Kennard-Stepanov関係式を用いた ドープ量子井戸中の電子温度の絶対測定 11月2日(金) 軽井沢合同合宿研究討論会 Kennard-Stepanov関係式を用いた ドープ量子井戸中の電子温度の絶対測定 秋山研究室 D3 井原章之 メインの研究 : ドープ量子細線の顕微分光 最近の興味 : 発光と吸収の関係 T. Ihara et al., Phys. Rev. Lett. 99, 126803 (2007). 井原他、2007年秋 日本物理学会 23pPSB-54
Kennard-Stepanov relation 1:イントロダクション <背景> Kennard-Stepanov relation :熱平衡系の発光(I)と光吸収(A)の間に成立する一般的関係式 E. H. Kennard, Phys. Rev. 11, 29 (1918). B. I. Stepanov, Sov. Phys. -Doklady 2, 81 (1957). hv : 光子エネルギー kB : ボルツマン定数 T : 温度 ※ Van Roosbroeck-Shockley relationとも呼ばれ、Einstein’s relationおよび Kubo-Martine-Schwinger relationにおける、弱励起極限の表式に相当する。 電子系と環境が熱平衡にあればT*は環境温度(Tenv )と一致し、 絶対温度測定法として使える。 T*: 測定したI とAから決定される電子温度 実験的には様々な問題点があり、絶対温度測定は簡単ではない。 試料の不均一性、非線形性の発現、 非平衡分布の形成、再吸収や再放出など Denise A. Sawicki and Robert S. Knox, Phys. Rev. A 54, 4837 (1996). L. Szalay, E. Rabinowitch, N. R. Murty and Govindjee, Biophys. J. 7, 137 (1967).
単一量子井戸に対する共鳴励起PL、およびPLEスペクトルを 測定できる系を開発し、PLとPLEの関係を調べ、 絶対温度測定の可能性を探る。 2:目的 半導体ナノ構造の実験例 GaAs量子構造のPLおよび吸収スペクトル測定(60K以下の低温)において、 非共鳴励起の条件下で、T*>Tenvとなるか成立しなかった。 S. Chatterjee, et al. Phys. Rev. Lett. 92, 067402 (2004).; D.Y. Oberli et al. Phys. Status Solidi B 178, 211 (2000). 共鳴励起ならばT*=Tenvとなると期待できる。 しかし、実験的に明らかにした例はない。 (共鳴励起のPL実験は、励起光の散乱でPLが埋もれてしまうために、測定が難しい。) <目的> 単一量子井戸に対する共鳴励起PL、およびPLEスペクトルを 測定できる系を開発し、PLとPLEの関係を調べ、 絶対温度測定の可能性を探る。 PL (photoluminescence) spectrum (発光スペクトル) : 単色の励起光を当ててキャリアを生成し、緩和後に放出される発光スペクトルを測定。 PLE (photoluminescence-excitation) spectrum (発光励起スペクトル) : 励起エネルギーを変えながら発光の検出量をプロット。吸収スペクトルの形状を反映。
顕微分光測定系、サンプル構造、クライオスタット構造 3:サンプル構造、測定系 ・試料:変調ドープ量子井戸(2DEG濃度:6x1010cm-2) ・環境温度(Tenv ) はSiダイオード温度計で測定。(精度は100K以下で±1 K、 100K以上で±1%) ・偏光子とアイリスでレーザー散乱光を減らしたので、バンド端共鳴励起のPL測定が可能。 顕微分光測定系、サンプル構造、クライオスタット構造
Tenv=33±1Kでの、PLとPLEの測定例(自然対数軸でプロット) 励起強度:1.7mW 60秒露光 4秒露光×100点 PL について PLE について PL形状の励起エネルギー依存性が小さいのは、弱励起のおかげ。 ※ 弱励起すぎると、CCDのノイズが大きくなってしまう。 上側の2つのように、PLピークのテールで解析した場合は低エネルギー側でノイズが大きい。 下側の2つのように、PLピークの主成分を含むように解析すれば、ノイズは小さく形状もほぼ一致する。
ln(PL/PLE)が光子エネルギーに対して線形に減衰。 PLとPLEから温度を求めるにあたって、 ln(PL/PLE)を導入し、式を書き直した以下の表式を用いる。 T* : 測定から求まる温度 (Cは定数パラメータ) ln(PL/PLE)が光子エネルギーに対して線形に減衰。
6:ln(PL/PLE)のプロットと温度T* 温度T*は、ln(PL/PLE)プロットの傾きの逆数に対応する。 今回は傾きとその標準偏差を求めるために、重み付き最小二乗法を用いた。 求まった傾きは0.346±0.001 (1/meV)で、温度に換算すると T* = 33.6±0.1 Kとなる。 Tenv (= 33±1 K) と良い一致
