地球フロンティア・モデル統合化領域 渡辺真吾 大気モデルの現状と改良計画について 地球フロンティア・モデル統合化領域 渡辺真吾 のーとじゃん
話の流れ 序説:中層大気大循環のレビュー モデリングにおける主要な問題点 中層大気における放射平衡 波動が生み出す大気大循環 対流圏への影響 The “Cold Pole” Problem: オゾンホール・シミュレーションへの悪影響 改良へのアプローチ 水平・鉛直解像度の向上 レイリー摩擦 重力波抵抗パラメタリゼーション T106L40モデルの現状
赤道QBO: 対流圏界面付近の低温・湿潤バイアス 物質循環への影響 中・高緯度の気候変動への影響 QBO再現へのアプローチ 鉛直解像度向上 重力波ソースの調整 重力波抵抗パラメタリゼーション T106L40モデルの現状 対流圏界面付近の低温・湿潤バイアス 中層大気化学への影響 放射強制と正のフィード・バック 解決のためのアプローチ σ-p hybrid 鉛直座標系の導入 鉛直高解像度化
1.中層大気大循環のレビュー 1-1.中層大気における放射平衡
成層圏オゾンと紫外線加熱 CCSR/NIES AGCM5.7bで用いられ るオゾンデータ(上) 7月 O3 [ppmv] 中層大気における放射平衡の概念図 UV CO2&O3 O3 IR UV加熱 [K/day] NP 80km 0km SP
放射平衡温度(7月) AGCMの放射スキー ムを用いて、乾燥大 気を仮定し、日変化・ 季節変化を含めて計 算した温度(上) 観測(下)に比較して 冬極(南極)の温度が 著しく低い⇒力学的 加熱の重要性を示唆 放射平衡温度 [K] 120K 観測:CIRA86 [K] 100 280 265K
1.中層大気大循環のレビュー(つづき) 1-2.波動が生み出す大気大循環
波動が生み出す子午面循環 対流圏で励起された波 動が中層大気中で散逸 されることにより、東西 平均流を加速・減速する 波による加速・減速が、 南北方向の流れを誘起 し、夏極で上昇、冬極で 下降する子午面循環を 形成 下降流に伴う力学加熱 下降流に伴う力学加熱 Plum (2002)
中層大気大循環を駆動する波動 プラネタリー波: P 内部重力波: G > 5000 km ( k = 1,2,3 ) 大規模山岳(ヒマラヤ等) 海-陸・熱的コントラスト 内部重力波: G 小規模:100 m – 小規模地形 対流活動 ジェット気流・前線活動 E W
1.中層大気大循環のレビュー(つづき) 1-3.中層大気の変動が対流圏にもたらす影響
成層圏-対流圏結合系 成層圏で重要な大規模波動(プラネタリー波)は対流圏で励起され上方に伝播してくる 成層圏-対流圏結合系 波による強制 循環場の 応答 成層圏で重要な大規模波動(プラネタリー波)は対流圏で励起され上方に伝播してくる 対流圏の循環場の変化(植生・雪氷面積の変化を含む)は成層圏に大きな影響を与える → 対流圏変動が成層圏変動を支配する 成層圏で波が減衰して運動量や熱を放出する際に、下方(対流圏を含む)の循環場に影響を与える。「ダウンワード・コントロール原理」 → 上下両方向の結合システムが存在する
成層圏-対流圏結合系の例:北極振動 Thompson and Wallace (1998) 20-90ON、11-4月平均海面気圧に関して、EOF解析。 60N付近を節とし、北極域-中緯度帯間で気圧がシーソーのように振動する第一モード。下部成層圏まで続くこの変動を「北極振動」と名づけた。
北極振動の下方伝播 Baldwin and Dunkerton(1999) 北極振動のシグナルが最初に上部成層圏に現れ、3週間程度をかけて対流圏まで下りてくることを指摘。 Kuroda and Kodera (1999) 成層圏の極夜ジェットとプラネタリー波の相互作用が、大きく寄与していることを指摘。「極夜ジェット振動」
