がんの進展と転移
がんにおいて最も恐ろしいものは何か?
図52.がんの増殖・進展過程 A.原発大腸がん B.血行性転移 血管新生と 血管への侵入 原発巣の形成 血管内を移動 肝臓 大腸 大腸がん v 血管 B.血行性転移 v 大腸 大腸がん 管外脱出 切除 肝転移 v 微小転移巣 の形成 大腸がんによる腸閉塞 と切除による治療 血管
原発巣がいくら大きくなっても、転移がなければ切除すれば治る。 切除がうまくいったとしても、最終的には転移再発で亡くなる可能性がある。 転移を制すれば、がんは恐ろしくない。
胃がんのステージ別生存率 生存率(%)
早期の段階で転移が少ないステージIでは治る確率が高く、がんが進行して、転移する確率が高いステージIVでは治癒率が低い。 がんが進行するにつれて転移する確率が高くなるのはなぜか?
図46.腫瘍の進展と不均一性 正常細胞 最初の形質転換細胞(がん細胞) 最初の形質転換細胞 2度目の形質転換がおこった アポトーシスした細胞 新しい細胞集団の誕生 3度目の形質転換がおこった 最初の形質転換細胞 アポトーシスした細胞 2番目のがん細胞 3番目のがん細胞 3回の変異がはいると、少なくとも3種類の細胞からなる細胞集団でがん組織が構成されることになる。実際のがんでは、より多くの変異がはいっていると考えられ、より多くの細胞からなる不均一な細胞集団から構成されている。 転移能を持つ細胞集団もがん組織を構成する細胞のほんの一部分である。
がん細胞では、がん抑制遺伝子の欠失や修復遺伝子の異常のため、がん細胞が分裂を繰り返すごとに、遺伝子異常が入る確率が高くなる。 がん組織が大きくなるに連れて、がん組織内にはいくつもの細胞集団に分かれてくる。その中には、転移に必要な遺伝子が活性化している細胞集団も生まれてくる。
転移先として多い臓器:肺、肝臓、骨髄 なぜそうなるのか?
肺転移 精巣癌の肺転移 X線像 乳がんの肺転移CT scan 赤の矢印で示した3つの結節性陰影は、精巣癌の肺転移巣である。 赤の矢印で示した1つの結節性陰影は、乳癌の肺転移巣である。
乳がんの肝転移 肝臓の両葉に白い結節状の転移巣が多発している。
肝臓と肺がなぜ多いのか?
血液循環の特徴と転移臓器 心臓 他の臓器 動脈 静脈 肺 心臓 消化管 動脈 静脈 (門脈) 肝動脈 (A) (B) 肝 がん細胞 (B) 心臓 消化管 肝 動脈 静脈 (門脈) 肝動脈 がん細胞 通常の臓器においては、がん組織の毛細血管内に侵入したがん細胞は心臓に戻って、次に肺に送られる。ここで毛細血管網にはいる。 消化管においては、がん組織の毛細血管内に侵入したがん細胞は門脈を通って肝臓に送られる。ここで毛細血管網にはいる。
肝臓と肺がなぜ多いのか? 肝臓と肺に転移が多い理由は、血流の流れ方による。 本当にそう言っていいのか?
転移の臓器嗜好性 原発がん 良く転移する臓器 腎がん 肺、骨、副腎 胃がん 肝、腹膜 大腸がん 肝、肺、骨、脳 膵がん 肝、肺、骨 原発がん 良く転移する臓器 腎がん 肺、骨、副腎 胃がん 肝、腹膜 大腸がん 肝、肺、骨、脳 膵がん 肝、肺、骨 前立腺がん 骨 小細胞肺がん 脳、肝、骨髄 乳がん 肺、骨、脳、副腎、肝 甲状腺濾胞がん 骨、肺
骨転移が多いのはなぜだろうか? 胃がん、大腸がん、膵がんはすべて肝転移が多い。 腎がんなどそのほかのがんは、肺転移が多い。 肝転移や肺転移は血流で説明できるだろう。 骨転移が多いのはなぜだろうか?
骨転移はどんながんに認められるのか?
表13.各種がんにおける骨転移の頻度 がんの種類 骨転移の頻度(%) 前立腺がん 57-84 乳がん 57-73 悪性黒色腫 44-57 がんの種類 骨転移の頻度(%) 前立腺がん 57-84 乳がん 57-73 悪性黒色腫 44-57 甲状腺がん 19-50 腎がん 23-45 肺がん 19-32 膀胱がん 13-26 大腸がん 9-11 胃がん 2-17 食道がん 3-5 膵がん 1-3 前立腺がんと乳がんに多い。 悪性黒色腫と甲状腺がんにも多い。 腎癌、肺がん、膀胱癌にも多い。
骨転移するがんはすべてではない。 骨転移とは骨髄転移のことをさす。 がんによっては好みの転移場所があるのでは? なぜある種のがんは骨髄を好むのか?
骨髄は空洞があって転移するのも難しくはないが、骨はがん細胞の増殖できるスペースはない。 どのように骨にスペースを作るのか?
