ロシア援助は「ならず者援助」か? ロシア連邦による開発援助の現状と方向性 「一帯一路研究会」 第7回研究会 2019年3月28日

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ロシア援助は「ならず者援助」か? ロシア連邦による開発援助の現状と方向性 「一帯一路研究会」 第7回研究会 2019年3月28日 JICA研究所 主任研究員 志賀裕朗

本日の概要 ロシアの開発援助の概観 ロシア援助は「ならず者援助(rogue aid)」か? ユニークなドナーとしてのロシア 「一帯一路」とロシア ロシア援助の今後の方向性

1.ロシアの開発援助の概観 援助量:近年、急増中。2016年(1.2 bil USD)は2003年の24倍の伸び。対GDP比0.7%目標達成をコミット。 地域配分:旧ソ連地域(特に中央アジア諸国)が重点地域とされているが、年毎の変動が大きい。 セクター配分:保健衛生、教育、農業、インフラを重視。 援助機関:政策決定は財務省・外務省。実施はロスソトルードニチェストヴォ、教育科学省、非常事態省、国防省、保健省…(分権的で非効率な体制) 援助戦略:大統領名で2007年および2014年に発表された2つの「国際開発援助に関するコンセプト」 援助モダリティ:借款・贈与・技術支援・債務救済・人道支援・関税上の優遇措置の6つ(バイ援助)。

ロシア援助総額の推移 (2003~2016年) サンクト・ペテルブルクG8サミット 単位:百万米ドル。出典:OECD、ロシア財務省

ロシア援助の被援助国 (2011~2013年)

2.ロシア援助は『ならず者援助』か? 「ならず者援助(rogue aid)」とは、Moisés Naím氏   (米Foreign Policy誌編集長)の造語。 ならず者国家(rogue states)を支援 自国の国益のみを追求 西側諸国による途上国のグッド・ガバナンス  (民主主義、人権保護、汚職撲滅等)構築努力を阻害 既存国際援助秩序に挑戦

米ボルトン大統領補佐官の ロシア批判 中国とロシアは、アフリカ大陸で資金的・政治的影響力を急速に拡大しつつある。 ロシアはアフリカにおいて、被援助国の「法の支配」や透明で説明責任あるガバナンスに殆ど留意することなく、(ロシアとアフリカ諸国の)政治的・経済的関係を推進している。 (2018年12月13日演説)

「ならず者国家」を支援? 確かに、 北朝鮮、リビア、ジンバブエ、ベネズエラ、イラン、ベラルーシ等の「ならず者国家」を支援している。 特に北朝鮮援助は、2011~2013年のロシア援助総額の約9%(キルギス、ニカラグアに次いで第3位)、東・東南アジア諸国向け援助総額の69%を占めている。

自国の国益だけを追求している? 確かに・・・ 「2014年コンセプト」は「ロシアのポジティブなイメージの強化」「CIS統合の促進」「ロシアとの経済貿易関係の発展」「近隣諸国との善隣関係の維持」 等の国益を掲げている。 旧ソ連圏のロシア系住民(Russian diaspora)の保護、ロシアの権益・影響力確保は援助の主目的(2009年、キルギスへの援助を梃子に同国の米軍基地を撤去させようとした実例あり)。 アブハジア、南オセチア共和国の独立承認と引き換えのナウルへの援助(2009年)。

自国の国益だけを追求している? しかし、 1.(国益追求が容易な)二国間援助の比率は、西側先進諸国と比べて非常に低い。  ※ 2010~2014年の多国間援助の割合は43%であり米(10%)、独(30%)と比べて高い。  2.中印の援助に見られる「援助・貿易・投資の三位一体」は(あまり)見られない。  ※ ロシア輸出入銀行は(中国、インドとは対照的に)援助機関として位置付けられていない。

グッド・ガバナンス構築努力を阻害? 確かに、 北朝鮮やシリア、ジンバブエ等を支援。 しかし、2007年、2014年の「コンセプト」は、ロシア援助の目的として「民主主義社会と人権の擁護」「行政システムの改善」を明確に掲げている(⇒中国援助との決定的な違い)。 もっとも、具体的にどんな支援をしているかは不明。

既存国際援助秩序に挑戦? 確かに、 中国主導のアジアインフラ開発銀行(AIIB)や所謂「BRICS銀行」に加盟。 上海協力機構を通じた中印との連携強化(e.g. SCO主催のアフガニスタン問題に関する国際会議を提唱)やBRICSの連携強化を図っている。 「平等互恵的国際関係の発展」「衡平な国際経済秩序の樹立」など、中印の主張と軌を一にする主張も掲げており、共闘の可能性もある。

