RXJ1713方向分子雲の 高感度サブミリ波観測 洞地 博隆 名古屋大学大学院 理学研究科 素粒子宇宙物理系

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RXJ1713方向分子雲の 高感度サブミリ波観測 洞地 博隆 名古屋大学大学院 理学研究科 素粒子宇宙物理系 素粒子宇宙物理学専攻 天体物理学研究室(Ae 研) 博士課程前期  ほらち ひろたか 洞地 博隆 TeV γ線 SNR RX J1713.7-3946 に付随する分子雲のミリ波サブミリ波による観測的研究 というタイトルで発表します、天体物理学研究室の洞地です。 2009年3月13日 SNR研究会

⇒SNR と相互作用している、分子雲の研究 本研究    ⇒SNR と相互作用している、分子雲の研究 SNRの衝撃波面 ⇒ 宇宙線の加速現場候補 宇宙線 高エネルギーの陽子、電子、原子核 等 星間磁場で進路を曲げられてしまう   ⇒宇宙線の直接観測からでは加速現場を捉えられない 宇宙線電子起源の電磁波 γ線(逆コンプトン散乱、制動放射) X線(シンクロトロン放射) 宇宙線陽子起源の電磁波 γ線(中性π0中間子生成、崩壊) p(加速陽子) + p(星間物質) → π0 → 2γ 本研究はSNRと相互作用している分子雲の研究です。 SNRの衝撃波面は、宇宙線の加速現場の有力候補と考えられています。 宇宙線とは高エネルギー陽子、電子、原子核等の総称で、 星間磁場で進路を曲げられてしまうため、直接観測から加速現場を捉えることはできません。 しかし、宇宙線の電子、陽子成分はそれぞれ以下のような過程を経て電磁放射を行うため、 これらのX線、γ線を観測することで宇宙線粒子の加速現場をトレースすることが可能です。 この中で、陽子起源のγ線検出の有力な候補と考えられているのが表題のSNR、RXJ1713,7-3946です。 陽子起源γ線 検出の有力候補 SNR RXJ1713.7-3946 ⇒宇宙線粒子加速の現場をトレースすることが可能

SNR RXJ1713.7-3946 (G347.3-0.5) γ線の起源を調べるには、 電波を用いた分子雲の観測が重要 電波 γ線 SNR CANGAROO、HESSによって、 TeV γが検出されているSNR エネルギースペクトルから、 陽子起源γ線が示唆されている。 (e.g,Aharonian 2006,Tanaka 2008) -SNR 周辺に分子雲が豊富に存在 Aharonian et al. 2006 γ線の起源を調べるには、 電波を用いた分子雲の観測が重要 本天体は、γ線望遠鏡、CANGAROOやHESSによってTeVγ線が検出されているシェル状SNRで、 こちらがHESSによって得られたTeVγ線のイメージです。 本天体で観測された電磁波のエネルギースペクトルは陽子起源モデルでよく説明できることが示唆されており、 もしこのことが確認できればSNRによって宇宙線陽子が加速されている観測的な証拠を得られたことになります。さらに、本天体は周囲に分子雲が豊富に存在することがわかっており、SNRと分子雲の相互作用を調べる上でも重要な天体です。 ここで、陽子起源γ線と星間物質の関係について、模式図を用いて説明します。 こちらにSNR、こちらにSNR周辺分子雲が存在するとします。 SNRの衝撃波面で加速された陽子は分子雲中の陽子と相互作用し、 π0中間子の生成、崩壊をとおしてγ線を放射しますので、 われわれはこのγ線を観測することで高エネルギー陽子の存在を知ることができます。 一方、密度が100個/cc 程度の典型的な分子雲は、 そこに含まれるCO分子からの電波によってトレースすることが可能です。 このことから、γ線の起源を調べるには、電波を用いた分子雲の観測が重要だといえます。 電波 電子 陽子 γ線 分子雲 密度: 100 cm-3以上 温度: 10 K 程度 12CO 12CO π 陽子 SNR 陽子 γ線 13CO 陽子 陽子 分子雲 電波望遠鏡 γ線望遠鏡