図48. 骨転移のメカニズム がん細胞 幹細胞 がん細胞 破骨細胞 図48. 骨転移のメカニズム 骨髄内でがん細胞が、幹細胞の分化を誘導して破骨細胞ができ、がん細胞が破骨細胞を活性化する。 がん細胞 骨からがん細胞の増殖を刺激する増殖因子などが産生される。 幹細胞 分化シグナル 働けシグナル がん細胞 破骨細胞 破骨細胞が骨を溶解してがん細胞にスペースを作る。 破骨細胞が作ったスペースで、がん細胞が増殖して転移巣を形成する。
正常細胞は移動するのか? どのような細胞が移動する? 基本的に胃の細胞が肝臓に移動することはない。胃の細胞は胃という臓器を離れることはない。ほとんどすべての臓器の細胞が、臓器間を移動することはない。 正常細胞は移動するのか? どのような細胞が移動する?
白血球の血管外への移動機構 血管内皮細胞 白血球 接着因子 1.回転(ブレーキ) 2. 好中球の接着因子の活性化 3. 強固な接着 ケモカイン 接着分子 発現はサイトカインなどで制御されている 1.回転(ブレーキ) 炎症などで産生されるサイトカインによってある種の接着分子が発現する。好中球の接着因子と血管内日の接着因子が結合してブレーキとなる。 2. 好中球の接着因子の活性化 炎症によって産生されたサイトカインを血管内皮細胞のプロテオグリカンに発現して、次の段階での強固な接着に必要な好中球側の接着因子を活性化する。 3. 強固な接着 4. 血管内皮細胞間隙 のすり抜け
白血球、特に好中球は、血管外の感染局所に集積して、細菌をは序する必要がある。そのために全身至る所に移動できるように準備している。好中球は多段階で血管外へ移動。 がん細胞が転移するために必要なステップは?
がんの転移過程 血管新生と 血管への侵入 原発巣の形成 血管内を移動 肝臓 肝転移 微小転移巣 の形成 管外脱出 v v v 血管 血管 少なくとも5段階を乗り越える必要がある。 血管 肝転移 微小転移巣 の形成 管外脱出
がん細胞の血管内への侵入
図50.がん組織内のがん細胞と血管 腺管状構造をとる高分化型胃がん。 がん細胞は1個1個がバラバラになっている訳ではなく、隣同士が結合して腺管構造を形成している。 血管 赤く染まる赤血球が血管内皮細胞でできた血管内に充満している。
正常細胞と同様に、がん細胞も隣同士の細胞がくっついており、一個一個に別れることには特別な機構が必要と思われる。 どんな機構ががん組織で働くのだろうか?
がん細胞はバラバラになりやすい。 がん細胞の血管内侵入を可能にする 1.がん細胞のカドヘリン発現低下がしばしば認められる。 2.カドヘリンの機能を保つための裏打ちタンパクに異常を認めることもある。 3.がん細胞が細胞接着を弱めてバラバラにする因子を分泌することもある。 がん細胞はバラバラになりやすい。 がん細胞の血管内侵入を可能にする
がん細胞の血管外への侵出
がん細胞の血管外への脱出機構 がん細胞 血管内皮細胞 1. がん細胞の接着因子の活性化 2. 強固な接着 3. 血管内皮細胞間隙 のすり抜け ケモカイン 1. がん細胞の接着因子の活性化 ケモカインCXCL12によってがん細胞の接着因子VLA4が活性化する。 2. 強固な接着 骨髄血管内皮細胞特異的接着因子に活性化したVLA4が結合する。 3. 血管内皮細胞間隙 のすり抜け ケモカインによって引っ張りだされる。 ケモカイン
がんの血管街への脱出機構には、白血球が炎症局所の血管外に集積してくる機構と同様の機構が働いていると考えられている。 つまりケモカインと接着分子が重要な働きをしている。
造血幹細胞が骨髄にどうやって定着するのか?
造血幹細胞の骨髄への移動機構 造血幹細胞 血管内皮細胞 接着因子 (VCAM-1 & VLA4) ケモカイン CXCL12 3. 血管内皮細胞間隙 のすり抜け ケモカインCXCL12によって引っ張りだされる。 1. 造血幹細胞の接着因子の活性化 ケモカインCXCL12によってがん細胞の接着因子VLA4が活性化する。 2. 強固な接着 骨髄血管内皮細胞特異的接着因子に活性化したVLA4が結合する。 ケモカイン CXCL12 造血幹細胞は、骨髄から産生される毛もカインによって引っ張られ、骨髄血管内皮細胞に発現するVCAM-1に結合するVLA-4を発現している。
がん細胞が骨髄にどうやって転移するのか?
