すざく衛星による NGC2403銀河の超光度天体の X線スペクトル解析 P03046 小堀 博史 指導教員:久保田 あや
すざく衛星 打上:2005年7月10日 エネルギー領域 XIS:0.2-12keV HXD:10-600keV ©Kosuke Oonuki XIS望遠鏡 HXD検出器 図1:すざく衛星 図2:XIS検出器 打上:2005年7月10日 エネルギー領域 XIS:0.2-12keV HXD:10-600keV データ配布元:宇宙科学研究本部(JAXA) 本研究で使用するすざく衛星は2005年7月に打ち上げられた、日本で5番目のX線観測衛星です。 この衛星には0.2-12keVのエネルギー領域をカバーするXIS検出器と、10-600keVの領域をカバーするHXDカメラが搭載されており、 非常に幅広い領域においてX線観測が可能になっています。 本研究では天体の撮像能力のあるXISでの観測データの解析を行います。 この図はすざく衛生上の検出器、観測対象の位置関係を示しています。 なおすざくの観測データはJAXAのサイトにて公開されています。 図3:すざく衛星の内部構造
ブラックホール 恒星質量BH 大質量BH 超光度天体 106Msolar<M M<20Msolar <109Msolar 図4:はくちょう座X-1 (宇宙研 提供) 図5:NGC4261銀河 (ハッブル望遠鏡) 本研究の対象 図6:NGC4038 (チャンドラ衛星) 恒星質量BH 大質量BH 研究対象であるBHは現在、質量に応じて3種類のBHが存在すると考えられています。 まず、一番小さいものとして恒星質量BHがあります。これは重い恒星が超新星爆発を起こした時に誕生します。 次にほとんどの銀河の中心に存在している大質量BHがあります。100万倍から10億倍という莫大な質量を持っています。 今までこの二種類のBHしか発見されていませんでしたが、近年、真ん中にある超光度天体というものが発見されました。 図5はチャンドラ衛星のX線画像で、明るいオレンジ色で輝くものが全て超光度天体です。 超光度天体はこの2つのBHの中間の質量を持つBHの候補と考えられています。 これが成立した時には恒星質量から大質量BHへの成長のシナリオを探ることができると言われています。 106Msolar<M <109Msolar M<20Msolar 重い恒星の超新星爆発 によって誕生 銀河の中心に存在 超光度天体 中質量BHの候補とも
X線と超光度天体 降着円盤 ⇒X線で輝く エディントン限界光度 超光度天体 ・物質同士の摩擦 ・差動運動 ・物質同士の摩擦 ・差動運動 ⇒X線で輝く エディントン限界光度 重力Fgrav=輻射圧Fradの時の光度 LEdd=1.25×1038M/MSOLAR [erg s-1] 図7:BHへの降着イメージ (宇宙研提供) 超光度天体 M=20MSOLARのエディントン限界(LEdd=2.5×1039[erg s-1])以上の 光度を放つ超光度コンパクトX線源 (ULX;Ultra-Luminouscompact X-ray source, Makishima et al. 2000) BH探査にはX線観測が非常に有効です。 しかし、すざくが観測しているX線はBH本体から放射されているものではありません。 ガスが角運動量を持ってBに落ちる時、ガスはBHの周りに降着円盤という回転円盤を作ります。 円盤内では物質同士の摩擦などで数千万℃まで高められ、最終的に円盤からBHに落ちる時にX線を放射します。 そしてBに落ちるガスが増えるほどに円盤はより強いX線を放射していくのですが、これには限界があります。 このX線などの放射にも圧力があり、落ちていくガスにかかっていきます。 そしてその放射圧がBHからの重力よりも強くなった時にはそれ以上ガスが落ちなくなり、BHは輝かなくなります。 この直前の状態で輝く光度の大きさをエディントン限界光度と呼び、このように質量に比例します。 また、恒星質量BHの上限である20倍の太陽質量に対するエディントン限界より 明るいコンパクトX線源を超光度天体(ULX)と言います。
スペクトル解析の準備 研究対象:NGC2403銀河のULX ・970万光年離れた渦巻き銀河 ・過去の観測実績 ・970万光年離れた渦巻き銀河 ・過去の観測実績 1997年:ASCA衛星 2003-04年:XMM-Newton イベントファイルの読み込み 解析範囲の作成・適用 スペクトル作成 観測日時 2006年 3月16日 使用ツール (Heasoft) BGD 天体 そして実際に行ったスペクトル解析の準備に入ります。 私はNGC2403銀河に古くから知られるULXの解析を行いました。 NGC2403銀河は970万光年離れた渦巻銀河で、 過去には97年に日本のASCA衛星、03-04年にかけてヨーロッパのXMM-Newtonが観測をしていました。 下の図8はNGC2403銀河の可視光画像と、すざく衛星によるX線画像を指しています。 そして右の赤丸部分が研究対象のULXです。 スペクトル解析に入るにあたってNASA・hearsrcの提供しているソフトheasoftのXSELECTというツールを用います。 ここで対象天体からのスペクトルを抽出するために、ソースの赤丸部分を切り取り、 またこの天体の裏から来るスペクトルを考慮するために、その左にBGDの領域を設定して、 同じように切り取って、これらの二種類のスペクトルを作成します。 XSELECT 図8:NGC2403銀河の画像 (左:国立天文台提供、右:すざく衛星)