先行研究(電波観測) ASTE による観測結果 ピーク D ピーク A ピーク C ピーク B Fukui et al. 2003 Vlsr = -11 - -3 km/s Fukui et al. 2003 ピーク D ミリ波望遠鏡「なんてん」 ・観測輝線   ⇒12CO(J=1-0) ピーク A Moriguchi et al. 2005 ピーク C サブミリ波望遠鏡 「ASTE」 ・観測輝線   ⇒12CO(J=3-2) 本領域における電波を用いた先行研究について述べます。 2003年、福井等はミリ波望遠鏡「なんてん」を用いてSNR全域にわたりCO(1-0)輝線を用いた観測を実施しました。 その結果、周辺分子雲の分布を明らかにするとともに、ピークA,C,Dを含む複数の分子雲ピークを同定しました。こちらはROSATで得られたX線イメージにCOデータを速度方向に積分したものをコントアとして重ねてあります。 この結果を受け、2005年に森口らはサブミリ波望遠鏡「ASTE」を用いて、 ピークA、C、Dを含む領域のCO(3-2)輝線観測を行いました。 こちらがその結果です。 ピーク B 5pc ← Fukui et al. 2003 Fig.1 より。 コントア:12CO(J=1-0)(なんてん) イメージ:Ⅹ線イメージ(ROSAT)。

・X線のイメージを取り囲むようにCOが分布し、 いくつかのCOピークとX線ピークが空間的に強く相関 ⇒ SNRと分子雲が相互作用を起こしている事を示唆 ・X線に付随している分子雲の視線速度(Vlsr = -11 - -3 km/s)  から、SNRまでの距離 ~ 1kpc と推定  (従来は Slane et al. 1999 による~ 6kpc が用いられていた) 以上の観測結果から、 X線のピークとCOのいくつかのピークが空間的に強く相関していることを明らかにしました。 これはSNRと分子雲が相互作用を起こしている事を示唆するものです。 また、X線に良く付随している分子雲の視線速度が -11 - -3 km/s を中心としていることを明らかにしました。 銀河系は微分回転していると仮定した場合、 分子雲の視線方向の速度と、太陽系から天体までの距離には、 本天体ではこのグラフのような関係があります。 本天体に付随している分子雲の視線速度はこのあたりなので、 このグラフよりSNRまでの距離は約1kpcと推定できます。 このことから、Fukui, Moriguchi らは物理パラメータをこのように求めました。 ちなみに、それ以前はSlane et al 1999 による、距離 6kpcという値が良く用いられていました。 さらに、最近の Uchiyama らの結果からは、膨張速度が約4500 km/s 程度以下である事が求められています。 本研究では福井、森口らの結果を踏まえ、SNRまでの距離は1kpcとして議論を進めます。 SNRの物理パラメーター 距離    ~ 1 kpc 半径    ~ 8.7 pc 年齢    ~ 1600 yr 進化段階 ~ 自由膨張期 (Fukui et al. 2003) 衝撃波速度 < 4500 km/s (Uchiyama et al. 2007) ピークD ピークA ピークB ピークC

本研究の狙い 領域全体⇒12CO(1-0)、一部の領域⇒12CO(3-2) 観測しか行われていない 10 K,700cm-3 200 K,700cm-3 回転準位間 1-0 7-6 6-5 5-4 4-3 3-2 2-1 輝線強度 高温または高密度の分子雲では、COは高励起状態へ励起される。 異なる励起線を観測する事によって分子雲の物理状態(温度・密度)を推定できる。 領域全体⇒12CO(1-0)、一部の領域⇒12CO(3-2)  観測しか行われていない 領域全体:高分解能観測(12CO(2-1)) 一部領域:多輝線観測(12CO(4-3),13CO(2-1)) 周辺分子雲の物理量、物理状態をより詳細に求める 以上を踏まえ、先行研究からの課題と、本研究の狙いについてまとめます。 まず、電波による観測は、一部領域で12CO(3-2)輝線の観測が行われているものの、 領域全体の観測は12CO(1-0)でしか実施されていません。 電波を用いた観測では、異なる複数の準位からの放射強度を比較することで、 対象分子雲の温度や密度、物理状態を推定することが可能となります。 そこで、本研究では領域全体の12CO(2-1)輝線を用いた観測、 また、一部領域の多輝線観測を実施することで、 周辺分子雲の物理量、物理状態をより詳細に理解することを目指します。 また、高エネルギー放射の研究では、X線とγ線の間での空間分布、エネルギースペクトルの比較が中心でした。そこで、CO(2-1)の空間分布との比較を通し、γ線放射機構の理解を目指します。 高エネルギー放射の研究は、X線とγ線の空間分布、エネルギースペクトルの比較が中心 12CO(2-1)の空間分布との比較を通し、γ線放射機構の理解を目指す