既存国際援助秩序に挑戦? しかし、 南南協力のレトリック(「援助ではなく協力」等)はあまり使われていない。 「コンセプト」は、ロシア援助を国連憲章、ミレニアム開発宣言(2000年)、援助効果に関するパリ宣言(2005年)等に基づいて実施すると宣言。 国際機関との連携を重視する姿勢を明示。ジンバブエ、エチオピア、ソマリア、ケニア等への人道支援をWFP・UNHCRと共同で実施。

既存国際援助秩序に挑戦? 世銀については、「もはやロシアの資金源ではないが、知識やノウハウの源としてはなお重要」とし、アフリカ支援等で協調していく方針。 2006年には世銀と共同して250百万ドルの疫病対策案件へ協力する意向をG8で発表。 MDGs、SDGsの達成にもコミットしている。 アフリカの重債務貧困国 (HIPCs)に対し、200億米㌦の債務削減を実施。 援助国会合にも参加。パレスチナ(ガザ)復興支援会議を共催(2009年2月)。

3.ユニークなドナーとしてのロシア DAC Donors Emerging Donors South-South Cooperation Group

「居場所が無い」ドナー? 「ロシアには、援助供与国のコミュニティにおける居場所(comfortable place to live in)が無い。やっとG8に入れてもらったが追い出された。 1955年のバンドン会議以来の南南協力グループでもない。 BRICSの中では「中国やインドと一緒にされたくない」という嘗ての超大国のプライドが邪魔しているし、民主主義国ではないので中国と共に仲間外れにされている(IBSA)。かといって中国と価値観を共有しているわけでもないので仲良くなれない。」          (2016年3月17日、あるメキシコ外交官の雑談)

「伝統ドナー」と「新興ドナー」の 狭間で 伝統ドナー寄りの要素 ロシアは、BRICSの中でOECDに加盟申請し(2007年)、DACに援助データを報告している唯一の国。 「人権」「民主主義」「法の支配」「グッド・ガバナンス」等の欧米主導の「普遍的価値」の実現にコミット。 新興ドナー寄りの要素 BRICS諸国との連帯・協力を表明。 どちらでもない要素 「2007年コンセプト」はロシアを「超大国」と位置づけ、援助分野において応分の責任を果たすと表明。

ロシアは「新興」ドナーか? (歴史的なユニークさ) 被援助国⇒援助国⇒被援助国⇒援助国という変遷を遂げた唯一のドナー。 被援助国(ロシア革命と内戦は第一次大戦後の最初の人道危機)。 援助国(ソ連という超大国として) 被援助国(1990年代の「体制移行支援」) 援助国(2006年のG8議長国就任が契機) 欧州の一部を自認しながら欧州からは認めてもらえず(ロシア帝国、ゴルバチョフ・シェワルナゼの「欧州の共通の家」構想、エリツィン・コーズィレフ外交)。

ソ連援助の(正と負)遺産は何か? ソ連は「アファーマティブ・アクション帝国(Martinハーバード大教授)」として、後進地域だった中央アジアの経済・社会開発に一定程度成功した経験がある。この「成功体験」はどう承継されているのか? ソ連時代、ロシア人には「中央アジアに過大な資源を投入している」との不満(逆差別意識)があり、ソ連解体につながるロシア・ナショナリズムを刺激。ロシアが中央アジア支援を強化した場合、それはロシア国内にどんな影響を及ぼすのか?

4.「一帯一路」とロシア 2001年、中露善隣友好協力条約を締結。 2004年、東部国境画定協定を締結。アムール川(黒竜江)中州の領有権を巡る長年の紛争を解決。 2015年、 「一帯一路」をロシア主導の「ユーラシア経済連合」構想と連携(cопряжение)させていくことで両首脳が合意。 2018年6月、両国の「全面的・戦略的パートナーシップ関係」を両首脳が確認。

ロシアの「一帯一路」に対する態度 (公式見解) 我々は「一帯一路」構想を、有益かつ重要、前途有望なものと考えている。この構想は、(ロシア主導の)ユーラシア経済連合の創設への尽力とともに進められている。 露中には、産業分野および鉄道分野等のインフラ分野における素晴らしい計画がある。これは皆、我々の相互協力に基づいた、強力で将来性のあるものである。 (プーチン大統領の2018年6月の中国メディアインタビュー)

