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腹が減っては戦はできぬ!!! 武士の生活 6年 芙蓉組 田中 美穂
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御恩と奉公の関係(説明) 頼朝は、家来になった武士に、先祖からもっらた領地を認め、守ってあげました。
手柄があれば、新しい領地をあげました。武士は、この御恩に対して、戦いや幕府の仕事で奉公にはげんだのです。 このように、頼朝と結ばれた豪族を御家人といいます。
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暮らし(平均的な武士) 4:00〜5:00 起床 行水 洗面 5:00 農繁期は農業の準備と着替え 役所で働く時は自由時間
4:00〜5:00 起床 行水 洗面 5:00 農繁期は農業の準備と着替え 役所で働く時は自由時間 10:00〜田畑で働く(農繁期) 役所で働く 11:00〜食事 12:00〜16:00 田畑で働く(農繁期) 乗馬・弓の訓練などの武芸に励む 16:00〜17:00 食事 17:00〜 本を読んだり遊んだり自由に過ごす。 20:00〜就寝
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武士の食事Ⅰ 玄米 梅干し 焼き魚(いわしなど) 大根の味噌汁(皮付き、葉っぱ入り) にごり酒
玄米 梅干し 焼き魚(いわしなど) 大根の味噌汁(皮付き、葉っぱ入り) にごり酒
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武士の食事Ⅱ 回数・・・2回(戦の時は3〜5回) 主食・・・玄米 副食・・・新鮮な野菜、肉 作法・・・自由 品数・・・少ない
内容・・・質素しかし合理的で健康な食事
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武士の食事Ⅲ 食事の事をみても、戦のために備えているようです。 でも、1日2回の食事は、1日3回に比べ、少ないような気もします。
食事の事をみても、戦のために備えているようです。 でも、1日2回の食事は、1日3回に比べ、少ないような気もします。 1ヶ月で今と(31日までとして)約10日分私達は多く食べているのです。
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住まい 鎌倉時代の屋敷を館とよばれています。いつ敵が襲ってくるかわからない時代だったから、館の回りは柵と堀、それと崖で守られていました。警備はいつも厳重だったのです。門の近くには出入りする人や荷物を点検する番人がいました。
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心構え いつ死んでもいい!・・・とか、 最後まであきらめないで戦うという気持ち。
一番の心構えは、家族の繁栄を願って行動する。これは、領地を守る、領地を増やすという事です。 ・・・すごい根性ですね。
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一所懸命が生まれたのは 武士は、先祖から受け継いだ領地を、一族の頭を中心に命がけで守りました。この事から、「一所懸命」という言葉が生まれました。また、女性にもこの権利はありました。
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生活 鎌倉時代の武士は、たいてい村に住む地主で、武士造りという板ぶきのかんそな家に暮らしていました。
また、自分の田畑を農民に貸して年貢をとりたてていたのです。
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まとめ 武士の暮らしを調べて、武士はあまり農民と変わらない暮らしをしていた事がわかりました。
しかし、戦がある時は、農民とは違う生活をしていました。また、戦に備えて、馬の訓練にも励んだのです。 武士には階級があり、ここでいう「武士」は、一番下のランクです。(頼朝と結ばれていない人達) 武士は、毎日戦の事を中心に生活していたのです。
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