観測 90” 38” 160” 22” 観測装置 NANTEN2 なんてん ASTE 観測輝線 0.4pc 0.18pc 0.78pc ・南米チリ、アタカマ砂漠 (標高4800m) ・口径:4m ・観測輝線:12CO(2-1, 4-3),12CO(2-1) ・観測時期    12,13CO(J=2-1):2008年8月~12月    12CO(J=4-3):2007年10月~12月 観測は、南米チリ共和国に設置されているミリ波サブミリ波望遠鏡「NANTEN2」を用いて実施しました。 観測に用いた輝線ごとの主要なパラメーターは以下のとおりです。 本研究では、これらの観測で得られたデータに加え、先に述べた「なんてん」、 「ASTE」による観測データも解析に用いました。 解析に使用 観測装置 NANTEN2 なんてん ASTE 観測輝線 12CO(2-1) 12CO(4-3) 12CO(1-0) 12CO(3-2) ビームサイズ (HPBW) 90” 38” 160” 22” 空間分解能 (距離~1kpc) 0.4pc 0.18pc 0.78pc 0.11pc 速度分解能 0.38 km/s 0.37 km/s 0.65 km/s 0.43 km/s

観測領域 CO(J=2-1) CO(J=2-1) CO(J=4-3) 12 13 12 ・領域全体 ~ 1.5°× 1.5° ピークD ・領域全体   ~ 1.5°× 1.5° CO(J=2-1) 13 次に観測領域について示します。 この図は先ほどお見せした、HESSによるγ線のイメージに、 CO(1-0)輝線の観測結果をコントアで示したものです。 本研究では、 まず12CO(2-1)輝線を用い、HESSによってγ線が検出されている領域を含む赤枠の領域を、 13CO(2-1)輝線を用い、ピークA、C、Dを含む緑枠の領域を、 そして12CO(4-3)輝線を用いて、ピークC中心部の青枠の領域を観測しました。 ピークD ・ピーク A, B, C, D     を含む ~ 22’× 22’ ピークC CO(J=4-3) 12 ピークA ・ピーク C 中心部 ~ 3’× 3’

観測結果 それでは観測結果を示します。

CO(J=2-1) 積分強度図 ( -16 km/s - -3km/s ) CO(J=2-1) vs X線 (XMM) Contour level min. = 3K km/s interval = 7K km/s ピークC 12   CO(J=2-1) 積分強度図 ( -16 km/s - -3km/s ) 12   CO(J=2-1) vs X線 (XMM) 12   CO(J=2-1) 積分強度図 ( -16 km/s - -3km/s) Cont. lev. 4σ+ 4σ ピークC ピークD ピークA 13 ピークC ピークD ピークA これは領域全体の12CO(2-1)の観測結果を、速度方向に積分した強度図です。 大局的に12CO(1-0)と似た構造を示していることがわかります。 中心部には大きな空洞が存在し、また、ピークA,C,Dもはっきりと検出できています。 この結果をコントアにして、XMMによって得られたX線のイメージと重ねてみます。 北西部から西部にかけX線が強く検出されている領域でCOが良く相関している様子がわかります。 続いて、12CO(2-1)より高密度な分子雲をトレースできる、13CO(2-1)の分布を示します。 ピークA,C,Dがはっきり検出されており、 このピーク領域において密度が高くなっていることが推測できます。 最後に、12CO(4-3)の観測結果です。 ピークCの中心部には、0.1パーセクスケールの高密度なコアが存在することがわかります。 Cont. lev. 4σ + 3.5σ

解析 それでは、これらの観測結果を用いて行った解析の結果について、順番に述べていきます。

CO(2-1)/ CO(1-0)積分強度比 ⇒強度比の値が高い場所:高温 又は 高密度 Vlsr = -16km/s - -3km/s 12   ⇒強度比の値が高い場所:高温 又は 高密度 イメージ:積分強度比 コントア: CO(1-0)       積分強度図 Vlsr = -16km/s - -3km/s 12 積分範囲 まず、領域全体の12CO(2-1)/(1-0)積分強度比の分布を見てみます。 一般的に、12CO(2-1)/(1-0)比が高い領域は、高温、又は高密度な領域であると考えられます。 こちらがその結果です。 CO(2-1)のデータは、CO(1-0)のデータに合わせて分解能を落としてあります。 また、コントアはCO(1-0)の積分強度図です。 大局的に見ると、分子雲のエッジにそって比の値が高くなっていることがわかります。 特に、ピークCのエッジではこの傾向が顕著です。 例として、比が高いこのピクセルの観測データを示します。 下がCO(1-0)、上がCO(2-1)のデータで、 横軸に速度、縦軸に電波強度が示してあります。 これを見ても、CO(2-1)のほうが優位に強度が高い事がわかります。

