Density)規格。 光ディスクの基本特許を持つソニー・PhilipsはCD資産の継承を強調する戦略。特許料の継続的支払いに不満を持った東芝は独自規格支持のための多数派工作に努力。 劣勢のソニーは苦しい立場。両規格の統一を望むテクニカル・ワーキング・グループ(TWG)の仲裁を受け、東芝とソニーは1995年9月ようやく規格統一の基本合意に到達。 DVD規格統一に合意した10社が規格策定のための作業組織「DVDフォーラム」(1997年4月DVDコンソーシアムから改称)を設定。しかし、その後のDVDの規格統一過程をみると、極めて多難な道のり。 DVDは市場競争の結果というデファクト標準ではなく、日本工業規格(JIS)のような公的標準機関が策定したデジュリ標準でもない。DVDの紛争を教訓に1996年通産省は「標準情報制度」を新設。

ネットの反トラスト政策 ネット外部性の反トラスト政策 (Rubinfeld 1998)。 (1)チッピングのある市場に対する適切な反トラスト政策は早期に実施されるべき。市場の趨勢が確定した後では、反トラスト上の介入政策の成功は困難。 (2)一つのシステムが優越的地位を占めている時、その優越性が偶然や反競争的慣行の結果ではなくて優れた技術革新の結果と判断される場合、反トラスト上の介入政策は長期的に有害。 ネットワーク市場の知的財産権技術革新の誘因(Farrell and Katz 1998) (1)革新的企業の市場独占力が価格競争を弱めるという静学的理由 (2)革新的企業は技術ライセンスを反競争的戦略として用いて他のライバル達の技術革新を阻害するかもしれないという動学的理由 によって相殺される。 さらに、ネットワーク市場では、ネットワーク外部性と互換性という新しい問題によって技術革新と知的財産権の問題は一層複雑になる。実際、知的財産権は互換性を推進することもあり得れば、阻害することもあり得る。

Microsoft裁判の事例(Sheremata 1997) : 1998年米国司法省(DOJ)は、 (1)前訴(MS-DOSをコンピューター・メーカーにOEMライセンスする際それをインストールしているしていないにかかわらずライセンス料を課していた事件)の1995年の同意審決が遵守されていない疑いと(2) Windows98においてOSとインターネット閲覧ソフトを抱き合わせている疑いに関して、OS市場で90%の市場シェアを持つMicrosoftを再提訴。 Microsoft裁判は典型的なネットワーク外部性をめぐる反トラスト裁判 。 第一に、Windowsを用いるユーザーが増えれば増えるほど、より多くのユーザーと情報を共有することが可能になり、付加的な努力が必要なくなる(直接的ネットワーク外部性)。 第二に、より多くのユーザーがWindowsを用いれば用いるほど、より多くのソフトがより低廉な料金で利用可能になる(間接的ネットワーク外部性)。 これらネットワーク外部性は需要側の規模の経済性を意味し、大きな既得基盤を持ったOSがより大きな市場支配力を持つという市場の独り勝ち化を引き起こす。伝統的な反トラスト政策と最近のネットワーク外部性の二つの視点から、MicrosoftのWindowsのデファクト標準化が参入障壁を形成し、社会厚生向上の阻害要因になっているとDOJは主張している。

むすび: ネットエコンから複雑系へ 「ネットワーク市場の特徴が意味するところは、互換性のない製品間の競争が単なる僅かに品質の良い製品とか、僅かに安い費用とか、僅かに高い利潤とかいった問題ではないということである。むしろ、知覚や現実上の小さな差異が、幾つかの企業が極端に大きな利潤を獲得したり、優越的地位が変化しなくなるような過程において、拡大され得ることだ。」(cf. Besen and Farrell 1994 p.119)