事例研究(ミクロ経済政策・問題分析 I) - 規制産業と料金・価格制度 - (#305 – 整備新幹線関連財務諸表) 2018年 12月 戒能一成
0. 本講の目的 (手法面) 整備新幹線制度と整備主体・運用主体に おける財務諸表上の処理を知る (内容面) 九州新幹線での事例を基礎に高速鉄道 事業における政策評価の実例を研究する
1. 整備新幹線制度 1-1. 新幹線の整備制度(1) 東海道・山陽新幹線 ○ 1950~60年頃の鉄道輸送と整備背景 ○ 1950~60年頃の鉄道輸送と整備背景 - 高度成長と国内幹線鉄道輸送の飽和・過密化解消 - 旅客・貨物輸送の分離高速化実現 1960年当時在来線東京-大阪間 6.5時間 - 国内基幹鉄道路線は日本国有鉄道(国鉄)が建設・運用 ○ 東海道新幹線着工(1959年)・山陽新幹線着工(1965年) - 国鉄の事業の一環として 路線計画を認可 路線計画・建設・営業は全部が国の直接事業 - 1964年東海道運開, 東京-大阪間 4.0時間(当時) - 東海道新幹線の建設資金(当初2,000億円,最終的に 3,800億円)は国が世銀融資で調達
1. 整備新幹線制度 1-2. 新幹線の整備制度(2) 地方への「整備新幹線」延伸 ○ 東海道新幹線の実績と反響 ○ 東海道新幹線の実績と反響 - 東海道新幹線の「大成功」 利用実績増進, 短期間で黒字化, 経済波及効果 - 地方からの新幹線誘致要望の増大・過熱 → 国鉄事業計画への圧力・地方独自構想の乱立 ○ 全国新幹線鉄道整備法(1970年) - 国による基本計画・整備計画の策定・事業者指名 - 「整備新幹線」への財政支援の根拠法令(後述) - 整備計画手続と財源負担の透明化・明確化 東海道・山陽新幹線は既に開業・着工済で対象外 山形・秋田新幹線は「高規格在来線」であり対象外 (県と国鉄(JR東)の合弁事業に国が補助,1992・97年)
1. 整備新幹線制度 1-3. 新幹線の整備制度(3) 「整備新幹線」の進捗その1 ○ 整備新幹線の計画策定・建設指名実績(1) ○ 整備新幹線の計画策定・建設指名実績(1) - 1971年整備計画告示 東北新幹線 (東京-盛岡) (1982年開業) 上越新幹線 (東京-新潟) (1982年開業) 成田新幹線 (東京-成田空港) (中断・後に失効) → 国鉄が建設主体及び営業主体に指名 - 整備新幹線法(1970)により整備計画策定等の明確化 の制度はできたものの、建設主体・営業主体が国鉄の ままで制度の実効性に問題あり(ex 上越新幹線) - 1987年の国鉄分割・民営化によりJR各社が発足し、 実質的に路線別事業計画の透明化・明確化が実現
1. 整備新幹線制度 1-4. 新幹線の整備制度(4) 「整備新幹線」の進捗その2 ○ 整備新幹線の計画策定・建設指名実績(2) ○ 整備新幹線の計画策定・建設指名実績(2) - 1973年整備計画告示(いわゆる「整備新幹線5路線」) 東北新幹線 (盛岡-新青森) (2010年開業) 北海道新幹線(新青森-新函館,新函館-札幌)(2016) 北陸新幹線 (東京-金沢, 金沢-大阪) (2015年開業) 九州新幹線 (博多-鹿児島) (2011年開業) 九州新幹線 (博多-長崎) → 鉄道・運輸整備機構が指名 (下線は計画・建設中) - 2011年整備計画告示 中央新幹線(リニアモーター) (東京-大阪) → JR東海が指名 (名古屋迄は自主財源で整備予定)
1. 整備新幹線制度 (国土交通省鉄道局資料)
1. 整備新幹線制度 1-6. 新幹線の整備制度(6) 整備新幹線基本方針と課題 ○ 整備新幹線基本方針 (整備新幹線問題検討会議・2009) - 既定整備計画分の着工・着工延期要件の明文化 ・安定的な財源見通しの確保 ・収支採算性 ・投資効果 ・営業主体としてのJRの同意 ・並行在来線の経営分離についての沿線自治体同意 ○ 九州新幹線(鳥栖-長崎間)・北陸新幹線(敦賀-大阪間)は 整備計画策定済であるが上記要件を満たさず未着工 ← 特に沿線自治体による費用負担・並行在来線問 題の調整が難航(ex 佐賀県・九州新幹線)