・特にピークCのエッジでは顕著に比が高い ↓ SNRの衝撃波によって分子雲が加熱されている と解釈できる。 ・典型的な暗黒星雲   ~ 0.5 - 1 (Sakamoto 1994) ・SNRと相互作用している分子雲   W44 ~ 1.3 – 1.7 (Seta 1998)   IC443 < 3 (Seta 1998) → SNR と相互作用している分子雲では、比が高くなる傾向    ・SNRに近づくほど強度比が高い    ・特にピークCのエッジでは顕著に比が高い ↓ SNRの衝撃波によって分子雲が加熱されている と解釈できる。 「分子雲がSNRと相互作用を起こしている可能性がある」(Fukui2003, Moriguchi 2005) を支持する結果である。 この結果を他の領域と比較します。 典型的な暗黒星雲では、CO(2-1)/CO(1-0)比は0.5-1程度なのに対し、 また、W44領域においてSNRと相互作用している分子雲では1.3-1.7程度と、 高い値になることが知られています。 本領域を見ると、SNRに近い領域ほど比が高くなる傾向にあり、 これらはSNRの衝撃波によって分子雲が加熱されていることによるものであると解釈できます。 また、これらは、福井、森口らの結果を支持する結果であるといえます。

LVG解析 ピークA、C、D の中心一点の温度、密度を、 LVG解析を用いて推定 ・LVG解析 ・分子雲内に大きな速度勾配を仮定することで  ・分子雲内に大きな速度勾配を仮定することで   輻射輸送方程式を簡略化して解き、   密度、温度を推定する CO(J=2-1) 積分強度図 ( -16 km/s - -3km/s ) ピークC ピークD ピークA 12 次に、LVG解析を用いて、多輝線観測を行ったピークA,C,Dの中心部における温度、 密度を推定しました。 LVG解析とは分子雲内に大きな速度勾配を仮定することで輻射輸送方程式を簡略化して解き、 温度と密度を推定する手法です。 計算に用いた輝線と、計算に用いた値は以下のとおりです。 ・計算に用いた輝線 ピークA、D:12CO(3-2, 2-1),13CO(2-1) 輝線 ピークC:12CO(4-3, 3-2),13CO(2-1) 輝線 ・仮定 ・n(12CO) / n(13CO) = 75 (Gusten et al. 2004) ・X = n(12CO) / n(H2) = 5×10-5 (Sakamoto et al. 1994) ・ピーク A, D : log X ( dr/dv ) = - 5.4 ・ピーク C : log X ( dr/dv ) = - 5.3

ピークC ピークCの 密度 ~ 0.8-1.8×104/cm-3 温度 ~ 15-20 K 密度(cm-3) 温度(K) ピーク A こちらはピークCにおける計算結果です。 横軸に密度、縦軸に温度をとり、ある温度密度のときに予想される輝線強度がプロットしてあります。 ここに、観測から得られたピークCの輝線強度をコントアとしてプロットしました。 キャリブレーションなどによる誤差を二割と見込み、その範囲にもコントアを引いてあります。 これらの交点が、分子雲の温度、密度を表しており、 ピークCではこのような値として求めることができました。 同様の計算をピークA、Dについて実施し、結果をこのように得ることができました。 密度(cm-3) 温度(K) ピーク A ~0.7-1.5 x 104 ~11-18 ピーク C ~0.8-1.8 x 104 ~15-20 ピーク D ~0.9-1.5 x 104 ~ 8-10

12CO(J=2-1) 積分強度図 ( -16 km/s - -3km/s ) 12CO(J=4-3) 観測領域 続いて、12CO(4-3)の観測結果を詳しく見ていきます。

