岐阜市城田寺における ケリ分布の季節変化 水利環境学研究室 兼島香織
ケリが分布を拡大している要因を検討した。 背景 圃場整備 水田地帯の環境は大きく変化 減反政策 <研究目的> 水田地帯におけるケリの分布状況を把握し、 ケリが分布を拡大している要因を検討した。 水田の減少、休耕田の増加 担い手不足 水田を利用する生物の減少 圃場整備(1963年以降)により、区画の大規模化や用水と排水の分離などが行われ、水田地帯の環境は大きく変化しました。また減反政策(1970年施行)などにより水田は減少し、休耕田が増加している傾向にあります。これら様々な水田をめぐる環境の変化により、水田を利用する多くの生物が減少しています。このような現状のなか、近年、水田はラムサール条約の保全湿地に登録され、“水鳥の生息場所として国際的に重要な湿地”として認識され、水田地帯における生物保全の意識が高まっています。 本研究の対象種であるケリは、水田地帯を中心に生息する鳥類ですが、水田を利用する多くの生物が減少する一方で、その分布を拡大させています。 そこで、本研究では水田地帯におけるケリの分布状況を把握し、ケリが分布を拡大している要因を検討した。 水田は水鳥の生息地として重要な湿地環境 ラムサール条約 “生物多様性の場”として世界的に評価 水田は重要な生息場所 ケリ 分布が拡大
調査対象種 ケリ【Vanellus cinereus】 チドリ目チドリ科 留鳥 採食方式 “run-stop-peck”:つつき採食 食性 昆虫類,カエル類, イネ科・タデ科の植物種子など 調査対象種のケリについて説明します。 本種はチドリ目チドリ科に属し、留鳥として水田地帯を中心に観察されます。 また、“立ち止まって周りを見て、急に走り出して嘴を突き出してくわえ採る”run-stop-peckといった視覚に頼った採食方式を行うことが知られており、昆虫類やカエル類、イネ科やタデ科の植物種子などを食べるとされています。 視覚に頼った採食方式 ケリ【Vanellus cinereus】
調査地 岐阜市城田寺 農耕地約91ha 上城地区 下城地区 土地利用状況 (一般畑) 調査地です。 調査は岐阜市城田寺で行いました。調査地は北と南で上城地区と下城地区でわけられ、上城地区から下城地区へと水田の水入れが行われます。 調査地の水田は、営農組合により計画・維持・管理が行われ、ブロックローテーションでの作付けが行われています。また、明治から大正時代にかけて土地改良事業が行われ、日本でも古い土地改良区とされています。調査地の土地利用状況は、水田が57%、休耕田が13%、畑が12%、果樹園が16%となり、土地利用が区別できなかった“その他”が2%を占めています。 下城地区 土地利用状況
調査方法 2008年3月~同年11月 (週1回、計38回) ルートセンサス <調査道具> 双眼鏡 (8倍) データシート 調査地地図 カメラ 調査終了 2008年3月~同年11月 (週1回、計38回) ルートセンサス <調査道具> 双眼鏡 (8倍) データシート (調査項目を記入) 調査地地図 (個体の場所をプロット) カメラ (記録写真撮影用) N 調査開始 調査は2008年3月から同年11月まで週に1回、計38回行いました。 調査方法はルートセンサスと呼ばれる方法を用いました。一定ルートを車で時速20km未満で走行し、本種を発見したら車を止め、車内から目視および双眼鏡を用いて本種を観察し、個体の位置と行動を記録しました。 300 m 往路 復路 調査ルート
調査項目 (1)発見場所の状況 水田・畑(一般畑)・ムギ畑・ダイズ畑・ コスモス園・休耕田・果樹園 土地利用区分 農作業の状況 コスモス園・休耕田・果樹園 土地利用区分 農作業の状況 耕起・水入れ・代掻き・中干し・収穫 個体の位置 内部・畝・畦畔 調査項目です。 まず、発見場所の状況として、本種がいた場所の土地利用区分、農作業の状況、個体の位置を記入しました。 次に、個体を幼鳥と成鳥に区別し、行動を記録しました。ヒナに関しては、親鳥と思われる個体の行動欄に、育てている雛の数を確認できる範囲で記録しました。 (2)発育ステージの判別 幼鳥 or 成鳥 (3)行動 抱卵・威嚇・採食・育雛など