1. 整備新幹線制度 1-7. 新幹線の整備制度(7) 計画失効・中断路線 ○ 計画失効・中断路線とは ○ 計画失効・中断路線とは - 基本計画が策定・告示されたものの、採算見通し不良 や地元自治体の合意不成立で整備計画の策定ができ ておらず、実際に着手されていない路線 (11路線) - 公式には成田新幹線(東京-成田空港)のみが失効路線 (東京都・千葉県の反対表明、1986年の国鉄分割・民 営化法により基本計画撤回) ← 現在は“北総線・成田スカイアクセス線” - しかし事実上は、東北・中国日本海側や四国など多く の過疎地域の基本計画路線が事実上中断・放置 - 前述の「整備新幹線基本方針」は、当該公式・事実上を 含め着工不能路線の問題点を帰納的に整理したもの
2. 整備新幹線と費用負担 2-1. 整備新幹線と国の補助・支援 ○ 全国新幹線鉄道整備法(1970年) ○ 全国新幹線鉄道整備法(1970年) - 法目的: 高速輸送体系の整備による国土の総合かつ 普遍的開発と地域振興 (第1条) ← 地方の新幹線延伸への国の補助理由 - 基本計画・整備計画: 大臣による路線計画(第4,7条) ← 路線別の建設方針・建設計画に相当 交通政策審議会への意見諮問(第14条2) - 事業指示: 大臣による建設・営業主体の指名(第6条) ← 整備新幹線5路線は建設につき鉄道・運輸 整備機構、営業につき地域JR会社が指名 - 費用負担: 政令の規定により建設費用は国・都道府県 が負担 (第13条)
2. 整備新幹線と費用負担 2-2. 整備新幹線の費用負担 旧制度(1970~95年) 2-2. 整備新幹線の費用負担 旧制度(1970~95年) ○ 整備新幹線のうち東北・上越・北陸(高崎-長野間)迄 - 新幹線の軌道・駅舎・附属設備(車庫・電力通信など) ← JR(東日本)が50%を負担 (政府低利融資あり) ← 国 35%, 都道府県・市町村 15%で建設費用を 負担 ← 指定された建設主体(鉄道・運輸整備機構)が 負担金を徴収して建設・保有を実施 ← JRは設備の無償利用権を行使 - 新幹線の車両・営業設備(事務所・店舗など) ← JR(東日本)が整備・保有・運用 ← JRの負担過大として1996年に制度改正 (後述)
2. 整備新幹線と費用負担 2-3. 整備新幹線の費用負担 「上下分離方式」(1996年~) 2-3. 整備新幹線の費用負担 「上下分離方式」(1996年~) ○ 整備新幹線5線の大部分:「上下分離方式」(1996年~) - 新幹線の軌道・駅舎・附属設備(= 「下」) ← 国 2/3, 都道府県 1/3 で建設費用を負担 ← 指定された建設主体(鉄道・運輸整備機構)が 負担金を徴収して建設・保有を実施 ← JRなど利用会社は「線路利用(貸付)料」を納付 (受益相当額を大臣が指定、建設費負担なし) - 新幹線の車両・営業設備(=「上」) ← JRなど指定された営業主体が整備・保有・運用 ← 当該制度改正により九州・北陸・北海道新幹線の一部 など整備新幹線の具体的建設が進展
2. 整備新幹線と費用負担 2-4. 整備新幹線と鉄道・運輸整備機構(1) ○ 鉄道・運輸整備機構 (2003年~) ○ 鉄道・運輸整備機構 (2003年~) - 旧鉄道建設公団・新幹線保有機構(旧国鉄分)の事業 を継承して発足した独立行政法人 (所管・国土交通省) - 業務は5事業を併営(鉄道建設,鉄道助成,船舶共有建 造,地域公共交通出資,国鉄清算) - 毎年度勘定毎に財務諸表を公開 (監事監査・会計監査人監査を実施) - 整備新幹線関連事業は「建設勘定」として区分経理 (整備新幹線の線路設備等は当該機構が建設・保有) - 独立行政法人としての評価及び政策評価法による 公共投資評価対象, ほぼ毎年事業評価を実施 (後述)