ピークC 12CO(J=4-3) 観測結果 先行研究では起源は未特定 ピークC中心部 MSX バンド A (8.28μm) Moriguchi 2005 12CO(J=3-2) 本研究 12CO(J=4-3) ピークC中心部 -30 - -15 km/s -8 - 7 km/s MSX バンド A (8.28μm) こちらは先ほどもお見せした、ピークC中心部のCO(4-3)の観測結果です。 左下はNANTEN2の460GHz帯におけるビームサイズです。 中心部のスペクトルを示します。 上が本研究によって得られた結果、下は先行研究から得られたCO(3-2)のスペクトルです。 青方偏移、赤方偏移側に尾を引くように伸びた高速度成分が存在することがわかります。 この成分は先行研究でも検出されており、 SNRの膨張による可能性と、原始星からのアウトフローである可能性の二つが提案されましたが、 起源は未特定のままでした。 今回は、この高速度成分の分布を調べるため、 マスクした範囲で速度方向に積分を実施しました。 こちらがその結果です。 イメージにはMSXによってえられた8ミクロンの赤外線のデータを重ねてあります。 ご覧のように高速度成分は双極分子流状の分布をしており、 中心付近には赤外線源が存在しています。 これらは、観測機器の指向精度、ビームサイズ等を考えると空間的に非常によい一致を示しているといえます。 先行研究では起源は未特定 -30 – 7 km/s

高速度成分 ↓ 原始星からのアウトフロー と考えられる 双極分子流状の分布 IRAS で得られた 赤外線源のSED さらに、本領域付近にはIRAS点源が存在しています。 こちらは横軸に波長、縦軸にIRASの観測から得られたフラックスをプロットしました。 このように、長波長側で超過が見られる原始星状のSEDを示しています。 以上をまとめますと、 ピークC中心部で検出された高速度成分は、 原始星からのアウトフローによるものである可能性が高いと考えられます。 IRAS で得られた 赤外線源のSED 高速度成分 ↓ 原始星からのアウトフロー と考えられる

ピークCの特徴 SNRの衝撃波にさらされながら、 密度が高いため残留している分子雲である 高密度 (~1.0×104 cm-3) 中心部に原始星候補天体。 エッジ部は12CO(2-1)/12CO(1-0) 比が高く、  SNRの衝撃波により加熱されている ↓  SNRの衝撃波にさらされながら、 密度が高いため残留している分子雲である ここで、今までの結果を踏まえピークCの特徴をまとめると、 1×10の4程度と比較的密度が高い傾向にあり、 中心部には原始星が存在すると考えられます。 また、エッジ部はSNRからの衝撃波との相互作用をしていると考えられることから、 ピークCはSNRの衝撃波に曝されながら、密度が高いために残留している分子雲であると考えることができます。

高エネルギー放射との比較 ここまで、COの観測結果からSNRの周辺分子雲の物理状態について述べてきました。 ここからは、分子雲の分布と高エネルギー放射との比較をしていきます。

12CO(2-1) と TeV γ線(HESS) の分布の比較 こちらは、γ線望遠鏡HESSによって得られたTeVγ線のイメージに、 CO(2-1)の積分強度図を重ねたものです。 X線と同様、北西から西部にかけて、γ線が強く検出されている領域と 分子雲が良く相関している様子がわかります。 また、特にγ線が強く検出されている これらの領域とピークACDが存在する領域が重なっており、空間的な相関がよいことがわかります。 次に、このピークACD周辺について、電子成分の分布を調べるため、X線のイメージと重ねてみます。 コントア 12CO(2-1) V= -16  — -3km/s Lowest:4σ Int.:3.5σ (NANTEN2) イメージ γ線(HESS)

12CO(2-1) と X線(Suzaku XIS) の分布の比較 ⇒電子成分の分布 ピーク A, C ピーク D コントア 12CO(2-1) イメージ X線(0.5keV-12KeV) (Suzaku XIS: Suzaku data archive) こちらがその結果です。 Suzaku データアーカイブから取得した、XISによって得られたX線のイメージに、CO(2-1)のコントアを重ねてあります。 左側がピークC領域、右側はピークD領域です。 先ほどのγ線の分布と異なり、COが強く検出されている領域のふちにX線が分布している様子がわかります。 例として、矢印の方向のX線、COの強度の空間プロファイルをプロットすると、 このようになります。 ピークA,DよりSNR中心に近い側で、急激にX線強度が低下している様子がわかります。 ピークC ピークA ピークD 強度 強度 CO(2-1)積分強度 X線強度