2-1.The “Cold Pole” Problem 2.モデリングにおける 主要な問題点 2-1.The “Cold Pole” Problem
The “Cold Pole” Problem 7月温度偏差(-CIRA86) -10 +10 AGCMで再現される波 の活動度が不足するた め、高緯度では力学加 熱が不足し、観測よりも 低温になる 強くて安定な極渦を伴う 波の活動度は、波の励 起源の強さとともに、 AGCMの空間解像度に 大きく依存 右図はT21(5.6°格子) -45K 東西風 180m/s
オゾンホールの発生・発達 フロンガスが上部成層圏で光解離され塩素を発生 →通常環境下ではHClやClONO2として安定に存在 (NASA homepage) SP フロンガスが上部成層圏で光解離され塩素を発生 →通常環境下ではHClやClONO2として安定に存在 極夜の下部成層圏が極渦によって周辺大気から孤立 → オゾン輸送の阻害、低温 極成層圏雲(PSCs)表面上における不均一反応により活性化塩素が発生・蓄積 ← Cold Pole 影響 極夜終了(日射回復)に伴いオゾンを破壊する触媒反応が激化 → 急速なオゾン破壊 PSCsが蒸発し、極渦が壊れて周辺大気との混合が生じるまで、極域のオゾン濃度は低いまま保たれる ← Cold Pole 影響
オゾンホール・シミュレーションへの 悪影響 オゾンホール・シミュレーションへの 悪影響 高緯度低温バイアスは南極オゾンホールを観測事実よりも悪化&長続きさせる・・ 観測より極域が低温 顕著なオゾン減少 UV加熱減少 正の フィード・バック より低温化
改良へのアプローチ 1-1.水平解像度の向上(波を増やす) 力学加熱を作り出す波の総エネルギーは、AGCMで表現できる波のスケールが広がれば増える T106 (1.1°) T21 (5.6°) 計算機資源の制約から、従来は別の方法がとられて来た、今回もT106で波が不足した際には・・・
改良へのアプローチ(つづき) 1-2.鉛直解像度の向上 重力波の伝播には、風の鉛直シアーが重要 重力波の散逸には、重力波同士の波-波相互作用を表現できる、幅広いスペクトル分布が重要 これらは鉛直解像度が低いと表現できない L40 L225
改良へのアプローチ(つづき) Vt = - Vα(z) 2.レイリー摩擦の導入(最も単純な摩擦項) 現実世界で重力波が担っている中間圏における摩擦効果を、人工的に表現する 摩擦係数αは、重力波が増幅・散逸する中間圏で大きな値となるように任意の鉛直勾配をつける なし 180m/s 使用 120m/s Vt = - Vα(z) せっかくAGCMの解像度の範囲内で表現できている重力波を人工的に潰してしまう悪影響
改良へのアプローチ(つづき) 3.重力波抵抗パラメタリゼーションの導入 現実世界で重力波が担っている中間圏における摩擦効果を、人工的に表現する 重力波の励起・伝播・散逸の各過程を、観測・理論に基づいてパラメタ化したもの(Lindzen, Hines,..) レイリー摩擦に比べて物理的な近似度は低く、様々な形式のものが世界中で用いられ始めている そもそも重力波の観測が不十分なため、パラメタ化も成熟しておらず、様子を見たほうが良い段階・・
T106L40中層大気版の現状 3年平均の高緯度低温バイアス 南半球冬季(7月)の低温バイアス: -10K 程度 極夜ジェットのピーク: 100 m/s 程度 鉛直解像度の低いテスト版としては良好 北半球冬季の再現性には改良の余地が残る L40 T L40 U
2.モデリングにおける 主要な問題点(つづき) 2.モデリングにおける 主要な問題点(つづき) 2-2.Quasi Biennial Oscillation (QBO)