2. 整備新幹線と費用負担 2-5. 整備新幹線と鉄道・運輸整備機構(2) ○ 鉄道・運輸整備機構財務諸表 (2011~2016年度) ○ 鉄道・運輸整備機構財務諸表 (2011~2016年度) 建設勘定・資産の部 (兆円) (年度) 2011 2012 2013 2014 2015 2016 流動資産 1.99 1.93 1.69 1.55 1.69 2.33 固定資産(有) 5.22 5.42 5.54 5.63 5.59 5.65 建物 0.10 0.10 0.09 0.16 0.19 0.19 構築物 2.75 2.66 2.54 3.71 3.99 3.89 機械 0.10 0.09 0.08 0.17 0.22 0.22 仮勘定 1.68 1.98 2.26 0.91 0.52 0.70 固定資産(無) 0.17 0.16 0.15 0.15 0.16 0.15 投資他資産 0.16 0.11 0.09 0.08 0.08 0.06 (北陸) (北海道)
2. 整備新幹線と費用負担 2-6. 整備新幹線と鉄道・運輸整備機構(3) ○ 鉄道・運輸整備機構財務諸表 (2011~2016年度) ○ 鉄道・運輸整備機構財務諸表 (2011~2016年度) 建設勘定・負債の部 (兆円) (年度) 2011 2012 2013 2014 2015 2016 流動負債 0.57 0.71 0.64 0.55 0.52 0.34 固定負債 6.38 6.29 6.25 6.16 6.96 7.14 資産見返 3.74 3.92 4.10 4.13 4.24 4.36 債券 0.91 0.81 0.74 0.74 0.71 0.72 長期借入 1.07 0.94 0.83 0.75 0.67 1.43 法定引当金 0.16 0.19 0.14 0.13 0.11 0.13 純資産 0.43 0.43 0.44 0.56 0.57 0.57 (北陸) (北海道)
2. 整備新幹線と費用負担 2-7. 整備新幹線と鉄道・運輸整備機構(4) ○ 鉄道・運輸整備機構財務諸表 (2011~2016年度) ○ 鉄道・運輸整備機構財務諸表 (2011~2016年度) 建設勘定・経常費用・収益 (兆円) (年度) 2011 2012 2013 2014 2015 2016 経常費用 0.32 0.33 0.42 0.35 0.36 0.38 施設原価 0.10 0.11 0.09 0.08 0.08 0.07 減価償却 0.11 0.11 0.11 0.12 0.16 0.18 支払利息 0.03 0.02 0.02 0.02 0.01 0.01 経常収益 0.32 0.34 0.42 0.35 0.36 0.38 施設譲渡 0.12 0.13 0.11 0.10 0.09 0.08 施設賃貸 0.10 0.10 0.10 0.09 0.11 0.12 補助見返 0.08 0.08 0.08 0.08 0.13 0.14
2. 整備新幹線と費用負担 2-8. 整備新幹線とJR : 九州新幹線の事例(1) (輸送実績) 新幹線 在来線 . 路線営業キロ (km) 289(1.00) 1984(1.00) 客車走行キロ (km) 58124(0.91) 239401(0.99) 輸送人員 (人) 213498(1.01) 118005(1.00) 輸送人キロ (人・km) 1852445(0.96)7339010(0.99) 乗車効率 0.478(1.06) 0.285(1.00) 旅客輸送収入(百万円) 50121(0.97) 96368(0.98) ( )内は対前年度比 ← 熊本地震(2016年4月)で被災したが営業成績は快調
