日本認知科学会第29回大会 仙台国際センター 構成論的研究の 方法論的基盤について 大谷卓史 吉備国際大学 2012年12月15日
目次 問題設定:構成論的研究の基盤と機能 3つのコンピュータシミュレーション 実験としてのコンピュータシミュレーション 構成論的研究の方法論的基盤 進化言語学における構成論的方法の意義と限界 まとめ
問題設定 進化言語学における構成論的研究の方法論的基盤を検討する。 コンピュータシミュレーションと通常の実験は何が共通で何が違うのか? 進化言語学における構成論的研究の機能は何が期待されるか?
3つのコンピュータシミュレーション (Keller, 2002) 「理論における実験」:理論が存在するが、非線形微分方程式など数学的に処理が難しい方程式の数値解析 「コンピュータ実験」:理論が存在するが、理論から離れた現象の近似的モデルの構築 人工生命:一般的理論が存在しない現象に関するモデル構築
実験としての コンピュータシミュレーション 実験とアナログシミュレーション、コンピュータシミュレーションの共通点:現実の抽象化、モデル化 ceteris absentibus ceteris neglectis Ceteris paribus (Bouman 1999; Morgan 2003)
実験としての コンピュータシミュレーション 実験とコンピュータシミュレーションの相違点に関する通説:実験は、対象やターゲットとなる現象と「深い、物質的な」類似性を有する。同じ「物質的原因」が働いている(Simon 1969; Guala 2002;Morgan 2003)。 コンピュータシミュレーションは、「物質の介入がない」実験である(Morgan 2003)。 Material similarity vs. Formal Similarity
実験としての コンピュータシミュレーション 実験とアナログシミュレーション、コンピュータシミュレーションは、いずれも世界や現象とformal similarityを有している(Winsberg 2010)。 Formal similarityを発見する背景知識がよいか悪いかによって、実験やアナログシミュレーション、コンピュータシミュレーションの信頼性は変わってくる。
実験としての コンピュータシミュレーション 実験もコンピュータシミュレーションも、世界や現象の代理物ではなく、世界や現象のモデルの代理物であるから、世界や現象の表象(Representation)である。 実験と同様に、対象の振る舞いを理解しようとする科学者の活動(Activity)でもある。
実験としての コンピュータシミュレーション 十分に背景知識が知られている場合、実験はコンピュータシミュレーションに対して認識論的に特別な位置にあるわけではない。 “How trustworthy or reliable an experiment or simulation is depends on the quality of the background knowledge and the skill with which it is put to use, not on which kind it belongs to.”(Winsberg 2010: 70)
構成論的研究の方法論的基盤 コンピュータシミュレーションと言語現象や言語の学習、言語の進化との間のFormal Similarityを発見する背景知識が、方法論的基盤である。 背景知識の良しあしによって構成論的研究による信頼性が変わってくる。 進化言語学における仮説、モデルの良しあしが構成論的研究の良しあしを決める。
進化言語学における 構成論的方法の意義と限界 仮説やモデルの理解の深化 アブダクティブな仮説形成の支援(橋本 2011; 橋本 2012) 構成論的方法の限界? 進化言語学における仮説、モデルの限界(将来的には解消?) 適用分野の限定(エージェントベースの進化と学習、音楽の有限状態文法による記述、、、将来的には解消?) 反証事例の発見には使えない→経験的テストの必要性(Winsberg 2010: 71)
まとめ コンピュータシミュレーションは、実験と同じ認識論的位置を有し、その信頼性を左右するのは、背景知識である。 進化言語学における構成論的方法の方法論的基盤も、やはり背景知識であろう。 構成論的方法は、アブダクティブな仮説形成やモデル、仮説の理解に有効だろう。 進化言語学全体の発展によって構成論的方法はより信頼性の高いものになりえる。
参考文献 浅田稔・吉川雄一郎 (2012) 「相互音声模倣による乳幼児の母音獲得の構成的モデル」藤田・岡ノ谷編, 175-196. DeLanda, Manuel (2011) Philosophy and Simulation: The Emergence of Synthetic Reason, Continuum. 藤田耕司・岡ノ谷一夫 (2012) 『進化言語学の構築』ひつじ書房. 橋本敬(2011)「進化言語学におけるシミュレーションの特徴と役割--合成生徒文法化のシミュレーションから言語の起源・進化へ」 KLS 31: Proceedings of the 35th Annual Meeting of he Kansai Linguistics Society, 263-273. 橋本敬 (2012) 「繰り返し学習モデルによる文法化の構成論的研究 創造性と言語の起源における言語的類推の役割」藤田・岡ノ谷編, 241-258.
参考文献 Keller, Evelyn Fox (2003) “Models, Simulation, and ‘Computer Experiments’ ” In Hans Radder, ed. The Philosophy of Scientific Experimentation, Pitsburgh, PA: University of Pittsburgh Press, 198-215. Morgan, Mary (2003) “Experiments without material intervention: Model experiments, virtual experiments and virtually experiments” In Hans Radder, ed. The Philosophy of Scientific Experimentation, Pitsburgh, PA: University of Pittsburgh Press, 216-235.
参考文献 Hughes, R. I. G. (1999) “The Ising model, computer simulation, and universal physics” In Morgan, Mary S. and Morrison, Margaret, eds., Models as Mediators: Perspectives on Natural And Social Science, Cambridge: Cambridge University Press, 97-145. Galison, Peter (1996) “Computer Simulations and the Trading Zone” In The Disunity of Science: Boundaries, Contexts, and Power, ed. P. Galison and D. Stump, Stanford, CA: Stanford University Press, 118-157. Galison, Peter (1997) Image and Logic: A Material Culture of Microphysics, Chicago: University of Chicago Press.
参考文献 Guala, F. (2002) “Models, simulations, and experiments.” In Model-Based Reasoning: Science, Technology, Values, ed. Lorenzo Magnani and Nancy Nersessian, New York: Free Press, 59-74. Morgan, Mary S. and Morrison, Margaret, eds. (1999) Models as Mediators: Perspectives on Natural And Social Science, Cambridge University Press. Morrison, Margaret and Morgan, Mary S. (1999) “Models as mediating instruments” In Morgan, Mary S. and Morrison, Margaret, eds., Models as Mediators: Perspectives on Natural And Social Science, Cambridge: Cambridge University Press, 38-65.
参考文献 Radder, Hans ed. (2003) The Philosophy of Scientific Experimentation, University of Pittsburgh Press. 笹原和俊 (2012) 「言語進化の動的理解」藤田・岡ノ谷編, 219-240. Simon, Herbert (1969) The Sciences of Artificial, Boston, MA: MIT Press. 東条敏(2012)「われらの脳の言語認識システムが生み出す音楽」藤田・岡ノ谷編, 197-218. Winsberg, Eric (2010) Science in the Age of Computer Simulation, Chicago University Press.