調査結果 利用率 資源選択性の検討 調査結果です。利用率と資源選択性の検討の2つの観点から考察します。まずは、利用率です。
利用率 期間(1) 期間(2) 期間(3) 期間(4) 水入れ 中干し 収穫 個体数(羽) 利用率 調査日における全個体数に対する各土地利用区分の個体の割合を利用率として算出しました。 右軸は個体数を示し、赤い折れ線グラフとなっています。左軸は利用率を示し、棒グラフで表されています。 調査地でみられた水田での農作業状況のうち、水入れ、中干し、イネの収穫作業を確認した調査日を基準にして、期間をわけ、水入れが行われる前までを期間(1)、水入れが行われてから中干しが行われる前までを期間(2)、中干しが行われてからイネの収穫が行われる前までを期間(3)、イネの収穫が行われて以降を期間(4)としました。それぞれの期間について利用率をみてみると…(次スライド)
期間(1) 耕作地全体での分布 水入れ 中干し 収穫 個体数(羽) 利用率 期間(1)では、水田が全体として過半数を占めていますが、休耕田や、普通畑、果樹園などへの分布もみられることから、耕作地全体で分布しているといえます。 耕作地全体での分布
期間(2) 水田を中心とした分布 水入れ 中干し 収穫 個体数(羽) 利用率 期間(2)では、水田が最も低い利用率でも67%となり、また全ての個体が水田に分布していた調査日も多く、水田を中心とした分布をしているといえます。 水田を中心とした分布
期間(3) 休耕田を中心とした分布 水入れ 中干し 収穫 個体数(羽) 利用率 期間(3)では肌色で色分けされたダイズ畑への分布が多い日がみられますが、全体的にみると、緑色で色分けされた休耕田を中心とした分布をしているといえます。また、個体数に大きな変動がみられ、群れで分布している姿も観察されました。この時期は、親鳥による雛の保護がなくなり、雛もまた自由に飛び回れるようになっていることが推測され、“雛の保護”という移動を制限していた要因がなくなったことで、本種の移動が大きくなり、調査地内外への移動が考えられました。 休耕田を中心とした分布
期間(4) 水田を中心とした分布 水入れ 中干し 収穫 個体数(羽) 利用率 期間(4)では、大部分が水田の利用となっており、水田を中心とした分布であることがいえます。 水田を中心とした分布
調査結果 利用率 資源選択性の検討 次に、資源選択性について検討した結果です。
資源選択性の検討 カイ2乗検定(X2検定) 資源=土地利用区分 観察値と期待値が一致しているかどうかを調べる。 期間によって、ケリの分布場所が変化しているか。 土地利用区分すなわち資源に対する観察値が、個体数から算出した期待値と一致しているかどうか、“期間によるケリの資源選択性に差はない”という帰無仮説を立て、カイ2乗検定を用いて、期間全体における仮説検定を行いました。
期間によってケリの分布場所は変化しない。 カイ2乗検定(X2検定) 帰無仮説 期間によってケリの分布場所は変化しない。 カイ2乗統計量 X2 X2= + (|130-128.4|-0.5)2 128.4 (|35-52.7|-0.5)2 52.7 (|2-1.7|-0.5)2 1.7 ・・・・ =474.00 >26.30 カイ2乗検定の結果、帰無仮説は有意水準5%で棄却され、期間によるケリの資源選択性に差があることが示唆されました。 カイ2乗分布表 期間によってケリの分布場所は変化する。 X20.05(16)=26.30
資源選択性の検討 残差分析 調整化残差Z´ どの程度分布場所が変化したか。 (資源の分布傾向) 資源利用の変化の検討 残差分析 調整化残差Z´ どの程度分布場所が変化したか。 (資源の分布傾向) 資源利用の変化の検討 次に、調整化残差を用いて期間においてケリがどの資源を選択的に利用しているか、資源利用の傾向を検討しました。
残差分析 調整化残差Z´ 有意に選択(+) 有意に選択(-) ムギ ダイズ 期間(1) 期間 (2) 期間(3) 期間(4) 残差分析 調整化残差Z´ 有意に選択(+) 有意に選択(-) 調整化残差は表のような結果となりました。調整化残差は1.96の値より大きいと選択的に利用されていることを示し、-1.96より小さいと選択的に利用されていないことを示す指標となります。 ムギ ダイズ 期間(1) 期間 (2) 期間(3) 期間(4)