がん細胞の骨髄への移動機構 がん細胞 血管内皮細胞 前立腺がん細胞や乳がん細胞の一部は、CXCL12の受容体を発現している。 1. がん細胞の接着因子の活性化 ケモカインCXCL12によってがん細胞の接着因子VLA4が活性化する。 3. 血管内皮細胞間隙 のすり抜け ケモカインCXCL12によって引っ張りだされる。 2. 強固な接着 骨髄血管内皮細胞特異的接着因子に活性化したVLA4が結合する。 ケモカイン CXCL12 がん細胞 血管内皮細胞 接着因子 (VCAM-1 & VLA4) 前立腺がん細胞や乳がん細胞の一部は、CXCL12の受容体を発現している。 前立腺がん細胞や乳がん細胞の一部は、VLA4を発現している。
がん細胞が骨髄転移をする際のメカニズムは、造血幹細胞が骨髄に定着するのと同じ機構を使っている可能性が高い。
がん細胞が肝や肺にどうやって転移するのか?
がん細胞の肝/肺への移動機構(仮説) がん細胞 血管内皮細胞 骨髄間質幹細胞 1. がん細胞の接着因子の活性化 2. 強固な接着 (VCAM-1 & VLA4) ケモカイン CXCL12 1. がん細胞の接着因子の活性化 ケモカインCXCL12によってがん細胞の接着因子VLA4が活性化する。 2. 強固な接着 骨髄血管内皮細胞特異的接着因子に活性化したVLA4が結合する。 3. 血管内皮細胞間隙 のすり抜け ケモカインCXCL12によって引っ張りだされる。 骨髄間質幹細胞 ケモカイン CXCL12
骨髄細胞が転移場所を準備する? VEGFR陽性の骨髄細胞が癌細胞の肺転移場所を準備している。 結果 b-gal+骨髄細胞移植 放射線照射後骨髄移植 皮下に腫瘍を移植 肺を観察する 肺に癌細胞のない段階からb-gal+骨髄細胞の集団が肺に認められる。 癌細胞の転移は、b-gal+骨髄細胞の集団で存在するところに起こっている。 骨髄移植する際にVEGFR+細胞を除去すると、転移は起こらない。 結果 VEGFR陽性の骨髄細胞が癌細胞の肺転移場所を準備している。
転移する場所では、いずれも骨髄への転移と同じ機構が働いている可能性がある。 1.転移する場所に、前もって骨髄間質細胞が定着している。 2.肝転移や肺転移においても同様のケモカインCXCL12や接着因子VCAM1が働いていることが知られている。 転移する場所では、いずれも骨髄への転移と同じ機構が働いている可能性がある。
がんはなぜ転移するのか?
ケモカイン仮説 ケモカインによって引っ張られる 転移標的組織が産生するケモカインによって癌細胞が引き寄せられる。転移はその結果と考える考え方。
ケモカイン仮説 「こっちの水は甘いよ!」仮説 転移先臓器 癌細胞 動脈側 静脈側 組織で産生されるケモカインは静脈側から流れ出ていく。がん細胞は動脈側から組織に入ってくる。したがって組織から産生されるケモカインが原発巣にある癌細胞を組織に引き寄せることはあり得ない。
がん細胞はなぜ転移するのか? 1.Seed and Soil(種と畑)仮説 2.微小環境仮説 「種は育つのに適した畑で初めて育つ」という考え方 がん細胞は血管内には結構入りやすく、血管内に入ったがん細胞の一部が、適 当な臓器に出た時に転移巣を作る、とする仮説。 2.微小環境仮説 Seed and soil 仮説の発展型のような仮説で、がん組織が低酸素なため、がん細 胞が動きやすくなって血管内に入りやすくなる。がん細胞は、栄養や酸素が豊富 な組織が増殖に都合が良いので、肝、肺、骨髄などに転移する。
腫瘍組織は低酸素環境 癌組織ではがん細胞の成長にともなって血管からの距離が遠くなって酸素濃度が低下する。 酸素濃度低下 転移 細胞 Adamらの文献(Head Neck, 21:149, 1998)より引用 正常皮下組織 癌組織 癌組織ではがん細胞の成長にともなって血管からの距離が遠くなって酸素濃度が低下する。 嫌気性代謝 血管新生 血管拡張 造血 HIF-1 適応のための遺伝子 酸素濃度低下 細胞 転移
転移の非効率性 1.腎細胞がんの手術直前の患者11人から血液サンプルを採取して、 血液中の癌細胞数を検討した成績によると、1日あたり107-109個 くらい放出されていると推定している。(Graves et al., 1988) 2.悪性腹水のために腹壁静脈シャント術を行った患者でも、血中 への多数の癌細胞の放出はあるものの、転移形成は増加しない と報告されている。 3.動物実験で、癌細胞を尾静脈より105個注入しても10−100個の 肺転移巣が認められるにすぎない。(0.01-0.1%)
転移の最初の段階は、意外に乗り越えるがん細胞が多いと予想されている。ただ、血管内に入ったがん細胞のうち、血管外に侵出して転移巣を作れる細胞は少ないと考えられている。 血管外への侵出と血管外での転移巣の形成に、骨髄間質細胞がどの程度どのように関与しているのか、の解明が待たれる。