ロシアの「一帯一路」に対する態度 (メディア) 中国はロシアの友人のように振舞っているが、実は自国の利益しか眼中にない。経済成長の鈍化が進めば、中国政府は国民の不満を逸らすために攻撃的な外交に乗り出す可能性がある。例えばシベリアや極東地域の『占領』だ。   (2018年11月26日付のノーヴァヤ・ガゼータ紙) 中国が「一帯一路」構想を推進するほど、中央アジア諸国では反中国感情が高揚している (2018年7月29日付の「独立新聞」紙)

ロシアの「一帯一路」に対する態度 (今後の方向性) ロシアは、欧州が中国資金を活用して、中央アジア・カフカース・ウクライナを経由するロシア抜きの物流を実現することを警戒。これを阻止すべく中国との連携という「苦渋の選択」をしている。 ロシア版「堅持韜光養晦、積極有所作為」(国力を蓄え時を待つが、できることは積極的に行う」? 「2014年コンセプト」の国益重視・バイ援助増額方針に沿い、今後「積極有所作為」として中央アジア・カフカース諸国への援助を強化していく可能性が高い。

ロシアの中央アジア援助 中央アジア諸国との国交樹立25周年を記念したラブロフ外相の論文(2017年) ここ10年で、中央アジア援助は60億米ドル(多国間援助を含む)を超える。 キルギスタンの債務4億4800万ドル、ウズベキスタンの債務8億6500万ドルを帳消し。 原油と石油製品を関税なしで中央アジア諸国に提供。 留学生15万人を受入れ、4万6000人に奨学金を支給。 テロ、麻薬、暴力組織の取り締まりに協力。 ロシアの中央アジア投資は200億ドルを超え、ロシア企業7500社以上が進出。

5.ロシア援助の今後の方向性 (援助体制の整備・強化) 財務省と外務省は実施機関設立を巡って対立。 2008年に外務省主導で設置された「CIS・在外居住者及び国際人道協力庁」(通称ロスソトルードニチェストヴォ)はあまり機能していない。 2011年に財務省は「ロシア国際開発庁(英語名:RusAID )」設置構想を発表したが立ち消えに。 分権的で非効率な援助実施体制は今後も継続か。

国益重視の強化 「2014年コンセプト」は: 多国間援助重視方針を改めて二国間援助を強化する方針を明示。 (2007年コンセプトには無かった)「ロシアの国益の推進」という言葉を明示。 開発援助分野でのロシアの目標として、(貧困削減等と共に)「安定的で正当な世界秩序を形成するプロセスへの影響力の行使」「ロシアのポジティブなイメージの強化」を列記。

民主主義とは政権が管理できるもの…露大統領 先入観抜きの観察の難しさ 民主主義とは政権が管理できるもの…露大統領 プーチン大統領は年次教書演説で「民主主義とは、(国民が)政権を選ぶだけでなく、政権が管理できるものだ」と  言明。民主派勢力に対する政権側の締め付けに欧米の 批判が集まる中、統制された「ロシア流民主主義」を貫く 考えを示した。(ある日本の新聞記事) 誤訳 民主主義とは、政府を選択する可能性であるのみならず、その政府を常に管理し、その業績を評価する可能性を  意味する(Демократия – это возможность не только выбирать власть, но и постоянно эту власть контролировать, оценивать результаты её работы.) (2012年12月12日、ロシア議会での演説)

日本援助との共通性? わが国も敗戦後は残念ながら他国の援助を受けたわけでございますが、その際にいろいろな条件や説教を非常に苦々しく思ったことを、今でも私どもは記憶しております。ですから、相手の自尊心を傷つけるとか内政干渉になるとかいうようなことのない程度で、アドバイスをしていくということが必要なことだと考えております (宮沢喜一経企庁長官の1968年3月国会答弁).” “(in providing aid,) we are neither trying to lecture our partners on how they should build their lives, nor impose political models and values. (Mr. Lavrov, Foreign Minister of Russia at the UN Summit for the Adoption of the Post-2015 Development Agenda in 2015)”

結 論 ロシアは、DACドナーでも南南協力ドナーでもない。 結 論 ロシアは、DACドナーでも南南協力ドナーでもない。 ロシアは「(超)大国」に相応しいドナーになろうとしており、二国間援助の体制整備(援助理念の形成や援助機関等の制度整備)を進めている。 しかし、官庁間の縄張り争い等のため、体制整備は順調には進んでいない。 「一帯一路」との関係では、正面からの挑戦を避けて協力する姿勢を見せつつ、中央アジア・カフカース諸国への二国間援助の強化を通じて、影響力の保持と経済・軍事的関係の強化を図っていくだろう。

ご清聴 ありがとうございました。