1 産業と企業の伝統的理論 2009年度「企業論」 川端望.

Slides:



Advertisements
Similar presentations
第5章第5章第5章第5章 競争的な市場が望ましくない場合. ①公益事業のかかえる問題 市場の失敗 ・問題が競争では解決しない ・競争状態の到達点が望ましい状態と 言えない 費用逓減産業問題 ( 自然独占問題 ) 圧倒的コスト優位のため市場が競 争的にならず、自然と独占状態になる 産業.
Advertisements

2014 年 9 月 22 日初級ミクロ経済学 1 初級ミクロ経済学 -需要・供給曲線- 2014 年 9 月 22 日 古川徹也.
経済の仕組みと経済学. 経済学とは 「経世済民」経済 世の中を治め、民の苦しみを救うこと 人々が幸せに暮らすためのしくみでありその活動 = 経済学とは: 「希少な資源を競合する目的のために, 選択・配分 を考える学問」 2.
多々納 裕一 京都大学防災研究所社会システム研究分野
有斐閣アルマ 国際経済学 第4章 生産要素の供給と   貿易パターン 阿部顕三・遠藤正寛.
甲南大学『ミクロ経済学』 特殊講義 新旧産業組織論と ネットワーク・エコノミックス 2Kyouikukatudou/3Hijyoukin/2000/Konan2000.html 依田高典.
入門 計量経済学 第02回 ―本日の講義― ・マクロ経済理論(消費関数を中心として) ・経済データの取得(分析準備) ・消費関数の推定
Network Economics (1) 新旧産業組織論と ネットワーク・エコノミックス
M.E.ポーターの競争戦略論 M.E.ポーターの競争戦略論は、「競争優位」に関する理論的フレームワークを提示した基本的理論である。SCPパラダイムという考えをもとに持続的な競争優位を確立するための戦略である。 SCPとは、市場構造(structure)、企業行動(conduct)、業績(performance)の略語であり、市場構造と企業行動が業績を決めるという考えである。
ゲーム理論・ゲーム理論Ⅰ (第8回) 第5章 不完全競争市場の応用
4章 競争条件と企業の行動 渡辺真世.
© Yukiko Abe 2014 All rights reserved
最適間接税.
競争の戦略 大阪大学MOT勉強会 Sep. 27, 2007.
第9章 新規参入と既存企業の優位性 帝国.
経済原論II  ミクロ経済学入門 2016年度 麻生良文.
ミクロ経済学 11 丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2014年7月11日
第2回講義 文、法 経済学.
1 工業経済学・企業形態論・企業論 -東北大学経済学部における研究・教育の系譜-
現代の経済学B 伊東光晴「ケインズ」第3回 一般理論の骨組み(ii) 現代資本主義とケインズ経済学 京大 経済学研究科 依田高典.
市場の効率性と政府の介入.
6 需要、供給、および政府の政策.
第7章 途上国が「豊か」になるためにすべきこと
産業組織論 /10/15 産業組織論 (2) 独占企業について 丹野忠晋 2015年10月15日.
 序 産業と企業の伝統的理論 2006年度「企業論」 川端望.
イントロダクション.
第7章 市場と均衡.
入門B・ミクロ基礎 (第7回) 第4章続き 2014年12月1日 2014/12/01.
3章 なぜ政府が必要なのか 渡辺真世.
7: 新古典派マクロ経済学 合理的期待学派とリアル・ビジネス・サイクル理論
第12章 外部性.
産業と企業の経済理論 2002年度「企業論」講義 川端望.
15 独占.
地政学2 「新しい地政学」の登場 政治地理学の理論と方法論 第3週.
産業組織論 9 丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2014年1月9日
ミクロ経済学 13 丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2014年7月21日
特殊講義(経済理論)B/初級ミクロ経済学
自動車産業:補足 2002年度企業論.
資源ナショナリズムについて 2012/01/20 長谷川雄紀.
スポーツ経営学 第4回目 スポーツ経営学の特徴.
経営戦略論参考資料(2) 2007年8月3日.
市場の失敗と政府の役割 経済学A 第8回 畑農鋭矢.
第9章 独占.
経済学とは 経済学は、経済活動を研究対象とする学問。 経済活動とは? 生産・取引・消費 等 なぜ、経済活動を行うのか?
市場経済 商品を買 いたい人 商品を売 りたい人 市場 (いちば) 外国と交易し, 商品範囲を広げる 商人は 利得を拡大 客の要望 が増大.
経済原論IA 第9回 西村「ミクロ経済学入門」 第8章 企業の長期費用曲線と 市場の長期供給曲線 京都大学経済学部 依田高典.
市場の失敗と政府の役割 経済学A 第9回 畑農鋭矢.
© Yukiko Abe 2014 All rights reserved
9 応用:国際貿易.
16.独占的競争.
中級ミクロ経済(2004) 授業予定.
1 工業経済学・企業論・産業発展論:東北大学経済学部における研究・教育の系譜
航空輸送産業:参考資料 2002年度企業論講義 川端 望.
市場の分類 完全競争 独占的競争 (供給)独占 (供給)複占 (供給)寡占 双方独占 買い手独占 (需要独占) 製品差別化なし
産業組織論A 8 丹野忠晋 拓殖大学政経学部 2017年5月30日
産業組織論 /10/15 産業組織論 (2) 独占企業について 丹野忠晋 2015年10月15日.
『組織の限界』 第1章 個人的合理性と社会的合理性 前半
産業と企業の経済理論 2002年度「企業論」講義 川端望.
公共経済学(第5講 市場メカニズムの機能と市場均衡 )
国際経済の基礎9 丹野忠晋 跡見学園女子大学マネジメント学部 2007年11月22日
第4章 プライマリー・マーケットにおけるCBA
跡見学園女子大学マネジメント学部 国際経済学
80年代のアメリカ経済 現代資本主義分析.
第7章 不完全競争 市場経済の基本的なメカニズムは,健全な経済を維持する上で欠かせないものである。
都市・港湾経済学(総) 国民経済計算論(商)
航空輸送産業:参考資料 2004年度企業論講義 川端 望.
公共経済学 完全競争市場.
現代資本主義分析 資本主義という見方.
経済学入門 ミクロ経済学とマクロ経済学 ケインズ経済学と古典派マクロ経済学 経済学の特徴 経済学の基礎概念 部分均衡分析の応用.
産業組織論A 7 丹野忠晋 拓殖大学政経学部 2017年5月23日
Presentation transcript:

 1 産業と企業の伝統的理論 2009年度「企業論」 川端望

このパートの構成 1 課題 2 資本主義発展論としての工業経済学 3 伝統的産業組織論としてのS-C-Pパラダイム 1 課題 2 資本主義発展論としての工業経済学 3 伝統的産業組織論としてのS-C-Pパラダイム 4 S-C-Pパラダイム批判と企業論

1 課題 産業・企業の研究とはそもそも何であるかを考える。 1 課題 産業・企業の研究とはそもそも何であるかを考える。 産業・企業の伝統的理論の中から工業経済学とS-C-Pパラダイムを取り上げ、その歴史的意義や達成と限界を考える。

言語上の問題 そもそもindustryは工業なのか、産業なのか 経済学研究科の場合 Industrial organization=____ Post industrial society=脱____ 経済学研究科の場合 工業経済学=Economics of Industry 産業組織論=Industrial Organization 産業発展論=Industrial Development

2 資本主義発展論としての工業経済学

日本における工業経済学としての経済学的産業・企業研究の始まり 経済学における企業論の直接のルーツは産業組織論である。 日本の研究・教育史においては、企業・産業の経済学的研究は    経済学の工業経済学から始まっている 経営学的研究はまた別に存在する

東北大学経済学部の場合(1) 配布資料参照 開講の経過--戦時体制が背景に 戦時中、法文学部に「工業概論」(1943)、「工業経済学」(1944)開講 戦後、経済学部の「技術論」(1970まで)、「工業経済学」(講義は1995まで)に

東北大学経済学部の場合(2) 米澤治文教授(1944-60担当) 経済統計学が主担当 現実と遊離しない統計学をめざす姿勢から工業経済学を研究 経済理論はマルクス経済学ベース

東北大学経済学部の場合(3) 米澤教授の工業経済学の特徴 統計とともに実態調査を重視 立地・地理への関心 戦前・戦時に「東北地方中小 機械工業の活用に関する調 査」 を実施。これを読んだ学 生が戦後直後に設立したの が現在の「工業経済研究会」。 出所:『工研三十五年史』東北大学工業経済研究会、1981年。

東北大学経済学部の場合(4) 金田重喜教授(1961-95担当) マルクス経済学ベース 現代資本主義論の主要部分としての工業経済学 産業資本主義(『資本論』・経済学批判体系) ↓ 独占資本主義(『帝国主議論』) 現代資本主義(金融資本の形態変化と国家独占資本主義)