スペクトル解析 天体 BGD 1 2 5 10 エネルギー[keV](Log-Scale) 1 秒 当 応答関数の作成・準備 た り カ ウ ン ト 数 応答関数の作成・準備 天体 検出器の状態によるスペクトルの 変化を考慮するための応答関数を 作成・用意する。 ソースとBGDの比較 BGD ソースとBGDの2つのスペクトルを 並べることでBGDがソースに与える 影響度を確認する。(図10) これがULXとBGDの赤丸の部分それぞれについてイベントを切り出してできたスペクトルです。 横軸はkeVで書いたエネルギー、縦軸が1秒あたりのカウント数です。 このスペクトルには、検出器のパルスハイトとエネルギーを関連づけるために応答関数がかかっています。 そしてこの図からBGDが天体のスペクトルに大きな影響は与えていないことがわかります。 1 2 5 10 エネルギー[keV](Log-Scale) モデル・フィット 図9:スペクトルの比較 使用ツール(Heasoft) CALDB simarfgen .etc XSPEC11
モデル・フィット { }χ2/dof:608.7/584 X線放射モデル ・標準降着円盤モデル ・星間吸収モデル BGDスペクトル ・標準降着円盤モデル ・星間吸収モデル BGDスペクトル 観測スペクトル X線放射モデル NH=7.9×10-20[cm-2] { フィッティング Tin=1.11[keV] norm K:5.40 これがBGDを差し引いたスペクトルです。 赤と黒のスペクトルはそれぞれ4基あるXIS検出器の中で2種類、 仕様があるのですが、同じ仕様同士でまとめたものです。 ここにスペクトル解析を行うためのスペクトルに再現させるX線放射モデルを用意し、 標準降着円盤モデルと星間吸収モデルという二つのモデルを用います。 星間吸収モデルは銀河系内で星間物質によって受けるX線の吸収を示したモデルです。 下段はモデルとデータのずれをχ2乗検定で求めたものを表しています。 この状態では1-5keVにおいて大きくズレているのがわかります。 ここでフィッティングという作業を行って、モデルにデータを再現させた結果が、この図11となります。 この時のχ2乗検定の値が608.7/584となり、モデルがよくデータを再現していることがわかります。 そして利用したモデルから図11に示すパラメータが得られました。 星間吸収モデルからは水素柱密度NHが、標準降着円盤からは降着円盤における最も高い温度Tinとnormalization Kがこのように求められ、 Norm Kと天体までの距離によってBHの物量を導くことができます。 ベストフィットモデル }χ2/dof:608.7/584 物理量の導出 図10:フィッティング前のスペクトル 図11:フィッティング後のスペクトル
Rin=BH周りの最終安定軌道(一般相対性理論) フィットから導かれる物理量 norm Kから円盤の内縁半径がわかる! <円盤内縁半径Rin> Rin= 88.5/(cos(i))0.5 [km] 式中のiは衛星から見た 降着円盤の傾斜角を 示している。 <円盤からの全光度Ldisk> Ldisk=1.09/cos(i)×1039[erg s-1] 円盤のnormalizationは降着円盤の内縁の半径で決まるので、 半径Rinはこのように推定できます。また、円盤の全光度はこのようになりました。 ここでcos iのiは衛星から見た降着円盤の傾斜角を示しており、図12はそれを模式的に示したものです。 端から見た時は観測される光度が低く見積もられるため、この補正をcos iで行っています。 Rinは一般相対性理論で導かれるBH周りの最終安定軌道に一致すると考えられるため、 Rinからシュヴァルツシルト半径Rsを、またこのRsからBH質量を見積もることが出来ます。 なおシュヴァルツシルト半径とは超重力によって光すら抜け出せない範囲を示す半径です。 図12:円盤の傾斜角 図13:BHと降着円盤 Rin=BH周りの最終安定軌道(一般相対性理論) Rin⇒Rs⇒BH質量