7:ln(PL/PLE)のプロットと温度T* → 問題点 弱励起によって抑えたはずのPLの励起エネルギー依存性が、 T*の見積もりでは無視できない影響を及ぼす。 試しに1.585から1.606 eVの範囲で様々な励起エネルギーで測定してみると、 34 Kの付近を±1.5 Kの不確かさで分布することが分かった。 この±1.5 Kの不確かさの原因は、今のところ明らかでない。 励起エネルギーに対する電子系の温度変化を反映しているのかもしれない。
試料に不均一性がある系に対して非共鳴励起を行うと、(e)のように非平衡分布になる。 8:不均一幅の影響(50Kの例) 次に、試料の不均一性の影響について(51Kと6Kで測定) 51±1K(左側)について 6±1K(右側)について 試料に不均一性がある系に対して非共鳴励起を行うと、(e)のように非平衡分布になる。 共鳴励起の場合はT* (=6.13 K)がTenv (=6±1K)とよい一致を示す。→ 熱平衡に保てる。 高温はキャリア拡散が大きいために不均一性の影響は小さく、 ln(PL/PLE)から求まるT*の励起エネルギー依存性は小さい。
9:ln(PL/PLE)プロットの温度依存性 共鳴励起の条件下で、温度を徐々に変えて測定した結果 各温度における特徴 6-20 K 共鳴励起のもとで熱平衡分布. T*の不確かさは±0.6K. 非共鳴励起の場合、ML間で非平衡分布. 20-70 K 共鳴・非共鳴に関わらず熱平衡分布. T*の不確かさは±1.5K. 70-200K 共鳴・非共鳴に関わらず、T*≠Tenvが目立つ. (おそらく測定上の問題で、非平衡分布ではない) T*は真の値から10~20K程度ずれる. 室温 1.7mWでは測定不能. 今回測定した5-200Kの温度範囲で、T*とTenvはほぼ一致. 全体的な不確かさは3-10%. (6-100Kの原因は明らかでない)
・共鳴励起のもとで測定したPLとPLEの比が指数関数で減衰した。 ・減衰率から見積もられる温度T*は環境温度Tenvにほぼ一致した。 10:結論 ・共鳴励起のもとで測定したPLとPLEの比が指数関数で減衰した。 ・減衰率から見積もられる温度T*は環境温度Tenvにほぼ一致した。 ・この性質はPLとPLEスペクトルの形状に依存しなかった。 <結論> 共鳴励起PLとPLEはKennard-Stepanov関係式に従い、 その比から絶対温度を求めることができる。 実験的にはっきりと示すことができたのは今回初 ※ 関係式は状態密度に依存しないので、従来の方法に比べて応用範囲は広い。 2次元電子ガスのPLの高エネルギー側テールを使う Shah et al., Phys. Rev. Lett. 22, 1304 (1964). Yang et al., Phys. Rev. Lett. 55, 2359 (1985). Kuchler et al., Semicond. Sci. Technol. 8, 88 (1993).
高品質なノンドープ単一量子井戸で共鳴PLとPLEを測定すればはっきりする。 11、考察 ノンドープ多重量子井戸[1]や多重量子細線[2]のPLおよび吸収スペクトル測定(60K以下の低温)において、非共鳴励起の条件下で、T*>Tenvとなるか成立しなかった。 [1]S. Chatterjee, et al. Phys. Rev. Lett. 92, 067402 (2004).; [2]D.Y. Oberli et al. Phys. Status Solidi B 178, 211 (2000). ポイントは何であったか? ① 共鳴励起でのPL測定 非共鳴励起に比べ、余分なエネルギーを与えないで済む。不均一性のある場合は特に重要。 ② 単一量子井戸での測定 多重量子井戸に比べ、再吸収や再放出の問題、量子井戸間の非平衡分布の問題を避けられる。 ③ 電子のドーピング ノンドープに比べ、キャリア-キャリア散乱が頻繁に起こり、熱平衡に達しやすい。熱容量が大きい。全体的にピークがブロードで非線形性が現われにくい、という利点もある。 高品質なノンドープ単一量子井戸で共鳴PLとPLEを測定すればはっきりする。
まとめ 今後の課題 n型ドープ単一量子井戸のPLとPLEスペクトルの関係を、 共鳴励起の条件下で、6-200Kの温度範囲で調べた。 12:まとめ まとめ n型ドープ単一量子井戸のPLとPLEスペクトルの関係を、 共鳴励起の条件下で、6-200Kの温度範囲で調べた。 KennardやStepanovが予言していたように、 PLとPLEの比はexp(-hv/kT)に比例し、Tは環境温度と一致した。 共鳴励起PLおよびPLE測定という実験手法で、 熱平衡系の絶対温度を測定できることが示された。 今後の課題 試料の高品質化 & ドープ濃度の異なる試料での測定 (PLの励起エネルギー依存性の問題を明らかにするため)