2. 整備新幹線と費用負担 2-9. 整備新幹線とJR : 九州新幹線の事例(2) - 九州新幹線(博多-鹿児島)の施設賃貸料の算定方式 (鉄道・運輸整備機構法施行令・大臣指定) ← 受益差相当額を推計(「受益あり」-「受益なし」) 受益あり; 新幹線開業後の新幹線・関連路線の 営業収支実績 受益なし; 新幹線が開業しなかったと仮定した 場合の並行在来線・関連路線の推計 営業収支 - 上記受益差相当額は制度上は30年間定額で徴収 - JR九州の場合、グループ全体の経営が快調であるた め約20年分(2,205億円)を2015年度に 一括納付済
2. 整備新幹線と費用負担 2-10. 整備新幹線とJR : 九州新幹線の事例(3) 2015年度 2016年度 鉄道事業営業費用 (百万円) 137196 121250 給与・賞与 32075 31407 修繕費 37018 36317 業務委託費 20251 19183 業務費 22345 11160 動力費 8814 8050 鉄道事業営業収益 169189 164976 うち旅客輸送収入 150125 146490 経常利益 18284 47530
2. 整備新幹線と費用負担 2-11. Q. 九州新幹線(博多-鹿児島)は何故快調なのか ? ○ A. 九州と社会経済的関係の強い関西の空港に問題有 - 大阪空港(内陸) 滑走路3,000m/1,800m(同時不可) ・ 1939年開港, ほぼ都心, JAL・ANAが就航 時間制限 (7-21時) 騒音問題で地元協定有 回数制限 (370回/日, 大手既得権化要因) - 関西国際空港(海上) 滑走路4,000m+3,500m ・ 1994年開港, 都心迄60分, LCC・国際線就航 (24時間利用可だが不便で利用低迷・大赤字) - 神戸空港(海上) 滑走路2,500m(上記2港と航路干渉) ・ 2006年開港, 都心迄30分, SKYMARKが就航 時間制限 (7-22時), 障害物(明石大橋) (震災復興事業で神戸市が翻意し新設,競合) 20
3. 整備新幹線の政策評価 3-1. 整備新幹線と政策評価(1) ○ 鉄道・運輸整備機構における政策評価(1) ○ 鉄道・運輸整備機構における政策評価(1) - 整備新幹線5路線は公共事業の一部であり、政策評 価法(2001)での指定評価対象事業となる - このため、独立行政法人としての経営評価に加えて 個別整備新幹線事業についての政策評価・再評価を 実施 ← 国・都道府県の補助で線路設備等を保有してい るが、当該設備が整備新幹線法(1970年)の法 目的に貢献しているか(= 地域振興に寄与して いるか)を政策評価 - 主要評価項目は、利用者数・交通機関別構成比・所 要時間・経済波及効果・観光入込客数変化など
3. 整備新幹線の政策評価 3-2. 整備新幹線と政策評価(2) ○ 鉄道・運輸整備機構における政策評価(2) - 整備新幹線の事業効率評価 ○ 鉄道・運輸整備機構における政策評価(2) - 整備新幹線の事業効率評価 総便益: 時間短縮などによる発生便益 総費用: 建設費など新幹線整備に必要な費用 費用便益比 = 総便益/総費用 (費用・便益とも50年累計・現在価値換算値) ・九州新幹線(博多-新八代, 14,334億円) 2.1 ・九州新幹線(新八代-鹿児島, 9,139億円) 1.1 ・東北新幹線(八戸-新青森, 7,211億円) 1.1 ・北陸新幹線(長野-金沢, 21,404億円) 1.1 ・北海道新幹線(新青森-函館, 5,950億円) 1.1
3. 整備新幹線の政策評価 3-3. 整備新幹線と政策評価(3) ○ 鉄道・運輸整備機構における政策評価(3) ○ 鉄道・運輸整備機構における政策評価(3) - 九州新幹線(博多-新八代)の事後評価 (別紙) http://www.jrtt.go.jp/01Organization/org/org- hyoka.html