赤道QBOとは? 赤道上空・下部成層圏の東西風が約28ヶ月周期で変動する現象(床屋の看板のように下方伝播) 対流圏から伝播する赤道波(Kelvin波, 混合ロスビー重力波)と、より規模の小さい重力波が、東西風の鉛直シアーと相互作用する結果形成される AGCMでの再現が困難な現象のひとつ Baldwin et al. (2001)
QBOと物質循環 熱帯-亜熱帯では、QBOに伴って上向き-高緯度向きの物質循環が変調を受ける 対流圏から成層圏への化学物質の輸送速度が約28ヶ月周期で変動する Baldwin et al. (2001)
QBOと気候変動 熱帯下部成層圏の東西風が変化するのに伴って(QBOの位相変化によって)、冬半球のプラネタリー波の伝播経路が変化し、冬季の対流圏の気候にも影響を及ぼす QBO西風⇔冬半球の西風が強くなる Baldwin et al. (2001)
QBO再現へのアプローチ 1.鉛直解像度の向上 L120 L225 L40 AGCMの鉛直解像度 QBO形成に重要な重力波の鉛直波長は短い IPCC
QBO再現へのアプローチ(つづき) 2.重力波ソースの調整 AGCMで自発的に生成されたQBOの例 かつ、十分な振幅(運動量フラックス)の波が出るように調整が必要(積雲対流スキームを調整) 水平解像度が不十分な場合、モデル中で用いられる数値粘性を弱めに設定する必要もある 統合モデルでは、1+2の組み合わせにより、QBOの自発的生成を目指したい 現在L120でテスト積分を行っている AGCMで自発的に生成されたQBOの例 Takahashi (1999)
重力波パラメタリゼーション導入により再現されたQBOの例 Giorgetta et al.(2002) 重力波パラメタリゼーション導入により再現されたQBOの例 3.重力波パラメタリゼーションの導入 モデルの解像度が不十分であり、十分な重力波を表現できない場合には、重力波パラメタリゼーションによってQBOを再現することもできる だだし、QBOに伴う鉛直シアーを表現できる鉛直解像度(1km未満)が必要であり、なおかつ、ある程度までモデル中の重力波が豊富でなければならない
T106L40中層大気版の現状 赤道上空東西風(3年間の時間-高度断面) QBOの高度では常に弱い東風 成層圏界面付近(~1 hPa)を中心とする半年振動(SAO)も観測に比較して非常に弱い
2.モデリングにおける 主要な問題点 2-3.対流圏界面付近の低温・湿潤バイアス
対流圏界面付近の湿潤・低温バイアス 現状のAGCMは、対流圏界面付近では観測に比較して温度が低く、かつ水蒸気量が多すぎる傾向にある T bias (-ERA) q bias (-ERA) -10 +10 -10 +10 [K] -10 +10 [ppmv]
湿潤・低温バイアスを改善しない場合の悪影響 中層大気中の水蒸気分布が現実的でなくなることから オゾンホール形成に重要なPSCs オゾンをはじめとして様々な物質と反応するHOx 対流圏界面付近の水蒸気量が多くなることから 水蒸気による放射強制力の過大評価(対流圏の温室効果) 水蒸気による赤外冷却の過大評価による正のフィード・バック効果(ますます対流圏界面付近が冷える) 対流圏上層雲が増加(OLRが小さくなりすぎる)
湿潤・低温バイアス改善へのアプローチ 鉛直高解像度化 移流スキームの見直し 雲の形成に関するパラメタリゼーションの見直し 対流圏界面付近の熱的構造の改善 対流圏界面付近の水蒸気輸送の改善 移流スキームの見直し 過剰な鉛直移流を抑制する 雲の形成に関するパラメタリゼーションの見直し 積雲対流の背が高すぎるかもしれない 上層雲が多すぎるため、雲自身の放射冷却により対流圏界面付近の温度が低くなりすぎている可能性がある
今後の課題 化学結合サブモデルの開発に向けて そろそろサブモデルの名前を考えませんか? 適度に重力波の相互作用が表現でき、QBOが再現できるような、鉛直解像度を模索 対流圏界面付近のバイアスの改善 リーズナブルな計算時間で結果が得られるように高速化 そろそろサブモデルの名前を考えませんか?