東北大学経済学部の場合(5) 金田教授の工業経済学の特徴 現代資本主義論そのものとしての工業経済学 具体的な合従連衡を重視 金融資本の運動法則 企業の独占利潤追求+財閥単位の支配利潤追求 国家独占資本主義による経済・政治構造再編成 ニューディールとファシズム 具体的な合従連衡を重視 アメリカの石油産業、原子力産業、軍需産業のケース・スタディ。 詳しくは川端[2007]を参照

工業経済学の特徴 資本主義発展の中核部分として工業発展を研究する--マルクス経済学準拠が多い 生産力の分析を重視する 現在の_____に近い 生産力の分析を重視する 近代資本主義の形成過程と社会変容を重視 農民の生産手段からの分離→都市労働者化 産業革命→独占体形成の流れを重視 産業構造の変化 企業形態・企業行動の変化

日本における工業経済学研究の意義 産業研究の論点提出はマルクス経済学が先行していた 農業中心の社会から工業中心の社会へ 技術発展 競争と独占 熟練形成 雇用と労使関係 戦後しばらくの時期まで後発国であった日本では、産業形成と資本主義発展を結びつけて歴史的に論じることが有意義であった 産業発達の可能性はあるか、どのように育成策がとれるかをトータルに分析したので、マルクス主義者にとってだけでなく、ビジネスにとっても役にたった。長銀調査部の例として竹内[2008]を参照。

工業経済学の問題点 資本主義論--広すぎる 工業論--狭すぎる 体制変革論の行き詰まり 資本主義そのもの(生産関係)の分析には強い 技術と労働(生産力)の分析は強い 国家の分析も強い 企業組織・競争・提携・協調・独占などミクロ・セミマクロの経済組織について理論装置が弱い 工業論--狭すぎる 経済のサービス化。製造機能と他機能の結びつき 体制変革論の行き詰まり 資本主義批判自体は鋭い 資本主義と対比すべき目標とした____が現実にパフォーマンスが悪く崩壊 資本主義の範囲での、より望ましい産業のあり方の研究が弱い

2 伝統的産業組織論としてのS-C-Pパラダイム 2 伝統的産業組織論としてのS-C-Pパラダイム

S-C-Pパラダイムとは何か 市場構造(market structure)、市場行動(market conduct)、市場成果(market p________)の三局面で個別産業を分析する方法 2004年度のテキストアダムス&ブロック編[2001=2002]もこの方法に属する。

アメリカの_____政策と結合した伝統 20世紀巨大企業の成立(谷口[2002]) 独占体の形成 1930-50年代に理論形成。 独占価格、取引ボイコット 景気循環への影響 政治への影響力行使 1930-50年代に理論形成。 E・S・メイスン、J・S・ベインなどハーバード大学中心 _____政策と結びついた多数の実証分析

市場構造 企業間の競争上の関係や価格形成のあり方を規定すると考えられる市場組織上の特徴 製品の性質 買い手の需要の性質 売り手の数と相対的規模。集中度 参入障壁・撤退障壁 競合する財やサービスの存在

市場行動 各企業が市場の需給条件や他企業との関係を考慮して行なう様々な意思決定行動の総称 価格競争と非価格競争 製品開発、マーケティング 設備投資、研究開発 明示的あるいは暗黙の共謀

市場成果 市場成果は効率性によって判定される 静態的効率性(価格が限界費用と同程度に低く、平均費用が最小化されている) 動態的効率性(技術進歩) 社会的効率性(環境保護、安全性など)

産業組織論は不完全な市場を取り扱う(1) 完全競争市場なら外部効果がなければ効率的な資源配分が達成される 市場参加者それぞれの供給・需要規模は市場全体に比べて著しく小さい 生産物は同質である 供給者も需要者も現在の価格についてよく知っている __と__が自由である。

産業組織論は不完全な市場を取り扱う(2) 完全競争市場ならば 企業の利潤極大化条件が価格=限界費用となり、資源配分が効率化される 長期均衡では価格は最小の長期平均費用に等しくなり、超過利潤は発生しないし生産効率性も確保される

独占は経済効率を低下させる(1) 産業全体の限界費用曲線=市場供給曲線(完全競争市場)

独占は経済効率を低下させる(2) 価格がP’mのとき 購入=販売額 OPmP’mQm 消費者の効用 ODP’mQm 生産者の可変費用 OMM’Qm 消費者余剰(効用-購入額) DPmP’m 生産者余剰(販売額-可変費用) MPmP’mM’ 社会的余剰(消費者余剰+生産者余剰) MDP’mM’ 

独占は経済効率を低下させる(3) 市場均衡において社会的余剰は最大となる MDEc 独占や寡占による生産量制限 社会的余剰の減少=社会的に望ましくない 消費者余剰の減少=消費者の不利益 生産者余剰の増大=生産者の利益