・γ線は分子雲ピークと空間的に良い相関。 ・X線は分子雲のエッジで強く輝いている傾向。 ピークD 強度 COの空間分布に対する、       γ線とX線の空間分布の様子は異なる。 ・γ線は分子雲ピークと空間的に良い相関。 ・X線は分子雲のエッジで強く輝いている傾向。 γ線 ピークC ピークA CO,X線、γ線の分布をより直接比較するために、 COとX線のデータをγ線データの分解能でスムージングしました。 先ほどと同様に、空間的なプロファイルを調べます。 まずCO積分強度、次にγ線、そしてX線の分布です。 このように、同じ分解能で比較しても、 COのピーク部でX線の強度に対してγ線の超過が見られることがわかりました。 強度 X線 CO(2-1)積分強度 γ線強度 X線強度

エネルギースペクトルの比較 Suzaku XIS Suzaku HXD HESS ATCA 磁場 B~200μG を仮定 EGRET HESS π0崩壊 (陽子起源) 次に、このγ線を放射する成分について、エネルギースペクトルの観点から見ていきます。 こちらは、Tanaka et al 2008 から引用した本領域のSEDです。 SuzakuとHESSによる観測結果をプロットしてあります。 この図に、π0崩壊過程を考慮に入れた理論から予測されるエネルギースペクトルを書くと、このようになります。 ご覧のとおり、観測されたγ線は陽子起源モデルによってよく再現できていることがわかります。 しかしながら、Tanaka et al では、異なる二つのエネルギーを持った電子成分による逆コンプトン散乱でも、 観測されたγ線が良く再現できると指摘しています。 シンクロトロン放射 (電子起源) ATCA 逆コンプトン散乱 (電子起源) Tanaka et al. 2008 磁場 B~200μG を仮定 磁場 B~15μG を仮定

エネルギースペクトルの比較 Suzaku XIS Suzaku HXD HESS ATCA π0崩壊 (陽子起源) シンクロトロン放射 EGRET HESS π0崩壊 (陽子起源) HESSによって観測されているエネルギー範囲はここに相当しますが、 電子起源、陽子起源の特徴を大きく分けるのは、このエネルギー領域です。 シンクロトロン放射 (電子起源) ATCA 逆コンプトン散乱 (電子起源) Tanaka et al. 2008

陽子起源モデルによると結論するのは困難。 今後、 GeV 領域での観測データとの比較 ピークCの形状、物理状態を考慮した議論 現状、本領域で検出された TeV γ線は、  陽子起源モデルによると結論するのは困難。 (e.g.,Aharonian 2006, Uchiyama 2007, Tanaka 2008) 今後、 GeV 領域での観測データとの比較 ピークCの形状、物理状態を考慮した議論 γ線が陽子起源であった際、 以上を踏まえた結論としましては、 現状では、本領域において検出されたTeVγ線は陽子起源モデルによると判断することは難しく、 今後は、現在フェルミで実施されているGeV領域の観測データとの比較、 また、γ線、X線とCOが特異な相関を示していピークCの形状や物理環境を十分に考慮した議論をする必要があります。 さらにもうひとつ本研究の意義として、本領域のγ線が陽子起源であった際の宇宙線の定量が挙げられます。 加速陽子のエネルギーと、周辺物質の密度の間には、以下のような関係があるため、 本研究によって得られたデータから宇宙線陽子のエネルギーを推定することが可能となります。 たとえば、ピークCについて計算してみますと、 ピークCに到来する陽子のエネルギーは1047乗程度となります。 Wp ~ 1051 (d / 1000)2( n )-1 (Aharonian et al. 2006)  Wp = 加速陽子の総エネルギー [erg]  n = 周辺分子雲の密度 [cm-3]  d = 天体までの距離 [pc] 例)ピークC(n~104/cm-3) ⇒ Wp ~ 1047 [erg] 本研究によって得られたデータは、          宇宙線の定量において重要である。

まとめ RXJ1713.7-3946 方向の分子雲を、 12CO(2-1、4-3)、13CO(2-1) 輝線で新たに観測した。 SNR と相互作用を起こしている可能性が高い。 ピークA、C、Dの温度、密度を推定した。 ピークC中心部の高速度成分は、原始星からのアウトフローに起因するものである可能性が高い。 ピークCは、SNRの衝撃波に曝されながら、密度が高いために残留している分子雲である。 分子雲とTeV γ線、X線の空間分布を比較した。 γ線は分子雲のピークと強く相関している。 X線は分子雲のエッジに分布している傾向が強い。 では、最後にまとめます。 ****