10MSOLAR (i=0) ≦M≦ 11MSOLAR (i=40) 無回転BH質量の推定 最終安定軌道=3Rs Rs=Rin/3=29.5/(cos(i))0.5[km] ⇒ Rs= 2GM/C2 ⇒ M=10.0/(cos(i))0.5MSOLAR ※G:万有引力定数 C:光速度 エディントン限界の条件を満たすためのiは LEdd>Ldisk⇒0≦i≦40となる。 では実際にBH質量の推定したいと思います。 もっとも単純な仮定としてBHが全く回転していないとすると、 最終安定軌道はRsの三倍で決まるため、Rsはおよそ29.5kmと見積もれます。 このRsはこのように質量に比例しているため、容易に質量を見積もることができ、 BH質量はこのように見積もられますが、ここでエディントン限界を考慮する必要があります。 先ほど見積もった質量からエディントン限界を導いて、円盤からの全光度Ldiskとの不等式を解くと、 エディントン限界の条件を満たすためには円盤の傾斜角iが40度以下にならないといけないことがわかります。 この条件を上の式に代入すると、BH質量は10-11倍の太陽質量になると見積もることが出来ました。 この時においてエディントン限界の87-100%という非常に限界に近い光度で輝くこともわかります。 LEdd=1.25/(cos(i))0.5 Ldisk=1.09/cos(i) BH質量: 10MSOLAR (i=0) ≦M≦ 11MSOLAR (i=40) エディントン限界の87 (i=0) 〜100 (i=40) %の 臨界光度で輝く。
60MSOLAR (i=0) ≦M≦ 450MSOLAR (i=89) カーBH質量の推定 最終安定軌道=0.5Rs BHが最高速度で回転している場合 Rs=Rin/0.5=177/(cos(i))0.5[km] ⇒ M=60.0/(cos(i))0.5MSOLAR エディントン限界を満たす範囲は0≦i≦89となる。 BH質量: エディントン限界光度の12(i=0)〜100(i=89)%、 傾斜角に依存した、幅広い割合の光度で輝く。 次にBHも他の天体と同じように回転していると考えるのが自然なので、 高速で回転している場合におけるBH質量を考察します。 この場合は一般相対性理論より最終安定軌道は内側に拡大してくるため、Rsの半分までになります。 その結果、Rsは無回転状態よりも大きく見積もられることから、 そのRsに比例するBH質量もこの式の通り、より大きく見積もられます。 こちらでも同じようにエディントン限界の条件を考慮すると、 iの範囲は0-89度とほとんどの角度をカバーしていることがわかり、 この範囲におけるBH質量は60倍-450倍の太陽質量であると見積もることが出来ました。 そしてエディントン限界の12-100%と傾斜角に依存した、幅広い割合の光度で輝くことが分かりました。 60MSOLAR (i=0) ≦M≦ 450MSOLAR (i=89)
結論 1.シュヴァルツシルト(無回転)BH 10-11MSOLAR ⇒恒星質量BH 2.カー(回転)BH ⇒中質量BH候補 (※ただしiが非常に高い場合のみ) 最大60-400MSOLAR 最大300-400MSOLAR ただし、より詳細な観測からこの天体が エディントン限界ギリギリで輝くことがわかったため、 カーBHでは傾斜角iが非常に大きい場合のみのとなる。 これらの考察よりNGC2403銀河の超光度天体は、シュヴァルツシルト、無回転BHの場合には 10-11倍の太陽質量を持つとされ、恒星質量BHとして解釈することが出来る。 またカーBHの場合は最大60-400倍の太陽質量を持つため、中質量BH候補として見ることができる。 時間が限られているため述べられませんでしたが、スペクトルをより詳細に解析したところ、 この天体がエディントン限界ギリギリで輝くことがわかったため、 カーBHでは傾斜角iが非常に大きい場合のみとなるので、 見積もられる質量は最大300-400倍の太陽質量となる。 もちろんこの二通りの解釈はあくまで極端な場合での見積もりであるため、 対象天体はこの間の質量を取ると想像できます。
XIS検出器の較正線源 絶対精度での エネルギー測定が必要 較正線源がXIS一機毎に 取り付けられている。 ・5.9keVと6.5keVの 1 秒 当 た り の カ ウ ン ト 数 絶対精度での エネルギー測定が必要 較正線源がXIS一機毎に 取り付けられている。 ・5.9keVと6.5keVの 特性X線を放射 1 2 5 10 エネルギー[keV](Log-Scale) 図9:スペクトルの比較
Power-Lawモデルのフィット { }χ2/dof:867.9/584 NH=4.17 Γ=2.43 norm K:7.37 図11:フィッティング後のスペクトル
より詳細なスペクトル解析 { }χ2/dof:601.6/582 NH=56.4×10-20[cm-2] Tin=1.07[keV] norm K:5.57 }χ2/dof:601.6/582 標準降着円盤モデルだけではまだ不十分。 ⇒Power-Lawモデルも合わせて適用。 降着円盤が標準降着円盤よりズレていることがわかる。
過去の研究との比較 1997/10/29 2003/04/30 2003/09/11 2004/09/12 2007/03/16 Tin 1.10 1.04 1.09 1.17 1.11 Rin 130 127 122 101 125.2 Ldisk 2.3 1.73 1.90 2.18 M 14.7 14 11 14.0 ASCA XMM- Newton すざく [keV] [km] [1039erg s-1] [MSOLAR] 円盤の傾斜角i=60とする。