S-C-Pパラダイムの構造重視論 競争促進・市場機能の極大化が経済発展につながるという想定 S→C→Pという因果関係を重視し、特に経済力集中によって市場構造が独占的であることを問題視する 独占的構造→独占的行動→効率低下・技術革新停滞 マルクス経済学者の独占資本主義論とも類似 公共政策上の含意 アメリカでは反トラスト法の伝統的解釈を支持し、多数の企業の活発な競争をよしとする 構造是正措置(トラスト解体・企業分割) 競争促進・市場機能の極大化が経済発展につながるという想定 相対的に先進国産業の分析に適する 制度、慣行の影響が大きかったり、経済発展に政府の介入が必要とされる_____の分析には、必ずしも最適でない

4 S-C-Pパラダイム批判と企業論

S-C-Pパラダイム批判 (1) 1970年代以後、理論的にも批判が強くなり、実践的にも「自由放任」政策が強まる 批判1.経済力集中は必ずしも競争を阻害したり経済効率を損なったりしない。 規模の経済論 独占利潤の再投資による革新論(シュムペーター的大企業)

S-C-Pパラダイム批判(2) 批判2. むしろ反トラスト政策のほうが企業の効率性を損なう 批判2. むしろ反トラスト政策のほうが企業の効率性を損なう 「市場の失敗」よりも「__の失敗」が深刻 規制緩和論 批判3.長期取引や合併は独占ではなく取引費用節約をもたらしている この論点は、次章以後で詳しく説明する

S-C-Pパラダイム批判(3) 批判4.S→CだけでなくC→Sを重視せよ。企業の戦略的行動によって市場構造は変化する 収穫逓増が見られるケース(半導体開発など) 批判5.国際競争があれば国内集中度が高くても独占的企業行動はとれないので、国内集中度を目安に反トラスト政策をとるべきではない アメリカでは実際に、民生用電気機器、鉄鋼、自動車、工作機械などで1970-80年代に輸入製品シェアが高まる。

S-C-Pパラダイム批判の政策的含意 共通点:「経済力分散による競争促進」を政策目標にすることへの批判 積極的主張は様々 自由放任論(シカゴ学派) 集中度は規制しないが、具体的な非競争的行動は規制する(ポスト・シカゴ学派) 2種類の産業政策論 大企業の保護と産業調整支援(鉄鋼、自動車) ベンチャー企業と地域産業クラスターの形成支援(___)

構造分析は出発点であり続ける S→C→Pの因果関係を先験的に想定したり、国内市場競争だけで見るべきでないというのは、批判が正しい 構造分析は十分条件ではないが必要条件である 構造分析からはじめる以外に、戦略的行動も論じにくい S-C-Pは因果関係でなくとも認識の順序としては妥当 S→CかC→Sかは、「場合による」としかいいようがない

企業分析の必要性 S-C-Pパラダイムは企業間の理論なので、企業は「点」と想定されがちなのは事実 TCEの登場。以下、次章。 企業組織のあり方が産業組織を左右する 戦略的行動を理解するには企業理論が必要 TCEの登場。以下、次章。

参考文献 産業組織論全般 20世紀巨大企業の成立 S-C-Pパラダイムとその応用 東北大学における「工業経済学」の系譜 小西唯雄(編)[2000]『産業組織論と競争政策』晃洋書房。 20世紀巨大企業の成立 谷口明丈[2002]『巨大企業の世紀』有斐閣。 S-C-Pパラダイムとその応用 植草益・井手秀樹・竹中康治・堀江明子・菅久修一[2002]『現代産業組織論』NTT出版。 W・アダムス&J・ブロック編(金田重喜監訳)[2001=2002]『現代アメリカ産業論 第10版』創風社。 東北大学における「工業経済学」の系譜 『東北大学百年史 部局史1』東北大学研究教育振興財団、2003年 金田教授の研究 川端望[2007]「金田重喜先生の現代資本主義研究:1950年代から60年代前半を中心に」(第12回現代産業研究会・特別研究会、東北大学、2007年7月28日)。(http://www.econ.tohoku.ac.jp/~kawabata/paper/kanadakenkyu.pdf) 昭和時代のエコノミストがマルクス経済学を産業論にどう使ったか 竹内宏[2008]『エコノミストたちの栄光と挫折』東洋経済新報社。 産業組織論の系譜と新展開 泉田成美「産業組織論の系譜」『公正取引』第635号、公正取引協会、2003年9月 泉田成美「独占寡占市場における超過利益の検証(上)(下)」『公正取引』第638号、第639号、2003年12月、2004年1月