残差分析 調整化残差Z´ 有意に選択(+) 有意に選択(-) ムギ ダイズ 期間(1) 期間 (2) 期間(3) 期間(4) 残差分析 調整化残差Z´ 有意に選択(+) 有意に選択(-) 最も顕著(けんちょ)な選択性を示した期間(3)と、次に顕著な選択性を示した期間(4)についてその傾向を考察します。尚、今回観察した個体数の行動はほとんどが採食行動であったため、分布が多くみられたところを採食に適した環境とし、分布が少なくみられたところを採食に適さない環境として考察を行いました。 ムギ ダイズ 期間(1) 期間 (2) 期間(3) 期間(4)
残差分析 調整化残差Z´ 期間(3) 期間(3) (中干し~収穫前) イネ丈が高い 少ない 中干し 視覚的に狭い環境 土壌が乾燥 残差分析 調整化残差Z´ 期間(3) (中干し~収穫前) イネ丈が高い 少ない 中干し 視覚的に狭い環境 土壌が乾燥 採食に適さない環境 最も顕著(けんちょ)な選択性がみられた期間(3)では、水田で少なく、休耕田とムギ‐ダイズ畑に多い傾向が示されました。水田の利用が期待値よりも極端に少なかった要因として、中干しにより土壌が乾燥し、餌となる土壌生物の捕獲が困難な環境となっていること。また、イネが成長し、草丈が高くなっており、視覚的に狭い空間であるため、視覚に頼った採食方式を行うケリにとって採食に適さない環境であったことが推測されます。 一方、休耕田およびダイズ畑の分布が期待値よりも有意に多くみられた要因として休耕田ではゲンゲが枯れ、また一部の休耕田ではありますが耕起されていたため、水田と比較して視覚的に広い環境であったことが推測され、採食に適した環境であったと考えます。ムギーダイズ畑ではダイズの作付けが行われて間もない時期であることから、水田と比較して視覚的に広い環境であり、ケリにとって採食に適した環境であったと考えます。 ゲンゲの枯死 耕起 多い 期間(3) ダイズの作付け 視覚的に広い環境 採食に適した環境
残差分析 調整化残差Z´ 期間(4) 期間(4) (収穫以降) 収穫 多い 視覚的に広い環境 採食に適した環境 少ない 水田へと分布が移動 残差分析 調整化残差Z´ 期間(4) (収穫以降) 多い 収穫 視覚的に広い環境 採食に適した環境 期間(3)の次に、顕著(けんちょ)な選択性がみられた期間(4)では、普通畑と休耕田に少なく、水田で多い傾向が示されました。この時期の水田は稲が収穫され、水田が再び開けた環境となり、休耕田や普通畑よりもケリの採食に適した環境であったと推測しました。また、イネの刈り取り作業により、地面に落下したイネの植物種子を採食していることも水田での分布が多くなった要因として考えられました。 少ない 期間(4) 水田へと分布が移動 採食に適さない環境
まとめ (分布の傾向) ケリが分布を拡大している要因・・・ 季節的な変化 中干しの時期に採食場所となる休耕田の存在 水入れ前 耕作地全体 中干しの時期に採食場所となる休耕田の存在 昆虫類、カエル類、イネ科・タデ科の植物種子など多岐に渡る食性 休耕田の増加がケリの分布域を拡大している 要因のひとつ (分布の傾向) 水入れ前 耕作地全体 水入れ時期 水田が中心 中干し時期 休耕田が中心 イネ収穫時期 水田が中心 季節的な変化 ・中干しの時期に採食場所となる休耕田の存在 ・昆虫類、カエル類、イネ科・タデ科の植物種子など 多岐に渡る食性 まとめです。 今回の調査では、ケリは水入れ時期、イネ成長初期、イネ刈り取り時期において水田を選択的に利用し、分布しており、中干し時期には休耕田を選択的に利用、分布していることがわかりました。 これらの結果から、ケリが分布を拡大している要因として、中干し時期に採食場所となる休耕田の存在が挙げられ、また、ケリが昆虫類、カエル類、イネ科やタデ科などの植物種子など多岐に渡る食性をもつことから、休耕田の増加がケリの分布域を拡大している要因のひとつではないかと考えられました。 休耕田の増加がケリの分布域を拡大している 要因のひとつ
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